第23話 妹よ。②
お屋形様たちのチョーウザイ事件も父さんが、一人悪者になるという哀れな結末で一件落着した。
彩綾が帰省した日は、なんとも嫌な予感がしたが、この程度ですんで良かった。
いよいよ3日後は利酒会だ。
初めて飛行機に乗れるとあってお屋形様は、とんでもなくハイテンションになっている。
絶対恥ずかしい言動があるに違いない。
「新太、店番ちゃんとしてただろうな?高い酒割ったりしてないだろうな?」
「割ってねぇーよ。」
以前、高い酒瓶を割ってしまい、弁償させられるのが嫌で、見つかる前に処分し証拠隠滅を図ったのだが…。
店じまいの集計の時、あっけなく見つかってしまった。
いつまで根に持つてんだよ、業突く張り親父。
「じゃあ俺、蔵にもどるから。」
店を出ると蔵の前で、お屋形様と岡野さんが話をしているのが見えた。
岡野さんのポカンとした表情から察するに、何か変なことを言われているのは明白である。
前にお濃さんが、戦国時代ではお屋形様には何人か愛人がいたと言っていた。
まさか、セクハラしてんじゃないだろうなっ!
浮気癖ってなかなか治らないと聞くし、妻の妊娠中が一番浮気しやすいとか聞いたぞっ!
もし、そうならただでは済まさないからな、変態お屋形!
俺はゆっくり二人に近づいて行った。
すると変態お屋形は、いきなり岡野さんの手を両手で握りしめ大声で言ってのけた。
「頼む、結婚が無理ならばせめて一夜、新太に夢を見させてやってくれぬか?新太はまだ女子を知らぬのじゃーーーーっ‼︎」
ぬぁあんちゅう事を白昼堂々大声で叫んでくれとるんじゃあぁぁぁい‼︎
俺は変態お屋形に蹴りを入れるべく、助走をつけ高く跳び変態お屋形めがけ足を突き出した…。
…が、狙った的は変態お屋形ではなく、何の言われもなく飛び蹴りの的にされてしまった岡野さんが、目を見開いて硬直していた。
「頼む、新太に女子の温もりを教えてやってく…、」
あろうことか変態お屋形は土下座をしてお願いしていたのだ。
ヤバい、このままでは岡野さんに蹴りを入れてしまう。
俺は空中で足をバタつかせ、なんとか二人の手前で背中から着地し、スライディングで変態お屋形の尻に軽い蹴りを当てた。
思いもよらず尻を蹴られた変態お屋形は、岡野さんのハイヒールにキスする形となり、本物の変態状態となった。
「きゃあぁぁぁっ!新くん大丈夫?」
慌てて俺に駈寄ろうとした岡野さんに、変態状態だった変態お屋形は、顔面に思いっきり蹴りを入れられた。
「たった一夜もこの様に乱暴に拒むとは…、世が世ならこの様な
「鼻血垂らして、威張るなぁあっ!」
変態お屋形は俺に言われて、鼻血に気づいたらしく、怒りで顔を真っ赤にした。
「男の顔に傷をつけるとは…、この無礼者め、許さん…。」
「無礼者は貴様だぁ、この変態!今日という今日は許さねぇからな!」
「なに?儂は新太の為を思うて話をつけてやろうとしたのに、何という言い草じゃ!この恩知らずめが!」
「余計なお世話だ!よくも岡野さんに、よくも…、岡野さん!」
「はっはい?」
「俺はちゃんと女知ってますから!」
「はぁ?」
「だから俺は童…、」
「そこじゃないでしょ?」
岡野さんがひく〜い声で言った。
「怒るとこはそこじゃないでしょ、って言ってんの!」
バシッ!
岡野さんは俺に思いっきりビンタをくらわせ踵を返すと帰っていった。
「二人とも事務所に来なさい。」
母さんに事務所に呼ばれ、ハッと冷静になり
何の騒ぎかと、両親や蔵人さん全員が出て来ているのに気づいた。
どこから見られていたんだろう…?
変態お屋形が叫んだのを、聞かれていたとしたらかなりバツが悪い。
チクショウ、なんでこんな事に…?
蔵の事務所でこうなった
「あの女子は新太が初めて見初めた女子と聞き、新太はまだあの女子に気があるように見えましたので、僭越ながら仲立ちを…、ですが
「そりゃあマズイな。」
「ノブさん!なんてことを…。あの娘さんは糸里酒造と新太の財産管理をしてくれる大切な人なのよ。前にも言ったでしょう?」
母さんは顔面蒼白になり、いつもお気楽な父さんでさえ真剣に受け止めていた。
もしも岡野さんが銀行の上の人に言いつけたら、セクハラで大問題だ。
「しかし、母上もあの様な娘が新太の相手であれば安心だと言われていたではありませぬか?」
「言ったけど、そういうのは当人同士の問題だから、まわりがとやかく言うもんじゃないのよ。」
「さりとて新太は告白すらままなら無かったと、母上も父上も聞いて笑うておりましたでしょう?」
ぬぁにぃ?
