第18話 青木流 戦国時代の生き方
タイムトラベルから戻り青木の思いと覚悟を知り、猿と徳川家康は青木と共にこの国をひとつにまとめ豊かで戦のない平和な国にすべく奮闘した。
そしてなんとしても青木に織田信長と同じ最期を迎えさせないよう、青木を守っていた。
しかし、時は刻一刻とせまっていたのだった。
五年後。
「しかし、青木殿と信長様では全く似てはおらぬのだから、明智光秀に謀反を起こされる事などないのではないか?」
「徳川殿もそう思われるか?
殿と明智殿の仲も良好の御様子。あの真面目で忠義者の明智殿が謀反など、とても考えられん。」
「じゃが殿が本物の信長様でない事は、奥方様と我等二人のみ。親密さを妬む様にならぬとは限らん。慎重にならねばのう?」
青木は武力ではなく、話し合いや金の力で解決するようにしていた。戦場に出ても自分は足手まといになるだけだ。もし万が一1582年6月2日までに命を落とすことになれば歴史が変わってしまう。それこそ使命が果たせなくなり、平成の時代にいる信長達に影響するに違いないのだ。自分は本能寺の変で信長らしく死なねばならない。
しかし、青木の考えに深く共感し慕ってくる明智光秀に謀反を起こさせるなど気の毒にさえ思えた。
「徳川殿、話は変わるが延暦寺の坊主にも困ったもんじゃのう?」
「殿は穏便に治めようとしても、何かと喧嘩をふっかけてきよる。」
「朝廷より力を持つのが気に入らんのじゃろう。自分達の思うように
「とにかくこの度の延暦寺での話し合いで解決すれば良いのじゃがのう。」
「殿は延暦寺に多額の寄付と砂糖を言い値で買い取るおつもりじゃ。砂糖を買い占めて嫌がらせしたは良いが、我らより高値で買った砂糖をさばけず持て余しておるそうじゃから、悪い話ではあるまい。」
「あの業突く張りの坊主が、どれ程ふっかけてくるやら…。」
「まぁそれで戦を避けられれば安いもんじゃろ。」
延暦寺訪問には勿論のこと猿と徳川も同行した。
「お屋形様、あと一息にごさいますよ。この山を登れば延暦寺でございます。」
「猿、今日は麓の村で休んで明日目指すとしよう。皆を休ませてやっておくれ。僕を運ぶのに皆疲れているだろうからね。」
「はっ。私もその方が良いと思います。お屋形様もお疲れにございましょう?」
「そうだね。でもさぁ今回の旅で少しは痩せたと思わない?帰ったら本格的にダイエットするよ。これ以上皆んなに迷惑かけちゃ悪いもんね。」
「何をおっしゃいます。この時代でお屋形様の楽しめることは食べる以外ないではありませぬか?たぁあんと召し上がって下されば良いのです。殿に旨いものを召し上がって頂こうと皆競って、旨い物を探しておるのですよ。」
「そんな無理しなくていいんだよ。」
「いやいや、それも我等にとっては楽しみのひとつにございます。徳川殿や明智殿などお屋形様に献上する旨い物を探しておるうちに、ご自分が丸々肥えられて…。ぷっふふ。」
「ほんとだねぇ。二人とも忠義者だ。けれど猿は全然肥えてないねぇ?」
「…‼︎。わた、私とて腹に肉がついてきておりますが、殿をお守りするため鍛錬を重ねておるのです。」
「ぷふっ、じょーだんだよ。わかってるってば。早く皆に今日はここで休むと伝えておいで。」
「殿のお茶目にはかないませぬな。では、伝えて参ります。ついでに延暦寺の方にも使いをやっておきましょう。」
「じゃあ頼んだよ。」
青木の体の事を思うと麓の村で休息を取る方が良いのだが、延暦寺の息のかかった村で泊めてくれる家があるだろうか?幸い天気は悪くはない。最悪の場合は野営するしかないと猿は思った。しかし村の地主が屋敷に泊まることに快諾してくれた。
