『神話篇』第13話 州都防衛戦、決着!
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去っていった義姉が何を思い、炎の翼を渡したのか、ルドゥインにはわからない。
けれど、この魔法は姉弟を繋ぐ絆であり、彼女を追うために自ら鍛え続けた最大の盾にして剣だった。
「どうした! 大口を叩いてその程度か、クソガキ」
ルドゥインが背の炎翼から生み出す火球は、ゲオルクのノートゥングが呼び出す掌大の竜巻に切り裂かれ、火花となって霧散する。
「こんちくしょうっ」
地下室での戦いは、ゲオルクが圧倒的なまでに優勢だった。
ルドゥインは、作戦を始める前、アザードが告げたアドバイスを思い出す。
『解析によれば、ノートゥングの力は”切断”だ』
原典神話において、鉄鋼を泥のように切り裂き、流れる川を断ち、何者も傷つけること叶わなかった悪竜の鱗すらも穿った魔剣。
『街道での戦を見る限り、切断の力は広範囲で、遠距離にまで及ぶ。だから、足を止めての魔術の応酬じゃ、勝ち目は絶対に無い』
神話上の逸話といえ、かの剣は、魔術の太祖が生み出した炎の城壁や、魔竜が放つ灼熱の吐息すら叩き切ったという。
『だから、仕留めるなら。接近戦しかない』
しかし、同じ神話では、ノートゥングに選ばれた主であるシグムンドは、戦神オーディンの槍によって魔剣を折られ、息絶えた。
彼の跡継ぎであり、父以上の武勲を挙げた最強の英雄シグルズもまた、裏切りの凶刃に倒れた。どのような名剣に恵まれようと、無敵の存在なんてありはしない。
『あの あかい”切断の竜巻”を撃たれる前に、近接戦闘で先手を叩き込め』
ルドゥインは、おたけびをあげて床を蹴った。
浮力を使って滑空し、回転とともに炎の剣と化した翼で、ゲオルクの後頭部へと廻って切りつける。
「面白い。面白いぞクソガキ!」
ゲオルクは、振り向きざま、剛胆に蛮剣を斬り上げて、炎の一翼を半ばから切り捨てた。
そのままノートゥングを袈裟懸けに斬りおろし、しかし、ルドゥインの炎翼に阻まれる。
防げるのはわずかに一秒あまり。
しかし、その時間で、ルドゥインは崩れた体勢を立て直し、翼を復元する。
「この高揚、この快楽のこそが戦場だ。さあ、あがけ。もっとこのオレを楽しませろ!」
ゲオルクが笑いながらルドゥインに斬りつけてくる。
小円を重ねて球を描くような、ミッドガルド人民連邦伝統の剣捌きだ。
連続した剣を重ね、獲物の命を断ち切ろうとする彼の技に、全く隙が見出せない。
「勝手なことを、言うなっ」
ルドゥインは横っ飛びに跳躍して避けると、即座に翼の揚力を利用して、地面すれすれを滑走した。
ゲオルクの首に向かって炎の翼剣で斬りつけると同時に、彼の下半身を狙って足払いを試みる。
「遅い」
「!?」
甘かった。ゲオルクの剣は、すでに対応した円の軌跡を描いている。
このままでは、一瞬後にはルドゥインは足を切断され、炎翼もろともに斬り伏せられるだろう。
寸前で踏みとどまり、火球をばら撒きながら、翼を使って後退する。
「フッ」
ゲオルクの唇が歪み、隻眼が笑みをつくる。
中途半端に撃ちだされた火球の隙間をかいくぐり、彼はルドゥインを猛追する。
手には、待機形態へと戻したか、大振りのナイフが閃いている。
大振りの蛮剣ならば、避けるチャンスもあっただろう。
しかし、ナイフの突進を阻む術は、もはやない。
「鎖?」
刹那、ルドゥインの目端に、捕虜と民間人を拘束していた鎖のきれっぱしが映った。
とっさにつま先で引っ掛け、蹴り上げたのが吉と出た。
長い鎖が脚に絡みつき、ゲオルクは体勢を維持するために意識をそらして、貴重な時間を稼いでくれた。
間一髪で間合いを逃れ、仕切りなおす。
「けはっ」
ルドゥインの息はあがっていた。
勝てないと理解した。水準が違う。
技術も、武器も、何もかも、目の前の男の方が上だ。
