第7話 帰省

「新幹線とは、なんと速い乗り物じゃ。」

「まことに景色が飛んで行くようでございました。」

「でも楽しかったわね。帰りも新幹線に乗るの?」

「そうだよ。そんなに気に入ったなら今度は遊園地に遊びに行こう。」

「ユウエンチ?」

「速く動いたり、グルグル回る乗り物や可愛い乗り物があるんだよ。」

「ほぅ、グルグル回る乗り物?この世はなんと奇天烈じゃのう。」

「楽しみにございますねぇ」


 ゲッ!遊園地…。

 俺は絶対行かねー!


「おーい、新太。」

「あっ、父さん。向かえに来てくれたのか?ありがとう。」


 俺たち5人は正月を実家で過ごすとため、伊豆に帰って来た。


「おじさん、わざわざ向かえに来て頂いてありがとうございます。」

「いいよ、いいよ。拓海くんの家を先に回ろうか?」

「いえ、マリーちゃんもお世話になりますから、先におばさんに挨拶させてもらいます。」

「相変わらず律儀だねぇ君は。さあ、みんな乗りなさい。」

「お言葉に甘えて来させていただきました。何卒宜しくお願い申し上げる。父上殿。」

「堅苦しい挨拶は抜き抜き、こっちも疲れるから。たいしたことは出来ないけど、のんびりしてって下さい。」

「かたじけない。」

「お世話になりまする。」

「新太パパ、また会えて嬉しいわ。マリーここに来るの凄く楽しみにしてたのよ。」

「そうかい?東京に比べたら、なんにもないとこだよ。」

「お肌がツヤツヤになるオンセイ?があるんでしょ?」


 マリーちゃんは後部座席から身を乗り出して聞いた。

 親父の耳に息がかからんばかりの近さだ。


「温泉のことだね?あるよ、あるよ。連れて行ってあげようね〜。」

「わーい、新太パパありがとう。」


 若い好きの親父は、マリーちゃんに簡単に陥落されてしまった。

 自分の親ながらだらしねぇ。


「さあ、着いたよ。」

「おお、なんと風情のある佇まい。やはり東京とは違いますな。」

「趣きがあって、どことなく懐かしゅうございますね。殿。」

「いやぁ、古いだけですよ。」

「ううん、凄く素敵よ新太パパ。マリーこんなお家に憧れてたの。」


 古いだけの家を誉められて、逆に恥ずかしくなった。


「お帰りなさい。」

「母さん、ただいま。」


 俺たちの話声を聞いて、母さんが出迎えに出てきた。


「皆さんようこそ。さあ中へどうぞ。」

「母上殿、お招き有難う存じます。宜しくお願い致しまする。」


 さすがお濃さん、大人っぽい挨拶。


「新太ママン、お招きありがとうございます。また会えて嬉しいです。」


 マリーちゃんはスカートの裾を持って、右足を軽く引き優雅なお辞儀をした。

 これがベルサイユ式の挨拶か?

 ドレス姿のマリーちゃんが挨拶するところを想像した。チラッと親父を見ると、きっと親父も同じ想像をしているっぽい。

 ベルサイユ式の挨拶をされた母さんは、何故か自分も右足を引いて、マリーちゃんの真似をしたので、親父と俺は笑いを堪えた。


「母上殿、先日は大変失礼を致しました。にもかかわらずお招き頂き懐の深さ感じいります。この信長…」

「やっ、辞めて下さい。そんな大袈裟な…。」

「お屋形様!何やってるんですか?さあ立って、普通に挨拶すればいいんですから!」

「かたじけない。」


 お屋形様がいきなり片膝ついて挨拶したもんだから、母さんは引きまくりだ。


「なんのお構いも出来ませんけど、ゆっくりしていって下さいね。」

「そう、自分の家だと思って好きなだけ居てくれればいいんだから。なっ母さん。」

「ええ。」


 前回は二人とも激怒してたのに、この受け入れようは…?

 拓海の予想通りなのか、両親の様子を見て俺も嫌な予感がしてきた。


「ところで、こちらでの呼び名は決まりましたか?」


 母さんから俺たちみたいなタイムトラベラーがいて、その人たちには正しい歴史の記憶があるから、バレないように名前を変えるよう言われていた。


「はい、拙者は織ノおのだ 信右衛門のぶえもんと名乗ります。」


 歌舞伎役者か⁈


「私はまりぃちゃんがのんちゃんと呼んでくれておりますので、のん子と致します。」


 ダサっ!


