『神話篇』第15話 血戦
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ルドゥインとヴァールが激戦を繰り広げていた頃、アザードたちもまた、スキーズブラズニルでナグルファルの火線を掻い潜っていた。
武装のほとんどを失った白い船に、巨大なじゃがいも型の黒い船体から、真紅の閃光と蒼白の誘導弾が雹の如く撃ちだされる。
「目標までの距離、およそ100,000。アザード! 正面から魔力反応10、左右上下から誘導弾8」
「火砲は全部かわす。フローラは誘導弾の対処を」
「まかせて」
もしも地上から空を見あげるものがいたならば、目を疑っただろう。
人型戦闘機でも龍型攻撃機でもない、巨大な質量をもつ巡洋艦が、降り注ぐ砲撃をまるで蝶のようにかわしてゆくのだから。
アザードは、要塞戦艦から撃ちだされる魔力の塊から、軌道と距離、精度を逆算し、わずかな隙間を縫うようにして船を突撃させる。
だが、火砲はかわせても、飛来する誘導弾からは逃れきれない。
「『わが奏でるは戦の詩。神技――“舞闘曲”――展開!』」
誘導弾がスキーズブラズニルに激突する寸前、フローラが短い旋律を口ずさんだ。
彼女が腰に差した短剣、第三位級契約神器ドラグヴェンデルが唸りをあげて、まばゆい光を発する。
その瞬間、船体の周囲を、フローラが呼び出した文字が埋め尽くし、空間を捻りあげて、誘導弾の軌道を歪める。
8つの弾頭は、ことごとく相打ちし、爆風は白い船体をわずかに焦がして消える。
「次、魔力砲20、誘導弾52! できる!?」
「飽和攻撃か、なんとかするっ」
「あたしもっ」
アザードはまるで
無謀な操船は重力圧となって艦橋を殴りつけ、花火のように咲く誘導弾の爆風は振動となって船を揺さぶる。
アザードとフローラの視界は暗転し、魔術の集中は千々に乱れ……、それでも木の葉のような白い船は、破壊と爆発のエネルギーに翻弄されながらも、第二波攻撃を乗り越えて見せた。
「艦首第二ブロックおよび、左舷第八ブロックに被弾1。隔壁閉鎖。消火剤自動散布開始」
「居住区が空なのは、気が楽ね」
眼鏡のずり落ちたアザードと、白金の髪を乱したフローラは、魂の抜けたような顔で微笑みあう。
いくら魔法の加護があったとしても、そもそも巡洋艦で回避運動を取るなんて前提自体が無茶なのだ。
とはいえ、砲撃戦を行うとしても、現在のスキーズブラズニルの主砲は損壊し、機関砲と短距離誘導弾からなる近接火器防御システムも、残弾は0だ。
修復や補給を望んでも、出来ないのだ。
大戦の開始から三年が過ぎて、すでに世界人口は戦前の5%……20分の1以下に減少している。
全世界規模での長きに渡る総力戦の結果、技術者や専門知識を持った労働者も次々と鬼籍に入り、あらゆる工場や発電所、魔力炉が停止して、復旧のめどが立たなくなった。
たとえ、この戦いが終わったとしても、人類も、神々も、妖精や小人族も、斜陽の時代を迎えるだろう。
「神焉戦争(ラグナロク)……」
アザードが呟いた言葉は、神話に存在する世界の終わりだ。
神槍ガングニルを持つ神々の王をはじめ、あらゆる生命が戦争によって死に絶え、9つの世界は、9つの箱の封印を解いた黒き巨人王の魔剣レヴァティンによって焼き滅ぼされる。
「皮肉よね。世界を護る槍と、世界を滅ぼす剣。それが、まるで与えられた名前とは正反対の役割を演じている」
「うん。そうだね」
あるいは、と、アザードはかすかに思う。
お姉ちゃんは、ヴァール・ドナクは世界を護ろうとしているのかもしれない。
滅ぼされた巨人族の夢見た、理想の世界を。
「敵要塞艦までの距離、およそ80,000。魔力砲反応32。誘導弾128。大盤振る舞いね」
「フローラ」
アザードは艦長席から降りて、オペレーター席のフローラの肩を抱いた。
「何? アザード?」
「愛してる」
フローラもまた、アザードの赤い髪を胸に抱き寄せるようにして、唇を重ね合わせた。
「あたしもよ。二十年前から、ずっと貴方を愛してる」
