第13話 過去からの訪問者

 きゃあぁぁぁーーーーーー!


 鼓膜を破らんばかりに、紗綾の悲鳴が響いた。

 すぐ後ろにいるようだ。


「バカヤロウ!早く逃げろ!」

「ダメ…。ムリ…。」


 紗綾の声が震えている。腰を抜かしてしまったのだろう。


「死にたいのか!逃げるんだ!ここは俺がなんとか食い止める!」

「なっなんとかって…、どっどうするの?」


 どうするのって聞かれても…、こんな時はこれしかねぇ。


「真剣白刃取りーーーーつ」


 俺は時代劇よろしく、両手でピシャリと刀を挟んだ。


 いっ、いってぇーーー!


 両手の掌が切れたみたいだ。

 やっぱ見てるほど簡単じゃなかった。


 血が刀の刃を伝い流れ、ポタリ、ポタリと滴る。


 クッソォォォッ。絶対に紗綾に手を出させるもんか!


「信長あぁ、この恩知らず!俺の妹に指一本触れさせねぇ‼︎」


 俺は刀の主を見上げ睨みつけた。

 アレ⁈信長じゃない?

 ってかコイツは…。


「お主何処かでうた気がする…。」

「サル…。」

「貴様に馴れ馴れしゅう猿と呼ばれる筋合いなどないわぁーー!」

「あっいや、すみません。おサルさん。俺です。俺、俺。ほら前に清洲城で会ったでしょ?糸里新太です。」

「思い出した!あの時の不埒者!相変わらず礼儀がなっておらぬ奴じゃ!」


 こっちのセリフだ!


「お兄ちゃん、知り合い?」

「いや、知り合いってほどでは…。」

「ちょっとアンタ!いつまで刀突き付けてんのよ!さっさとしまいなさいよ‼︎危ないじゃないのよ!」


 出たぁぁ。母さん生写しのど迫力口撃でサルにグイグイ迫っていく。


「あぁいや、相済まぬ。」


 サルめ、紗綾の迫力に押されて、やっと刀を収めた。

 こうなったら紗綾の独壇場だ。


「お兄ちゃん大丈夫?やだ血が出てる。切れてるじゃない。

 ちょっとおぉ、どーーーしてくれんのよ?

 人ん家に勝手に上がり込んで、いきなり刀抜くってどうなの?ねぇ?ねぇ?どっちが礼儀知らずなんですかぁ?ちょっと何とか言いなさいよぉ。」

「なっ、なんと口の減らぬ女子おなごじゃあ…。」

「はあ?そっちが言わせてるんでしょ?違う?そっちが礼儀を守って訪ねてくれば、こちらだって礼儀正しくおもてなし出来るってもんじゃないですかね。人の悪口言う前に言う事が、あるんじゃないですかぁ?おじさんなんだから分かるでしょ?それからそっちのおじさん、貴方も仲間なら黙って見てないで何とか言いなさいよ!」


 あっ!ほんとだ。もう一人侍がいる。

 誰だろう?


「お怒りはごもっとも大変申し訳ない。我らにも訳あってのこと、どうかお許し願えぬだろうか?」


 仲間の侍は猿と違って、礼儀正しく素直に頭を下げた。

 だが紗綾の方は、まだ気が治らないらしい。


「どう言う訳があればこんな非常識な事が、出来るんですかねぇ?他人の家を訪ねる時は、留守中に入って帰ってきたら刀で脅せって、親に教わったんですか?」


 侍の目が一瞬曇る。


「幼少より人質として他家を転々としており、親子の縁が薄うございます。無作法なにとぞお許し願いたい。兄上からも妹君にお執り成し願えませぬか?」

「儂が悪かったのじゃ。申し訳なんだ。」

「紗綾もういいだろ?それより傷の手当てしたいんだけど…?」

「仕方ないわね。」


 俺の傷の手当ては仕方ないのかよ?

 紗綾は侍二人を押し退け中へ入っていった。

 妹よ、もうちょいビビったらどうだ?

 この時代に侍が二人も、兄貴の部屋にいるなんて不自然だと思わないのか?



