『神話篇』第10話 反攻
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「自警団との会議の結果、結論が出た。明朝、僕たちは日の出と同時に滑走路を爆破して、州都スカイナイブズより撤退する。夜の防衛は、彼らが請け負ってくれるそうだから、好意に甘えて休もう」
キャンプの広場に集まった生徒六十六名に、アザードは交渉の結果を伝え、解散となった。
あらゆる知恵を絞っても、現在戦力での空港の死守は不可能だったからだ。
「アザ。そいつは違う。今は攻めるべきだ」
最後の一人、偵察に出ていた67人目が帰還した。
「ルドゥイン。気持ちはわかるけど、無理だよ。どれだけ守っても、兵力差は絶望的だ。それに、向こうには第三位級契約神器ノートゥングがある。勝ち目はゼロだ」
「だったら、俺たちの手でノートゥングを分捕ればいい。それで一挙に逆転だ」
「いい加減にしろ。僕は、今ここにいる67人の命を預かっている。夢物語で皆を死なせるわけにはいかない」
「夢物語じゃない!」
ルドゥインが、涙にぬれた赤い目をカッと見開いて叫びをあげた。
「連邦軍に航空戦力は無い。その急所を突く」
「こっちだって同じ……え」
アザードは、はっとした。
航空戦力はある。他の誰かならいざ知らず、自分達は魔術師だ。
そして、『お姉ちゃん』から『翼』を受け継いだ、幼なじみが目の前に立っている。
「エリス! ノートゥングの場所は探知できる!?」
アザードは、魔力探知に長けた学友、エリス・コードウェルを呼んだ。
普段は目立たないおさげ髪の少女、エリスはびっくりしたように杖を取り出して、空中に地図を投影する。
「ええ。出来るけれど」
「戦略を立て直す。目標は第三位契約神器ノートゥングの奪取、もしくはその盟約者の排除。フローラ。市街戦で敵を引きつけるから、残存装備の一覧を持ってきて」
「了解。そうでなくちゃっ」
作戦は変更された。
ルドゥインは休むようにとのアザードの忠告を受けて、一番静かな受付のテントへと移動した。
そこには、幼い、義姉と会った当時のルドゥインくらいの年齢の少年が、所在無く立っていた。
「どうしたんだ?」
「お父さんがね、警察官なのにね、逃げるって」
自警団の撤退は、もう決まったことだ。
「お姉ちゃん、兵隊で、戦って、帰ってこないのに逃げるって」
(国境警備隊の兵士か……!?)
「おれ、お姉ちゃんを探さなきゃ」
わしゃわしゃと、ルドゥインは少年の髪をかきむしった。
「俺が必ず見つける。だから、坊やはおうちへ帰りな」
「信じていい?」
「任せろ。男と男の約束だ」
☆
そして、夜明けとともに戦闘は再開される。
ミッドガルド人民連邦軍の指揮官、アルト・シュターレンの元には、王国守備隊が『眠りの雲』の魔術を撒き散らし、兵の侵攻を押しとどめているという連絡が入っていた。
下水道、上水道を使った神出鬼没のかく乱攻撃を受けて、市街戦では敵を捉える事ができないと。
「構いません。空港さえ手にいれれば、この戦いは勝利です。各部隊の指揮官に至急連絡を届けてください」
「それが、指揮官だけを集中して狙撃されています。農奴兵達は、ばらばらになって略奪を……」
通常、軍隊とはシステムだ。
将校が撃たれれば士官が指揮を執り、士官が戦闘不能になれば下士官が指揮を執る。
けれど、軍事独裁国家であるミッドガルド人民連邦軍は違った。
指揮を執るものと、指揮に従うもの。その二種類しかいなかった。
指揮官の恐怖から解放された兵士達は、狂乱状態で好き勝手に動いている。
「人の心は恐怖では縛れない。人を動かすものは、そんなものじゃない」
アルトは、奥歯を噛みしめるように呻いた。
愛とか、絆とか、そんな言葉にすればつまらないもの。
それこそが、最後に人が縋り、心に燃やすものだ。
