『神話篇』第7話 侵略者たち
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ブレイブダガー州の都スカイナイブズを巡る攻防戦、その一日目は、連邦軍指令ゲオルク・シュバイツァーが放った魔剣ノートゥングの一撃によって、こう着から一転、連邦軍の大勝に終わった。
州都を守るアザード・ノア率いる学生たちは、破壊された幾重にも及ぶバリケードを破棄、防衛陣地を捨てて後退して行った。
連邦軍もまた、兵士達の混乱が大きく、守備隊の陣地を接収、破壊するにとどめ、追撃はしなかった。
ミッドガルド人民連邦国遠征軍指令副官、アルト・シュターレンは、吐き気をこらえながら戦場を、否、虐殺場の跡地を走り回っていた。
心臓が刻む鼓動は重く大きく、汗と脂汗がひっきりなしに流れ落ちる。
「うぷ」
アルトの胃から、酸っぱいものがこみあげてくる。
小柄な背を震わせて、短く刈った栗色の髪を掻きむしり、青年仕官はげーげーと吐しゃ物を吐いた。
「何もかもがめちゃくちゃな戦争だ」
昨日までに、国境を破り、三つの都市を陥落させた。
ここまでは、アルトにとって馴染んだ戦場だった。武器を持たず、ろくな抵抗も出来ない人民を一方的に戮殺し、物品を強奪し、犯し、火をかける。
ミッドガルド人民連邦では、年に八万回を越える小規模な反乱が起きている。軽く計算しても一日に二百件もの暴動を鎮圧しているのだ。一方的な殺戮も強奪も焼却も手慣れたものだった。
だが、今日の相手は違う。
「……未だ軍も動いていないのに、契約神器を、人型戦車を破壊するとは」
アルトは手でまぶたをおさえた。
今でも、機械の巨人が、炎に包まれて倒壊する姿が脳裏に浮かぶ
人民連邦軍が戦った部隊、民間人とも非正規軍とも知れぬ正体不明の部隊は抗っていた。
目の前に迫る破滅に対し、諦観ではなく、必死で抗っていた。
(誰もが格好をつける。私は未来を憂いている、と。私は祖国を愛しているから、この国を心配している、と。しかし、決して『自分からは決して動き出そうとはしない』それが、王国のマスメディアを検証し、導き出した連邦軍の王国人像でした)
アルトは、汗に濡れた栗色の髪を後ろになでつけ、逆流してきた胃酸を血で濡れた地面に吐き捨てた。
(楽観論だったかもしれません。アース神族という防柵を失えば、容易く手の中に落ちる果実。この国のマスメディアが報道する『王国像』が、ただの虚像だったとすれば、面倒な事になります)
兵数不明。
武装不明。
しかし、そんなあやふやな部隊に、現に連邦軍は足を止められているではないか。
そして、ゲオルクの神器によって、バリケードの破壊と引き換えに、数百名に及ぶ戦死者を出してしまった。
(不吉な予感がします)
結果から見れば、アルトの分析はおおまかには正しく、真相の一面を射抜いていた。
ミッドガルド連邦は、独裁政権の管理下にあり、言論の自由など存在しなかった。
マスメディアを自由に操り、政府仕掛けの暴力デモを意図的に起こしたり、意図的に潰す事も簡単だった。
それゆえに、『マスメディア』=『王国世論』と読み違えても無理はなかった。
これは、一時期、王国でミッドガルド人民連邦脅威論が高まったとき、王国政府に「連邦を批判するマスメディアを黙らせろ」と批判したことが証左となるだろう。
大量の資金と政治圧力で王国マスメディアを厳重に縛りつけ、これで王国世論を掌握したと、思い込んだ。
それは正しい。間違ってはいない。
しかしながら、王国人は政府を全面的に信用しなかったのと同様に、マスメディアをもまた、全面的には信用していなかった。
そして、連邦に縛られて連邦好みの記事ばかりを編集した一部のメディアが、本当の意味で王国の真実を載せるはずもない。
愚かな事に、連邦政府首脳陣は自ら作った工作機関の希望記事という虚報に踊らされるという愚を犯していたのである。
この聡明な副官が、その事実に気がつくのは、もう少し先のことだった。