「それってどういう意味だよ?」
「彩綾ちゃんが言うておったぞ、あの娘に告白した時のこと…。緊張のあまり訳のわからんことを口走って逃げ去ったそうではないか?情けない…。みな大笑いしておったがな。今でも告白など出来ないだろうから、ずっと恋愛できないままではないか、誰かが中に入ってくれれば良いのだけど…、と彩綾ちゃんも心配しておったのでな。儂はこういった仲立ちには丈ておるゆえ、悪いようにはせぬつもりだったのじゃ。」
またしても彩綾!
俺の知らないところで、過去の過ちを笑いのネタにされてたなんて…。
しかも余計なことまで言いやがって!
「悪いようになっとるやないかい⁉︎彩綾のやつぅぅう、勘当だぁ!もう兄でも妹でもない!」
「これ新太、勘当とは親がするもので、兄妹でするものではないぞ。」
「うっせぇ、そんな細かいことはどうでもいい。あいつとは縁を切り刻んでやるわ。」
「たった二人の兄妹ではないか?彩綾ちゃんが悪いわけではあるまい?」
「そうです。悪いのは彩綾ちゃんではありませぬ。悪いのは殿でございます。」
「えっ?儂?」
お濃さんに睨みつけられて意表を突かれ、変態お屋形は鼻にティッシュを詰め込んだアホ面になった。
「悪いのは殿でございましょう?新太はこの家の嫡男にして後継。我らの時代にあれば時期城主。そして我らは家臣。それをお忘れではないでしょうな?
新太は女子を知らぬことを恥じておると言うのに、こともあろうに好いた女子に打ち明け、初夜の相手をせよとは無礼千万!
まだ女子を知らぬ新太が不憫とは思いませぬのか?殿とて女子を知らぬ時があったでございましょう?それをこの様に恥をかかせるとは、世が世なら市中引き回しの上、獄門、
「お濃…。」
「さあ、新太に詫びなされ。この時代では命まで取られませぬ。女子を知らぬことを二度と口外せぬと誓うのです。」
お濃さんは床に膝まづく。
「新太、どうか許して下さい。二度と新太が女子を知らぬとは言わせません。」
お濃さんの気持ちは有難いけど、そんなに女子を知らないと連呼しなくても…。
俺はもう否定も肯定も出来ない状況に追い込まれ、これ以上誰に言われて恥ずかしいと思えばいいんだろう?
怒りで強張っていた全身の力が、抜けていくのを感じた。
「すまなんだ新太。もう二度と女子を知らぬことは言わぬ。このとおりじゃあ。」
お屋形様は鼻にティッシュを詰めた変態マヌケ面のまま土下座した。
父さんも母さんも笑いを噛み殺している。
「もぅ、いぃ…。」
俺は脱力感いっぱいに答えた。
換気扇に吸い込まれる煙になって消えてしまいたい。
もう話し合い終わりにして、解散にしてくれよ。
はあぁぁあ、暫くはライフ回復しそうにねぇわっ。
「じゃあ、とりあえず仕事に戻りましょうか?私は銀行に行って岡野さんに話してくるわ。」
「そうだな。女同士の方がいいな。頼むよ。」
母さんが俺の気持ちを察して、話を切り上げてくれた。
「ならば儂も…、」
「ノブさんはいいわ。余計ややこしくなるから仕事してて。」
バァンッ!
「ちょっと新太!」
マリーちゃんが事務所のドアを乱暴に開け入ってきた。
「どうしたの?マリーちゃん。」
「パパ。ママン。聞いて。あっ、どうぞ入って。」
なんと、岡野さんが気まずい感じで入って来た!
どういうこっちゃあ⁈
買い物に出かけていたマリーちゃんと、怒り心頭だった岡野さんがバッタリ出くわし、岡野さんの様子が変なのに気づいたマリーちゃんが事の次第を聞き出して、無理やり岡野さんを連れ戻したというわけだ。
「ノブさんが彼女にすご〜く失礼なこと言ったのに、新太ったらそのことを怒らずに、自分は女を知ってますって言い訳したのよ。酷いでしょう?」
げっ⁉︎ また振り出し?
「彼女は新太が女を知らなくてもどーでもいいの!だけど好きな女の子が失礼なこと言われてるのを無視するなんて、女心が傷つくでしょ!男は自分のクッダラナイ名誉より好きな女の子の名誉を守るべきよね?」
クッダラナイ…、変態お屋形が岡野さんに言った事を考えれば、確かに俺の童貞疑惑なんてクッダラナイのかも…。岡野さんの名誉を守る方が優先なのだろう…。
だけど好きな女の子…、というのはやめて頂きたい。
確かに淡い初恋の相手ではあるが、再会したばかりで未だに好きだとは一言も言っていない。なのにその言葉をつけるだけで、俺の名誉は地に堕ちて、くっだらなさは倍増していくということに、気づいてはくれないだろうか?
