第24話 謎の女
俺とお屋形様と陸の三人は、大阪京都二泊三日の旅行を無事(?)終え伊豆に帰って来た。
予想通り飛行機ではお屋形様は大騒ぎだった。
「ぬぁぁあんと大きい乗り物じゃあぁ!かような物が持ち上がるとは信じられん。何人の力持ちがおるのじゃ?」
どうやら屈強な男が何人も集まって、飛行機を投げ飛ばしているのを想像しているらしい。
「ぅおぉぉ、ぅおぉぉっ、見事飛び立ちおった。なんとまぁ雲の上まで押し上げるとは…。あっぱれ、あっぱれじゃ!」
陸は爆笑していたが、俺は黙らせるのにひと苦労した。結局CAに注意されおとなしくなったのだが、なぜ思った事を口に出して言わないと気がすまないのだろう?少しは羞恥心をもって貰いたい。
利酒会ではいろんな酒蔵のブースを回り、試飲し質問攻めにしていたのだが、ひとりの女の人に名刺交換をして欲しいと言ってきた。
「なんで名刺交換しないといけないんです?」
「いや、あの女子何処かで見知った覚えがあるのじゃが、思い出せんのだ。何者か聞き出してくれんか?」
「ノブさんたっらダメですよ浮気しちゃあ。奥さんに言いつけますよ。」
「たわけたこと言うでない陸。 決して
そうこうしている間にその女の人を見失ってしまったのだが、翌日お屋形様のたっての希望で大阪城を見に行った時にまた出会った。
「これが猿の城とな…?猿め儂の財を
かなり悔しそうである。
「ねぇねぇ、ノブさん。あの女の人、昨日の
お城の写真を撮っていた陸が偶然見かけたその女は、城を見上げ手を合わせていた。
「まさしく!新太、来い!」
「うわぁっ。」
腕を掴まれその女のところまで連れて行かれた。
「もし、そこの者。ちっとばかし良いか?」
「…。」
突然見知らぬ男二人に声をかけられて、明らかに困惑した表情を浮かべた。
そんな迷惑も他所にお屋形様は、俺に身元を聞き出すよう俺の脇腹を突っついてくる。
「昨日、利酒会におられましたな?」
「はい…。貴方がたも?」
「はい。伊豆で酒蔵をしておりましてな。」
俺が名刺を差し出すと、丁寧な仕草で名刺を受け取り、ああっと納得する様に頷いた。俺が蔵元の人間であると判明したことで、警戒心が薄らいだのだろう。
「まぁ!幻の酒
「ただ生産量が少ないだけですよ。貴女も蔵元さんですか?」
「いえ、私は取引先の酒屋さんから招待状を頂いて伺いましたの。小さな料理屋をしております。」
「大阪で?」
「ええ。」
「この一年半の間に東京か伊豆に来られたことはありませぬかな?どこかで
「いいえ。残念ながら…。」
お屋形様のどストレートな聞き方に、その女はまた警戒心をあらわにした。
これ以上聞き出すことは出来ないだろう。
「そうですか…。じゃあうちの酒でよければ、いつでもご連絡下さい。」
「ありがとうございます。ご連絡させて頂きます。」
会釈をして立ち去ろうとした。
「あっ、いや待たれよ。店を教えてくれぬか?今宵も大阪泊まりゆえ食事に参りたい。」
「あいにく今日はご予約様でお席が空いておりませんの。またの機会にお待ちしております。」
そう言い残すと逃げる様に立ち去った。
「お屋形様、強引過ぎだよ。それに東京にも伊豆にも来たことないって言ってたから、お屋形様の勘違いだよ。」
「いいや、あの女子は何か隠しておる。それにあの女子の所作は、この時代の者ではない。」
あんたがソレを言うか?どの口が言うとるんじゃい!