「副官殿。何を……」
「私が直接指揮を執ります。ゲオルク司令に許可を……」
彼の意識はそこで途絶えた。
スカイナイブズから二つの街を隔てた都市の小高い山にあるホテル。
対空、対地の各種装備で要塞化した絶対安全圏、総司令部を、一人の魔術師が穿ちぬいた。
――
―――
「ぶちぬけぇええっ」
背の炎の翼を足元で
地下五階。そこに、第三位級契約神器ノートゥングを所持する隻眼の男が、侵略者の指揮官がいる。
ルドゥインは、スィートルームもかくやとばかりに拡げられた司令室に着地するや、襲い掛かる敵意の塊に機敏に反応して、部屋の外から飛び込んできた見張りの兵に、突撃小銃を浴びせかけた。
間を置かず、爆風の魔力が付加された手榴弾を叩き込み、完全に入り口を破壊する。
「おいおいおい。なんて狂った真似しやがるんだ」
部屋の主は、黄金の魔剣と、6人の半裸の女性を繋いだ鎖を手にした男、ゲオルク・シュバイツァーは、至福の表情を浮かべた。
「戦争にもルールはある。捕虜の虐待、民間人拉致。あんたは国際法に違反している!」
ルドゥインは、小銃をゲオルクに向かって構えた。
「ルールだとぉ」
ゲオルクは耐えられないとばかりに破顔一笑し、四つんばいになった女性の腹を蹴った。
彼は、勢いを利用して鎖を引き、女性をルドゥインと自分の狭間、射線の中に割り込ませる。
「あんたって奴はっ!」
ルドゥインの顔が、怒りに染まる。
女の腹を蹴る。それがどういう意味か、目の前の外道はわかっていないのか。
「ルールなんぞ、強い奴が、勝った者が決めるのよ。戦勝国が一方的な裁判で『平和への罪』で敵国の軍人を裁く。それが正しい世界のあり方だ!」
ゲオルクは笑わずにいられない。
戦争そのものが平和への罪であり、そこには戦勝国も戦敗国もない。
だが、線引きをするのは明確な一線だ。
どちらが正しかったかではない。――どちらが勝ったかだ。
「さあ撃て、撃ってみろよ。カラス野郎。撃てるものならなあ」
撃てば確実に女性達も被弾する。
それを知って、ゲオルクは哄笑する。
「……」
ルドゥインは、盾にされている女性を見た。
意思の光を失った瞳。
暴行の跡も痛々しい顔と体。
彼女が纏っている衣服は。
(王国の軍服)
信じていいかと少年は尋ねた。
任せろと、男と男の約束だとルドゥインは応えた。
「わかった」
ルドゥインは小銃を捨てた。
「いい子だ。褒美にお坊ちゃまに教えてやろう。戦いには絶対のルールがある。殺して殺して、犯して、■■■につっ込んでぶっ壊す。その為にオレは戦争やってるんだよ」
自分の奥歯の折れる音を、ルドゥインはまるで他人事のように聞いた。
「そうかよ!」
ノートゥングを手にしたゲオルクが切りかかってくる。
鋼すら断ち切る斬撃を、ルドゥインは背から前面に展開した炎の片翼で受け止めた。
同時に、鎖をもう一方の炎の片翼で焼き切る。
ゲオルクの隻眼が信じられないものを見たとばかりに、大きく見開かれた。
その隙に、ルドゥインは、緊急脱出用に預けられた、空間転移の術がこめられた指輪を発動させる。
「フローラ。捕虜と拉致された民間人を転送する。任せた!」
データリンクした幼なじみが、戦争でヒーローごっこしてんじゃないこのカスボケ、修正してやるから覚えてろと耳元で怒鳴っているが気にしていられない。
「魔術師。貴様、女の名前を言ったな。この瞬間に国の未来が決まったぞ。王国中の女を列車に乗せて犯しながら、貴様ら王国兵の皮をはぎ、四肢を解体してやろう」
「未来だって? お前に未来は残さない。この俺が骨も残さず焼き払ってやる」
炎翼と
「神器と打ち合う魔術だと、貴様いったい何者だ!?」
「俺の
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