第17話 青木流 戦国時代の生き方
ドスン!
ドサッ!
きゃあぁぁぁ
あいたたたーーっ
「だっ、誰だ?あんたらどっこから落ちてきたんだ⁈」
「えっ?こ…、ここは?」
「この女子は昨夜の…。」
AVの撮影現場に落っこちたようだ。
「あいすまぬ。どうやら不時着したようじゃ。」
「邪魔したのう。儂らは退散するゆえ、さっ続けられよ。」
猿と徳川家康は慌て退散した。
「今の何?」
「侍…?続けろって言われても気が失せちゃったよ。」
「侍かぁ、次は侍つかうのもありか…。」
「赤井殿!お主何を考えておったのじゃ?儂らは元の時代に戻る手筈であったではないか⁈」
「いや、すまん、すまん。新太の父上が見せてくれたあのAVの続きを、もうちっと見たかったなぁなんて思うて…、あの場所に落ちた様じゃ。」
「まったくスケベも大概にされよ。」
「何を偉そーに。徳川殿こそ部屋を出る前に振り返って、あの女子の裸を見て扉にぶつかっておったではないか。ほんに
「さっ、気を取直してやり直しじゃ。今度は儂がスマホを見るゆえ…。」
「いやいや、待たれよ。折角じゃから殿と奥方様に土産を買うて帰るとしよう。」
「おゝ、名案じゃ。お二人はこの時代の食べ物が懐かしかろう。」
「そうと決まればコンビニじゃ。」
「いざコンビニ!」
ドスン!ドサッ!
ゴロゴロゴロゴローー!
「猿!徳川!」
「二人とも大事ありませぬか?しっかりなさいませ。」
「…、お屋形様!
赤井殿、目を覚まされよ!元の時代に戻れましたぞ!」
徳川家康は猿の体を揺さぶった。
猿は薄っすらと目を開くと、自分を覗き込む青木と濃姫に成り代わった妹の
「猿、大丈夫か?」
「お屋形様、奥方様、久方ぶりにごさいます。」
「上手くタイムスリップしたか?」
「はっ!無事役目を果たして参りました。」
「あゝ、良かった。詳しい話は後にして少し休みなさい。疲れただろう?」
「かたじけのうございます。これは土産にございます。お納めください。」
青木は猿と徳川が恭しく差し出した風呂敷包みを広げると、濃姫と二人して狂気した。
「これは!ポテチにカップ麺!」
「殿!こちらにはチョコレートにビールもありまするよ!」
だが、タイムスリップ時の遠心力と落ちた時の衝撃で菓子は粉々になり、カップ麺の容器は割れ、ビールの缶はひしゃげていた。
「面目ありませぬーーーぅ。このような不細工な形になってしもうて…。」
「お二人に喜んで頂こうと思いましたのに…、情のうござる。」
「気にしなくていいよぅ。ほらポテチはこーーやって食べると美味しいんだから。」
青木は大きく口を開け上を向くと、ポテトチップスの袋を口にあて、ポテトチップスを頬張った。
「ほら蝶ちゃんもやってごらん。」
「こうでごさいますか?」
来蝶は青木の真似をして、ポテトチップスを頬張った。
「おゝ、殿の言われた通りにございます。粉々になった方が食べやすうございますね。」
「だろぅ?カップ麺だってちゃんとした器に入れて食べた方が美味しいし、チョコだって湯せんしたら色んな物にトッピング出来る。」
「流石は我が殿、グルメでいらっしゃいまするね。でも…これはどう致しましょう?」
それはペシャンコになってグチャグチャのケーキだった。
「…、それは…、あちらの濃姫様がなんとも美味しそうに召し上がられていたので、奥方様にも召し上がって頂きたかったのに…。」
猿は残念過ぎて涙目になった。
「猿、気を落とさなくても大丈夫。僕に任せなさい。」
「殿にお任せすれば大事ありませんよ。」
「お屋形様、奥方様…。」
「さっ、二人ともさがって休みなさい。今夜はこれを皆で食べながら旅の話を聞かせて貰うとしよう。」
「はっ、失礼いたします。」
猿と徳川は退出し、懐かし城下の町を歩いた。
「懐かしいのう。やっと我等の時代に戻れたという気がする。」
「そうじゃな…。」
「あの時代は平和なのかも知れぬが騒がしゅうて、便利な物が溢れておったが不気味でいかん。」
「そうじゃのう…。」
「先程からどうされたのじゃ赤井殿。気のない返事ばかりして。」
「そうじゃのう…。」
「お主は
「なんじゃとおぉぉ⁉︎徳川殿は喧嘩をうっておるのか?」
「悪口は聞こえとるんかい?