アルト・シュターレンは、王国の守備陣地を徹底的に破壊したあと、死屍累々の血泥からいくばくかの遺品を持ち帰り、天幕で司令官の指示を仰いだ。
「ふん。報告書を本国に送っておけ。どうせいくらでも補充の利く連中だ」
ゲオルク・シュバイツァーは、血のように赤い酒を瓶ごと煽りながら、足を”飼い犬”の上に乗せた。
首輪に繋がった鎖を無理やり引かれて、くぐもった悲鳴が上がる。
軍靴の泥が汚す、白い女の肌から、アルトは目を背けた。
占領中の町から拉致した王国人の女達が服を剥かれ、狗のように首輪と紐をつけられ、四つんばいで這わされている。
(こんな男が英雄とは)
「アルト。貴様、オレが、ゴミどもを処分したことが不満か?」
舐めるような目でねめつけられ、アルトは冷や汗をかく。
「いえ、司令には司令のお考えあってのことと、判断しています」
ニヤリと、ゲオルクは隻眼を歪めた。
「そうだ。オレにはオレの考えがある。オレは優しい指揮官だからな。戦死者は少ない方がいい。あんな急造の柵ひとつ崩せずに、兵を犬死させるわけにはいかん」
「だから、処分された……?」
「そうだ。明日からは、死に物狂いで戦うことだろう。戦わねば、俺によって殺される。戦えば、敵を殺し、金と、女と、”命”を得る事ができる。どちらが賢明か、我が有能なる兵士どもも肝に銘じることだろうよ」
覚えておけ、と、ゲオルクは続けた。
「人を従わせるのは、言葉ではない。恐怖だ」
左手に”犬”をひく鎖を、右手に金色に輝く蛮刀、魔剣ノートゥングを手にしたゲオルクは、軍服の上からでもわかる筋肉質な巨躯を震わせて、からからと笑った。
「南にやった連中は順調か」
「はい。第6、第7大隊から、スプリングシティを陥落せしめたという連絡が入りました」
「スプリングシティ? ああ、あの”無防備都市宣言”を行った馬鹿な町か」
無防備都市宣言とは、捕虜に対する人道的扱いを保障する国際条約に追加された議定書のひとつで、すべての武器と軍隊を含む武装組織を排除した上で、この宣言を行うことにより、紛争当事国による無防備地区への攻撃を手段のいかんを問わず禁止するというものである。
だが、そもそも無防備宣言は「紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れる」事を宣言するもので、要は地域単位での降伏宣言である。
「戦争に巻き込まれないために無防備宣言を」と熱狂的な運動家は主張したが、現実には、率先して「占領しちゃってください。物理的攻撃さえされなければ、貴国の統治を受け入れ、なにされようが構いませんよ」という、外患誘致そのものの、平時に行うには、とてつもなく愚かな宣言なのだ。
その上、致命的なことに、国際条約である以上、批准していない国、たとえばミッドガルド人民連邦国には、何の拘束力も持たなかった。
かくして、無防備宣言をろくに調べもせずに妄信し、避難すらしなかったスプリングシティの一部住民は、この世の地獄を見ることとなった。
「負けてはられんぞ。州都スカイナイブズ。あと二日で落とす」
ゲオルクの確信通りだった。
ノートゥングの広範囲破壊魔術によって、一網打尽に殲滅されることを恐れた生徒達は、街道各所に分散して防衛に当たらざるを得ず、瞬く間に各個撃破された。
夜明けの開戦からわずか3時間で、最終防衛線は突破され、数万の連邦兵がスカイナイブズに雪崩れこみ、暴挙の限りを尽くした。
さかのぼること半日前に、かねてからミッドガルド人民連邦軍と通じていたブレイブダガー州知事は、事前の打ち合わせどおり降伏交渉のために侵略軍陣地を家族とともに訪れ、ゲオルクによって惨殺された。
圧倒的軍事力を誇るミッドガルド人民連邦にとって、州知事の存在は、せいぜい使い捨ての道具に過ぎなかったのである。
八人いた彼の家族で、生を永らえたのは、娘一人であり、彼女もまた生涯に渡る心的苦痛を得ることとなった。
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