職場復帰

ハハハハハハ

ハハハハハハ

ハハハハハハ


笑いの感情がとめどなく押し寄せて来る。

サヨリからもミドリからも。

「リ・ョ・ウ・タお魚さんになっていたの?」

そういいながら再び、


ハハハハハハ

ハハハハハハ

ハハハハハハ


そこまで派手に笑わなくてもいいだろうにというくらいの笑いの渦がリョウタに流れ込んで来る。


まだ笑いの余韻が収まらないよなミドリの意思がリョウタに語り掛けてきた。

「私、てっきりリ・ョ・ウ・タさん、あの世に行っちゃったかと思っちゃった。」

「私も。ミ・ド・リといつも話してたのヨン。」

サヨリも後を追に続いた。

「リ・ョ・ウ・タったら、私の忠告聞いて成仏しちゃったのねンってね。」

と言ってまた二人は笑い転げた。

「俺はあの世になんかは行かないよ。ずっとユ・リの中にいるんだ。」

リョウタはきっぱり言った。


彼はサヨリたちにどんなに笑われようと一つの確信を得ていた。

「俺は憑依の技を身に着けた。」

まるで妖怪のような様ではあるが、彼は銀の意識の中で目覚め、そこに立ち込める灰色の濃霧の中に淡い光を発見した。

彼はこう考えた。

『あれはきっと由里の魂の灯に違いない。今まで己の内に沈み込んで無我となり、由里の意識へ戻ることを考えていた。しかし、あの光、あの光に向かって自分の魂を沈めて行こう。』

彼は光へ、光へと魂を沈め、進む自分の意識からも自分を締め出した。

どれだけの時間がたったのか、それとも一瞬だったのかわからないが、彼は目覚めた。

目覚めた時、そこはもう銀の意識でないことはすぐにわかった。

明らかに人の意識の中だ。

憑りついた意識から流れて来る感情の流れは魚とはまるで違う。

銀と比べれば濁流とも思えるほどの勢いでリョウタの中に流れ込んで来た。

そしてその感情は懐かしい気もする、まさに由里の感情そのものだった。

彼は憑依するコツを会得したのだ。

これはサヨリたちには決してできない彼だけの力となった。

リョウタは由里と意識を交わすことに執着するあまり、知らぬ間に、荒行に耐えて自らを無我の境地に至らしめる修行僧のような修行を行っていたのだ。

そしてついにその境地を手に入れることが出来たのだ。


「二人ともあれから俺殺人事件はどうなったんだ?」

ようやく二人からの笑いの感情が治まってきたので、リョウタは質問を投げた。

「それがね、私の彼今行き詰まっているのヨン。リ・ョ・ウ・タが教えた金のネックレスの発見で捜査は一気に進展するかと思ったんだけど、あなたに繋がるものは何も出て来ないのヨン。」

「そうか、俺もあのネックレスには大いに期待していたんだがな。」

サヨリの言葉にリョウタも落胆せざるを得ない。

まだまだ自分殺人事件の解決には程遠い状態のようだ。

「リ・ョ・ウ・タさんの奥さん、コ・ク・ヨ・ウの担当記者から外されちゃったようよ。」

ミドリが言った。

「えっ?なぜ?」

リョウタはミドリの言葉に聞き返した。

「知らないわよ。奥さんが私の父さんに話しているのを聞いただけだもん。」

「あなたの奥さん今度は社会部で働くらしいわヨン。半分私の彼と同業ね?」

サヨリの言葉にリョウタは言った。

「あのなあ、ア・ミ・ュ・ー・ズ出版社は芸能関係の出版社だぞ。一般新聞社のような社会部とは違い、ゴシップやスキャンダルを扱うのが主で、別に凶悪事件や重大事故を扱うわけじゃないよ。」

「そうなの?」

サヨリの残念そうな気持が帰って来た。

「社会部ならその筋の情報がきっと入って来るって思ってたんだけど。」

ミドリの言葉にリョウタも頷きたいところではあるが、アミューズの社会部じゃこの事件に関して大して期待できないことは彼が一番よく知っていた。

「で今日はどういうことでテ・ラ・イ刑事はいらしてるのかな?」

サヨリが答えた。

「私の彼、あなたの周りの人で少しでも埃の立つような人がいれば調べてみようという気になったらしく、この間なんかア・ミ・ュ・ー・ズを名誉棄損で訴えたタレントを調べてたけど、結局あなたには無関係ってことで調査は終わっちゃったのヨン。それで、今度はリ・ョ・ウ・タが担当していたコ・ク・ヨ・ウの社長を調べてみる気になったってことなのヨン。」

「ク・ロ・ダ社長をか?あの社長は俺と同じ大阪出身だが、生きてた頃は随分世話になったんだが、確かにいい噂ばかりじゃなかったけどな。」

「リ・ョ・ウ・タさんの奥さんが、コ・ク・ヨ・ウの担当記者だって父さんたち知ってたから、じゃあまず奥さんに聞いてみようという事でやって来たというわけなの。」

ミドリの言葉にリョウタは言った。

「ユ・リはそんなこと知らないだろう。芸能関係の取材している人間が、そんなことに首を突っ込むなんてまずないもの。」

その時サヨリが唐突にこのようなことを言って来た。

「ねえ、ナ・ラ・シ・ノ・ア・ケ・ミって知ってる?」

この思いもしない質問にリョウタは驚いた。

「ああ知ってる。さっき話に出た、コ・ク・ヨ・ウの看板歌手だ。有名だぞサ・ヨ・リ知らないのか?」

「知るわけないでしょ?私が死んだ頃にそんな名前の人いなかったもん。」

リョウタは改めて気付いた。

サヨリはもう七年近く前に死んだのであり、習志野あけみはデビューしてまだ五年くらいだったことを。

「ああそうか、悪い悪い。そうだったな?」

リョウタは謝った。

「でその、ナ・ラ・シ・ノ・ア・ケ・ミがどうかしたのか?」

リョウタが聞くとサヨリ言った。

「覚せい剤吸ってたって、今ニュースになってんのヨン。」

リョウタは驚いて叫んだ。

「なんだって?ナ・ラ・シ・ノ・ア・ケ・ミが覚せい剤を?」

「そんなに叫ばなくてもいいでしょ?」

意思と意思の会話に『叫ぶ』という事はないのだが、きっとリョウタの意思が勢いよく彼女に流れ込んで来て、『叫んだ』と感じたのだろう。

もし彼に声が出せたら、実際にそういう状態だったのだが。

「世間じゃこの話で持ちきりよ。」

ミドリの言葉にサヨリはすかさず続けた。

「ねえリ・ョ・ウ・タの奥さん芸能誌の社会部よネン?こういうこと取材するのよネン?何か詳しいことわかったら私たちに教えてよネン。」

『幽霊になっても女は女だ。こんな話が大好きなようだ。』とリョウタは思った。

「そろそろ父さんたち引き上げるみたい。」

ミドリが言った。

「リ・ョ・ウ・タ何か詳しいことわかったら教えてネン。」

サヨリの言葉にリョウタは思わず返した。

「それは俺が言うセリフだ。」

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