そして、地主と村人たちは口々に延暦寺に対しての不満をぶちまけた。
「あの寺の坊さんは、仏に仕える身でありながら欲にまみれておるのです。儂らからお布施と称して米や作物や酒を勝手に畑や蔵から奪っていくのです。そりゃあもうごっそり持って行っちまって年貢も納められません。」「若くて美しい女は寺で行儀見習いをすれば良縁に恵まれると言って無理やり連れ去り、坊主どもの相手をさせられておるのです。美しければ人の女房でも御構い無しなんでございます。」
「信長様、どうかあの坊主どもを懲らしめ、儂らの村をお助けくだせえ。」
「それは酷い話だね。明日はその事も話て説得してみよう。」
「そんな話が通じる輩ではないんでございますよ。ここに居る弥吉の息子は女房を盗られちまって、女房を取り戻そうと寺に忍び込み、女房を連れて逃げようとしたのが見つかって殺されてしまったんでごぜぇます。」
「ひっ、酷い!あんまりだ!猿、徳川、なんとか皆を助け出す方法を考えないと…!」
青木は村人たちの話に同情して、ワンワン泣きだした。
猿は青木の涙を拭ってやりながら答えた。
「延暦寺に使いに行かせた者が戻りまして言うには、延暦寺の門は固く閉ざされ、腕の立つ坊主が見張りをしており自由に出入り出来ぬ様にございます。」
「忌々しい坊主どもめ!お屋形様、ここはひとつ懲らしめねばなりませぬな?」
青木はまだグスグスと泣きじゃくって、徳川の言葉にうんうんと頷いた。
「また買い付けた砂糖がさばけず、蟻や蜂などの虫が大量発生して難儀しておるようにございます。」
この言葉に泣きじゃくっていた青木が、ピクリと反応し、急に立ち上がったかと思うと、顔を真っ赤にして足をふみ鳴らした。
「ぬぁんやとおぉぉ、クソ生臭坊主がぁあ!大切な砂糖を横取りしておいて真面に保存も出来んのか!食べ物を粗末にらしたら目ぇつぶれるて親に教えて貰わんかったんかい⁈」
「お屋形様?言葉が
「…、あっ、いや、あんまり腹が立ったんでつい…。」
悪業の限りを尽くしている延暦寺に対しても、温厚な態度は崩さなかった織田信長。
先ほどまで村人から苦情を聞いて同情して泣き、話し合いで解決しようとしていた織田信長。
それが砂糖を粗末に扱った事で、こんなに腹を立てるとは…。
村人たちは全員『そこかよ!』と突っ込みたいのを我慢した。
「コホン、何かギャフンと言わせる手はあるかい?」
「使いの者が言うには、山奥の広大な寺ゆえ抜け道もあろうということにございます。」
「抜け道なら儂ら村の者にお任せ下さい。」
「ならば良い手があります。」
「なに、なに?徳川。」
「お屋形様が訪問するにあたり、煙を焚いて虫を駆除せよと申し付けるのです。その煙に紛れ女子たちを連れ出すのです。それに虫がついた砂糖を買い取ってやる事もありますまい?」
「それはいい手だね。流石だよ徳川。」
「来月あたり堺にオランダ船が着く予定にございます。きっと砂糖も乗せてございましょう。延暦寺はお屋形様に虫のついた砂糖を高値で買い取らせるつもりでしょうから、ギャフンと言うしかないでしょうな。」
「確かに!猿、お前もなかなかのワルよのう。うっひっひひ。」
「お屋形様こそ!わっははは。」
再び延暦寺に使いを出し、煙を焚いて虫を駆除するよう言い付け、村人の案内で家臣を抜け道に待機させた。
寺の敷地内のあちらこちらから煙りがあがりだすと直ぐに、辺りは煙りで真っ白になった。
