『神話篇』第12話 万能魔術士


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 空港の管制室で、アザード・ノアとフローラ・ワーキュリーは指揮を執っていた。

 エリス・コードウェルをはじめとする感知系の魔術に長けた魔術師の伝える情報を処理し、前線の生徒達を的確に逃走路へと誘導する。


「これで二十人が脱出。ライツとシェリーは!?」

「第三道路沿いに逃げてもらう。ウィリアムは、大丈夫?」

「クリストファさんが助けに行ってる!」


 市外への逃走路を演算しつつも、アザードとフローラの胸の中を焦りだけが膨れ上がってゆく。

 理由は、わかってる。

 二人の幼なじみであるルドゥイン・アーガナストが、最悪のタイミングで指示を無視したからだ。

 二人にとってこの作戦は、連邦軍の追撃を振り切るための遅滞戦術だった。

 眠りの雲で足を止めて、組織的な追撃を和らげつつ、これを囮に敵司令部を転移魔法で強襲する。

 あわよくば、特攻攻撃を警戒した司令部が防御を固め前線部隊を呼び戻すかもしれないし、少なくとも多少の混乱を与える事ができるだろう。

 アザードとフローラは、戦術目標に掲げた「敵大将を撃退、もしくはノートゥングを奪取」が可能だとは思っていなかった。


 契約神器は、世界を書き換えるための武器だ。

 最低位にあたる第六位級契約神器は、一般的な魔術師のおよそ10人分の魔力を契約者に与える。

 第五位級契約神器は、有人・無人を問わず、巨大なヒトガタ兵器を思いのままに操るための、魔術師のおよそ100人分の魔力を契約者に与える。

 更に、第四位級契約神器は、空を飛び、海に潜り、あるいは地中を潜る異能の力をもち、魔術師のおよそ1,000人分の魔力を契約者に与える。

 そして、魔剣ノートゥングのような第三位級契約神器は、神話の”役名”を名乗るに値する奇跡の力を行使し、魔術師のおよそ100,000人分の魔力を契約者に与えるのだ。


 最初から勝機なんてあるはずもない。

 二人は、ただ士気向上のために、ルドゥインの夢想につきあったに過ぎなかった。

 敵司令部に一撃を加えて離脱。それだけで良かったのだ。


「あの、馬鹿っ」


 フローラが思わず、机を平手で叩いた。

 ルドゥインは、自身の逃走の為の『転送の指輪』を、捕らえられていた民間人と捕虜の救出に使ってしまった。

 フローラが作った指輪だ。その効力は誰より知っている。

 六人分の転送などすれば、確実に充填した魔力は枯渇する。


「あいつは、死なないよ」

「アザード!」

「迎えに行こう。だから、今は、仲間の救出に専念しよう」


 レーダーを流用した探知システムが、神器クラスの巨大な魔力反応の接近を伝えていた。

 それも複数。おそらくは、第五位級契約神器『巨人機』の類だろう。


「そんな、無茶です」

「いくら貴方でもこれだけの人型戦車を一人で止めるのはっ」


 周囲の静止を、アザードは振り切って、愛杖を手にドアへと歩き始めた。

 フローラは止めもせずに、幼なじみの背中へ向けて黒い円盤と金色の円柱を放り投げた。


「使うんでしょ? 本気で『姉さんの杖』を」

「うん」


 まるで空間魔術師がそうするのをわかっていたように、万能魔術師は後ろ手で切り札たる道具を受け止めた。


「フレームは持つの? もう子供じゃないんだから、アザードの魔力に耐え切れないかもよ?」

「うーん。元が姉さん仕様の繊細な杖だからね。万全に使いこなせるかは不安だよ」

「何言ってるの、いつか必ず越えるんだからっ」

「うん。いつか必ずね」


 アザードは振り返った。

 取って置きの笑顔を作って、噛まないように微笑みかける。


「フローラ。帰ったらさ、結婚しよう」

「なっ」


 返事は聞かない。

 聞いたら戦えなくなる。

 フローラの雄たけびと、通信術師たちの黄色い歓声を背に、アザードは駐車場へと駆け出した。

 8年間一緒だった木の杖を、強く強く握り締める。


 思えば八年前、聡明な『姉』に、現在という『未来』が予測できなかったはずは無いのだ。

 たとえ七つの鍵が生み出されなくとも、必ず巨人族は神々へと反旗を翻しただろう。

 そして、アース神族に守られ、アース神族を支える王国は、必ず混乱の坩堝へと叩き込まれる。


「だから、でしょう」


 アザードは問いかける。

 もういない幼なじみ、三人の姉に。


「姉さんは知っていた。だから、これを作って、そして、僕に渡したんだ」


 ヴァール・ドナクと同じ万能魔術師であるアザード・ノアに。

 自分が作り、使うはずだった兵器を!


