第12話 名探偵 紗綾
紗綾の大学合格発表の日がやって来た。
「お父さーーん、合格発表の日一緒に見に行ってくれる?」
「ネットで見れるんじゃないの?」
「そうだけど…。やっぱり掲示板でみたい。もしダメだったら電車で帰るなんて辛過ぎる。合格だったら美味しいもの食べさせてよ。」
「しょーーうがないなぁ。一緒に行こう。」
「ありがとうお父さん。プレゼントも買ってねぇ」
「はいはい。幾つになっても甘えん坊さん。」
久しぶりに娘に甘えられた親父は、デレデレしながら娘を伴い合格発表を見に行った。
紗綾が一緒に行きたいのは、親父の車と財布だという本音も見抜けないなんて、どれだけ娘の愛に飢えてんだか。
「あった!あったよ。お父さん私の番号あった!」
「どれ?…。おおやったな。おめでとう。」
「えへへ。ありがとう。」
「じゃあ美味いもんでも食べに行くか?」
「やったぁ。行きたかったお店があるんだ。」
渋谷でステーキランチを食べ、そのままショップ巡りで散財させるという腹黒〜い計画である。
「プレゼントは何が欲しいんだ?」
「お父さんは、紗綾との約束ぜーーったい守ってくれるから好きぃ。大学に持ってくバックが欲しいの。」
「あったりまえじゃないか。なんでも好きなもの買いなさい。ハッハハハァ」
もう完璧に紗綾のペースだ。
「お父さん、ありがとう。紗綾がんばって勉強するね。ワッあのブラウス可愛い。ちょっとだけ見ていい?買おうかなぁ…。まだお小遣い残ってるし。お父さん似合うと思う?どう?」
「似合うに決まってるじゃないか。買いなさい。買ってあげるから。」
「ほんとう⁈いいの?嬉しい。」
「優しいお父様ですね。」
「いやぁ、大学に合格したんで今日は特別ですよ。」
ショップ店員は心の中でガッツポーズをした。
カモが札束背負ってやって来た。とほくそ笑んだことだろう。
「それはおめでとうございます。このブラウスならキャンパスでも大丈夫ですよ。それにこのカーディガンとペンダントを合わせると、凄く上品でお嬢様にピッタリですわ。」
「ステキぃ。」
まるで台本があったかの様な、紗綾とショップ店員の合わせる技。
もうこうなったら親父の顔も心も財布の紐も、ダラダラのヘロヘロ。
「じゃあついでにスカートも選んでやって。全部お願いします。」
カンカンカン‼︎
紗綾とショップ店員の勝利の鐘がなる。
とんだバカ親父である。
「お父さん今日は本当にありがとう。いっぱいお金使わせてごめんね。」
「合格祝いなんだから気にするな。」
「お父さん、私ひとつだけ気になる事があるの。」
「ん?」
「ノブさん達のこと。」
「ノブさん達がどうした?」
「あの三人ってこの時代の人じゃないんでしょう?私お父さんとお母さんが、話てるの偶然聞いちゃったんだ。だから心配でこんな気持ちのまま東京に出るなんて…、できない。」
「何バカなこと。紗綾が心配するような事は、何もないよ。」
「お父さん。ちゃんと話して!お兄ちゃんと拓海さんはどうなるの?」
「あの三人のことは、お父さんとお母さんで何とかするから。新太も拓海くんも大丈夫。もうこの話は終わりだ。」
「わかった。いつか私にも話せる時が来たら話してね。約束だよ。」
「紗綾はいい子だ。お父さんの自慢の娘だよ。」
下準備はこれで良し!
紗綾は心の中で、ペロリと舌を出した。
その日の夜は、紗綾の合格祝いに母さんが、料理の腕をふるい紗綾の好物が、これでもかってぐらい並べられた。
「紗綾殿、誠におめでとうございます。紗綾殿は器量もさる事ながら優れた才にも恵まれておられるとは、親としてさぞ鼻が高うございましょう?」
「いやいや、大変なのはこれからですよ。東京で住む所も探さないといけませんし、何やかんや揃えてやらないと。」
「ならば儂らの部屋を使うて下され。」
「それがようございますね。暮らすに必要な物も揃うております。」
「いやぁそんな甘える訳には…。」
「儂らは此処に世話になると決まったのじゃから、あの部屋はもう無用。紗綾殿が使うて下されば幸いじゃ。」
「じゃあ俺の部屋使えば?俺もこっちに居るんだし…。」
「新太こっちに戻るつもりなの?」
「だってノブさん達は、俺が連れてきたんだし、放って置けないだろ?」
「儂らのことはもう案ずるな。父上と母上のお側に居れば安泰じゃ。其方は好きにするがよい。儂らに責任など感じずとも良いのだぞ。」
そんな風に言われたら、俺の居場所がない気がした。
こんな頼りない俺は用無しなのか…?
今更どうすればいいのか分からない自分が、とんでもなく情け無く思えた。
俺が東京に戻ると言ったら、拓海は何て言うだろう?