家臣たちは煙りを吸い込まないよう濡れた布を、口元に巻き寺に忍びこみ、村の女たちを次々と誘導し寺の外に出していった。
麓の村で比叡山の山頂から煙りが立ち込めるのを見ていた青木の元に、家臣たちに救出された女たちが次々と戻ってきた。
「猿、ご苦労だったね。」
「はい、半数の女子が下山したとおもわれます。」
「それにしても想像以上の煙りだね?」
「はい、地面など蟻の大群で黒くなっておりまして、よくもまあ今まで放置していたもんだと呆れてしまいます。」
二人で山頂を眺めながら話をしていると、火の粉らしき物が空中で弾けるのが見えた。
「これはマズイ!」
「坊主どもやり過ぎおったか…?何かに火の粉が燃え移つたのやも。」
「違う、あれは蜂だ!早く皆を下山させるんだ!急げ!」
「はっ!」
「それから村人全員を村の外れまで、出来るだけ遠くに移動させろ!」
「はっ!」
青木の命令で猿は駆け出した。
青木も村人を誘導するのを手伝い、村の年寄りや幼い子供を荷車に乗せ、青木なりの早いスピードで荷車を引いた。
「信長様、勿体のうございます。儂らが荷車を引きますんで、先にお逃げくだせえまし。」
「遠慮しなくていいから、僕だってただのデブじゃない。力はあるんだよ。」
村人は思った。
『いや、そうじゃなくて、力は確かにあるけど、足がおせーーんだよ!』
しかし本音を言うことは出来ず、仕方なく後ろから荷車を押すのを手伝った。
そうこうするうち下山してきた家臣が駆けつけてくれた。
「お屋形様、代わりますので、お屋形様は馬車にお乗り下さい。」
「僕はいいから他の人を乗せてあげなさい。」
「失礼を承知で申し上げます。お屋形様の足では皆香ばしく焼けてしまいます!」
「…えっ?」
「さあ分かったらとっとと馬車にお乗りを!」
青木は
「僕そんなにノロマだった?」
「僕なりに役に立とうと思ったのに…。」
とぶつぶつ言いながら家臣にせかされ馬車に乗りこんだ。
青木と村人や家臣たちが村外れまで来た時、山頂でボンっと大きな爆発音とともに地面がグラリとゆれた。膨れ上がった煙りがキノコ雲のように舞い上がっると直ぐに燃え盛る炎が山を焼き始めた。火の粉や煙りが風にのり村に降り注ぐ。
「皆無事かい?」
「なんとか間に合うたようです。」
「しかし何とも凄い爆発でございましたなぁ?」
「寺に火薬でも置いておったのでしょうか?あの坊主どもなら大砲や鉄砲を持っていても不思議はあるまい。」
「いや、あれは砂糖のせいだよ。」
「なんと!砂糖で爆発をおこせるとは‼︎」
「そんな簡単に出来る事じゃない。たぶん虫を駆除するために焚いた火から逃れようと、虫たちが一斉に動いて舞い上がった砂糖や虫に付いていた砂糖に引火したんだろう。」
「いやぁ流石はお屋形様じゃ!そのことに気づいて下さらなんだら爆発の巻き添いにあっておりましたわい。」
家臣たちは青木の知識に感心し、そんな当主に仕えているのを誇りに思った。
村人たちも村は焼けてしまったが大切な家族が戻り、悪業の数々をしてきた坊主に怯えて暮らさなくても良くなった。
しかし、一方では延暦寺を爆破させてしまったという事は仏を爆破したも同然。恐ろしい災いが降りかかるに違いないと感じていた。
青木は家臣や村人たちの恐怖に怯える瞳を見て、やらかしてしまった!と気づいた。
本物の織田信長は延暦寺に火を放ち、坊主は勿論のこと女子供に至るまで惨殺し、そして神仏をも恐れぬ非道な武将として名を馳せたのだった。
何故火を使ってしまったんだ!水にすれば良かったのに!
