第14話 二人の織田信長

「あんた達はーーー!親を欺くとは、どういう了見なの?」


 全てを白状した俺たちに、母さんの怒りが爆発した。

 此処に至る経緯を聞いたお屋形様たちも、顔が強張って言葉もないと言った状態だ。


「だから正直にお父さんとお母さんに、相談しようって言ったじゃない…。お兄ちゃんのバカ。」

「紗綾、あんた自分が何したか分かってないの?お父さんを利用して親を探るなんて、ただで済むと思ってないでしょうね?あんたは大学に入るまで携帯の使用禁止よ!」

「そんなぁ〜。スマホがないと生きていけないよぉ。」

「自業自得。少しは反省しなさい。」

「なによ!元はと言えばお父さんとお母さんが悪いんじゃない。隠し事するからでしょ?お互い様じゃない。皆んなが危険に晒されるなら言わないといけないんじゃないの?なんで隠すのよ!」


 出た!紗綾の逆ギレ。


「儂らはどうなるのかのう?」

「お屋形様の様に囚われ、出家させられるのであろうか?」

「いや、儂は囚われておらぬし、この頭は出家ではなく現代ここでの一般的な髪型じゃ。」


「ノンちゃん、この人たちと帰っちゃうの?マリーはどうなるのかしら?」

「まだ、よく分かりませぬ。それよりお腹がすきましたねぇ。」

「こんな大事な時に腹など空かしておる場合か?」

「なれど…。」


 ダメだ。それぞれに話出して収集がつかなくなってる。

 これはマズイ。早く止めさせないと状況が悪化するだけだ。


「皆んな止めなさい。…、止めろと言ってるのが聞こえないのか‼︎」


 父さんが珍しく大声を出し、テーブルをドンッと音を立てて叩いた。

 全員シーーーンと静まる。


「お父さん?びっくりした。お父さんもお母さんになんとか言っ…。」


 パシッ!


 とっ、父さんが紗綾を叩いた!

 信じられない。いつも呑気で飄々としてる父さんが?母さんには頭が上がらなくって、紗綾には舐められるぐらい甘い父さんが、紗綾を叩くなんて…。


「紗綾いい加減にしなさい。お前達はいつから約束の守れない人間になったんだ?俺と母さんが、いつお前達に人を欺く人間になれと教えた?お前達に本当の事を言わないのは、お前達を守る為に言えないんだ。なぜそれが分からない!どうして親を信じられない!」

「父さんゴメン。紗綾、おまえもあやまれ。」

「お父さんごめんなさい。」


 バリッバリッ


「おじさん、僕もすみませんでした。」

「儂らも自分たちの身を守ることばかりで、儂らのせいで拓海や新太の家族を、危険に晒しておるとは、気付きませなんだ。申し訳ない。お許しくだされ。」


 ポリッポリッ


「あの気性の荒いお屋形様が頭を下げるとは、なんと恐ろしい方じゃ!のう赤井殿。」

「自分に頭を下げぬ者は頭を斬り落としてしまえ!という残忍な方がひれ伏すとは、奥方様の言われたとおりじゃのう徳川殿。」


 お屋形様にギロリと睨まれ、侍二人は更に震えあがった。


 ゴクッゴクッ


「余計な事は言わんでよい。それより預かった文を出せ。」

「はっ!」


 サルは頭を下げ手紙をお屋形様に差し出した。


 パリッパリッ


「汚い字じゃのう。新太読んでくれぬか?」

「はい。」


『拝啓 糸里新太様

 ご無沙汰してます。

 私が此方に来て早十年の時が経ちました。

 初めは慣れない事ばかりで、戸惑うばかりでしたが、ようやく暮らしも落ち着いてきました。

 さて今回二人に手紙を託した理由ですが、私と濃姫が体験した出来事を、糸里さん達に伝えなくてはならないと、濃姫と二人して考えた末の策なのです。


 この時代に来た当初、私はまだその時代の食への未練が断ち切れず、タイムトラベルをしては食欲を満たしていました。

 それを濃姫に見つかってしまい、二人してグルメタイムトラベルを楽しむ様になったのです。』


 モグッモグッ


「グルメタイムトラベルって、どんだけ意地汚いんだよ。」

過去あちらにおられるお屋形様は、食と笑いに妥協のない方でごさいましてな。」

「ああ、それでコンビニ店員に弟子入り?」

「はい。」

「余計な話はいいから、早く先を読め。」


『そんなある日、濃姫とフレンチを楽しんでいると、何処からともなく監視されている様な視線を感じ、慌てて清洲城に戻りました。

 それからもタイムトラベルを重ねるごとに、視線が強くなり痛いぐらいに感じられる様になりました。

 もうタイムトラベルは最後にしようと、赤玉食堂に出向いた時、』


「最後にするならもっといい物にすればいいのにな?どんだけ赤玉食堂好きだよ。」

「だから、余計な感想入れるなって!」

「ハイハイ。」


『私より感の鋭い濃姫が、視線の先めがけ太刀を投げたのですが、なんとその太刀は空間に呑み込まれるように、消えてしまったのです。そして背後から何者かに肩を、グッと掴まれました。なんとか振り払いましたが、後ろを見ても誰も居らず、背筋がゾッとしました。

