口封じ
堂海と黒田の黒い過去について、情報を報道関係者に漏らした男はもう麻薬の影響で廃人同様の状態で、澤又祥吾という自分の名前さえ思い出せない状態になっている。
そんな説明を千賀から受けた黒田は、恐ろしさを覚えていた。
千賀とその仲間たちにだ。
やろうと思えばどんことでもやってしまう。
表向きはいつも黒田に付き添って、完璧な秘書の顔を持つこの男は、裏に回れば汚れ役を一手に引き受ける悪魔のような顔を持っていた。
だが味方にすればこれ程頼もしい存在はない。
黒田が横浜のある飲み屋で飲んでいたとき、一人の客が酔って暴れ出したことがあった。
そのとき千賀はその界隈の飲み屋の用心棒のようなことをしており、すかさず千賀はその客をとり抑えたが、客の耳元で千賀が何かささやくと、その客はしきりに頷いてた。
千賀が肩を抱いて出口まで連れて行くまでには、その客もすっかりおとなしくなっていた。
最後にはすこし笑みを浮かべながら手を上げて店を去って行ったくらいだ。
その後、千賀が二人の男に目配せすると、二人は店の外へ出て行った。
その後、その客がどうなったか黒田は知らないし、知りたくもない。
ただこの千賀の見事な手際に黒田は興味を持ち、千賀を呼んで尋ねてみた。
「お前さっきあの客に何言うてん?」
千賀はニヤリと笑ったが、企業秘密だと言って教えてくれなかった。
それから周りにいたホステスを追い払い、千賀と二人で飲み始めた黒田は、しばらくして千賀にこう言った。
「お前、俺の所で働かへんか?給料は今の三倍や。」
まさか千賀の給料が五百万円になるとは思わなかったが、裏に徘徊するハイエナどもを養うことも必要だろうし、必要経費と見れば決して高い買い物ではなかった。
千賀は裏にどんなあくどいことも、法に触れることさえも平然と遣って退ける影の組織を持っているようだったが、この組織について黒田はあえて聞かなかった。
それは千賀が黒田に出した唯一の条件でもあった。
だが黒田にしても知らない方がいざというとき、自分に飛び火する恐れを減らすことに繋がることであるから無論異論はなかった。
千賀が自分の秘書をやるようになってから、黒田は注意深く千賀の様子を観察してきたが、どうやら千賀自身もこの組織と直接の関係にはないようだった。
黒田はこう考えていた。
どこかに何重にも重なる組織があり、最初の依頼がこの組織間で巡り巡って最終的な受け皿にたどり着いたときに実行に移される。
最後の実行犯たちはなぜ自分たちがそのよう
なことをするのかは分からないまま、金のためなら何でもする輩なのだろう。
だからもしここで警察に発覚しても、依頼を逆にたどることは不可能に近く、事件は結局単独犯として処理されるか、迷宮入りしてしまうのだろうと。
その組織の犠牲となった澤又祥吾も気の毒な男ではある。
黙っていればそれなりの身の安全は保障され、今頃は孫と余生を送る生活もできただろうに、黒田をゆすろうなどと考えたがために自分を失う羽目になってしまったのだから。
澤又は黒田がかつて大阪でしがない興行師をしていた時の相棒だったが、黒田が今や大成功していることに目をつけて、昔のよしみで金を出しもらえないだろうかと相談に来たのだ。何でもそれこそ孫が難病にかかっているとか何とか言っていたが、黒田にとってはそんなことは自分には関わりのないこと、金を出してやったところで、何のメリットもないのだからつれなく断ってしまった。
そこで澤又は昔の黒田の過去をネタにゆすりにかかったのだ。
だから今回彼の身に起きたことは身から出た錆、墓穴を掘ったとでもいうのだろう。
澤又がどうなろうと知ったことではないのだが、問題は澤又が情報を漏らした先である。
澤又はある暴力団関係者と密会しているのを目撃され、その暴力団関係者は情報屋としてさらにどこかの報道関係者にその情報を売ったことまではわかっているが、その男はその後組内の抗争で命を落とし、結局情報の行方はその男とともに地獄の釜の中に封じ込められてしまう恰好になってしまった。
千賀はその情報の行方に関しても探っていたが、そちらに関しては今のところ皆目見当がつかない状態であった。
もちろん堂海は堂海で自分の影響が及ぶ警察内の筋を使って、それとなく探ってはいるようだが、そちらも成果は得られていないようだった。
黒田と千賀の計画は、習志野の薬物中毒の件をリークさせることで世間の報道を一斉にそちらに向けることにより、その中で黒田と堂海との癒着の件について嗅ぎまわる報道関係者をあぶりだそうというものだった。
だがまだこれといった動きは見当たらない。
習志野の件が収束するまでに何とか見つけ出せれば、彼女を餌食にした甲斐もあるのだが、今のところは完全に捨て石になる恐れがあった。
まあこちらも、黒田の記者会見での名演技で逆に必死に立ち直ろうとする可憐な女を演出することにより、十分勝算の見込めるシナリオが用意されていた。
そのために、彼女の不幸な子供時代からの生い立ちの情報が流され、世間の同情を集める方向に向かっている。
これには習志野あけみのつい守ってやりたくなるような、繊細な容姿も一役買っているのも事実ではある。
もしこれが黒田のような容姿であれば、ここぞとばかり一斉に叩かれていたことだろう。
つくづく美人は得だと黒田自身思ったものだ。
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