「人々に災いや罰を与えるものは神仏にあらず!」
状況を察した猿が声をあげた。
青木はハッと我に返った。そうだ自分は織田信長。歴史を変えることはやはり自分の様な凡人には無理なのだ。
ならばそれに従うしかないのだ。
「天は人の下に人を作らず。人の上に人を作らず。仏の教えを説く者が仏の教えを知らぬ者に苦しみを与えるなどあってはならない。よって仏が罰を与えたとするならば延暦寺である。」
青木は胸を張って言ってのけた。
しかしこの時代の人々にとって神や仏を信じる気持ちは根深く、それ故恐れを抱く気持ちも強かった。
「そもそも神や仏というものは自身の中にある良心の事だと僕は思うよ。さあ災いを怖れている暇はない。村を復興させることを考えよう!」
村人たちは青木の言葉を聞き、目が覚めた様に活き活きとしだした。
中には青木の家臣になりたいと志願する若者もいた。
「ダメだよ。今はこの村に君の力が必要だ。村の再興がかなったら来なさい。」
青木は優しく若者をたしなめた。
青木は自分の家臣を数名と砂糖を買い付ける為に用意した金を、村の再興の為に置いていくことにした。
「信長様、貴方様こそが神様仏様だ。」
村人や家臣からそんな声があがった。
青木はヒーローになった気分で手を振り応えた。
歴史とちょっと違っちゃったけど、まぁいいか。
1582年6月2日
いよいよ最期の日をむかえ、猿と徳川は青木のいる本能寺を訪れた。
「お屋形様、どうか今一度お考え直しを!今ならまだ間に合いましょう。」
「来蝶様とご一緒に元の時代にお戻り下され。」
「二人とも有難う。けれど僕はこの運命を受け入れてるんだ。僕は織田信長なんだ。引き返すことは出来ない。」
「では、せめてお逃げ下さい。謀反を起こされると分かっていて、みすみす殺されることもありますまい!」
「我等が手引きいたします。我等もお屋形様が影武者と分かった時から、お屋形様を必ずお守りすると誓いを立てました。どうかお聞き届け下され。」
猿と徳川は必死で懇願したが、青木は首を縦に振ることはなかった。
「二人とも蝶ちゃんのことを頼んだよ。それから光秀はちゃんと手筈通りに逃すんだよ。」
「お屋形様…。」
猿はまだ諦めきれず縋る様な目をした。
「鳴かぬなら鳴かせてみよう時鳥。」
「…?」
「後世で僕達三人の性格を読んだ句さ。今のは猿。徳川は、鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥。どうだい?なかなか良く読めてるだろう?」
「お屋形様は?」
「信長様は、鳴かぬなら殺してしまえ時鳥。」
青木は余りにも自分に似つかわしくない句に苦笑した。
「貴方様には相応しゅうございませぬな。」
「ならば、鳴かぬなら笑わせようか時鳥。で如何かな?」
「流石だね徳川。僕にはその方が似合ってる。ありがとう。」
「僕はここに来て本当に楽しかった。僕には勿体無いくらい良い人生だった。こんなに良い仲間と愛する人と過ごせたんだから。」
「殿、お一人では逝かせませぬ。私も直ぐに後を追いまする。」
「蝶ちゃん、約束しただろう?僕の分も長生きして、美味しい物いっぱい食べて、楽しく生きるって。」
来蝶が頷くと青木は満足気に笑みを浮かべた。
「殿、明智光秀様がおいでになられました。」
家臣が明智光秀の来訪を告げる。
あれ、ちょっと早くない?