「小僧。よくやった。これだけオレと打ち合えた戦士は、連邦軍にもほとんどいない。だが、ここまでだ」
「まけるか。たかが、たかが聖剣に」
ルドゥインの精一杯の虚勢に、ゲオルクはどっと破顔した。
「おいおい。聖剣をたかがとはよく言いきった。だが、同感だ。ヴォルスンガの柱につきたてられた選定の剣。引き抜いたシグムンドは運命を受け入れて死に、その子シグルズは愛という幻想を抱いてくたばった」
ゲオルクは、巨躯を震わせて哄笑する。
「運命も愛も知った事か。オレは、オレ自身でこの剣(ノートゥング)に勝利を約束しよう。ともに敵の血をすすり、女を侵し、国家を瓦礫に変えよう。殺して犯して破壊する。それがオレの望む人生だ」
ああ、と、ルドゥインは理解した。
相容れない、と。
自分の望むもの、森での穏やかな生活、守りたいもの、すべてが目の前の男とは相反している。
「オレとともに来るか? 小僧? 血と快楽を保障してやるぞ」
「一緒にはいけないよ。あんたと俺は、きっと不倶戴天の敵だ」
「そうか、ならば死ね」
ゲオルクの構えたノートゥングに、風が吸い込まれる。
膨大な魔力が地下室を切り裂いて、第三位契約神器へと集中した。
「紅覇――”長征”――発動!」
ゲオルクが放った『切断』の力は、街道で放たれた竜巻に比べ、明らかに出力が絞られたものだった。
全力で撃ち放てば、地下室もろとも崩れて生き埋めになるからこそ、ギリギリの威力まで絞りこんだのだろう。
炎翼を背負った少年の姿は、竜巻状に顕現した『切断』の魔力に切り刻まれ、ミキサーにかけられたミンチのように消失した。
「消えた、だとぉおおおっ」
ゲオルクが、蛮剣を正眼に構え、とっさに左後方へと後ずさった。
有り得ないのだ。人を殺せば、必ず後が残る。血と肉と、はらわたのかけらが、赤い霧となって吹きすさぶ。
消えたのなら、それは、魔法で生み出された幻影に過ぎず、本体は。
「この瞬間を待っていたっ」
ルドゥインが、地面すれすれを駆けながら、掌中に掴んだキーホルダーを握り締めた。
すべての魔力が枯渇した空間遮断の魔術道具は、先に魔力を使い切った転移の指輪と同様に、塵となって消える。
「そうか、小僧。貴様は、魔術師!?」
「ルドゥイン・アーガナスト。あんたを倒す者の名だっ!」
少年の拳を赤い炎が包む。
振り下ろされるノートゥングを横っ飛びに避け、炎の翼を再起動、転げる姿勢を無理やり制御する。
「届け! 俺の拳っ」
ありったけのスピードを載せて、ルドゥインの燃える拳が、ゲオルクの厚い胸板に叩き込まれた。
決して折れなかった強敵が、初めて膝をつく。
拳から燃え移った炎は、魔剣の主の軍服に、一瞬でルーン文字を刻み込んだ。
「熱止!」
爆発する。
炎と風が地下室を満たし、ルドゥインは勝利を確信した。
しかし―――。
「足りなかったな」
ゲオルクは軍服こそ燃えて、深緑のシャツ一枚になっていたが、無事だった。
「魔法は、ルーン文字を媒介に世界樹へと干渉し、己が意思で世界を書き換える力だ。ゆえに、意思を持たない魔術道具と、意思を有する契約神器には、絶対的な壁が存在する」
ルドゥインは、ゲオルクの意識が鎖に絡みつかれた足元に集中した瞬間、自らの意思でフローラのキーホルダーに込められた空間遮断の魔術と、幻影の魔法を使い、奇襲を試みた。
「オレがノートゥングに勝利を約束したように、ノートゥングもまた、オレに勝利を約束する。ルドゥイン・アーガナスト。貴様の切り札は、オレを越え、しかし、オレ達を越えられなかった」
「剣が、主を守ったのか」
あるいは、ルドゥインの手に相棒たるなんらかの神器が握られていれば、結果は変わっていたかもしれない。
されど、決着にもしもはなく、ルドゥインは持てるすべての術を使い切ってしまった。
破られた天井から、人民連邦軍の兵士達がロープを使って降りてくる。
(死ぬ?)
