『神話篇』第11話 大人たちの戦い
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ルドゥインがホテル地下に突入し、敵司令官ゲオルクとの戦闘を開始した頃、学生たちもまた陽動と迎撃のために出撃していた。
空港へと進撃するミッドガルド人民連邦軍の侵攻をわずかでも遅らせようと、学生たちは、『眠りの雲』と呼ばれる催眠ガスを魔法で撒き散らしながら、残された小銃と弾丸でけん制を続ける。
混沌とした戦場の中、アリョーシャ・マスハドフは、誰もいない百貨店の屋上へ登り、雲霞の如く徘徊する連邦兵を見下ろした。
「なるほどね。圧倒的な陸軍力といっても、脅威なのは数だけ、か。比べたくはないけれど、ヴァン神族の方がよっぽどたちが悪い」
訓練と戦闘で擦り切れた不ぞろいの軍服を着た兵士達の中で、ひときわ目立つ高価な軍服を着た指揮官を探す。
「マリーはもう逃げたかしら? 同志ヴァール・ドナクと合流する前に、いつか助けられた借りをここで返しておくわ」
アリョーシャは、鈴を象ったペンダントを外し、空へ掲げた。
「姿を現しなさい。第六位級契約神器エルヴンボウ」
刹那の光を発した後、アリョーシャの腕に抱かれたのは、身の丈ほどに長い無骨な狙撃銃だ。
「いくわよ、ベルゲルミル。術式――『千里眼』――起動」
「了解!」
アリョーシャは、コンクリートの床に伏せて長大な銃身を肩と肘で支え、愛銃を撃ちはなった。
撒き散らされるの中で、標的である連邦軍指揮官が崩れ落ちるのを、蒼く輝くアリョーシャの瞳が視認する。
彼女が抱いた狙撃銃は、ただの狙撃銃ではない。
契約によって千里を見通す魔力を使い手に与える契約神器だ。
自ら意思を持ち、盟約を交わした主と共に戦う神器の力は、ただの魔術道具とは比べ物にならない加護を使用者に与えてくれる。
「この国の間諜対策は致命的よ。わたしのようなテロリストが入り込めるのだから」
国を失った後の民の末路は悲惨だ。
そのような現実も知らずに、能天気に平和を謳歌するこの国がアリョーシャは憎くて仕方が無かった。
でも、優しかったのだ。この国は。得体の知れないヴァン神族でも受け入れるほどに。
「だから、これは恩返し。次に来るときは、きっと敵だから」
☆
「なんで、俺は金にもならない戦いをしてるかね?」
クリストファ・アームズは、生徒達と一緒に走り回りながら、突撃小銃を掃射して防戦していた。
「マリーの奴に乗せられたせいか? 俺もヤキが回ったな」
クリストファは、元傭兵だった。
雇われの外国人部隊に入隊して、黒妖精族(デックエルヴン)の原理主義者が結成したテロリスト集団と戦って、戦って、戦い抜いて、除隊した。
そして、報奨金と引き換えに気がついたことは、自分がとっくに壊れていた、ということだ。ぬるま湯のような生活が気に食わない。居心地が悪くて吐き気がする。
クリストファは、死と隣りあわせの、殺して殺される、生を実感できる戦場じゃなければ、気が休まらないのだ。
「ま、なんだ。爆弾抱えて突っ込んでくるガキや老人よりも、殺り易くはあるな」
聖戦を謳い、民間人を騙して使い捨ての兵器に変える発展途上国のゲリラどもに比べれば、金で外人部隊を雇う先進国の方がまだしも理性的だという価値観を、クリストファは持っていた。
同時に、そんな情勢不安の国々を作り出して、自分は見ぬふりをする大国、ヴァン神族とアース神族を心の底から呪っていた。
「ああ、そうだ。嫌いな国がもうひとつあったよ。ガートランド王国からのODAを横流しで、ゲリラどもを援助して、武器を売りつけてるイカれた国が。ミッドガルド人民連邦。お前達のことさっ」
クリストファの射撃に怯えたか、連邦兵達はやたらめたらに突撃銃を乱射して、火線を浴びせてくる。
「起きろ、相棒。一気にカタをつける」
「イエス、サー」
クリストファはベルトに挿してあった、ペーパーナイフを横薙ぎに振るう。
「術式――『剛毅』――起動」
クリストファの手に握られたペーパーナイフは、巨大な大剣へと姿を変え、刀身から飛び出した魔術文字が円形の盾を形作って弾幕を受け止めた。
第六位契約神器ルーンブレード。主とともに、あまたの戦場を駆け抜けた剛剣だ。
「こういうのは反則だがな。ここは戦場だ。相手が悪かったと思え」
クリストファは、弾丸を弾き飛ばしながら大剣を振り上げて、そのまま敵兵達に向かって叩きつけた。
剣から巨大な砲弾のような衝撃波が生み出され、道路の街灯や看板ごと一個小隊を薙ぎとばす。
「故郷へ帰れ。待ってるやつがいるならよ」
☆
マリー・キャリングは、衛星通信機能のついた情報端末で、学生達の奮闘とミッドガルド人民連邦軍兵士の非道を発信し続けた。
彼女はフリーのジャーナリストだ。
民衆の味方。第四の権力。情報の担い手。
褒める言葉は数あれど、あまり綺麗な世界とは言えない。
記者クラブに詰めたまま、政府広報を『スポンサーに都合の良いように改竄して』流すだけの大手メディアや、伝手を作るためなら平然と枕営業が横行する世界。
そんな良くないイメージが、マス・コミニュケーションには、根付いてしまった。
「結局、自業自得なんよね。今までマスコミは、『悪いことしました』っていうサクラを作ったり、毛色の変わったほんまもんの悪党の悪事を、まるでそいつのいる集団、国、すべてが行った悪事みたいに報道してきた。その癖、スポンサーや自分とこの悪事、一部の国のめちゃくちゃな暴挙には、まんま目をつぶる。これで信頼せいゆーほうが無茶や」
一部の悪党やろくでなしの暴挙が、マスコミ全体の悪と判断されたとしても、それは自分達が今までやってきたことが跳ね返ってきただけ。
「それでも、うちはジャーナリストであることに誇りをもっとる」
マリーは信じているのだ。
時に感情的で、時に残酷で、時は無力なものを。
欲望のままに騙すために使われる『言葉』ではなく、真実に焦がれる『人の心』を。
「全部のジャーナリストが魂売ったと思うなや。昔からペンは剣よりも強しゆうてな。あんたらの悪事は、必ずうちが残さず余さず伝えたる!」
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