まだ昼間だよ。
歴史では夜に本能寺に火を放ち襲撃するはずだけど…。
「お屋形様、我等は隣の部屋で立派な最期を見届けさせて頂きます。」
「えっ?」
「お屋形様のお覚悟を無駄にはいたしませぬ。必ずやお屋形様のご意思を継いで、この国を平和な良い国に致します。」
「貴方様こそが我等のお屋形様にごさいます。」
猿と徳川は先程の青木の言葉に感動し、青木の立派な最期を見届けるべく、来蝶を連れて隣室へと下がった。
「えっ、あっ…、ちょっと、」
まだ数時間先だと思っていたのに、明智光秀の来訪が早まった事で、一気に恐怖が重くのしかかってきた。どうやって僕を殺すつもりなんだろう?やはり刀で一思いに斬られるのか?絶対痛いよな…。
「お屋形様、失礼致します。」
明智光秀が大きな風呂敷包みを持って入って来た。
「あけ、あけ明智、もっもっももも…、」
「いかがなさいましたお屋形様?どこかお加減が悪いのでは?」
「だっだ、大丈夫。ぜぜ全然大丈夫。毛利との話し合いの為に中国に向かってたんじゃないの?」
「はい、中国に向かっておったのですが、途中でなんとも旨い饅頭をみつけまして、是非お屋形様に食べて頂きたいと思いまして引き返して参りました。」
「まんじゅうぅ?」
「はい、なんでも余りにも旨いので食べだしたら止まらず、独り占めしてしまうというので独饅頭と呼ばれておるそうです。」
「毒っ…!?」
「なんともブラックユーモアのあるネーミングでございましょう?はっはははぁ」
武将にしては気が優しく真面目な明智光秀も、やはり戦国武将に違いなかった。
しかしこうもストレートに殺害方法を、ぶっちゃけられると覚悟を試されているような気がする。
死ぬ覚悟…。
ない…。ないない。
不意に決心が揺らいだ。いや、もともと死ぬ決心など出来ていなかったのかもしれない。
何故なら明智光秀が自分を裏切るなど考えられなかったからだ。
本物の織田信長は冷徹な武将だったかも知れないが、自分はどっちかというと善良で、そんな自分を明智光秀は仔犬のように慕っていた。だから、もしかしたら明智光秀は本能寺には来ないんじゃないかと心の片隅では思っていた。
だがこうして僕を殺める為に毒饅頭を前に笑っている。なんて残忍な奴だったんだ!
隣室にいる猿と徳川に助けを求めたいが、恐怖のあまり声が出てこない。
尻をついたままズルズルと後ろに下がり、隣室の襖まで行くと猿と徳川に小声で呼びかけた。
襖が静かに開けられ中に引きずり込まれる。
「いやぁ、毒饅頭とは明智殿も考えられましたなぁ。」
猿?なに感心してんの?
「最後までなんて思いやりのある方にございましょう。好きな物を食べながら死なせようとなさるとは、御心の深さが感じられまする。殿、たんと召し上がってあげねば。」
ちょ、蝶ちゃん?言ってること滅茶苦茶だよ!
「やはり繊細な人柄ですな。さぁお屋形様、毒を食らわば皿まで食ってやりなされ。」
徳川、お前はアホか⁈
三人は口々に言うと青木を元の部屋へ押し出した。
「お屋形様、やはり具合がお悪いのでは?」
「具合…?そう具合が悪いんだ。今朝から腹の具合がゴロゴロピーピーなんだよ。」
「それは知らなかったとはいえ申し訳ございません。では、これは来蝶様と他の方々に召し上がって頂きましょう。お屋形様には日を改めて買うて参ります。」
なに、僕の代わりに蝶ちゃん達を殺すというのか?なんて卑劣なんだ。僕の大切な人たちを身代わりになんて出来ない!
ゴクリと唾を飲むと、震える手を饅頭に伸ばした。
「お屋形様、その様なお身体で無理をしなくてもよろしいのです。またいつでも買うて参りますゆえ…。」
「いや、この饅頭は僕が食べるよ。」
「しかし…?」
青木は目を固く閉じ、饅頭を一口で口の中に押し込んだ。
旨い!メッチャ美味い。
薄くしっとりとした皮に、まったりとしたこし餡がお口の中でとろけるぅぅ。その中にひっそりと佇む粒餡が舌にころがる様はまさに餡子界の真珠。
あゝ し・あ・わ・せ・っ
もう殺されるのなんか怖くない。
こんな極上の死に様を与えてくれてありがとう光秀!
青木は饅頭のあまりの美味しさに、死の恐怖を忘れ饅頭を次々と口に放り込んだ。
「お屋形様、お気に召して頂けましたか?」
青木の食い付きに明智光秀は、純真な子供のような眼差しを向け喜んだ。
かれこれ20個は食べただろうか?
全然苦しくならない…。
自分はデブだから毒のまわりが遅いのか?
はたまたロシアンルーレットのように、この沢山ある饅頭のうち1個に毒が仕込まれているのか?
「お屋形様、もう今日はこのぐらいにしてはいかがでしょう?お身体にも触りましょう。」
「何を言うか?今日中にケリをつけねば!」
「まだ、日持ち致しますよ。」
「今日でなくてはダメなんだ!」
今日のお屋形様は変だ⁈
いつもなら『皆んなで食べた方が美味しいよ』と言って分け与えるのに…。
うぅ〜む、まさに独饅頭。
うぐっ!