これが終わりだ。
勝ち目は無くなった。
ルドゥインも、スカイナイブズも、制空権を握られるだろう王国も。
すべての命運が尽きる。
(死ねない)
それでも、まだルドゥインは生きている。
生きている限り、生き続けねばならない。
なぜなら。
(俺はまだ義姉さんに会っちゃいない)
炎の翼を広げ、ルドゥインは飛翔した。
飛ぶ。
飛ぶ。
空へ。
高く―――。
地下五階より20階分を上昇し、屋上を突き抜けた。
ルドゥインを待っていたのは、竜や巨人を模した戦闘機の数々。
10機は下らないだろう死の翼から、小さな火の鳥に向かって機関砲が浴びせられた。
人間サイズの的になど、そうそう当たるものではない。
だが、浴びせられた銃弾の雨は盾の魔術を粉砕し、一発がルドゥインの腹部をかすめた。
落ちる。
墜落する。
最後の意識でルドゥインは翼をはためかせ、そのままホテルの屋上へと落ちた。
☆
「へッ。航空支援が今頃来たか」
ゲオルク・シュバイツァーは、空を舞う巨人達を見上げ、次に虫の息のルドゥイン・アーガナストを見下ろした。
面白い敵だった。もう少し経験を積めば、更に面白い闘いができるかもしれない。
「ゲオルク司令、ご無事でしたか?」
煤と泥で、栗色の髪と整った顔を汚した、アルト・シュターレンが駆けつけてくる。
「ああ」
「賊は?」
ゲオルクは顎をしゃくるようにルドゥインを指し、蛮剣を振り上げた。
「あばよ。ルドゥイン」
その瞬間、上空の巨人機と龍型機が軒並み吹き飛んだ。
「なん、だと!?」
階下から伝令やら通信士やらが、泡をくって駆け上がってくる。
彼らは混乱し、泣き喚き、恐慌状態に陥っていた。
アルト・シュターレンが、まるで飢えた獣のような瞳で、ゲオルクを見つめた。
「沈黙していた王国軍が迎撃を開始しました」
副官は、混沌と化した現状から情報を分析し、報告する。
「核を撃たれ、国土に進軍を許した王国政府だぞ。なぜ今頃?」
「王国の民衆が動きました。子供に戦わせる政府などいらぬ。国民を守らない政府に、国府たる価値などないと、叫んでいます。ミッドガルド人民連邦が傀儡にした貴族政党は、無条件降伏を叫んでいますが、もはや嘘にだまされる民衆は少ないでしょう。なぜなら、降伏した先の未来の有り様を、彼らは見てしまったからです」
ゲオルクは苦笑いせずにいられなかった。
たった三日、いや、たった二日半だ。
ルドゥインたちの虫けらのような抵抗が稼いだ時間。
それがまるで白黒の裏返しゲームの角をとられたかのごとく、事態がひっくり返ろうとしている。
「王国はタカ派、いえ、他の国ならば中道でしょうが。自国を守ろうとする貴族達を中心に議会を再編して与党を掌握、自衛のため、新造巡洋艦を中核にした艦隊を派遣しました。敵地攻撃力0。しかし、防衛力世界第二位の王国軍が、我々に牙を剥きます」
「人民連邦本国の指示は?」
ゲオルクの問いかけに、アルトは深呼吸した。
「人民連邦書記長は、副首相をはじめとする我々の軍閥の実力者を投獄しました。理由は、汚職と反乱共謀罪です」
「反乱だとぉ?」
「東部方面軍司令ゲオルク・シュバイツァーは、英雄的暴挙におよび、ミッドガルド連邦国に反旗を翻して王国に進軍した。それが、ミッドガルド連邦の望む筋書きです」
ゲオルク・シュバイツアーは狂ったように笑い始めた。
到着したばかりの航空部隊が、王国軍の世界最長級射程の空対空魔法を浴びて、七面鳥撃ちにされていること。