「勝とう」
「ええ」
二人が最期に交わした約束は――
生きて帰ろう、ではなかった。
それが、二人の覚悟だった。
☆
世界樹の蔭に陣取った要塞戦艦ナグルファルとの距離が残り2,000を切ったとき、巡洋艦スキーズブラズニルは、生き残った副砲三門を叩き込んだ。
白く輝く破壊のエネルギーが奔流となって迸り、黒い甲板を焼く。
だが、閃光が消えると、まるで『最初から無かった』かのように無傷の装甲が見えた。
「ガングニールの因果律修正か」
艦橋に立つ、赤毛の魔術師、アザード・ノアは下唇を噛んだ。
再生ならば、まだ打つ手はある。再生能力を司る機関や魔方陣に損害を与えれば、停止することもできるからだ。
だが、『当たったこと』さえ『当たらなかったこと』にされたのでは、打つ手が無い。
たとえ船に積んだ時空崩壊弾頭を起爆させても、同じように因果律に干渉され、『爆発しなかった未来』を選択されるだろう。
アザードは、曇った眼鏡を拭い、掛けなおした。
そうだ。こうなることはわかっていたのだ。
姉は、ヴァール・ドナクは、絶対に自分達の上を行くだろうと。
それでも、アザードは、フローラは、ルドゥインは、そんな姉の背を追いかけ続けてきた。
「フローラ」
「何?」
オペレーター席に座る幼なじみ、……それ以上に大切な人に告げる。
「今からでも遅くない。帰ってくれ」
「嫌」
フローラは振り返らない。
第三位契約神器ドラグヴェンデルで空間を捻じ曲げ、降り注ぐ誘導弾の嵐をくぐって、艦を前へと進め続ける。
その姿は凛々しく、美しく、寂しく見えた。
「僕は、ハリーを、一人では残せない」
アザードにとって、フローラと同じくらい大切な、もう一人の存在。
まだ生きるすべすら知らない幼子を遺しては、逝くに逝けなかった。
「悪い親よね。戦争なんかにかまけて、一年ちょっとしか抱いてあげられなかった」
「今からでも戻れる。そして、抱いてあげればいい。一緒に生きて、歩いていける」
「あの子はあたし達を憎むかもしれない。思い出ひとつ残さずに死んだ酷い親だって」
フローラの白金の髪が揺れて、細い背と制御盤にかけられた手が震えていた。
「でも、たったひとつ残せるものがあるわ」
巨人族は、現在という世界を書き換えるために戦っていた。
”お姉ちゃん”の創造する世界は、今の苦痛と悲しみに満ちた世界より、ずっと綺麗で美しいかもしれない。
けれど、そこに、アザードとフローラの愛の結晶たる我が子はいない。
世界は書き変わる。
巨人族が滅びなかった未来、神々が世界を制することのない世界、戦争の無かった歴史。
その新世界では、アザードやフローラが結ばれるとは限らず、息子ハリーが生まれるとは限らず、奇跡的に生まれ出でたとしても、どうして同じ存在だと言えるだろう。
「アザード」
フローラは、アザードへと振り返り、極上の笑顔を浮かべて微笑んだ。
「行きましょう。姉さんと私たち、この十年に決着を。あたしたちの息子の、未来を切り開くために」
アザードは、頷いた。
フローラを抱き寄せ、接吻を交わす。
二つの影がひとつとなる。
「ユミル。これが最後の戦いだ。準備をお願い」
「イエス。マスター」
いまや、スキーズブラズニルの制御コアの一部となった愛杖が、これまでと同じように了解を告げて――最終作戦が始まった。
―――――
―――――
「機動巡洋艦スキーズブラズニル。全兵装解放。
モードを『
対ナグルファル用時空崩壊弾発射準備完了。
アザード・ノアは思う。大好きだった姉の事を。
ずっと四人でいたかった。それが叶わぬ願いでも。
(姉さん。貴方はきっと理解していない。世界も、国も、家族も、一人ひとりの存在によって編み上げられるのだと。姉さん、貴方が救世主として、身勝手に世界を引き裂くというのなら。僕は、祖国の為、家族の為に、貴方と戦おう)
フローラ・ワーキュリーは思いだす。
お姉ちゃんが最後の夜、浜辺で言っていた言葉を。
苦しみも悲しみも無い、そんな世界になればいいね、と。
フローラもまた、そんな世界を姉と一緒に作りたかった。