で、どうされたのじゃ?無事戻れたというのに。」
「いや…、本当にこれで良かったのかのう?」
「何がじゃ?」
「本物の信長様を置き去りにしてしもうた。」
「二人で話し
「あの方は…、青木殿はこの時代の武将としてお優しすぎる。青木殿の人生はやはり先の世にあったのではないかのう。」
「確かに武将と呼ぶには相応しゅうないかもしれぬ。じゃが青木殿には我等にはない知識がある。それこそがこれからの世を変えていく力なのではないかと儂は思う。
信長様とてあの時代に未練を残しては、大義を成し遂げることはできまい。」
「それはそうじゃが…。徳川殿は何故マリー殿を裏切られたのか?我等と共に元の時代に帰る筈であったでろう。」
お笑いライブの前日、マリーアントワネットが一人で猿と徳川の元へやって来た時のことだ。
彼女は現代にやって来た理由と経緯を話し出した。
「私はあまりに幼すぎて、我が身に降りかかる不幸から逃れることしか考えられませんでした。王妃として国王や民を守ることが、勤めであったのに責任を放棄して逃げてしまった。
私は拓海の話すこの時代の自由さ安全さ便利さに心を奪われてしまったのです。
私の時代には無いものに憧れ見て触れてみたかった。自分もそこに身をおけるなら王妃としての立場など紙屑の様に捨てられると…。
この時代は本当に便利で素敵な物が溢れていて安全で自由だった。元の時代に戻ることなど考えられなかった。」
「マリー殿は元の時代に戻りたくないと仰せか?」
「いいえ、違います。
この時代に来てノブさんやノンちゃんと出逢い、間違いに気づいたのです。
私は逃げしてはいけなかったのです。けれどこの時代に来なければ、その事に気付くこともなかったでしょう。
私もノブさんもタイムスリップを気楽に考え過ぎていたのです。
あのスマホさえあれば、いつでも元の時代に戻ってやり直せる。少し遠出をするぐらいの軽い気持ちだった。一度はスマホを失い帰る道は閉ざされたけれど、あなた方が持ってきてくれた。今が元の時代に戻る時なのです。」
「奥方様が無事に御子を産まれたら一緒に戻ると話がついておりましょう?」
「いいえ、あなた方と戻るのは私だけです。」
「本物の信長様とお濃様を置き去りにせよと言われるのか?青木殿はどうするつもりじゃ?大国の王妃であろうと女子の浅知恵など聞く耳もたぬわ!」
「赤井殿、落ち着かれよ。」
猿は顔を真っ赤にして憤った。しかしフランス国王の王妃としての威厳を纏ったマリーアントワネットは顔色ひとつ変えることはなかった。
「では、産まれたばかりの子供と別れ元の時代に戻る方がノブさん達にとって良いと言えるのですか?未練を残している方が立派に役目を果たせるというのですか?あなた方だって同じように感じているのでは?」
「そっ、それは…。」
