俺が殺されたわけ

盗られた物は現金三万円。


サヨリから聞いてリョウタは不審でならなかった。

三万円を盗むためにわざわざ自分を玄関で待ち伏せして殺したのだろうか。

三億円ではない、三万円だ。

三億円ならもしかしたら考えるかも知れない。

だが2LDKの安マンションだ。そんな大金があるなど誰が思うだろうか?

事実、あったのは来月の旅行用に下ろしていたものだ。

別段派手に暮らしていたわけでも、見栄をはっていたわけでもなく普通のレベルのありふれた暮らしをしていただけだ。


これから考えられることは怨恨か何か悪意のある殺人だ。

三万円は物盗りに見せかける偽装だろう。

窃盗に入ってたまたま起きた偶発的な殺人だと。

警察の捜査に少しでも混乱をもたらす意図もあるだろう。


しかし・・・・・


(俺に何の恨みがあるんだ?)


リョウタの心にはこんな疑問が渦巻いた。


思い当る節は何もない。

そんな人間関係にも心当たりがない。

むしろすべて良好だったはずだ。

過去にもそんな後ろめたい事は一切ない。


芸能、エンタテイメント関連の記者だったリョウタは最近の出来事に関して遡る事にした。


記者活動をしていると知らぬ間に知ってはならない事に触れてしまい、事件に巻き込まれる事はあるらしいが、そんなサスペンスドラマみたいな事が自分に起こるなど到底思えなかった。


つい最近の出来事は人気アイドルの密会発覚とか、結婚して十年になる芸能人夫婦に待望の子供が授かったとか他愛もない事ばかりだ。


これが七月の事だ。


『そうだもう一つ。黒洋芸能プロダクションズの企画したENKAフェスティバルが大成功したというのもあったな。』


ふとこんな事を思ったが、どの出来事を考えても殺人事件に発展する様な事には思い当らない。


『俺は単なる芸能記者だし。』


リョウタは心の中で呟いた。


では最近の自分自身の出来事としてはどうだろう。


由里と秋になったら東北へ旅行する計画だったが、こんな事が原因であるはずがない。

他には先月車をスーパーの駐車スペースにバックで入れる時に隣の買い物客が置いていたショッピングカートに気付かずぶつけてしまった。

何とも取るに足りない事だ。


それから・・・・


『ああそうだ、島根から大阪に来たわけをこの間親父の初盆で帰った時に調べたが、部屋に残っていた書類などからは結局大した事は分からなった。まあそんなに詳しく調べるつもりもなかったけれど』


リョウタはこんな事を思いながら、これも自分が殺される理由にはなりえないと可能性から外した。


それから後は例のENKAフェスティバルの盛況具合を見学に行き、ばったり黒田社長に会った。社長は大盛況に気を良くしてご機嫌で昼食を奢ってくれた。


食事中また大阪の話しで盛り上がった。


そもそもなぜ自分が大阪に移り住む事になったか実家に帰った時に調べたが、結局分からなかったと話すと社長も笑いながら聞いていたが、あまり興味はなさそうだった。


ただ、何でも父親は大阪の知人に昔貸しがあり、その貸しのお蔭で大阪で働ける様になったと母親に話した事があるらしいと言ったら、これには黒田も興味を持ったのか、「ほお、それどんな貸しやねん?」と聞き返して来た。


調べたがこの貸しに関してはこれだという資料は見当たらなかった。ただ島根に住んでいた時に家にあったあの虎の置物を大阪の知人に当時の二十万円で売ったらしい事ぐらいだと答えた。


何か他に心当たりはないか自問自答してみたが、これといって思い当る節などあろうはずもなかった。いずれにしろ、所詮幽霊となってしまった今となってはこれといってやる事もないし、食べる事も寝る事も働く必要だってないのだし、リョウタは自分殺人事件の専任担当刑事として推理の真似事でもするしかなかったのだ。都合のいいことにサヨリやミドリから様々な情報も入って来る事だし。


しかし彼女たちを通じて入って来る警察の捜査状況からも現在の所これと言って有力な手がかりは見いだせなかった。


とりあえずリョウタはサヨリやミドリの様に、自分が憑りついている由里の感覚を共有出来る様に訓練を始める事にした。そうすればもっと多くの事が分かるだろう。

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