王国軍潜水艦隊と、対空戦特化駆逐艦によって、連邦海軍が追い払われた事。
王国陸軍の巨人兵が観測射撃もなしに、砲撃を命中させて、第6、第7大隊戦車部隊を壊滅に追い込んだ事。
入ってくる情報はまるで悪い夢のようだった。
「ゲオルク司令。ご決断を―――」
アルトが、狂笑を続けるゲオルクに、決断を促した。
王国軍との交戦か、あるいは降伏か。
「アルト・シュターレン。転進するぞ」
ゲオルクが選んだのは、第三の道だった。
優秀な副官は、一瞬、司令官の気が触れたかと思った。
「全軍に伝える。ミッドガルド人民連邦国は、我らに王国への進撃を命じながら、状況を省みるや、我らを切り捨てた。祖国を思い、故郷を思い、家族を思って命を賭けた我らの魂を踏みにじったのだ。自らの保身のみに執着する無能で醜悪な指導者達は、我らを反乱軍と呼ぶ。
しかし、我は否定する!!
我と諸君と、この異郷の地に故国の正義を信じて集った、我らたちこそ、真に故国を愛する自由と正義の使徒であると! 我らは帰還する。祖国の澱を捨て、新しき国家を打ち立てるため。国によって切り捨てられた命、どうか我に与えて欲しい!」
歓声があがった。
混乱した兵士達をまるで洗脳するように、ゲオルクの声が兵士達の心を占めてゆく。
化け物だ。
そう、アルト・シュターレンは理解した。
この男こそ、禍を呼ぶ源だ、と。
だが、なればこそ、賭ける価値があるとアルトは決断する。
「アルト・シュターレン。貴様はどうする?」
「地獄まで、お供しましょう、我が司令官殿」
「連邦には、農村地帯を守るだけの兵がない。まずは、そこから落す。さあ、長征の始まりだ!」
歓声が上がる。
撤退と転進、侵攻の準備が怒涛の速度で進められる。
狂った熱気にあてられ、誰からも忘れ去られたような瀕死の魔術師を、ゲオルクは見やった。
「もしも生き延びたなら、強くなれ。このオレを脅かすほどに、このオレと戦えるほどに。そのときまで、貴様の命、預けてやる。ルドゥイン・アーガナスト」
――――
―――――
それからのことを、ルドゥインはちゃんと覚えていない。
ただ苦しくて、寒くて、熱かった。
フローラとアザードの、自分を呼ぶ声だけが、遠くから聞こえていた。
連邦兵たちが撤退したホテルの屋上。
転移してきたアザードとフローラは、必死で治癒の術をかけ続けた。
巨大な航空巡洋艦が、三人を迎えるためゆっくりと近づいてくる。
ある官僚がまとめたレポート・セカンドと呼ばれる報告書を参考に、王国とアース神族が共同で製造した新型巡洋艦。
一部光学迷彩や、魔術探査透過などのステルス機能と、旗艦性能に足る強力な通信機能と対空装備を供えた魔導艦。
のちに起きたヴァン神族との会戦で、超弩級戦艦スキーズブラズニルを撃沈し、その名を継ぐ事になる伝説の船。
未来の母艦に、ルドゥイン・アーガナストとフローラ・ワーキュリー、アザード・ノアは、こうして救助された。
これが、王国のブレイブダガー州、州都スカイナイブズを巡る攻防戦の終わりであり、あらゆる国々を巻き込んだ最終戦争の始まりだった。
ルドゥインは、姉と日常を取り戻すため、愛する人々を守るため、転戦を続ける。アザードとフローラは過酷な日々の中で結ばれ、一子に恵まれた。
そうして、ルドゥインたちは、最愛の姉――もっとも恐るべき仇敵に巡りあう。
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