マリーアントワネットの的を得た言葉にふたりは返す言葉がなかった。
「ノブさんには青木さんという代わりがいる。青木さんは歴史を知っています。ノブさんが何をしてどうなるのか全て知っているのです。あの人ならきっと上手くやれるでしょう。けれど私の身代わりは大好きな姉がしているのです。青木さんと違って先の事は何も分からずに、私の代わりに殺されてしまうのです。姉と夫の不幸のお陰で自分だけ幸せになどなれない。」
「マリー殿…。怒鳴ってすまなんだ…。」
マリーアントワネットの気持ちは良く理解できた。理屈も納得できる。だがあまりに事が重大過ぎる。信長様と濃姫、青木と来蝶、四人の運命だけではない。織田信長という主君が、この国の歴史に重要な人物であり、自分達がそれを受け継ぐ人間だと分かった今、自分達の判断が多くの人の運命、歴史を変えてしまうかも知れないのだ。そんな重大な事をこんな場所で自分達に委ねられても困る…。これが正直な気持ちだった。
「マリー殿、ひとつだけお聞かせ願いたい。
我が主君、織田信長様は元の時代でどの様な運命を辿られるのか?」
「それは…。」
「マリー殿にとっては、どちらが正しかったのかわかりかねるが、首に小刀を充てただけで気絶するぐらいじゃ。まだ死を覚悟できてはおらなんだのは確かではないのか?信長様にもお濃様にもマリー殿にも、それぞれ影武者がおるのじゃから問題あるまい。我等は青木殿を命をかけて御守りするのみ。」
「…ふむ。儂等は間違うておらなんだのかのう?」
「済んでしもうた事を悔やんでも仕方あるまい。もうどうにもならん。」
「そうじゃのう。」
「それよりも今宵はサムライズの修行の成果を見て頂こうぞ。ちと、練習していかぬか?」
「ならば儂の家にお越しくだされ。寧々も喜びましょう。」
「お言葉に甘えるとしよう。」
猿の屋敷で漫才の練習をした二人は、夜になってからまた青木の元へ訪れた。
青木は二人が土産に持ち帰ったペシャンコのケーキの型を整え、湯煎したチョコレートをケーキにコーティングして待っていた。
「あちらは皆元気だったかい?」
「はい、ご健勝にあられました。お屋形様は新太の実家で酒造りをされておられ、奥方様は身籠もられたそうに御座います。」
「なんと、姉上様にお子が?義兄上もさぞお喜びであろう。」
「そうかそうか、お二方にはあの時代が合っていたんだね。何事もなく無事におられるのなら良かったよ。ねっ蝶ちゃん?」
「はい。安堵致しました。猿と徳川殿には大義でしたね。礼を言いますよ。」
「殿…。」
「…ん?」
いつもは『お屋形様』と呼んで懐いてくれた猿に、『殿』と呼ばれて青木が一瞬瞳を曇らせたのを見て猿は口ごもった。
「なんだい?猿、言ってごらん。」
「殿は何故に我等二人を先の世にお使わせになったのでしょうか?