「まさかあの女もタイムトラベラーだって言うの?戦国時代の?…ないない。そんなの滅多とないよ。気のせいだって。」
「そうかのぅ…?」
「そうそう。さあUSJに行きましょ。おーい陸、行くぞー。」
陸を呼びまだ納得いかない素振りのお屋形様の背中を押して、お楽しみのUSJに出発した。
USJでは各アトラクションに大興奮で、いい歳をした男三人がキャラクターの帽子を被り、はしゃいでいる様は後に写真を見ると三人とも単純で乗せられやすい性格であるとわかる。
「だって楽しかったんだもん。」
陸の素直さが可愛い。
陸も俺と同じ様に妹がいる。きっと俺の事を兄貴の様に慕ってくれているのだろう。俺も陸の様な弟がいれば良かったと思う。
俺たち三人はいつか自分たちの酒を造ろうと堅い約束をした。
「ノブさんは変わり者だし新さんはお人好しだもん。僕がしっかりサポートしますから安心して下さい。」
陸…。
おまえの素直さが時に他人を傷つけるってことを、教えてやらなければ…。
この旅で強い絆と使命が出来た気がする。
最終日の京都観光では、自分の知っている京都の変わり様にお屋形様はショックを隠しきれない様子だった。
460年以上も経つてんだから、あたりまえだろ?とは思うが、お屋形様からすれば一年半しか経ってないわけだから仕方ないかも知れない。
そんな感傷的な思いもトロッコ列車や渓流下り、土産物屋での試食三昧でテンションを上げた。やはり単純で乗せられやすい男三人である。
「柔軟な人間性というのじゃ。」
物は言いようである。
たくさんの土産話とたくさんの土産物を抱え伊豆に帰ってきた。
そしてまた日常の毎日に戻り数日が経ったある日のこと。
「ごめんくださいませ。」
「はい?」
「私浅井と申します。こちらに糸里新太様はおられますか?」
「新太なら今酒屋の店番をしておりますが、新太が何か…?」
息子の知り合いにしては、年配で上品な女性の訪問に嫌な予感がした母だった。
「大阪で知り合いまして。私大阪で小さな料理屋をしております。こちらのお酒をお譲り頂けるとおっしゃって下さったものですから、厚かましくお願いに参りました。」
「大阪からわざわざその為に?」
「ええ、幻の酒 月夜見の蔵を是非拝見したくて。」
「じゃあ蔵の事務所へどうぞ。蔵の中もご案内できますわ。」
「ご親切にありがとうござい。お邪魔にならないよう致します。」
とりあえず蔵の事務所に招き入れ新太を呼んだ。
「ああ、貴女だったんですか。大阪では失礼しました。いきなり声をかけたりして。」
「いいえ、こちらこそお言葉に甘えてお酒をお譲りいただければと伺いましたの。」
「それなら電話でよかったのに。母さん、この間の利酒会で見かけて、大阪城でもまた会ったんだ。ノブさんが知ってる人に似てるからって声かけて驚かせてしまったから、お詫びにうちの酒で良ければって言ったんだ。」
「それは失礼しました。世の中には似た人が三人はいるって言いますものね。」
バカ息子と戦国武将の従業員が、たいした事をしでかしたのではなくて良かったと、ほっとした。
「失礼致します。お茶をお持ち致しました。」
「ノンちゃん、ごめんなさいね。身重なのに…。」
「体を動かした方が
そう言って、丸々と突き出した妊婦姿ではあっても、膝をつき流れるような動作で、お茶を三人の前に置いた。
「浅井さん。この人はこの間僕と一緒にいたノブさんの奥さんです。」
「まぁあの方の奥様。ご主人様にお声をかけ頂いたお陰で、思いがけず銘酒が手に入りました。」
「それは宜しゅうございましたなぁ。」
浅井さんとノンちゃんの間に不穏な空気が漂う。もしや嫉妬?浅井さんはたぶん40代後半くらいでかなり年上だが、ノンちゃんはお屋形様の女関係には過敏である。今日は配達の量が多いからと父さんがお屋形様を連れて行ってくれていて良かった。しかし今夜はお濃さん荒れるだろうか?
母さんも二人の間に流れる電流を感じとったようだ。さっさとお引き取り頂こう。
この浅井という年配の女なにか引っかかる。
それにノンちゃんの様子が微妙に変だわ。失礼のない程度の接し方だけどいつもと違う。新太は気づいたかしら?
嫌な胸さわぎがしてならない。本当に他人の空似だろうか?
「では、私はこれで…。浅井様どうぞごゆっくり。」
ノンちゃんは早々に事務所を出ていった。
新太より私の方が詳しいからと言って、少し酒の話をしてから蔵の中を案内した。その間も雑談混じりに身元を聞き出そうとしたが、たいした情報は得られなかった。
ただ大阪で産まれ育ったわりには関西人特有の言い回しやイントネーションがない。着物さばきも料理屋の女将という仕事柄だろうか?仕草がノンちゃんと少し似ている気がする。それにいくら欲しい酒が手に入るといっても、アポもなしでいきなり訪ねてくるかしら?
