リョウタからの伝言
由里は翌朝八時過ぎに目覚めた。
目を開くと古い天井の板の上で、節目が荒波の様に幾筋も渦を巻いていた。
良太の実家に泊まったのを思い出した。
台所から魚を焼く匂いがしてきた。義妹の宏美が朝食の用意をしてくれているのだろう。
由里は布団の上で思い切り背伸びをして、こんなにゆったりした気持ちを味わうのも久しぶりだと感じた。
そして、今朝見た少し不思議な夢のことを思い出した。
「宏美さん、おはようございます。」
洗面をすました由里が食堂に入って来ると、宏美は振り向きいつもの明るい笑顔で言った。
「あらお義姉さん。おはようございます。東京から朝早く来られて大変だったでしょう?夕べも遅かったし。もっとゆっくりされててよかったのに。」
「ありがとう。大丈夫。周りが静かなせいもあるんでしょうね?ぐっすり眠れて元気いっぱいよ。」
由里は食卓テーブルのベビーチェアに座って一人で遊んでいた七か月の姪を抱き上げながら言った。
良太との間に子供がいなかったため、こうして姪を抱っこできることが由里にとってはうれしい反面、残念なことでもあった。。
母親譲りの愛らしい笑顔を宝石のように輝かせて、七か月の姪はしきりに由里の顔に手を伸ばしてきた。
由里は姪の思うがままに触れさせ、時折彼女のフワフワした指先を口に含んで、喜ぶ顔を見て、自分も幸せな気分に浸った。
もし、良太との間に子供がいたら、こういう毎日があったのかも知れない。
由里は昨晩の淑子の言葉を思い出していた。
雅家に遠慮することなく、これからの由里自身のために、良い伴侶を見つけて幸せになって欲しいというものだった。
由里は、いつかそのような時が来るかも知れないが、きっとその時は伴侶と共に、この地を訪れたい。それまでは雅家の娘としていさせて欲しいと頼んだ。
そんな事を思い出していると、食堂の向かいのドアから二歳半の孫と手を繋いで淑子が入ってきた。
「おはよう。由里さん昨晩はよう眠れたかね?」
淑子は微笑みながら言った。
「ええ、朝までぐっすり。おまけに良太さんまで夢に出て来ました。」
「駿ちゃん、お寝坊のパパを起こして来てくれる?『ご飯だぞー!』って。」
宏美が言うと、男の子は頷いて、父親の寝室に向かって駆けて行った。
しばらくすると駿一を肩車して啓太が食堂に入って来た。まだ頭の横ちょに寝癖をぴょこんと立てたまま。
「おはよう。」
啓太は言って、駿一を膝に抱きかかえると自分の席についた。
「ああよう寝た。久しぶりじゃな。おまけに夢で兄ちゃんまで出てくるし。俺と駿が昔兄ちゃんとよく行った釣り場で釣りをしとったら、兄ちゃんが急に横で釣りを始めてしばらく黙まっとったんじゃけど、急に俺の方を向いて、『細い何かを掴んだんじゃが見つからんかったんか?』って言うたんよ。俺の何のことか・・・」
そのとき彼女たちの視線が一斉に自分に向けられたのに気付いて啓太は話を止めた。
「どうしたん?」
啓太が尋ねると淑子が言った。
「あんた本当にそんな夢見たん?」
啓太は頷いた。
「今ね、お義姉さんから同じ夢の話を聞いていたの。」
宏美が言うと驚いて啓太は由里に振り向いた。
由里は静かにうなずいた。
「お義姉さんがね、同じ魚でもお家で飼っている金魚に餌をやっているときに、突然お義兄さんが横にやってきて『細いものを掴んだんだけど見つからなかったか?』と聞いたんですって。」
四人はしばらく黙ったまま互いに見つめ合うばかりだった。
由里の膝の上では幼い姪が、何事もないようにおもちゃで遊んでいた。
駿一は大人たちの異様な雰囲気を察してか、きょろきょろと見まわしていた。
しばらくして、宏美がぽつりと言った。
「お義兄さん、何か言いたかったのかしら?」
その頃リョウタは、掴むことの出来ない自分の頭を抱え呻いていた。
「これじゃ何のことだかさっぱりわからないじゃないか。」
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