ぐっぐっぐっうっ!
「お屋形様!誰か、誰か水を持てーー!
ああもう、だからお止めしたのに…。」
バンッ!
隣室の襖から青木の死に様を見ていた来蝶達が、音を立てて襖を開け青木の元に駆け寄った。
「殿!殿らしい立派なお姿にごさいました。来蝶はまた惚れ直してしまいましたよ。」
「お屋形様、貴方こそ真の男。武士の鏡じゃ!」
「お屋形様をこれ以上苦しませてはならぬ明智殿。さあ留めを!」
「とっと留めって⁈
徳川殿いったい何言っておる?」
「良いのじゃ。早う留めを…!」
ああっ!喉に詰まった饅頭を吐き出させろって事か!
徳川の言葉をそう解釈した明智光秀は頷くと、青木の背後にまわり背中にドンっと拳を入れた。
ぐっ、ぐほっ!
青木は喉に詰まっていた饅頭を吐き出した。
「失礼致します。水をお持ち致しました。」
「蘭丸、早よう殿に水を…。」
「ああーーっ、またこんな甘い物を食べて!医者から止められておりましたでしょう?」
森蘭丸は青木に水を飲ませながら、食い散らかされた饅頭を呆れ顔で見て言った。
「ごめんよ蘭ちゃん。」
「いや、儂が土産にと…。」
森蘭丸は美しい顔で明智光秀を睨みつけた。
その怒った顔がまた妖艶で、明智光秀は恥ずかしくなって俯いた。
「こんなに食べても死なぬとは、お屋形様の体は毒をも制するのか?」
「毒⁈徳川殿は儂が持参した饅頭に毒が入っていたと言われるのか!」
「さっき明智殿が毒饅頭と言っておられたではないか!」
「どくはどくでも独り占めの独じゃ!何故儂が謀反を企てねばならんのじゃ!」
「ええーーーっ毒入りじゃないの?」
「んじゃあ死なないの?」
「当たり前です!何で毒など盛らないとならんのです?」
真剣に訴える明智光秀の顔を見て、明智光秀には青木を殺す気など毛頭ないと確信した四人は、心の底から安堵したのだが…。
「しかし死なぬとなれば歴史が変わってしまうのではないか?」
「自害した事にしてはどうじゃろう?明智殿にはヤル気がなさそうじゃから。」
「いや、ダメだよ。明智光秀に殺されるのは重要なとこだから外せないよ。」
「じゃあ本筋通りにやってもらうしか…。」
四人はじっと明智光秀を見た。この男に本能寺に火をかけ謀反を起こすなんていう大それた事が出来るだろうか?
「さっきから四人で何をコソコソ話しておられる?感じ悪いんですけどぉ!」
…、…、…、…、無理っぽい。
「コホン、あー、明智殿。ひとつ頼みがあるんじゃが…。聞いて貰えんか?」
「(なんか凄く嫌な予感)…何でございましょう?」
「あまり大したことではないのだが、お主にしか出来ん事なんじゃ…。」
「はぁ?(ぅわぁぁ、徳川と猿がこんな奥歯に物が挟まった言い方するってことは絶対悪い事だよ。聞きたくねぇーー。)」
「ちぃいっとばかし火をかけて欲しいんじゃ。」
「何に?」
「ここに。」
「この畳を焼くのですか?」
「いや、もうちょい大規模に…。例えばこの寺全体的に焼いちゃってくれんかのぅ?」
「悪ふざけも大概になされ!全く冗談にも程がある。」
あれ?もしかしてマジ?