「今日は本当にありがとうごさいました。今後ともよろしくお願い致します。」
「お気をつけてお帰り下さい。お酒の方は2、3日中には届くと思います。」
蔵の入り口まで見送り、後ろ姿を見送った。
名刺も貰った。
身元は間違いないようだ。
「もうお帰りか?」
糸里酒造の門を出たところで、声をかけられた。直ぐそこに立っていた様だったが、気配が感じられなかった。名を名乗っても表情が変わらなかったので、取り越し苦労だったのかと思ったが、やはりこの夫婦只者ではない。
糸里酒造の一角にある離れへと招かれた。
「茶でもおいれしよう。酒の方が良いか?口も滑らかになるであろう?」
「いえ、お茶を頂きます。」
お濃は頷くと女の目の前で急須と茶碗に湯を注ぎ、丁寧にお茶を淹れて女からやや離れた場所に置き、床の間の前に座った。
急ごしらえではあるが、客間を武家の部屋らしく整えておいた。床の間の掛け軸の下に信長の刀を置き、
「私は、斎藤道三が娘にして、織田信長の妻お濃。そなた何者か?」
お濃は感情を封じ淡々とした口調で言った。
女はギョッとした顔つきになった。自分の素性を明らかにするのは危険ではあったが、現代の者であれば笑い飛ばすはずである。女の様子からして予想通り効果はあったようだ。
「では、あのノブさんと言う方が織田信長様だと言われますのか?」
お濃は黙って頷いた。
くっ、あはははーーっ
女は急に大笑いをしだした。
「そなたが信じられぬのは無理からぬこと、しかしその態度は無礼であろう?」
お濃は口調を変えず女をたしなめたが、女は目を細めお濃を見下すように言った。
「この後に及んで嘘はおやめなされ。私は信長公とお濃様を知っておる。そなたら夫婦がこの時代の者でないのは嘘ではなかろうが、恐れ多くも伯父上と伯母上の名を語るとは…、なんと罪深いことよ。恥を知るが良い!伯父上と伯母上は明智光秀の謀反により本能寺でお亡くなりなられたのじゃ。ここにおる筈がなかろう。」
「なんとそなた伯父上と申したか?」
「私は浅井長政と織田信長が妹お市の娘、そして豊臣秀吉が側室茶々じゃ。」
今度はお濃の方がギョッとした。
この女子がお市殿の娘子?お市殿に生き写しの面立ちからもしやと思うてはいたが…。
それを聞けば殿はお喜びになるだろう。しかしあの猿の側室となったと聞いては、殿はお怒りになるに違いない。何故あの猿なんぞに…。それも側室とは…。
くぅっ、腹が痛い…。
よもやこんな時に…。
痛みを逃すようにふぅーっと息を吐き出した。
「どうじゃ言葉もあるまい?何者か白状するがよい。」
「まことじゃ、殿は織田信長に間違いない。訳あってここにおるのじゃ。多分そなたと同じ理由でな。」
「伯父上はもっと丸々としたお方。そなたの夫のように機敏に動いたりできぬわ。…そなたどうした?腹が痛むのか?」
お濃は急に襲いくる痛みに耐えきれず、お腹を押さえ体を丸くした。
茶々がお濃に駆け寄ると、お濃は破水していた。
「産まれるのじゃなっ?案ずるな子は直ぐには出てこぬ。痛みがおさまれば着替えるがよい。私は蔵に知らせて参るでのう。」
「待たれ…よ。…そこの刀を…みる…みるがよい。」
はぁはぁと息を吐きながらお濃は言った。
茶々はお濃の腰をさする手を止め刀を見た。
恐る恐る手に取ると、ずっしりとした懐かしい重みを感じながら刀の鞘に視線を向ける。そこには織田家の家紋が目に入っていた。
まさか…?
そんなことがある筈がない。家紋などいくらでも入れられる。
頭では否定しても心がそれを認めてしまう。
この若い夫婦が伯父上と伯母上だと言うのか?
「わかって頂けたか?茶々殿。殿こそが正真正銘の織田信長。訳あって茶々殿の知っている信長殿と入れ替わったのじゃ。くぅぅうっ。」
「今はもうよい。それより陣痛の間隔が短こうなっておる。急がねば。蔵に知らせて来る。」
茶々はそう言い残し、蔵へお濃が産気づいた事を急いで知らせにいった。
蔵に入って直ぐにある事務所の窓から新太と母親の姿が見え、二人も自分に気づいて事務所のドアを開けてくれた。
「浅井さん何かお忘れ物でも…?」
「お濃様が産気づかれました!」
お濃様とすんなり呼んでしまったことに自分でも驚いた。あの女をお濃と認めたわけではない。少しばかり動揺しているだけだ。しかし新太と母親の表情は、あの女をお濃であると言っていた。
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