『神話篇』第8話 戦時下のキャンプで
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弾痕や割れた硝子、略奪された商店、……市街戦の後もなまなましい、州都スカイナイブズ。
ブレイブダガー州にたった一つしかない空港の駐車場に張ったキャンプで、生徒達は折り重なるようにして倒れていた。
「生きてるか?」
「まだ、死ねねーよ」
二日間の戦いで、105名いた生徒達のうち36人が戦死した。
損耗率30%オーバー。作戦遂行能力なし。立派な全滅である。
そもそも、今日の午後からは、生徒達はほとんど戦力になっていなかった。
魔法使いは、強力な戦闘能力を有するが、魔法の行使には莫大な体力と精神力を消費する。
初めての実戦で、ろくな戦闘訓練も受けていないドシロウトのルーキーが、ここまで生き延びた事こそ奇跡だ。
警察、消防団、その他の大人たちが、死に物狂いで走り回り、車両や土嚢を使ってバリケードを築き、時に銃を撃って応戦した。
空港が落ちなかったのは、彼らの命をかけた組織的抵抗のおかげであり、生徒達はむしろ守られる側だった。
「住民の避難は、どれくらい進んだの?」
「ほぼ完了だってさ。非常時なのに、いや、非常時だからかな、皆助け合ってるよ」
「強いな」
「いい大人だ。ちょっとだけ尊敬する」
わははと、生徒達は笑う。
彼らは、身勝手な大人たちが呼んだ戦争だと思っていた。
普通の戦争なら、侵略軍と戦うのは軍隊の役目のはずだ。
それが、彼らのような兵士とも呼べぬ見習い魔術師や、民間人が防戦している。
理由はわかってる。
軍が動けないから。
非常時における法整備がまったくされていなかったから。
そもそも、ナラール国が核実験を行う前に強力な制裁措置を取り、実験された時点で何らかの形で核弾道弾発射基地を攻撃できる手段を所持していれば、核弾頭が着弾する事も、こうやってミッドガルド人民連邦国の侵略を受ける事もなかったのではないか?
専守防衛を謳いながら、防衛策を何一つ準備しなかった大人たちに、彼らは失望し、憤慨した。
若かった。
世の中、そんなに簡単に変われないことを知るには、生徒達は幼すぎた。
無言で働く大人たちの背が負った物を知るには、まだ、未熟だった。
だが、そんな子供だからこそ、足掻こうとしたのかもしれない。
「なんか、入り口の方、揉めてね?」
「ああ、市民団体の代表が苦情に来てる。御嬢とあまりものが相手してるよ」
「どんな苦情?」
「この街が攻められたのは俺達のせいだから、立ち退きにかかる金とその他諸々を保障しろだとさ」
「……キレてね?」
「てゆうか、攻めてきてる相手に言わんのか」
キャンプが重い空気に包まれる。
怒るとかいう以前に、気力がまったく涌いてこない。
「短気なお嬢にしちゃ信じがたい執念で粘っているな」
「よくやっているよ」
「連中はああやってゴネて、賠償や慰謝料ぶんどるのが仕事らしいから」
「まさに『プロ市民』だな。あれ、プロレタリアの略だっけ?」
「そんなことしてる暇があったら、真面目に働けよ」
「働いたら税金が国家に行くから駄目なんだと。あと、生活保護がもらえなくなるらしい」
「なんじゃそりゃあ?」
「待て。彼らは市民の為に運動していると主張しているぞ」
「違う。それ違うから。『プロ市民』の為だから。恵まれない私に愛の手を、だから」
「そういや、一般庶民にゃ手の出せない高級車乗り回しながら、売りもせずに、うちの子の為に愛の募金をなんていう家があったなあ……」
「学業の時間を意味不明なデモにあてて、借りた奨学金を返すのが嫌だとぬかす学生もいたぜ」
「平和だったんだな。うちの国」
そんな風に、生きた死体が毛布の中でだべってる間、受付をつとめるフローラ・ワーキュリーは、白いひたいに青筋を立てていた。
訪ねてきた市民活動家は、いかにも貴婦人といったいでたちの女性で、泥だらけのキャンプに不似合いな、高級そうな衣装がなおのことフローラの勘に障る。
もしも許されるものならば、パイプ机をぶん殴って立ち上がり、頬をひっぱたき、『外へ出ろ。これが戦争だ』と怒鳴りたかった。
「戦争はいつの時代だって、自衛から始まるんです」
「はい」
攻めてくれば、防戦せざるを得ないでしょう。それとも黙って殺されろと?
「あなた達はどうして敵と手を取り合おうとしないのです? 話し合おうとしないのです?」
「ええ」
交渉なら政府が飽きるほどやりました。
その上でなお向こうは、我が国の民間人を攫い、工作団体で化学テロを行い、武装集団を流入させて、物理的手段によって我が国を攻撃してきました。
「どうして譲ろうとはしないのです? どうして相手を思いやらないのです。話し合えばわかりあえるはずです」
「はい」
強姦魔に襲われて、レイプさせろと言われて、ここまでだけならOKよ、とでも言うのが思いやりですか?