「そろそろ儂らはお暇いたそう。」
「そうね。紗綾ちゃん本当におめでとう。毎日朝早くから夜遅くまで勉強してたんだから、ゆっくりと休んでね。」
「努力が報われてほんにようございました。」
「マリーちゃん、ノンちゃんありがとう。」
知らなかった。紗綾はいつも余裕たっぷり自信満々な感じだったのに、ちゃんと努力してたのか…。
俺って今まで一体なにやってたんだろう?
ただ思いつくまま東京に飛び出して、とりあえず派遣で仕事して、なんとか生活してただけで、得たものもやりたい事もないなんて…。
自分のバカさ加減に今更嫌気がさす。
この数日はそんなヘコむことばかり考えさせられて、さすがに落ち込む。
俺は一体どうしたら?
「どうしたらいいか?じゃなく、どうしたいか?では、ないのか?」
離れに戻って行くお屋形様を追いかけて、今更どうしたらいいのか分からない。お屋形様達は俺がいなくなっても平気なのか、と聞いた。
どうしたいのか?なんて考えてなかった。
というか家も仕事もない俺は、お屋形様達の世話をするしかないと諦めていたから。
「今まで儂らは新太なしで生きてはいけなんだ。これから先も新太に迷惑かける事も、頼らねばならぬ事もあろう。だからと言って家臣ではない其方を、いつ迄も縛り付けるわけにもいかぬ。
「そうですよ。新太のおかげで一人でも町を歩けるようになりました。買い物も出来るようになりました。掃除機や洗濯機などの機械も使えるようなりました。毎日が楽しゅうてしかたない。それはみな新太のおかげです。我らのことは父上と母上に任せ、新太は自由にして下され。」
「せっかくこんないい時代に生まれ育ったんだもの無駄にしちゃダメよ。私たちは
「じゃあ俺、お屋形様の家臣になります!」
「戯けたことを言うでない!其方はこの家の嫡男。家臣になど出来るわけがなかろう。それに儂はもう家臣など持たぬ。この時代には不要じゃ。」
「でも…。」
バシッ‼︎
マリーちゃんにおもいっき引っ叩かれた。
「新太はどこまでバカなの?新太には私たちの様な生き方をして欲しくないと言ってるのが、どうして分からないの⁈
私たちは自分では何ひとつ選べない時代に生まれ育って、
私たちも新太のパパとママンも、新太に言い訳をしながら生きる人生を、送って欲しくないのよ!」
三人とも俺が要らなくなったんじゃなく、自立して前に進もうとしているんだ。
そして今度は俺の背中を押してくれているんだ。
マリーちゃんの言葉で目が覚めた。
俺はずっと言い訳を探してたんだ。
ろくに就活もせず、田舎だからたいした仕事がない。バカだから派遣ぐらいしか雇ってもらえない。
親やお屋形様たちから好きにしろと言われ、家も仕事もないことに今更狼狽えて、またお屋形様たちを言い訳にしようとした。
親が蔵を継いで欲しいと言ってくれたらとか、洋次さんに「後継ぎ」呼ばれて行き場のない俺は、その言葉にしがみつこうとさえしていたのだ。
「自分なりに考えて答えを出すがよい。人生とは紆余曲折。皆そうやって生きているのだ。さりとて新太の東京での生活を、壊したのは儂らのせいでもある。新太が東京に行っても暫くは、生きていけるよう部屋はそのまま使えるよう援助してやろう。」
「そんなことまでして貰わなくても…。」
「今まで儂らの世話をしてもろうた礼じゃ。黙って受けるがよい。」
「ありがとうございます。」
俺も自分の人生を真剣に考える時が来た。
もう一度よく考えてみますと返事をして離れを出た。
「あんなに肩を落として…。私キツく言い過ぎたしまったわ。」
「そのようなことありませぬよ。立派でしたよ。」
「うむ、さすがは一国の王妃じゃ。」
「ノブさんもね。新太が早く自分のやりたい事に気づくといいわね。」
「それはもう分かっておりましょう。」
「自由と言うのも、なかなか面倒くさいもんじゃのう。いずれまた背中を押してやらねばなるまい。」
「新太は猿に似ておりますね。殿もそこが気にいっておるのでしょう?」
「ワッハッハハ。お濃もそう感じておったか?新太に言えばヘソを曲げてしまうぞ。似た者同士で気が合わぬようじゃから。」
ワッハッハハ
ウッフフ
キャッハハハ
俺が一人部屋で悩んでいるのに、あの三人の楽しそうな高笑いが聞こえてきた。
その笑い声に余計落ち込む糸里新太22歳の冬の夜。
「お兄ちゃん。」
「あぁ?」
紗綾は、シーっと人差し指を口にあて部屋へ入って来ると、自分のスマホをそっと床に置いた。
「そろそろ始まる。」
「何が?」
「いいから黙って聞いてて。大きい声出しちゃダメだからね!」
「んっ。」
何で自分の部屋で妹とコソコソ話しなくてはならないのかは、直ぐにわかった。
