鑑識結果
よれよれの白衣に、とかした様子もない髪を振り乱し、昔なら牛乳瓶底眼鏡とでもいうのだろう、もっとも最近牛乳瓶を見た覚えはないが、肉厚の眼鏡をかけて男はおもむろに説明を始めた。
彼は寺井が所属する警察管区の鑑識課の技師だった。
見れば見るほど、テレビの刑事ドラマに出て来そうないかにも鑑識課という感じだった。
いや、テレビの演出が単にそんなお決まりの人物像を演出しているだけで、実際の鑑識課の職員に失礼というものだろう。
とにかく一度見たら忘れないという風貌であることは確かだった。
由里は寺井より鑑識の結果が出たので署まで来て欲しいという要望により、彼の所属する殺人捜査課まで足を運んだのだった。
そんな所へ行くのは由里ならずとも、なかなかあるものではない。
最初は恐る恐る足を踏み入れたが、テレビの演出のように男臭い殺伐とした雰囲気はなく、どちらかといえば整然とした感じだった。
これもやはりテレビの演出に毒されているのかも知れない。
ただ、どちらが殺人犯かわからないような風体の者もいるにはいたが。
「ええ、水槽から発見されましたこのネックレスの鑑識結果を報告します。」
そういって鑑識員は報告書をパラパラとめくった。
「発見された日時は八月一六日、午後六時三〇分頃。場所は雅由里さんおよび被害者である雅良太さん夫妻の自宅の水槽。発見者はこの部屋に居住の雅由里さん。間違いないですね?」
そう言ってかれ彼は、顔を上げることなく分厚い眼鏡の間から上目づかいに由里を見つめた。
「はい間違いありません。」
由里は答えた。
「鑑識課では、殺人捜査二課の依頼により、当ネックレスが水槽に沈んでいた期間と、ネックレスの特徴を詳細に鑑識し、次のような結果となりました。うん。」
鑑識員はひとつ咳ばらいをすると次のページをめくった。
由里は少し身を乗り出した。
「鑑識結果。披検対象のネックレスの水中に埋没していた期間は約一年から一年半。破断面と表面との比較、水槽底部に接地していた部分と水中に晒されていた部分の有機物の付着状態を分析した結果であります。またこのネックレスは前述のとおり、外的要因による強い圧力で引きちぎられた形跡が認められます。材質は一八金で、鎖部の独特の接合方法から、扱っているアクセサリー店はかなり限定される可能性があります。」
「雅さんいかがでしたか?」
鑑識の報告を聞いた後、寺井は確信を得たように言った。
「ええ、正直鑑識でそこまでのことが分かるなんて驚きました。それにネックレスが水中に沈んで約一年から一年半ということは、ちょうど時期的にも一致するのではありませんか?」
この由里の言葉に脇田が補足して答えた。
「しかも、ネックレスの特殊な構造から扱うアクセサリー店がかなり絞られるし、買った客を調べれば、そこからご主人につながる犯人が浮かび上がって来る可能性は大いにあります。こりゃご主人の幽霊に感謝せにゃならんですな?」
脇田はこう言うとニヤリと笑った。
「リ・ョ・ウ・タ、随分といい目が出てきたんじゃないのン?これであなたも浮かばれるわね?」
サヨリの冷やかすような言葉にリョウタは憤慨していった。
「浮かばれる?俺が?とんでもない俺はずっと由里にくっ付いているからな。」
「この件が片付いたらさっさと成仏した方がお互いのためじゃないのン?」
「お互いのためってなんだよ?由里には俺が邪魔だってことか?」
リョウタの言葉に今度はサヨリが反論した。
「だってあんたに縛られた奥さんを考えてみなさいよン。奥さんこれから再婚もするだろうし、新しい旦那に彼女から、『前の亭主が夢の中でなんだかんだとうるさいの。』なんて言わせたいのン?」
「俺はユ・リにそこまで干渉する気はない。由里には幸せになって欲しいと心底思っているし。第一『ユーレイやーめた。』なんて自分から成仏するなんてできるのか?それって幽霊が自殺するようなもんじゃないか?」
こう言ったリョウタはハッとした。
つい言った言葉だが、そういえばこんなことを今まで考えたこともなかったのだ。
幽霊が憑りついた相手から離れて再び浮遊霊となり、自然の中に自ら帰って行くなんてことが果たしてできるのだろうか?
「できるわよ。」
ミドリの声だ。
「もっとも宿主さんの協力がいるけどね。」
「宿主ってユ・リのことか?」
「そ、リ・ョ・ウ・タの場合はユ・リさんね。その宿主さんが霊力の強い場所に行くか、霊力の強い人にお祓いしてもらうのよ。そしたらスポイトで吸い取ったみたいに、宿主さんから剥がされちゃうのよ。」
高校時代のガールフレンドのみどりもこだわらない性格だったが、こっちのミドリも随分とあっけらかんとしたもんだとリョウタは思った。
『それにしても、まるで俺が悪霊扱いじゃないか?』とムッとしてしまった。
「ちょっとちょっと、あんたの奥さんそろそろ帰るみたいだよ。リ・ョ・ウ・タ、私がさっき言ったこともう一度考えておいた方がいいわよン。」
サヨリの言葉にリョウタは言い返した。
「いやだね。俺はユ・リが死ぬまでくっ付いておくつもりだ。第一、遺留品と思われるものがやっと出てきたばかりなんだぜ。これからがミ・ヤ・ビ刑事の腕の見せどころじゃないか?」
リョウタは今回の重要証拠の発見に一役買えたことに気をよくして、強気に答えた。
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