「いっ、いてぇ。もう少し優しくやれよ。」

「切れてるんだから痛くても仕方ないでしょ!バカな真似して!」

「おまえを守る為にやったんだ。そんな言い方ないだろ。」

「ありがとう…。」


 紗綾は俺の手を、包帯でぐるぐる巻きにしながらぽっりと言う。


 紗綾…。

 おまえは俺と違って頭もいいし、口は悪いがそこそこ可愛い。度胸もある。大事な妹だ。

 しかし、どんだけ不器用なんだ?

 これじゃあ包帯じゃなく、ボクシンググローブだ。箸すら持てねぇーーじゃないか。


 と思っているのは口に出すまい…。

 傷口を広げて、塩を塗るぐらいの報復では済まないだろう。


「しかしお主もなかなか良い所があるではないか。命懸けで妹を守るとは、見上げたものじゃ。人間ひとつは良い所が、あるもんじゃのう。」

「…にしても、あの様な体勢で真剣白刃取りとは…。ぷっ。」

「そうじゃそうじゃ、あれには儂も吹き出しそうになったわい。」


 うっせー。

 元はと言えばお前らのせいじゃないか!


「どうやって此処に来たんですか?」

「お屋形様よりスマホなる物を使い、其方に文を届けるよう仰せつかってのう。じゃが…、お主に会ってから変なのじゃ。儂の頭の中に織田信長様が二人おるのじゃ。その二人は全くの正反対でのう…。」

「儂もでござる。以前は精悍な面立ちだった筈じゃが、いつ頃からあの様に太られたのかのう?」

「新太、其方何か知っておるのでわないか?」

「それはぁ、説明が難しいというか…。とにかく預かった文を見せて下さい。」

「いや、渡しかねる!どうにも此処は不可解でならぬ。」

「そうじゃ、そうじゃ!徳川殿の言う通りじゃ。納得のいく話が聞けるまで、文は渡せぬ。」

「徳川…、家康…?」

「さよう徳川家康にござる。」

「その名前聞いたことある。紗綾知ってんのか?」

「当たり前でしょ!バカがバレるから黙ってなさいよ。じゃあこっちのお侍さんは?」

「新太、紗綾ちゃん。待たせてゴメンね。」


 あっ拓海が来た。

 良かったぁ。これで話が進むに違いない。

 なんたって拓海はサルのお気に入りだもんな。


 と思いきや拓海は、侍二人を見るなり固まった。


「拓海?」


 名前を呼んで軽く揺さぶる。


「えっ、あっ、うん。」

「おゝ拓海ではないか!久方ぶりじゃのう。其方がおれば安心じゃ。徳川殿、この者は新太の連れで拓海じゃあ。新太と違ごうて頭のよい信頼出来る者じゃから、安心召されよ。」

「木ノ下さん?なんでここに?」

「今それを話ておったところじゃ。お屋形様より新太に文を渡すよう命じられてのう。そして我ら三人が造る新しき世を、見て来いと言われたのじゃが、儂らは誠にこのような恐ろしき世を造ってしまうのか⁈あのお屋形様はいったい何を企んでおられる?そもそもお屋形様は何故なにゆえ二人おる?」