紗綾のスマホから何処かの戸が開く音が聞こえ、足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
たぶんこのカラカラカラッという音は、酒屋の戸の開く音だろう。
足音は二人。
「何かあったの?」
「今日紗綾があの三人の事を聞いてきたんだ。どうやらこの間俺たちが、三人の話をしてるのを聞いたらしい。」
「三人ってノブさん達の事?」
「ああ。タイムトラベラーだとバレたみたいだ。事情を聞かせて欲しいと言われたよ。」
「話たの?」
「まさか!言えるわけないだろう?紗綾は賢いから口外はしないとしても、紗綾まで危険に巻き込む訳にいかないんだから。」
「もしあの人たちに見つかっても紗綾はタイムトラベルしていないから大丈夫だと思うけど、巻き込まれないとは限らないものね。」
「俺たちだって織田信長と二度も関わり合うようになるとは、想像もしなかったもんな?」
「そうよ。あんな恐ろしい目に合うなんて二度とゴメンよ!私たちはちゃんと罪を償ったんだもの!」
「しかし、あの三人を元の時代に戻せない以上は、側に置いて見守るしかない。新太と拓海くんの為にもそうしないと…。」
「新太はやっぱり東京に行かせた方がいいわね?」
「ああ、その方が無難だろう。紗綾も東京に出て大学に行き始めれば、慣れるのに忙しくって三人のことは忘れるだろう。」
父さんと母さんは、その後も暫く話して酒屋を出て家に戻った。
俺はスマホから聞こえる両親の会話を聞いて、鳥肌がたった。
事は俺たちが思っているより深刻らしい。
話の内容を整理しようと俺の少しばかりの脳みそは、ミキサーにかけられたように高速回転しドロドロ状態だ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」
「なんだよ!」
脳内のミキサーを紗綾に止められてイラっとした。
「明日にでも東京に行って拓海さんと相談しよう!ここでこの話をするのは危険な気がする。」
「そうだな。明日早めに家を出よう。」
「じゃあ明日ね。おやすみ。」
翌日俺は朝早く家を出て、紗綾は友達と遊びに行くと言って30分の時間差で家を出た。
伊豆下田の駅で待ち合わせ、東京へ向かった。
紗綾は道中ずっと三人を元の時代に戻すべきだと言う。
そんな事言われなくても分かってるさ。だけど簡単な事じゃない。三人ともあんなに喜んでいて、この時代に馴染んできてるんだ。隣の家に住んでる人みたいに軽々しく『帰って』なんて言えないじゃないか。
チックショウーーーーーーツ‼︎
あのスマホさえ戻ってきてなければ、悩むことなんてなかったのに!
なんで戻ってくるかなぁ⁈
青木と一緒にあの時代で、朽ち果てればいいじゃねぇか!
紗綾と二人で悶々としながらマンションまで帰って来たが、拓海はまだ大学から戻っていないようだった。
拓海にはLINEで到着を知らせ、ひとまず俺の部屋で帰りを待つことにした。
ガチャ。
「アレ?鍵開いてる。また閉め忘れたかなぁ…?」
「もう、しっかりしてよねお兄ちゃん!」
ドアを開けた瞬間いゃ〜な空気を感じた。
「紗綾中に入るな。ここで待ってろ。」
俺はゆっくりと忍び足で入っていった。
ゴクリと唾を飲む音さえ大きく聞こえる。
足が震える。さっきより小さな歩幅で中へ進んで、リビングに通じる扉を中腰で静かに開いた。
その瞬間以前にも覚えのあるヒヤリとした物を、首筋に感じた。
俺は凍りつき固まった。ぎゅっと目を閉じ状況を把握しようとしたが、ここに来る間に使い過ぎた脳みそは、使い物にはならない状態だ。ムリだ何も考えられない。後は本能に任せるしかない。
恐るおそる少し瞼を開いてチラリと肩の辺りを見た。
かっカ・タ・ナ⁈
銃刀法違反の刀⁈
しょっちゅうお屋形様に小刀や木刀を、突き付けられて威嚇され慣れているとはいえ、コレはマジでヤバイ‼︎
じゃあこの刀を充てているのは、お屋形様なのか?
そうか!それなら辻褄が合う。
お屋形様ならこの部屋の鍵も持っているし、刀も持っている。
きっと昨夜俺と紗綾が、父さんたちの会話をスマホで聞いていたのを、聞いていたに違いない。それで先回りして俺と紗綾を亡き者にしようと…。
チクショウーーーーッ!
なんて恩知らずなんだ⁈
「お兄ちゃん?お兄ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
紗綾の問いかける声が、玄関先で聞こえる。
俺は正気をやや取り戻し叫んだ。
「紗綾、来るな!逃げろ!逃げるんだ!」
紗綾だけでも守らなくては…。
父さん母さんゴメン。
こんなバカ息子でゴメン…。
俺は紗綾を守る為に死を覚悟した。
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