 私と濃姫はなんとか清洲城に戻り、その後は一度もタイムトラベルしていません。

 不思議な事にこの時代にいると、視線を感じることはないのです。

 たぶん私と濃姫は、タイムトラベルをやり過ぎたのでしょう。

 そこを何者かに目をつけられたに違いありません。

 つまり私がこの時代で、織田信長として生きている限り、私も皆さんも安全なのだと思うのです。

 誤解のないよう書き添えますが、決して恨みや愚痴などではありません。

 私の食べるしか生き甲斐のない人生を、この時代は変えてくれました。

 私のたいしたことない知識でも役立つこともあり、私のようなつまらない人間でも慕い頼りにしてくれる人々がいる。この時代は私には十分過ぎるぐらいの居場所です。

 糸里さん、もしもまたタイムトラベルができる物を作り出したとしても、決して行動しないで下さい。


 追伸…。』


 ゴクッゴクゴク


「お濃!さっきからバリバリボリボリゴクゴクっといい加減にせぬか!この一大事な時に何を呑気に食っておるのじゃ?」

「なれど殿、何か口にしておらぬと苛々して気分が悪うなるのです。」

「お濃さん心配なのは分かりますが、食べ過ぎは良くないですよ。」

「そうじゃ少しは辛抱せい…。あっ儂の儂の抹茶らってがのうなっておる!」

「それなら殿がお飲みにならないようだったので私が頂きました。」

「お濃ーーーー!貴様という女子おなごは、いつからそんな意地汚い人間になったのじゃ!儂の抹茶らってを…。」

「なれど…、」

「なれども冥土もないわーーーー!」


 お屋形様は怒って、お濃さんの食べていた煎餅の袋をゴミ箱に投げ捨てた。


「なにも捨てることはないではありませぬか!煎餅に当たり散らすとは、殿はやはり暴君でございます!最低の屑野郎です!」

「ぬわぁにぃーー!言わせておけば…。」

「二人とも落ち着いて。喧嘩してる場合じゃないんですから。お濃さんは不安なだけですよ。食べることで気を紛らわせてるだけですから。」

「そうだよ。お屋形様。食べるぐらい許してあげよう。さぁ座って手紙の続きがまだありますから。」

「ノンちゃん、ほらマリーのキャンディーあげるから。機嫌直してね。」


 俺と拓海とマリーちゃんの三人で、お屋形様とお濃さんを必死でなだめすかした。


「紗綾、ノンちゃんに何か買ってきてあげて。」

「ならば駅前のけいき屋のけいきをお願いします。苺がのってるやつ。それからぷりんもお願いします。それと三軒隣のもんじゃ焼きと…、」

「えっえええぃ、黙れお濃。次々注文しおって、厚かましいにもほどがあろう!」

「いいのよ、ノブさん。紗綾お願い。」


 紗綾は素直に頼まれたお使いをしに出て行った。


「じゃあ手紙の続き読みますよ。」


『追伸、

 サルと家康をそちらに行かせたのは、勿論私がタイムトラベルをする事が、危険なのも理由にありますが、サルと家康にこの国の未来を見せてやって欲しいのです。いわゆる社会見学といったところでしょうか?

 自分の目で見て、自分の手で触れ、自分達が成すべきことを理解して欲しいのです。


 織田信長様、私は私なりのやり方で、この二人と共にこの国の歴史を作っていきます。

 あなた方もそちらでお幸せになられますよう、お祈り申し上げております。


 永禄九年一月 織田信長 』


「社会見学って、自分なり過ぎんじゃねぇーか?」

「そこは、もういい。」

「おじさん、どうしても隠していることを話てもらう訳にいかないんですか?もしかしてこの手紙に書いていた、視線の主に関係あるんじゃないですか?」

「拓海くん、その事を口にするのは、ある例外事項の時だけ、それ以外口にすることは固く禁じられているんだ。さっきも言ったように口に出さないことで君達を守ってるんだよ。」

