第15話 濃姫の乱

「お濃、帰るぞ。支度せい。」

「今直ぐに、でござますか?」

「そうじゃ。」

「無理でございます。お濃は直ぐには帰れませぬ。」

「元の時代には何も持って帰れぬのだぞ。着替えるだけじゃ。」

「そんなに直ぐ帰らなくても、よろしいではありませんか?」

「では、どのくらい待てばよいのじゃ?」

「後数日…。」

「誰かと約束でもしておるのか?まだ何かしておきたい事でもあるのか?言うてみよ。」

「言えませぬ。」

「お濃、帰るのを先延ばしにすれば、余計に立ち去りにくうなる。わかるであろう?」

「私はまだ帰れぬのです。」

「だから理由を申せと言うておるではないか。事と次第では待てるのだから。」

「帰れぬから帰れぬのです。」

「えっえええぃ、優しくしてやれば図に乗りおって!我儘も大概にせい!マリーちゃんみたいに駄々を捏ねるでない!」

「マリー我儘言った?」

「ほとんど毎日ね。」

「うっそぉ?新太の思い過ごしよ。」

「ノブさん、ノンちゃんも帰らないとは、言ってないんだから、もう少し気持ちの整理がつくまで待ってあげたら?」

「母上、お気持ちは有難いが、儂とて気持ちはお濃と同じ。後ろ髪を引かれる思いにございます。これ以上居ては決心が鈍ることもありましょう?だが、せめて理由を聞かねば納得いきませぬ。」

「ノブさん、ノンちゃんは…。」

「母上、後生にございます。私を哀れと思ってくだるなら黙っていて下さりませ。」


 なんだか風向きが変わったかも。

 お濃さんがお屋形様に、ここまで反抗すると思わなかったし、母さんが引き留めるなんて予想外だ。

 それにしても、お濃さんは何を隠してるんだろう?母さんも知ってるみたいだし…。気になる!


「なんじゃ。何を隠しておる?」

「言いたくございませぬ!」

「なんと強情な女子じゃ!儂らがここに居ては、皆に迷惑がかかるのが分からぬとは、自分勝手も大概にせい!いつでも儂の側におると言うたのは嘘だったのか?」

「その気持ちに変わりはありませぬ。なれど帰れぬのです。帰れませぬ!」

「分かった。ならば此処で其方を斬る。元の時代には、其方の妹御が濃姫としておるのだから、不都合はあるまい。猿、刀をよこせ!」


 流石にサルもこの命令には応じなかった。


「ノブさん、酷い!そんな言い方あんまりじゃない!ノンちゃんの代わりなんて居ないんだから!」


 マリーちゃんは、お濃さんを庇うように前に出た。


「ノブさんも少し気持ちを落ち着けたらどうかなぁ?ノブさんだって洋次さんに挨拶ぐらいして帰ってもバチあたらないんじゃないの?」

「父上、洋次殿に会えば後一日、後数日と先延ばしになって、未練がましゅうなります。

 儂とて辛いのです。」

「殿、私を斬って下さりませ。そして私の骸を連れ帰って下さりませ!」


 ハグハグッ、パクパク、モグモグ。


 お濃さんは泣きながら、紗綾が買ってきたケーキやプリンを口に押し込んだ。


「此の期に及んでも食べるのを止めぬとは…。それ程食べ物に未練があるのなら、全て食い尽くすまで待ってやろう。食い終われば望み通り其方を斬り連れ帰る。」

「ダメよ!そんなのダメ!

 ノンちゃんは間違ってる。ちゃんとノブさんに言うべきよ!」

「マリーちゃん、私を哀れと思うて黙っていて下さい。」


 マリーちゃんもお濃さんの秘密を知ってるのか。父さんも知ってるぽい。


「ノンちゃんも可哀想だけど、それじゃあノブさんだって可哀想じゃない!

 パパが何も知らずにベビーを殺しちゃうなんて残酷よ!だからノンちゃん、…。」


 マリーちゃん?

 今なんて言った?


「マリーちゃん、今ぱっぱと言ったか?べびぃいとは…?」

「お屋形様、赤子のことにございますよ。奥方様は身籠っておられると言われたのです。」


 サルがお屋形様の耳元で教えたが、元々声が大きいので丸聞こえだった。


 赤ちゃんがいるって、マジか⁈


 お屋形様もあまりの予想外の展開に、ポカンとなった。


「ノンちゃん、ゴメンね。口が滑っちゃった。許してぇーーー。」


「お濃、誠か?マリーちゃんの言う通りなのか?」

「はい。」

「何故早く言わぬのじゃあ?