あの時代には本物の織田信長様とお濃様がいて、タイムスリップをすれば我等の記憶が戻ることをご存知だった筈。我等が本物の信長様を連れ帰るとは思われなんだのでしょうか?それとも殿は我等二人の忠義をお試しになられたのでしょうか?」
「赤井殿、その事はもう口にせぬと約束したではないか!」
「ぷっ、何を言いだすかと思えば…、ぷっふふ。
二人が信長様か僕かのどちらを選んだとしても忠義者には変わりないじゃないか?それにもしも信長様が戻って来たとしても僕はどうもしないよ。僕はこの時代にいる。蝶ちゃんの側にね。
それに僕はこの先の事を知っている。そんな僕を信長様が簡単に手放すはずないだろう?」
「殿がもしも元の時代に戻られるのであれば、私もついて参ります。殿と一緒なら例え地獄であろうと楽しゅうございましょう。離れませぬ。」
「蝶ちゃん大丈夫だよ。何も心配いらない。」
青木は来蝶の手をぎゅっと握りしめた。
「しかし殿、あの時代であれば井戸から水を汲む手間もなく、火も簡単に点き、夜でも明るい光の元で過ごせましょう。電車や車といった移動手段もありました。我等二人にとっては信じ難いことばかりで何やら恐ろしゅう感じておりましたが、こちらに戻りなんと便利な物であったかを実感致しました。
殿はそんな暮らしに未練はありませぬか?」
徳川の問いに青木は即答した。
「ないよ。
そりゃあ、あればいいなと思う時もあるさ。でもここにはもっと大切なものがある。」
「大切なもの…、でございますか?」
「蝶ちゃんがいて、君達がいる。僕を必要としてくれる人が沢山いる。ここが僕の大切な居場所なんだ。」
「殿、我等の判断は間違うてなかったのでしょうか?」
「猿、この世には正解も間違いもないんだ。
正解と間違いは裏と表。見方は人それぞれさ。その時自分が正しいと思う事をするしかない。」
「殿はこの時代にいて、御身にどの様な事が起きるか知っていてもなお…、」
「二人ともこの話はもう終わりだ。もっと土産話を聞かせておくれ。」
青木は無理やり話を終わらせた。
猿と徳川家康は先の時代での出来事を代わる代わるはなし、漫才の修行の成果を披露し夜更けまで楽しんだ。
青木は来蝶の膝枕で眠ってしまい、そんな青木の頭を来蝶は愛おしそうに撫でている。
「殿をご寝所までお連れして、我等も失礼しようかのう徳川殿。」
「いえ、今しばらくこのままで…。」
「しかし、膝が疲れましょう?」
「そうですね。この人の頭は大きゅうて、沢山の知識が詰まっておりますゆえ重いけれど、まだ大丈夫。」
来蝶はクスクス笑いながら言った。
「二人には殿に代わり礼を言います。よう殿の元へお戻り下された。感謝しますよ。」
「何をおっしゃいます奥方様、頭をお上げください。勿体のうございます。」
「さっきは殿も強がっておられたけれど、二人が殿を主君として選んでくれた事が嬉しかったのですよ。素直に言えない恥ずかしがり屋なところもおありなのですね。」
来蝶は自分の愛する人の良いところを、またひとつ見つけたと言うように、頬を染めた。
「二人とも先の心配など要りませぬ。殿は分かった上で織田信長として生きることを選ばれたのです。」
「では、奥方様もご存知なのですか?」
「はい、全て真実を話してくださいました。殿は義兄上とは大違いにございましょう?義兄上がここに居られたら、戦さの日々が続き多くの者が犠牲となり苦しんだでしょう。なれどこの時代の人間にはそれも仕方のない事。他のやり方が分からぬのですから。」
「我等も先の時代に行き気づきましてごさいます。やり方は違っても信長様と殿が目指している事は同じなのでございますね?」
猿の問いかけに来蝶は大きく頷いた。
「そうです。
武力で勝ちとったとしても、敵も味方も多くの民を失うことに変わりありませぬ。恨みや悲しみを残してまで勝ち得ても意味はない。殿はいつもそう言っておいででしょう?ならば双方が納得出来て手を結びwin-winな関係になるのが一番なのだそうです。」
来蝶は楽しそうに両手をピースにして曲げたり伸ばしたりした。
「ウィン、ウィンでございますか?」
猿と徳川もぎこちなく真似をしていった。
「意味はよう分かりませぬが楽しそうにごさいましょう?
先の時代の人である殿のやり方で、この国をひとつにまとめ皆が安心して平和に暮らせる様にする。その為に殿は殿の後継者となり目的を達成する二人に先の時代に行ってもろうたのですよ。」
来蝶の言葉に猿と徳川は目を潤ませ、青木にひれ伏した。
「お屋形様!儂は必ずお屋形様をお守り致します。一生お仕え致します!」
「必ずお屋形様のご意思を継いで、この国を良き国に致します!」
二人は改めて青木を主君とし、目的を果たす決意をした。
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