だけど。
「与えてくれなんて、いつ言ったぁ……」
姉さんが理想に殉じるというならば構わない。
ならば、フローラは、愛する夫と我が子の為に。
「姉さん、僕は」
「お姉ちゃん、あたしは」
「「貴女の理想を叩き潰す!」」
「衝角―“貫徹”―起動!」
「神技―“舞踏曲”―起動!」
弾雨に晒されながら、スキーズブラズニルは変形を開始した。
余分な装甲、主砲副砲等を分離し、隠されていた排気口に灯がともる。
推進翼たる光の帆は、残光を帯びて輝き、弓状の翼が胴体から伸びた。
居住区が剥がれおちながら、浮遊、変形して銃把を形作る。
艦首は二又に分かれ、中央に花の蕾を思わせるような巨大な衝角を発生させた。
高速巡洋艦は、今や銃剣を付けた異形の短銃へと変化していた。
三基のジェネレーターに直結した、巨大なリボルバーに装填された弾頭から、衝角へとエネルギーが充填される。
王国が管理する、”破滅”を担う、ルドゥインの第一位級契約神器レヴァティン。
アース神族から提供された、”運命”に介入する第一位級契約神器ガングニールの解析データ。
そして、交戦したヴァン神族や巨人族から得た、第一位級契約神器ブリーシンガメンとミョルニルの戦闘データ。
これらを研究して作られた、すべてを
荒れ狂うエネルギーの奔流に、バイパスが耐え切れずに破砕し、船体もまた自壊を始める。
だが、壊れ逝くアザードのスキーズブラズニルを、フローラの契約神器ドラグヴェンデルが支える。
アザードとフローラは、ひとりの少女が、ナグルファルの甲板に立っているのを見た。
どこかヴァールの面影を宿した幼い少女は、全身を生物的な機械と結合されていた。
二人は、風の噂に聞いたことがあった。義姉には、血の繋がった実の妹がいて、契約神器と融合させる非道な人体実験の被験者にされたのだ――と。
主たる少女の意志を汲むかのように、要塞戦艦ナグルファルは、ガングニールから与えられた無限の魔力を利用して、数え切れない砲撃と誘導弾を浴びせかけた。
だが、スキーズブラズニル沈まない。甲板がひしゃげ、装甲が削り落とされ、銃形を砕かれながらも、アザードとフローラもまた前へと進む。
背負うものがあるから。大切な人がいるから。
残る距離、1,000。
ナグルファルが、因果律に干渉し、スキーズブラズニルを排除しようと足掻く。
だが、虚無の衝角は、因果律の修正さえも、”無”へと還す。
900.800.600.……200.100.
天をかける白い帆船が、巨大な黒い要塞戦艦の横腹を貫く。
「「撃て―――――!!」」
その叫びが、アザードのものだったのか、フローラのものだったのか、わからない。
スキーズブラズニルの艦首衝角から、華が開くように巨大な魔方陣が幾重にも展開し、撃ち出された流星を思わせる破壊の奔流は、ナグルファルを完全に飲み込んだ。
同時に、スキーズブラズニルの船体は真っ二つに折れて、爆散した。
☆
気が付くと、アザードとフローラは抱き合ったまま、深い森の中にいた。
「ここって、神社?」
「慰霊神社、だね。」
忘れるはずも無い。
あの州都スカイナイブズの攻防戦、そして、今回の戦いの前にお参りした、護国の英霊を奉った神社だ。
そこでは、懐かしい戦友たちが待っていた。
「よ! お二人さん、相変わらず熱いねえ」
ソバカスと短く刈った赤毛が印象的な級友、テリー。
「……」
無言で敬礼する、アザードたちがお世話になった、スキーズブラズニルの前艦長。
国を、家族を、友人を、守るために生きた、皆がそこにいた。
「また、会えたね」
「うん。また、会えた」
二人は歩き出す。手を繋ぎ、懐かしい人たちの元へ。
思い残したことは多く、未練も数え切れない。
だけど。
「命は続いていくから」
「うん」
血は、息子に。
意思は、友に。
自分達が、彼らと同じ、守りたいという意思を継いだように。
だから、あとは。
「任せたよ。ルドゥイン」
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