「岡野さん本当にごめんなさい。うちの従業員と息子が失礼な事を…。なんてお詫びすればいいか…。」
「いえ、私の方こそ感情に任せてビンタしてしまって申し訳なく思ってます。」
「貴女が謝ることないわよ。新太もノブさんもちゃんと謝りなさい!私のママンならムチで打つところよ!」
もう十分ムチ打たれて、心が折れてます。
「そうね。当人達が謝らないと意味ないわね?」
「いえ、本当にもういいんです。」
「ダメよ。悪いことしたら謝る。ジョーシキでしょ?」
今日のマリーちゃん、なんかコェーーッ。
マヌケ面の変態お屋形は土下座の向きを変え、岡野さんに深く頭を下げた。
「新太を心配するあまり失礼な事を言うて申し訳ない。どうか儂の言った言葉をお忘れ願いたい。とくに新太が女子を知らぬの部分をお忘れ下され。この通りお願い致す。」
まだ言うか?この変態お屋形は!
「主人もこの通り深く反省しております。新太には罪はないのです。女子を知らぬというのではなく女子の気持ちがよう分かっておらぬだけなのです。どうか身重の私に免じてお許し下さい。」
夫婦揃ってまだ言うか⁈
俺は怒りを通り越し言葉をなくすと、本当に口ってパクパクとするんだと思った。
「そうね。新太にすれば触れられたくないことだったかもね。」
マリーちゃんが、仕方ないわね。とでも言わんばかりに俺を憐れみの目で見る。
俺は今、市中引き回しの上、獄門、磔、斬首、晒し首になった気分です。
マジどうしたらいいのかわかりません…。
いっそ本当に殺して下さい。
「新くん、ごめんなさい。恥ずかしかったのよね?」
今が一番恥ずかしいです。
俺は無言でその場を立ち去った。
そうしないと永遠にこの話は終わらない気がしたからだ。
事務所を出るまでの、たった5歩ほどの距離は、とてつもなく長く感じられた。
あまりのショックに悔し涙も出ない。
ただただ黙々と仕事をした。
このまま酒樽に飛び込んで、自殺したい気分だ。
しばらくして他の者も解散の雰囲気になり、母さんが岡野さんを見送りに出てきた。
「新太、今日は酒屋の店番たのむわ。俺は帳簿付けとかあるから。」
「蔵でいい。」
俺は素っ気なくこたえた。
「雰囲気悪いだろ?皆んなが気を使うんだよ。お前も少し頭冷やしてこい。」
父さんも気を使ってくれてるんだろう。確かに今の俺の態度じゃあ他の人たちの士気も下がる。
「ごめん…。」
小声で言い酒屋の方へ行った。
酒屋の方は配達も棚整理も済んで、注文の電話を取るぐらいしか昼間は仕事がない。
暇を持て余すと余計にくだらない思考しか浮かんでこない。かといって掃除やなんかをする気にもなれず、酒屋のレジカウンターに突っ伏して凹んでいた。
戦国武将と同居しなければならなくなった数奇な運命と、彩綾と兄妹に産まれてしまったことを呪うばかりだ。
「なんだまだ落ち込んでんのか?」
親父がいつものように呑気に声をかけてきた。
そりゃあ辱しめを受けたのは自分じゃないから、お気楽だろうよ。俺の身にもなってみろってんだ。
「そのうち笑い話になるさ。それよりもっと前向きに考えろよ。」
「何を前向きに考えればいいんだよ?」
「彩綾のことだよ。全ては彩綾のせいじゃないか?彩綾がノブさんを煽らなけば、こんな事にならなかっただろ?今までもお前は散々痛い目に遭わされてるしな。ここらでガツンとお仕置きしとくべきだろ?」
確かに…。
しかし彩綾があんな性格になったのは、父さんの甘やかしにも責任の一端があると思うのだが…。
「どうやって?」
「それはこれから二人で考えるんだよ。」
「なんだよ、ノープランかよ?」
「まぁまぁ。彩綾にだって弱点のひとつくらいあるだろ?絶対仕返ししてやる!」
なーーんか珍しく熱くなってんなぁ。
よほどお濃さんにチョーウザイと言われたのがショックだったんだろう。
俺も彩綾の事は頭にきてはいるのだが、ダメージの方が大き過ぎて仕返しのプランなんか考えられない。それに自分以外の人間が熱くなっているのを見ていると、自分は冷めてくるものだ。
しかし大人気ない親だとはわかっているが、父親にイタズラの仕返しをされる娘って、どーなんだ?
妹よ。
お兄ちゃんはこの先おまえがどんな人生を歩むのかはわからないが、人様に恨みをかわれることがない様に祈っている。
そして父さんが何をしでかすかは知らないが、おまえが困るのを少し楽しみにしている。
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