「どんな危険があるのかも?」

「それは言えないと言うより、分からないんだ。俺と母さんはある取引をして免れた。それでも恐ろしいめにあったのは確かだ。だから実際はこうなると教えられない。頼むからこれ以上聞かないでくれ。」

「分かりました。無理ばかり言ってすみません。」

「君達の気持ちも分からなくはない。俺達だって話せるものなら話てやりたいんだよ。」

「わかってます。じゃあこれからのことですが、おじさん達はお屋形様達を、徳川さん達と元の時代に帰すべきだと考えていますよね?」

「う〜ん、それはそうなんだが…。」

「マリーはどうするの?国も時代も違うのよ。帰れないでしょ?そうよね?じゃあノンちゃんとノブさんも現代ここにいてもいいでしょ?」


「ただいまー。」


 紗綾が大量の食べ物を買って戻ってきた。


「ノブさん、はい抹茶ラテ。新しいの買って来たよ。おサルさんと徳川さんの分も。」

「かたじけない。」

「ノンちゃん。いろいろ買ってきたけど、食べ過ぎてお腹こわさないようにね。」

「はい。」


 お濃さんは頷くと直ぐさま苺のショートケーキを頬張った。

 それにしてもスゲー食欲。そうとうストレスを感じてるのか?


「猿、竹千代、過去むこうにおる信長は、誠にこの文に書かれておる通り皆から慕われておるのか?どの様な城主なのじゃ?」

「はっ、あの方は確かに食べ物に異常に執着しております。そして戦嫌いです。

 しかし、武器を持って戦うだけが戦ではないと言われ、どれ程戦で功を上げても死んでは無駄死に、生きておればこそ役に立つのだと言われました。」

「ほう、武器を持って戦うだけが戦ではないか…。」

「はい。戦場に出るのは最小限やらねばならぬ時のみ、その代わりあの手この手で商いをし財を築きましてございます。

 今では海外との取引も盛んで、他国の大名も我先にと同盟を結びたがっております。今川北条を落とすのも、近うございましょう。」

「財を築くだけでなく、百姓の女子供に至るまで読み書きを覚えさせ、勉学所を創り自ら英語を教えに行かれ、成績の良い者には海外留学の支援もしております。また体も鍛えさせており、今では女子といえど鉄砲や槍を使いこなし、名手と言われる者もおるぐらいにございます。」


 だからサルと徳川さんはカタカナ言葉がすんなり言えるのか。

 めっちゃくちゃ青木流が炸裂してんなぁ。


「無駄に戦わぬのではないのか?」

「はい、けれど他国より攻め入られた時には、自分の国は皆で守らねばならぬと言われ、いざという時には皆戦う覚悟にごさいます。」

「うむ、そうか。ならば儂が過去むこうに戻った時には、その様な城主にならねばのう?」

「お屋形様、我等もお聞きしたい事がごさいます。宜しいでしょうか?」

「うむ。」

過去むこうにおるお屋形様は、いったい何者なのでございましょう?我等の中にはお屋形様もお濃様も二人おるのです。」

「あの者は儂の影武者じゃ。儂が留守を任せたのじゃが、よう働いてくれた様じゃの。」

「お屋形様は我等二人をどの様にお思いか?」

「サル、其方は調子者だが本当は賢い。実のある男じゃ。竹千代、其方は何を考えておるのかようわからぬ時もあるが野心家じゃ。それも幼き頃より人質として、他家を転々とさせられたせいであろう。それ故辛抱強く、冷静に物事を見極め動くことができる。

 二人とも信頼にたる家臣と思うておる。」

「はっははぁーー。有難きお言葉いたみいります。」

「お屋形様のお心、しかと受け止めましてございます。」

「うむ。」


 お屋形様、カッケーーー。

 本当に殿様って感じ。


 お屋形様は、元の時代に帰るつもりなんだろうか?

 理性ではそれが一番いいことだって分かっているんだ。だけど胸がぎゅっと締め付けられる。本当にそれでいいのか?

 青木だって過去むこうで上手くやってるっぽいし、青木が織田信長やってれば皆んな無事だって言ってるんだから、このままでいいんじゃないのか?


元に戻るのに反対なのは、俺、お濃さん、マリーちゃん、たぶん拓海も。

賛成なのは、お屋形様、父さん、母さん、紗綾。

サルと徳川さんは…。どっちでもいいや。

お屋形様と紗綾は話次第で、反対派になるかも?

だけど父さんと母さんが『帰れ』と言えば、お屋形様とお濃さんは帰ってしまうかもしれない。

どうすればいいんだ…。



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