『神話篇』第6話 鮮血
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聖暦6663年の州都スカイナイブズの防衛戦は、のちの史書にこう綴られる事になる。
若きガートランド国王、エレキウス・ガートランドに見出された神剣の勇者が仲間達とともに赴き、侵略者達を撃退した、と。
やがて、史実は散逸し、歪曲され、遂には魔物の軍勢を、炎の神剣を手にした勇者が追い払った、とまで改変されるのだが、真実は違った。
王家直系の曾孫であったエレキウス・ガートランドは、生涯王位に就くことはなかった。
世界人口の95%を失った大戦で、彼が将軍の座を押し付けられ、それなりに見事な采配を振るったこと。
老いた彼が壊滅した王国を立て直すため、名宰相として
だが、エレキウスがなぜ王位に就くことを固辞し続けたのか、彼がなぜ王国を護ることに全力を尽くしたのか、その理由、若き日に交わした約束を知るものは、後世にはいない。
そして、スカイナイブズ防衛戦、その真の姿もまた。
この戦いで、魔術士官学校有志百余名を指揮したのは、後のスキーズブラズニル艦長代理アザード・ノアである。
彼は、兵数ではるかに勝り、装備でも圧倒するミッドガルド連邦軍に対し、前代未聞の布陣を引いた。
魔術師百余名を、各々の得意分野に合わせて分散配置させ、随時連携をとったのだ。
予知や情報解析にすぐれた生徒達を集めて、数十秒後の敵攻撃を予測。
テレパスやマインドコネクトなどの、通信に優れた生徒達がそれを通達。
爆破や火球などの攻撃可能な魔術に秀でた生徒達が迎撃。
空間干渉や盾、障壁の創造に優れた生徒達が、町の先に建造したバリケードの後ろで防壁を展開して守る。
いわば、魔術師をひとつのシステムとして扱うこの戦術は、これまでの世界史において存在しない、稀有なものだった。
これまでの常識では、魔術師と言えば研究者であり、一人で行動するのが当たり前というのが世界の常識だったのだ。
歴史上には、こういった空白が稀に存在する。
これは地球という別の世界の話であるが、遊牧民族が編み出した騎馬を用いて陣地を築かぬ遊撃戦術、黒太子と呼ばれる名将が用いた大型弓兵を使った遠隔射撃戦術、軍神と称えられた男がはじめて使った迂回、囮を利用する奇襲戦術、東洋のちっぽけな島国の提督が列強国の中でも世界最強と呼ばれた艦隊をふっとばした砲撃戦術などは、コロンブスの卵として使われ、絶大な戦果をあげることになる。
この世界の場合、アザードの魔術連携はそれらに匹敵する革新的な戦術だった。
突出した神器として、第五位にはあたるだろう、巨人型の陸上戦車を魔術の集中砲火で片端から吹き飛ばし、敵の砲撃は予測した上ですべて完全防御。
緒戦は、わずか百名の生徒達がその力を十全に発揮して、かなりの優勢を保っていた。
「アザードのヤツ、よくこんなやり方を考えるぜ」
「なんだっけ、あいつ昔言ってたな。凡才が三人集まったら、天才に追いつけるのか知りたいって」
「あいつこそ、天才だろ。あと、フローラ・ワーキュリー。原案は彼女だって話だ。やっぱ我が校が誇る神童と才媛は違うね」
「一人だけ、バカがいるけどな」
「言ってやるなよ」
ほとんど名指しで馬鹿扱いされていたのが、ルドゥイン・アーガナストである。
彼は残念ながら、魔術師としての才覚は二人には遠く及ばなかった。
更に成績でも及ばなかった。容姿でも及ばなかった。
だから、何かと話題にのぼりやすい看板カップルのおまけとして、煙たがれることも多かった。
「気にするなよ、ルド」
「気にしちゃいない。テリー」
赤毛の級友がカップ入りの水を差し入れてくれた。
そばかすの浮いた彼の顔、その額をルドゥインは人差し指でピンと弾く。
「いってえなあ」
「隙だらけだよ」
戦争の合間、わずかな凪に、カップをぶつけあい、水を喉に流し込む。
「俺は感謝してるぜ。ルドゥイン。お前は、無関係なのに、俺の故郷を守るために来てくれた。それが、感謝しきれないくらい、嬉しい」
「ダチだろ。当たり前じゃないか」
ルドゥインは、笑う。
笑いながら、カップを持った右手とは逆、銃を持った左腕が、酷く震えていた。
自分は誰かを撃ち殺しただろうか?