どこの痴女か! 抵抗して助けを呼んで蹴り飛ばして通報して自分の身を守るしかないのに。
「いいですか? あなた達も兵士ならわかるでしょう。死ぬのは何の力もないわたし達なんです。政府の偉い方達は安全な場所にいて、危なくなったら逃げるだけなんです」
「……」
フローラ・ワーキュリーは、ふざけるな! と怒鳴りたくなった。
王国の歴史上、そんな恥ずかしい行為をした司令官や政治家はいやしない。
幾度かあった敗戦のときも、戦犯として無理やり罪を押し付けられ、民を守るために悪役として裁かれた。
「わたしがあなたの立場なら、とても武器なんてもてやしませんよ。ちゃんと隣国の言う事を受け入れて、思いやって、いがみあわないように努力して、そうすべきなんです。なのに、あなた達ときたら、平和を愛する人間として恥ずかしくないのですか?」
「……」
このひとは、と、フローラは心に冷たいものを感じた。
このひとは、戦争を自国が起こすものだと思っている。
隣国が、常に和を重んじ、互いに譲り合い、ともに手を取り合っていける良心的な存在だと勘違いしている。
隣人が攫われても、隣人が傷つけられても、自分は戦わなかったから悪くない。
自分は相手を傷つけなかったから悪くないと思っている。
今、一方的な悪意と欲望から、ナイフを振りかざして、斬りつけて来ているのは向こうなのに。
戦争は、自分が起こさなくても、向こうから吹っかけてくるものなのに。
無数の核を落され、侵略されてなお、「何もしないことが正しい」と信じている。
それは、命を見殺しにするのと同義語なのに。
「はっきり言いましょう。あなた達の存在こそ平和への障害です。あなた達のような人がいるから、この街は襲われた。すぐに武装を解きなさい。今日、死んだあなたたちの仲間、自業自得とはいえ、犬死にです」
「!!」
あ、駄目だ、と、フローラは思った。
死んだ仲間達の顔が、目の前にいる女達を守るために死んだ友達の顔が、侮辱された。
フローラの右手が、彼女の自制心を振り切って、空を切る。
瞬間、隣で沈黙していたルドゥインが乱暴な音をあげて立ち上がった。
バチンと、高い音が響き、振りあげられたフローラの手が、幼馴染の頬をぶっていた。
「ルドゥイン……。落ち着いて、外で頭を冷やして」
ルドゥインは、紅葉の浮いた頬を痛そうに撫でると、「悪い」と呟いた。
そのまま、奥に歩き出す。
ごめん、と、フローラはその背に向けて心で謝った。
悪役を押し付けてごめん、止めてくれてありがとう、と。
「無礼な。そもそもあなた達は……」
いい加減、話を終えなければならない。
これでは士気に関わってくる。
フローラが息を吸い込んだとき、新たな来訪者が現れた。
「ちょっとすまんなあ。お取り込み中悪いんやけど、ちょっと話聞いてくれへん?」
泥だらけのコートを着た、ショートカットの女だった。
今まで、外の作業を手伝っていたのか、化粧もおちて、かけた眼鏡も薄汚れている。
「なんですか。無礼な。わたしを誰だと思っているのです? わたしは慈善事業団体”平和の使徒”幹部の」
割り込まれて憤る婦人に、コートの女が微笑みかける。
「ああ、あの有名な。白い薔薇運動、私もよう知っとるで」
「そうですか。白い薔薇のアクセサリを平和の祈念に購入していただき、その売上を恵まれない国に寄付する。わたし達の誇るべき運動です」
「うん。知っとる。知っとる。あんたらの公表した売上が、他国に一銭も寄付されずに、他の市民団体の活動費にあてられとったこともな」
「……それのどこが悪いのです? わたし達は信頼できる団体に寄付しました。募金詐欺とでもいいたいのですか?」
「わー、こわ。そないに怒らへん。怒らへん。ただなあ、あんたらの寄付した団体にな、この国に弾道弾打ち込みくさった国とねんごろな団体がいるんや。もし、白い薔薇の募金が弾道弾の製造費にあてられとったら。あんたら、平和の使徒どころか悪魔の使者やな」
貴婦人の頬がひきつった。何者です? と問いかける。
薄汚れたコートの女性は、くたびれた鞄から名刺入れを取り出し、渡す。
「マリー・キャリング。ジャーナリストや。ちょっち、ここのひとに用があったんやけど、あんたも取材させてくれる?」
「お断りします!」
貴婦人は手早く荷物をまとめると、逃げるようにキャンプから走り去った。
「ほんま災難やったなあ」
フローラはげっそりした顔で、人懐っこい笑みを浮かべるコートの女性を見上げた。
この上、ジャーナリストの相手などしたら死んじゃいそう、と、クマの浮いた顔に書いてある。
「悪いんやけど、外の市街地へ取材に出たいんや。護衛に一人貸してくれん?」
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