「まぁ落ち着いて下さい。僕も今混乱してますので、少し待って貰えませんか。新太、紗綾ちゃん、ちょっとこっちで話そう。」


 俺たち三人は拓海の部屋で話すことにして移動した。

 拓海は紗綾にグルグル巻きにされた包帯を見兼ねて、薬を塗って巻き直しくれた。


 紗綾が拓海に親たちが話していた内容と、サルと徳川さんたちのことを説明した。

 紗綾は話を上手く整理して伝えたが、やはり拓海は混乱しているようだ。


「話は理解出来たけど、こんな面倒な事態がいっぺんに来ると、どう手をつけたもんか…。」

「簡単な事じゃない。ノブさん達にあの二人と一緒に帰って貰えばいいのよ。」

「そんな簡単に言うなよ!せっかく馴染んで来てるのに、どうやって説得すんだよ?」

「あの二人にやって貰えばいいのよ。一緒に帰ろうよって誘ってもらったら帰る気になるわよ。」

「アホか⁈映画でも観に行こうってノリの気楽な誘いじゃないだろ。少しは気持ちも考えろよ!」

「アホはお兄ちゃんでしょ⁈お兄ちゃんのせいで、私や父さんも母さんも危険な目にあうかもしれないのよ!家族と昔の人と、どっちが大事なのよ?」

「俺にはどっちも大事なんだよ!」

「二人とも兄妹喧嘩してる場合じゃないだろ。とにかく二人から事情を詳しく聞いて、手紙を渡して貰おう。」


 俺たちはサルと徳川さんの待つ俺の部屋に戻り、手紙を渡してくれるよう頼んだが、自分たちのモヤモヤが晴れるまで断固として手紙を渡さないと拒否された。

 仕方なくお屋形様を呼び出し説得して貰うことにし、待っている間二人から色々話を聞き出した。


「木ノ下様と徳川様はいつごろ現代ここにいらしたんですか?」

「永禄九年一月じゃ。言いそびれておったが、此方に来るにあたりお屋形様より、新しき名を頂戴してのう。」


 サルは君主から名前を授けられたのが嬉しかったようで、胸をピンっと張り誇らしげに新しい名前を名乗った。


「拙者今は赤井文喜あかいもんきと申す。」


 ブッフッ、プッハハハハァ、キャハハハ

 俺たち三人は名前を聞くなり、爆笑してしまった。


「赤い、あかい、モンキーって?」

「ヤダーーっ、ウケるぅーーー。」

「マジ、ヤバい。あいつにこんなシャレっ気が、あると思わなかったよ。」

「其方ら人の名を聞いて笑うとは、失礼であろう!」

「お屋形様より頂戴した名を笑うとは…、許せぬ!その首今度こそ叩ききってくれるわぁぁぁあ!」


 サルが真っ赤になって怒るのを見て、俺たちは笑いのツボにハマってしまった。


 なんとか笑いのツボを脱し、二人から話の続きを聞き出した。


 永禄九年、つまり青木が織田信長に成り代わって10年が過ぎた1月14日、二人は青木に呼ばれ、2018年1月14日の現代に行くよう命令された。タイムトラベルは成功したものの、俺は留守で待っている間、退屈しのぎに部屋を物色しているうち、電気のスイッチやテレビのスイッチを押してしまったものだから、いきなり部屋が明るくなるわ、四角い箱から人が現れて喋りだすわで、恐れおののき逃げ出した。

 逃げ出したはいいが、外に出ると鉄の塊(たぶん車)に乗った人間が猛スピードで自分たちめがけて来るし、まわりを歩いている人が自分たちを見て笑ったり、自分たちが現代ここに来るために使った道具をむけられ(スマホで写真を撮られたんだろう)すっかり怯えてしまった。