 あゝあああっ口元にくりいむぅが付いておるぞ。ゆるりと食え。赤子がおるから腹がすくのじゃな?二人分でも三人分でも好きなだけ食うがよい。そうか。お濃が儂の子を…。」


 お屋形様は嬉しいそうに涙を浮かべ、お濃さんの口元を拭いてやった。


「其方はてっきり石女うまずめだと思うておったがのう。体を大事にいたせ。丈夫な子を産むのじゃぞ。」

「殿、お許しくだいませ。この腹の子は産めませぬ!」


 これまた爆弾発言!


「ノブさん、身重のノンちゃんにはタイムトラベルはかなり危険なのよ。赤ちゃんどころかノンちゃんの命も危ういわ。」

「ならば現代ここで産んで連れ帰れば良いのじゃないか?」

「お屋形様、歴史上お濃さんに子供はできないんです。その子供を連れて帰れば何らかの影響がでます。」

「なんとかならぬのか?拓海!新太!」

「そんなこと言われても…。」


 なんとしてあげたいけど…。何か手はないのか?


 そうか!この手があるじゃないか。


「帰らなければいいじゃないですか!現代ここで産んで育てればいいんだよ。

 青木が織田信長を喜んでやってくれるって言ってるんだから、お屋形様達は現代ここで家族を作ればいいんだよ。」


 パシッ


「おまえはバカ過ぎだろ!それが出来れば、ノンちゃんだって苦しまないんだよ。」

「まったくアンタって子は!現代ここに戸籍のないノブさんとノンちゃんが、子供を産んでどうやって育てるのよ?病院にも学校にも行けないし、戸籍のない子供がいるとバレたら大事になるじゃない!人目を避けて育てるしかないのよ。」

「…。」


 クッソーーーー、俺のバカヤローーーー!


「新太、もう良いのですよ。覚悟は出来ておりますゆえ。

 殿、お心を乱して申し訳ありませぬ。

 ようやく授かった我が子と離れるのが、惜しゅうて離れがとうて、せめてお腹の中にいる間は、美味しいものをいっぱい与えてやりたいと、私にはそんな事しか出来ず、殿の言われる通り先延ばしにしても良いことは、ありませなんだ。」

「お濃、腹の子をどうする気じゃ?儂の子ぞ!何故何も言わず一人で決める⁈」

「腹の子を始末するのは、女子の役目。殿のお心を乱しとうなかったからです。」


 お濃さん、なんて健気なんだ。

 俺も涙がボロボロ溢れた。

 なんとかなんねぇのかよ?チクショーーっ


「お濃さん、クリスマスイブに僕とマリーちゃんが喧嘩した時、言ってくれた言葉覚えてますか?

 自分の事で好きな人が秘密を抱えているのは嫌なものです。たとえ良かれと思うてのことでも。ならば打ち明けて一緒に支えおうていきたいと願うのが女子でございます。

 と言ってましたよね?

 男だって同じ気持ちなんです。好きな女を支えてやりたいと思うのが男なんです。」

「お濃、祝言の夜に約束したではないか。

 儂が一生其方を守ってやると約束したであろう。忘れたか?」

「殿、覚えていて下さったのですね!

 殿は、この世で一番安全な場所は何処か、とお尋ねになり、この世で一番安全な場所は儂の隣じゃ、ずっと側におれ、儂が守ってやると言って下さいました。

 殿、私が間違うておりました。どうか一人善がりをお許しくだいませ。

 拓海、思い出させてくれて、感謝しますよ。」


 もう全員もらい泣きでグチャグチャだ。


「殿の子を宿せただけで、私は本望にございます。殿、お腹の子を哀れむより、共に愛しんでやって下さい。猿、竹千代君、どうか今しばらく待っておくれ。」


 お濃さん、やはり子供を堕ろす気は変わらないのか?

 そんな…。


「そんなのダメだ!堕ろすなんて言わないで!

 俺が、俺が、その子の父親になる!

 俺の戸籍に入れば、その子は病院だって学校だって行ける。隠れなくていいんだ。お濃さん、お屋形様、お願いします。その子を俺に下さい!」

「…。ふっ、戯けたこと言うでない。まだ女子もしらぬ其方になんぞ任せられるか。ワッハッハハハ。」

「バカにしないで下さい。女ぐらい知ってます!」

「儂も、新太はてっきり童…。」

「黙れサル!」

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

「私も新太はチェリー…。」

「女が言うな!はしたない!」

「お兄ちゃん、女を知ってるって意味分かって言ってんの?プフッ」

「わかっとるわ!妹が言うな!問題はそこじゃないだろうが!」


 パシッ


「ああ、問題はそこじゃない。お前のバカ発言を真面に受けられないから、皆んな冗談にしてくれてんだよ。お前のバカは無限か?」

「そうよ。職もないアンタがどうやって、子供育てるっていうのよ。自分の面倒も見れないくせに。養子縁組なんて簡単に出来るもんじゃないのよ。」


 俺は姿勢を正し、父さんと母さんに土下座した。


「酒蔵を継がせて下さい!