さきほど放った火球、人型戦車を焼いた火球。
あの中には、生きている人がいたはずだ。
(おかしいよ。おかしいよ。俺はどうしてここで戦ってるんだ。殺すため、そんなことのために、俺は魔法使いになろうとしたのか? 違うだろ? こんなの、おかしい)
ふいに、頭の中がクリアになる感覚。
通信魔術によるデータリンクだ。
敵の、連邦軍の予測攻撃が、ルドゥイン達の脳裏に転送される。
「嘘、だろ。正気かよ、連中は!」
悪夢が、始まった。
戦車による突破に失敗した連邦軍が用いた戦術はシンプルなものだった。
軍服すらろくにまとわぬ一般兵による一斉突撃。
バリケードの隙間から、生徒達は銃を撃つ。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
連邦兵は異常と言えた。
生きている味方の体を盾にする。
死んでも突撃、殺されても突撃。
まるで出来の悪いホラーだ。
奇跡的な連携を見せていた生徒達が、恐慌に陥り、無我夢中で銃を撃ち、魔術を放ちだす。
「なんなんだよ、あいつら、わけわかんねえよ」
「人の命をゴミ以下にしか見てやがらねえ」
「いやだ、俺はもう撃てない」
銃を降ろすもの、逃げ出すもの。
弾幕が薄くなった場所に、まるで地獄に伸びた蜘蛛の糸でも掴もうとするかのように、連邦兵の銃撃が殺到する。
防御担当の生徒達の魔力だって無限ではない。
まるで堤防に穴があくように、次々と、次と、障壁が消えてゆく。
「あ、あ、あ」
ルドゥインは空になった銃を見た。
弾薬を補充しなければならない。
倒れている。
顔見知りが、友人が、血塗れになって倒れてる。
「うそ、だ。こんなの嘘だ」
その時、ルドゥインは見た。
敵兵の海の向こう岸に立つ、オールバックにまとめた黒髪の、片目に眼帯をつけた隻眼の男を。
「なんだ、てめえら、だらしないな。あの程度のバリケードも破れないのかよ。もう、いいや。死んじまえ。たとえ10億人が死んでも、1億人が残ればオレ達の勝ちなんだからよ。不用品はちゃぁんと処分しないとなあっ」
人民連邦軍の軍服を着た男は、見るからに頑丈で豪奢な造りの剣を掲げた。
風が、集う。
禍々しい気配が、何かが、男の周囲に引き込まれてゆく。
「冥土の土産に覚えておけ。我が名はゲオルク・シュヴァイツァー。いずれこの国を制する男の名だ!」
逃げろ、と。誰かが言った。
逃げろと、ルドゥインは言った。
あれは、あの剣はろくでもないと。
ただでは、すまない、と。
「吠えろ。ノートゥング! 勝利を約束された剣よ、我らに逆らう愚者どもを塵に変えろ。紅覇――”長征”――発動!」
バリケードを捨てて、隣にいたテリーの手を掴み、逃げ出した。
だから、ルドゥインは知らない。
ただ、通信術者が見せた、その景色は、竜巻みたいな何かと。
一面の あ か だった。
「テリー?」
大丈夫だと、ルドゥインは思った。
手はちゃんと繋いでいる。
スカイナイブズ市にある小さな料理屋の息子。
魔術師になって家族を楽にさせてやるって。
「なあ、テリー。こたえろよ」
だから、こんなのは嘘。
腕だけ、なんて、そんなのはわるいゆめ。
「あ、あ、あ、ああああああああああああっっっ」
慟哭は、受け取るものもいないまま、真紅の海へ消えていった。
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