 しかし良い事もあり、空腹で彷徨っていると、コンビニに貼られたおでんのポスターが、目に留まり入ってみた。


「徳川殿、上を見て見なされ。あの家にあった明るい物と同じではないか?」

「おゝまことに!」

「これ、店の者。あれは何じゃ?なんと言う?」

「へっ…?あれは照明。部屋を明るくする物ス。」

「ほぉぉお‼︎」

「赤井殿。握り飯がありますぞ。弁当もほれこんなに。」

「おゝ美味そうじゃのう。店の者、儂はこの弁当を貰うぞ。」

「儂は握り飯と、この鍋に入った大根と卵を貰おうかの。」

「あっためますかぁ」

「おゝあったかい方が良いのう。」

「はい。じゃあ先に会計お願いします。」


 ピッ、ピッ、ピッ…。


「其方何をしておる?そのような物を飯に充てどうするのじゃ?」

「これで真心を込めているんス。」


 ただバーコードを読み取っていただけなのに、笑いのわかる店員だったようだ。


「なんとかたじけない。贔屓にさせて貰うぞ。」


 二人は青木に小遣いを持たされていたらしく、支払いを済ませ店先で食べ疲れを癒していた。

 そこへさっきの店員がバイトを終え出てきた。


「あれ、さっきのおじさん達まだ居たんすか?」

「親切な店の者。仕事は終わったのか?」

「はい。俺これからライブやるんですけど、暇なら見に来ます?」

「ライブとはなんじゃ?」

「お笑いのステージに上がるんス。まぁ行きましょ。行ってみれば分かります。」


 コンビニ店員に小さなライブハウスに連れていかれ、コンビニ店員が相方と二人で漫才をしているのを、舞台袖で見たサルは衝撃を受けた。


「徳川殿、あの者達が言うておることは、よう分からんが客が皆愉快そうにわろうて。見よ中には腹を抱えて笑っている者もおる。

 お屋形様がいつも人を笑わせよ、武器を持って従わせるだけが勝ちではない、と言われた。それはこういう意味ではないか?」

「みな幸せそうじゃのう。苦しむ顔を見るより笑うている顔を見るほうが、気持ちの良いものじゃ。」

「よし、決めた!」


 なんと二人は店員に弟子入りしたのだった。

 漫才のネタを貰い、「サムライズ」のコンビ名でライブまで出たらしい。


「此方の女子は気前が良いのう。ライブに出ると飯や酒まで馳走してくれたぞ。」


 侍姿がウケたのか、お笑いライブでそこそこ人気が出て、女の子達に奢って貰いながら、ひと月近く過ごしていたようだ。

 現代での生活法もコンビニ店員が、レクチャーしてくれたお陰で、なんとかなる様になったものの、やはり乗り物は自分たちを襲って来る様に見えるし、電気やガスなんかも便利なのは分かるが、仕組みがわからず気味が悪いらしい。


「新太、入りますよ。」

「拓海、マリーすごく会いたかったわ。あら、お客様?」


 お濃さんとマリーちゃんは、相変わらず騒がしく入ってきた。


「猿、猿ではないか⁈竹千代殿まで…。何故なにゆえ現代ここにおる⁈如何にして参った?」

「馴れ馴れしい女子じゃのう。何者じゃ?」

「私の顔を見忘れたか?この薄情者の猿めが!」

「もしや…、お濃様?信長様の奥方の…。」

「おゝ竹千代殿。そうじゃお濃じゃ。」

「おく、奥方様⁉︎どうしたことじゃ!お濃様まで二人おるとは⁉︎どうなっておる?どちらが本物なのか、拓海答えよ!教えてくれ!」

「儂も何が何やら…。これは夢か?誰でもよい教えてくれ!」


 侍二人の疑問はさらに増え、パニックを起こした。


「お濃さん、お屋形様は?」

「殿ならいつも通っていた、かふぇえで抹茶らってをこうてから来ると言って、後から父上達と一緒に参りますよ。」

「えっ、父さんが一緒に?」

「はい、母上も来られてますよ。紗綾ちゃんに私供の部屋をつこうて頂くので、部屋を見ておきたいと言われて一緒に参りました。」

「マズイ、新太二人を隠せ!これ以上問題をややこしくしたくない。」

「隠すって何処に?」

「ひとまず僕の部屋に連れて行こう。マリーちゃんお願い。」

「いいわよ。」

「嫌じゃ!断る。何故儂らが隠れねばならぬ?信長様とお会いするまで此処を動かぬ。」

「そうよ。父さんと母さんに相談した方がいい。」

「紗綾ちゃん頼む。少し待ってくれ。」

「猿、竹千代殿。拓海の言う通りに致せ!殿の気性は覚えておろう?その殿が恐れる方も一緒に来られる。二人が見つかればタダではすまぬのですよ!」

「はっ。」


 サルと徳川さんはお濃さんの気迫に押され、渋々従った。


「さあ、早く行きましょう。」


 マリーちゃんが二人の侍を引き連れ、部屋を出ていった。


 ガチャ


「あら、マリーちゃん。ストロベリーオーレ買ってきたわよ。……その人たちは?」


 マリーちゃんは振り返りペロリと舌を出し言った。


「見つかっちゃった。」


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