「アンロック。目覚めよ、第六位契約神器マジックスタッフ」


 主の声を認識した魔道の杖は、待機形態である杖から、変形を開始した。

 杖の頭部が割れて砲口と二又の銃剣を形作り、石突からは銃床が伸びて、何重もの魔方陣が円を描いて杖を覆い引き金やレバーを形作って、長大な銃を創り上げた。


「おはようございます、マスター。三日と三時間四十六分二十九秒ぶりです」

「おはよう、ユミル。元気かい」

「イエス、マスター。また、訓練ですか?」


 問いかける愛杖の意思を前に、アザードは悲しげに首を横に振った。


「ううん。実戦だ」

「……主の望みのままに」


 杖の柄が開き、蓮根のように穴の開いた弾倉がせり上がってくる。

 アザードは、フローラから預けられたスピードローダーを使い、金色の弾丸を送り込んだ。


弾丸装填チャージバレット


 廊下を走りぬけ、駐車場へと飛び出す。

 全長6レクスはあるだろう、巨大な人型の機械人形が八体、兵士達を伴って空港へと近づいてきていた。


万能魔術師ウィザードが、軍事において、最強と呼ばれるゆえんを教えてあげる」


 魔法使いは、ルーン文字を媒介に世界を書き換える。

 使える文字には個人差があり、火を燃やす事を得意とする者、会話や思念を飛ばすことに長けるもの、遠くを見通すものなどさまざまだ。

 だが、ヴァール・ドナクや、アザード・ノアのような万能魔術師は、すべての魔術文字を扱える。


「火も、水も、風も、雷も、およそすべては、『力』を生み出すために存在する」


 その力すべてを使うことが出来たなら。


「僕の生み出す力に、限界はない」


 たとえ相手がカタログスペックで上回る怪物であろうとも。


「ならば、この僕に撃ち貫けぬものは何もない」


「術式――『貫徹』――起動!」


 第五位契約神器フレイムジャイアント。

 炎の巨人を模したミッドガルド連邦の陸上戦車は、その眼に付いた視覚素子で、空港に咲く花を見た。

 魔方陣が幾重にも重なって作られた七色の蕾。

 巨大な華を支えているのが、駐車場に立つただ一人の少年だと知ったとき、操縦者はまるで悪い夢だと失笑した。


 蕾が開く。

 積層型の魔方陣によって作られた、華を模した葬送の砲口が。

 莫大な熱量を伴う極太の白光が、八体の巨人の上半身を町の建物ごと吹き飛ばし、薙ぎ払った。



――――

―――――


「ミッションコンプリート」


 愛杖の意思が、砲撃終了を告げる。

 廃棄された薬莢が続々と真上に跳ね上がり、空から灰色のコンクリートへと叩きつけられた。


「ユミル。すまない」


 アザードの技量をもってしても、やはり天才たる義姉には及ばなかった。

 制御しきれなかった砲撃の反動で、杖の全身にはヒビが入っていた。


「いいえ、マスター。何があろうとも、アザード・ノアと、ルドゥイン・アーガナスト、フローラ・ワーキュリーの意思を尊重せよ。それが、創造主の意思であり、私の望みです」


 戦車を失った連邦兵たちは散り散りに逃げてゆく。

 アザードは、街道防衛線で敵司令官から受けたノートゥングの攻撃を思い出した。


(足りない。僕の今の力では、あの男も姉さんも止められない)


 あの悪夢のような広範囲攻撃魔術を前にしては、切り札とも言える神器の能力解放も霞んで見えた。


「君が帰る場所は必ず僕が守る。だから、勝って。ルドゥイン・アーガナスト」

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