記者会見を終えて

「あかん、もうあかん。立ったまま寝てしもうたわ。」

ステージの裾に退いた黒田は、控室に入り側近の副社長との二人だけになると叫んだ。

「どこでもええから、ちょっと寝かせてくれへんか?」

大阪時代から黒田と行動をともにし、黒洋芸能プロダクションズを旗揚げした際にも、資金集めに奔走して、黒田の懐刀と言われる副社長の柳が苦笑いしながら言った。

「社長、冷や冷やしましたで。鼾かきはじめるんやないか思て。」

黒田はきっとなって柳を睨み返して言った。

「アホ抜かすな。鼾かいたんは立ち上がって頭下げた時だけや。あんとき自分の鼾で我に返ったけど、思わずよろけてしもうたわ。」

黒田と柳はいかにも関西人らしいノリで言葉を交わした。

「俺も眠とうて、悪いけどクロちゃんの記者会見聞きながらウトウトさせてもろうたわ。」

柳はついクロちゃんと呼んでしまった自分に気付いた。

普段間違っても黒田のことをクロちゃんなどと呼ばないように、いつも社長と呼ぶように気を付けていたが、彼もまた黒田とともに徹夜した疲れか、緊張が解けたためであろう。

「でどないやった?俺の話は。」

黒田が聞くと柳は頷きながら言った。

「よかったで、俺なんとタレント思いの心優しい社長やなあと涙出たわ。」

柳の言葉に再び黒田は噛みついた。

「嘘をつけ。お前も徹夜明けで目がショボショボしとっただけやろ?」

黒田の突っ込みに柳は答えた。

「とんでもない。その通りや。」

二人は互いを見つめ合いながらゲラゲラわらった。

しかし、黒田は再び叫んだ。

「後は千賀がうまくやってくれるやろ。あいつは若いし、麻雀も一人勝ちやったし、そのくらいやってもらわな。柳とにかく寝ようやないか?だけどお前おかしな気おこすんやないで。俺にそんな趣味ないからな。」

そう言って黒田は控室の押し入れにある毛布を引っ張り出し、座布団をくるりと丸めて枕にして、座敷の上にごろりと寝ころんだかと思うと、瞬間芸のようにすぐに大きな鼾をかき始めた。


「アミューズ出版社の雅です。」

そう言って由里は質問を始めた。

「今回の件をアメイZing社が記事にしたことについてどのようにお考えですか?アメイZing社は娯楽を扱うことに特化した出版社で、今回のような件を扱うことは極めて異例のことと思いますが。」

由里の意表をついた質問に場内はどよめいた。

今までの質問は習志野あけみに関する今までの状況や、黒洋として彼女を今後どのように扱うのかばかりで、出版業界が別の意味で疑問に思っていたことについての質問だったからだ。

アメイZing社に何か裏があるのか、黒洋が今後アメイZing社をどのように処遇するのかという、デリケートな部分も含んだ質問なのである。

各社の記者たちは一斉に由里に、いやアミューズ出版社の記者に振り向いた。

敵対とは言わないが、ライバル関係にある両社の立場を邪推する者もいたに違いない。

当のアミューズ社の他の記者もカメラマンも由里の思いもよらない質問に振り向いたほどだ。

壇上の千賀は珍しく混乱したような表情で舞台裏に視線を走らせ、少し唇を噛むような仕草を見せた。

さすがの彼も少し動揺しているようだったが、まもなく自分で頷きながら答えた。

「ああ、あの、今回の件につきまして、ええ、当然弊社にとりましては大変インパクトの強い記事ではあります。しかしながら・・・」

千賀はそこで言葉を探すように一旦間を置き、改めて答え始めた。

「確かにインパクトの強いものですが、本来弊社が管理すべきことであり、どのような出版社がスクープするよりも前に、事前に把握しておくべき事柄だと存じます。そういう意味で弊社の管理体制にスキがあったと言わざるを得ません。従って・・・」

少し間を置き千賀は続けた。

「従って、アメイzing社が本件を記事にされたことにつきましては、私どもと致しましては、警鐘という意味で感謝申し上げるべきかと存じます。」

そう締めくくって、千賀は眼鏡の縁を指先で持ち上げて場内を見回した。


「ううん、アミューズはえげつない所をついてくるな。雅か質問をしたのは?」

半日近くも爆睡した黒田は記者会見のビデオを見ながら千賀に聞いた。

千賀は冷淡な表情で頷いた。

「しかし、お前もうまく答えたものやな。ああ言っておけば、今後のアメイZingとの関係にも支障はないし、変に思う奴らもおらへんやろうからな。」

まだ寝たりないような目をした柳もそばで頷いた。

「ですが、こんな質問をしてくるアミューズは今後監視しておく必要があるかと思います。特にあの雅由里という女は・・・。」

そう千賀は言った。

「そやな。あの女をうちの担当から外させたのが吉とでるか凶とでるかってとこやな。」

黒田も同意した。


そのころ、アミューズの編集室に編集長と由里を交えた他の記者たちが集まっていた。

編集長は肺一杯にタバコの煙を吸い込むと、間欠泉のように思い切り上に煙を吐き出しながら、椅子の背もたれに体を預けて言った。

「そうか、そう黒洋はそう言ったか。」

由里は神妙にうなずいた。

「俺もさすがにあの質問には驚いたが、雅の質問には一理あるし、それに何といっても例の政治家との癒着の件がしばらく頓挫してしまったのが今回の事件だし、もしかしたら黒洋が察知して敢えてリークしたのかという疑問も湧いてきましたよ。」

ベテラン記者の岡野は言った。

「そうかも知れん。岡野、お前はその件を引き続き取材してくれ。感づかれないようにな。もしこの件が公になれば、習志野どころの騒ぎじゃない程の大スクープとなるんだからな。」

そう言って編集長は身を起こすと吸っていたタバコを灰皿に押し付け、もみ消しながら由里に言った。

「雅も協力してやってくれ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る