麻薬スキャンダル

連日の報道でもう知らぬ者がない状態だった。一般紙の社会面はいつも習志野あけみの名がどこかにあり、取り調べの状況、母親のコメント、中学時代の友達から美容室のマスターまでありとあらゆる人物の習志野あけみ評が掲載された。

それはどれも、あの穢れを知らない清楚な容姿のままに、とても信じがたいというものばかりであった。

だからこそ、世間はこれ程までに大騒ぎとなり、この話に飛びつき、何か新しい情報を求めていた。

ネット検索のキーワードでもダントツの一位を続けている。

それは何と株価にも影響を及ぼし、前日から平均で二百円の下落を引き起こしていた。

一女性歌手の麻薬スキャンダルがこれ程まで、影響を及ぼすとは誰が考えたろう。

それは黒田にとっても同じだった。

彼は目を赤く腫らして、顎には髭が目立ち、いつもの派手に着飾っている黒田とは別人のようだった。

ただ彼は徹夜麻雀の負けが悔しいだけではあったが。

黒田を取り巻く千賀をはじめとする側近の男たちも一様に疲れた表情を見せていた。

黒田よりも若いとはいえ、やはり丸二日も雀卓を囲むとなるとさすがに疲労困憊するものだ。

今回のことに対応に追われている様に見せるためには、麻雀の効果は絶大だった。

黒田は今、黒洋芸能プロダクションズの大ホールを記者会見場にしつらえた壇上に上がろうとしていた。

「ええな千賀、頼むで。うまく記者の質問を誘導してな。」

黒田は千賀に念を押した。

これには千賀も少し苦笑いをした。

万事抜け目のない千賀に念を押すような事ではないからだ。

彼は目を真っ赤にした黒田を見て、憔悴しきった雰囲気がいい具合に出てていると、この二日ぶっ通しの徹夜麻雀を提案して、しかも独り勝ちであったことに非常に満足していた。

せっかく習志野あけみをスケープゴートに仕立て上げたのだから、世間の目を彼女一身に向けさせることに成功しなければ、高価なツケを払わされることになるから、彼も必死だった。

だが勝算は十分ある。

習志野あけみも今回のことがどこから漏れたかには分からなかったが、実際に覚せい剤に手を出したのは自分自身であり、もうすでに更生の手筈も千賀の手で整えられており、彼女も一度は洗礼を受けねばならない身であることは覚悟していた。