明智光秀は四人の真剣な顔を見て思った。
「さっきから聞いておれば、儂が毒を盛ったと有らぬ疑いをかけたかと思えば、今度は本能寺に火を放てとか?訳をお聞かせ願いたい!」
「掻い摘んで言うとだなぁ…。明智殿が本能寺に火を放ってお屋形様を殺してくれぬと、この先の話がややこしくなってじゃなぁ…。」
「なっ!なんですとぉ⁉︎儂に謀反をせよと?しかもお屋形様の面前で…。気は確かか⁉︎」
「いやいや、心配には及ばぬ。お屋形様も承知の上の話で…。」
「そうだよ。思い切ってやっちゃってよ。」
「………。皆で、儂の忠義を試しておられるのか?心外でございます。」
真面目な明智光秀は、とうとう泣き出してしまった。
「その様な事をすれば儂は謀反人となり、お家は断絶。家人は赤子に至るまで死罪。何より尊敬するお屋形様を殺すなんていやです!無理です!」
…だろうね。
「もう毒饅頭を喉に詰まらせて死んだ事にすればいいじゃないですか?」
森蘭丸が面倒くさそうに言った。
「蘭ちゃん…?」
「詳しい事情は知りませんが、羽柴様と徳川様は殿が死んだ事にして、明智殿と一緒にオランダ船に乗せようと企だてていたんでしょ?」
「蘭ちゃん何故そのような事を知っておるんじゃ?この事は儂と羽柴殿しか知らぬはず…。」
徳川は怪しむように猿をジロリと睨んだ。
「言うてない、儂はなーーんも言うてない!羽柴秀吉(赤井文喜から改名した)はふんどしの紐以外は堅い男じゃ!」
「羽柴様は口を滑らせてはおりませんよ。ただ声が大きいので内緒話に向いてないだけです。」
「ったく!明智殿、お聞きの通りじゃ。ここはひとつお屋形様に毒を盛ったということで、オランダ船に乗ってくれんかのう?」
「何がお聞きの通りなんですか⁈謀反人になるなんて嫌です!」
「もう後には引き返せんのだ。もう明智殿の奥方もお子も船に乗っておるんじゃ。それに明智殿が承知してくれぬと、儂等が天下を取れんのじゃ。無理を承知で頼むこの通りじゃあぁぁぁ!」
猿は頭を畳みに擦り付け懇願した。
「なんということ…。自分達の欲の為にお屋形様を抹殺し、罪のない儂の妻や子まで巻き添えにするとは…?」
「いやいや、お屋形様は死にはせん。死んだことにするだけじゃ。お主らと共にオランダに行くのじゃ。」
「同じことにございましょう⁈」
「光秀、僕や蝶ちゃんと蘭丸とで外国に行こうって誘っているだけだよ。」
「僕も一緒に行くんですか?」
「そうだよ蘭ちゃん。一緒に行こう。」
「そうですね。僕の美貌はこの国だけに留めておくには勿体無い。世界に羽ばたき人々に夢と希望を与えるのが使命ですね!海の向こうの凡人ども、この蘭丸の美しさの前にひれ伏すがいい!ふひひぃ…。」
一人悦に浸る森蘭丸。このナルシスト癖がなければ良い奴なのに…。
「光秀にはこの国より外国の方が向いてると思う。今までの様に僕の右腕とし羽ばたいてみないか?」
殿の右腕…?
確かにこの国では、猿や徳川という個性派がいて儂など霞んでしまう。
これは以外に美味しい話ではないか?
何より蘭ちゃんが行くなら…❤︎
「年若い蘭ちゃんまで同行するとなれば、この私もお断りする訳には参りませぬな。見知らぬ土地で殿をお守りするお役目しかと受け賜わりました。」
明智光秀は深々と頭を下げ、歴史通りとはいかなかったが、謀反人になることを承知したのだった。
青木、来蝶、森蘭丸、明智光秀の一行はオランダ船に乗り海外へと旅立った。
永い航海の間船酔で、オランダに到着する頃には激痩せして、そこそこのイケメンになった青木は織田信長の名を捨て、本名の青木啓介として来蝶、蘭丸と共にユニットを組みファッション界を賑わせた。
また貿易商としても明智光秀と手腕を発揮し、日本の文化を海外に広めることに貢献し、莫大な富と名声を手にした青木と来蝶は多くの孤児を引き取り、その子供たちに見守られながらオランダの地で生涯を終えた。
青木は最後まで口癖の様に言っていた。
「僕は
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