 子供の為じゃなく、いや、それもあるけど、思いつきなんかじゃないんだ。

 自分がどうしたいのか、ずっと考えてたんだ。

 小さい時からジィちゃんに、新太は後継ぎだって言われて育ってきたけど、俺はバカで高校に入る頃には、俺が後を継いで250年も続いた酒蔵を潰したらどうしよう。父さんと母さんが守ってきたのに、俺の代で終わらせたらって思うと怖くて東京に逃げ出したんだ。拓海みたいに頭が良かったら良かったのに…。そしたら父さんも母さんも安心して、俺に後を継げって言ってくれるのにって。」

「ば〜か、僕だって不安だらけなんだよ。祖父の代まで小さい内科医院だったのを、父親が総合病院にしちゃって、どんだけプレッシャーか知らないだろ?

 僕も新太みたいに自由だったら、いろんな選択肢があったかも知れないと思うこともある。だけど医者になる夢は捨てられないから、頑張ってんだよ。

 頑張ってもみないで、バカだからって諦めんなよ。」

「拓海…。ありがとう。

 父さん、母さん、中途半端な気持ちじゃないんだ。父さん、俺に後を継がせて下さい。母さん、俺を仕込んで下さい。お願いします!」


 拓海に言われたように、もう諦めるのは止めよう。

 もう逃げるのは止めよう。


「俺は下戸げこだが酒蔵を継いだ。酒豪の母さんがいたからな。お前はバカだけど、酒造りのセンスがあると、洋次さんは言ってる。今まで通り酒蔵で働いていい。後を継がせるかどうかは、お前の働きを見て決める。」

「あなた…。」

「新太、母さんはお前が、そう言うのをずっと待ってたんだ。期待を裏切るんじゃないぞ!」

「はい。」

「しかし、子供は引き取らせない。と言うより手続き的に無理だ。」

「そんな…。」

「俺と母さんもいろいろ調べたんだ。

 そこで、重大なお知らせです!

 新太と紗綾に可愛い妹が出来ることになりました。」


 はぁ?

 なんだってぇーーー?


「ノブさん、ノンちゃん、どうだろうか?

 俺たち夫婦が、その子の親じゃ不服かい?」

「父上…。誠に、誠によろしいのですか?こんなに世話になって、ようして貰うておりますのに…。」

「ノンちゃんに赤ちゃんが、出来たとわかった時から、母さんと何度も話し合って決めたんだ。病院も拓海くんのお父さんに、紹介してもらえるよう頼んである。

 ノブさん、元の時代に帰るのは、赤ちゃんが産まれてからにしたらどうかな?」

「本当にそこまで甘えて良いのであろうか?」

「甘えてちょうだい。」

「ありがとうございます。ご恩は一生忘れませぬ。…、ところで腹の子は女子なのでございますか?」

「いや、まだ分からないけど、ノンちゃんに似た女の子だったらいいなぁって…。」

「えっええーーっ、俺ヤダよ。父さんと母さんが育てたら、紗綾みたくなるの間違いないもん。」

「ちょっとぉ、お兄ちゃん。どう言う意味よ!」

「ほんっとにバカだな新太。その失敗があるからこそ、次はノンちゃんみたいに雅で、優しいに育てるんだよぉ。」

「お父さん!サイテー!

 お父さんが親になる方が心配よ!

 小学校とか行ったら、糸里さんのお父さんは、おじいちゃんみたいってイジメられるわよ。せめて拓海さんのお父さんみたいに、紳士でお金持ちじゃなきゃねぇ。」

「何、儂の子が虐められるのか?ならば儂らが元の時代より持参した金を、受け取って下され。子供を育てるには金がかかりましょう。」

「そんな、冗談だよ。」

「それに、そのお金はタイムトラベルしたお金だもの、使えないわ。」

「では、これを使こうてはいかがでしょう?」


 徳川さんが差し出したのは、一枚の地図だった。


過去あちらのお屋形様より、現代こちらに来る前に埋めよと渡された、金のありかです。

 信長様にお渡しする様、預かって参りました。」


 それって、もしかして…?


『徳川の埋蔵金⁈』


 全員びっくりし過ぎて、腰が抜けそうになりました。



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