黒田たちは、習志野あけみを生贄にしたとはいえ、ドル箱をそう易々と捨て去る訳にはいかない。

それだけの投資はしてきているのだし。

初犯という事で情状酌量の執行猶予は、黒田の抱える弁護士たちなら難なく勝ち取るだろう。

そのあとは更生の道を必死にたどる健気な習志野あけみを演じさせれば、今回の汚点を見事逆手に取ることも可能だろう。

すべては黒田と千賀が書いたシナリオ通りに事は進んでいる。


パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ


猛烈なストロボのフラッシュがまるで雷のように、壇上に立った黒田に浴びせかけられた。

黒田は寝不足の目に痛いほど刺さる閃光に涙ぐんでいた。

これもまた徹夜麻雀の絶大な効果と言える。

目を真っ赤にして、無精ひげをはやし、涙ぐむ六十過ぎの男。

これからは、破竹の勢いでこれまでのし上がって来た、黒洋芸能プロダクションズ社長黒田洋蔵の腹芸の見せどころである。

黒田は壇上に立つと深々と頭を下げた。

その瞬間再びストロボの閃光とシャッターの音が鳴り響き、まさにの雷の様相だった。


由里はアミューズ出版社の社会部記者としてホールの席からこの光景を見ていた。

あのいつも威勢のいい黒田社長が、ほんの数日の間にここまでやつれてしまったのに驚いた。

きっと対応に追われていたのであろうと思ったとしても無理はない。

一般新聞やテレビ局の社会部の記者をはじめ、多くの記者たちが押し寄せ、この大きなホールが立すいの余地もないほどの超満員の状態だった。

由里は黒洋の担当記者を外され、最初の社会部の記者としての初取材が黒洋であることに皮肉なものを感じていた。

やっと銀から由里の下に戻れた良太も、由里を通してこの物々しい雰囲気を感じ取っていた。

だが彼は由里とは違った気持ちでいた。

彼が記者時代、確かに黒田には色々便宜を図ってもらった。

他の記者では聞けない情報をこっそり教えてもらったこともある。

良い情報も悪い情報もあったが、記者としての彼には仕事上、悪い情報もむしろ良い情報であると言えた。

今回、習志野あけみの覚せい剤事件で、どうも腑に落ちないところがあるのだ。

黒洋の鉄壁とも言える情報統制下であまりにも簡単に情報が洩れていることだった。

今回の件について由里が執筆した記事を、彼女の意思を通して理解したリョウタは、その情報がアメイZingという芸能関連の出版社がスクープしたことについて不可解さを感じていたのだ。

アメイZingは新興の出版社だが、あそこの社長は、黒田とは良好な関係があったはずである。

それは黒田に飲みの席でまだ駆け出しのころの社長を紹介されたリョウタだけが知っていることだったのだが。


そのアメイZingが、黒洋を嗅ぎまわるようなことをするだろうか?

そもそもあの会社は、名前が表すように娯楽中心の取材を行うことを信条とし、ゴシップネタを扱うような会社ではなかった。

少なくともリョウタが現役時代はであるが。

仁義なき芸能界といえばそれまでなのだが、

たとえそうだとしても、アメイZingのような小さな出版社なら、黒田に簡単に牛耳込められてしまうはずだ。

それが情報発信まで行けたという事は、アメイZingの社長がよほどの腕利きか、運が良かったか、または別の事情、例えば爆発的に購読数を上げる必要があったかというべきところだろう。


「ええ、お集まりの各メディアの方に改めてご報告いたします。先のアメイZing社出版の週刊誌『ファンタメ』に掲載されました、弊社の習志野あけみが覚醒剤を常習しているとの記事につきまして、本人に確認しましたところ、すべて事実であることが判明いたしました。関係各所に多大なご迷惑をおかけいたしますことを深くお詫び申し上げます。」

そういって黒田は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

その途端、再びストロボがホールのあちらこちらから容赦なく浴びせかけられた。

黒田はそのまま一分近く頭を下げ続けたが、不意によろけた。

すぐに側近が駆け寄り、抱きかかえようやく椅子に座らせた。

彼はスーツのポケットからハンカチを取り出し、疲労で脂ぎった顔を拭い始めた。

するとまた再びフラッシュの攻撃が始まった。

恐らくこのシーンを黒田が涙ぐむシーンとして使うのだろう。

目を真っ赤にした黒田は、しばらく言葉を詰まらせながら言った。

「習志野あけみはデビュー以来、順調に歌手生活を送り今やトップスターといっても過言ではない存在となりました。その彼女がよもやこのような不祥事を引き起こすとは思いも至らない、まさに青天の霹靂ともいうべき事態で、私自身も断腸の思いであります。ひとえに私、黒田洋蔵の不徳の致すところでありまして、監督不行き届きとお叱りを頂戴いたしましても、返す言葉がございません。今後は警察にも協力いたしまして、見守って行きたいと存じます。」

再び黒田はハンカチで目頭を拭う仕草をした。

当然、再びフラッシュが彼に襲いかかった。

黒田は無言でうつむいていたが、やがて意を決したように前を向きこう言った。

「習志野のしたことは決して許されることではありません。しかし。しかしながら・・・・、私はどうにか彼女を立ち直らせ、再びステージに立てるように導いてやりたいと考えております。彼女にはこれから自分がしたことの厳しい代償が待ち受けておりますが、いつか再び習志野あけみとしてステージに戻る日が来ましたら、どうぞそのときは暖かく迎えてやっていただきたいと祈っております。」

そういって黒田はよろよろと立ち上がった。

再び側近たちが駆け寄り、両脇を支えられながらステージの裾に消えて言った。

二日連続の徹夜明けでさすがに疲れ果てたのだろうと千賀は思いながら、代わってステージに上がり、記者たちの質問に手際よく答え始めた。

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