たどり着いたところ
上へ、下へ、曲がって、食べ物を探す。
こんな意思の中でリョウタは目覚めた。
そう、銀の意思の中で。
そう簡単には由里の意思の中へ戻ることはできないようだ。
来た道を逆にたどるだけなのではあるが、無意識の内にできたことと、意識的にやろうとすることでは雲泥の差があるようだ。
リョウタの落胆は大きかったが、半分覚悟はしていたことだ。
霊となって今まで何度となく同じようなことは経験して来たのだから。
思うに霊となってまだまだよちよち歩きの状態で、何度もつまずいて、何度も失敗して初めて立派に一人で歩けるようになるもので、それをできるようになるまで何度も繰り返すしかないのだ。
とはいえ、自分殺人事件のその後の展開が気になり、一刻も早く由里へ戻り専任刑事として復帰したいところだ。
それにサヨリやミドリたちと情報の交換ができないのも困ったところだった。
人間とそれ以外の生き物では、意思の働き方、複雑さが異なり、それぞれの意思を言わばアンテナのようにして霊同士が会話するので、種の異なる生き物同士の間、特に人間とその他の生き物との間での意思の疎通は困難なのである。
リョウタは由里の意思に戻るために今まで探って来た方法をもう一度おさらいすることにした。
もっとも常に餌を求めて水槽の中を泳ぎ回る銀の意思の中ではそれくらいしかできないからではある。
今朝編集長に呼ばれて聞いた配置転換の話で、由里の頭の中はいっぱいだった。
彼女はリビングのソファに座り、たった今淹れたばかりのコーヒーが上げる湯気を見つめながら考えていた。
黒田とある大物政治家との過去における黒い関係。
そこには地元の暴力団の影が蠢いていた。
編集長はまだその大物政治家の名前は明かさなかった。
それはおいおい彼女が社会部の記者と行動を共にする中で分かってくることではあるが。
『田中は御用聞きくらいでちょうどいい。』
編集長の言葉を思い出し、由里は少し苦笑いした。
芸能関連誌を主軸に置くアミューズ出版社が今まで、優位な立場を得るために便宜をはかってきた来た黒洋とはこの際、一定の距離を置くために担当記者の一人である由里を外した。
それを知らない田中は、黒洋を担当することがアミューズ出版でのステータスであることを鼻にかけて我物顔にふるまっていた。
とはいえ、彼女は今まで黒洋側の視点で記事を書いてきたが、百八十度逆の立場から黒洋を見なければならないことに戸惑いは隠せなかったし、何か後ろめたい気持ちがあるのも確かではある。
もっとも、黒田も田中の記事を盾にとって、由里を外すように圧力をかけてきたこともあり、編集長の考えるようにこれは好都合と言える。
しかし・・・・
しかしなぜ、黒田は自分を外すように要求して来たのか?
黒田と友好的な関係を築いていたはずなのだが。
このことを由里は考えていた。
ふと由里は我に返り目の前のコーヒーカップに意識を戻して、それを手に取った。
思わず長い間考え事に耽っていたようだ。
コーヒーは少し温くなっていた。
彼女は少し冷えたコーヒーを半分ほど一気に飲むと、ソファの背もたれに体を預けた。
夫を失ってから一年半、色々なことが起きた。
何か大きな濁流に体ごと押し流されて行くような恐ろしさを感じた。
この先どこに行くのか。
無事どこかの岸辺にたどりつけるのか?
果たしてたどり着いた岸辺は安住の場なのか?
皆目わからなかった。
彼女はふとささやき始めた・
「良太さん?どこかにいるの?私の周りのどこかにいるの?」
もちろん返事もなければ、今まで何度か感じてきた良太の声のようなものもかえっては来かった。
だが彼女は助けを求めるように幾度となくそれを繰り返した。
独りの部屋の中で。
銀の中に戻ってしまったリョウタはそのとき、あることに気付いた。
おぼろげながら小さく光る点が見えることに。
それはもうとっくに慣れっこになっている灰色の濃霧の向こうに、蛍の光のように瞬いていた。
彼は一つの考えを実行に移すことにした。
その頃黒洋芸能プロダクションズの一室で黒田はある男と電話で話していた。
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