「私はぁ、マリー・ゴールド・美髪みかみにしたの。私の美しい髪にピッタリでしょ?可愛いでしょ?ウフッ」


 シャレか?

 美髪って…、なんで日本の苗字つけるかなぁ〜?

 三人のあまりにセンスの無さに、両親はポカンとしてしまって言葉を詰まらせた。


「まりぃちゃんも日本の名前をつけたのですね?絆が深まりますね。」

「ノンちゃんも可愛いわ。ノブさんも素敵よ。」

「いやぁ、悩んだのだが織田信長の名を全部捨てることは出来んからのう。ちと捻ってみたのじゃが…、」

「わかるわぁ。マリーは私の家では女の子は皆マリーをつけるの。だから外せないもの。」


 両親と俺と拓海が呆れて無言になったのを、了解ととったらしく三人は互いに名前を褒め合いだした。

 仕方ない俺が考え直すよう説得するか!


「皆さんそれぞれいい名前だと思いますが、織ノ田信隆、紀香、マリー・アンヌ・ド・ゴールドの方が現代らしくていいですね。そうしましょう!いいですね!」

「おおっ!なんと!母上殿が名付けて下された。信隆。実に良い名前じゃあ。」

「ちゃんとマリーも入れてくれたのね!素敵!ノンちゃんも紀香って凄くいいわ。」

「はい!のん子は少々私らしゅうない気がしておりましたので、紀香は気に入りました。ありがとうございます母上殿。」

「母上殿が儂らの名付け親になって下さるとは嬉しい限りじゃ!感謝いたそう。」

「じゃあ、新太のママンとパパは私たちのママンとパパだと思っていいのね?」

「それは心強うございますねぇ。」


 なんでそう話が飛躍するんだこの三人は‼︎

 だいたい三人の方が何百年も前に産まれてて、そんな年上に親扱いされても困惑するだろう?

 でも生きてる年数にしたら俺と変わらないわけだから…。うわぁ!なんか混乱してきた!


「新太から聞いたのじゃが、母上殿は酒造りをしておられるとか?」

「ええ、小さな酒蔵なんですけど興味おありかしら?」

「酒には目がない方でして…。」

「じゃあ後で酒蔵を案内しましょうね。」

「誠にございますか?いやぁ一度酒造りを見たいと思うておりました。楽しみにしておりますぞ!」


 お屋形様たちは爺ちゃんと婆ちゃんが使っていた離れに滞在することになった。

 荷物を置いて着替えを済ませ酒蔵を案内してもらったお屋形様は、小学生の社会見学さながら母さんの話にメモをとり質問し熱心に耳をかたむけた。

 母さんの中でお屋形様の好感度が上がったに違いない。滞在中お屋形様は酒造りを手伝わせて貰えることになった。


 夕方には樹貴と出掛けていた紗綾も帰って来て、久しぶりに母さんの手料理を味わった。

 紗綾とマリーちゃんは歳が近いせいか気が合うようで、紅白をみながらアイドルの歌マネをして踊ったりしたものだから、お屋形様が負けじと歌舞伎のような唄と舞を披露し、親父がお濃さんの為に蔵からお琴を出してきて、お濃さんが優雅に奏でてくれた。

 親父がギターを弾いて母さんが歌い、もう隠し芸大会だ。

 親父と母さんが凄く楽しそうに笑っているのを久しぶりに見て、少し心が痛んだ。

 俺が家を出て毒舌に加えて思春期の娘と三人での食事はしんみりしたものだっただろう。

 だが、その毒舌に加えて思春期の難しい娘も、四月には大学進学の為に東京に行ってしまう。

 親父も母さんもまだ若いが、淋しくなるに違いない。

 そう遠くない距離なのだから、これからはもっと帰って来るようにしよう。


「しかし、紗綾殿は明るうて、しっかりした娘さんですな。お父上もお母上もご安心ですな。」

「いやいや、気が強いばかりでねぇ、今の彼氏に捨てられたら、もう次はないですよ。ワッハッハ」


 酒も飲んでないのに、この空気の読めない親父の発言に全員が凍りついた。

 紗綾の彼氏樹貴は海外留学が決まって、今は微妙な状態なのを知ってるはずなのに、なんてことを…。

 紗綾は俯いてプルプルしてるし、母さんはスッゲー怖い目で睨みつけてる。

 それを見たお屋形様は初めて母さんに会った時を思い出したのか、真っ青になってる。


「父さん!今のはいい過ぎだろ?いくら気が強くて毒舌吐く紗綾でも可哀想じゃねぇか!」

「新太、ホローになってないわよ。黙ってなさい。あなたねぇ…。」

「気が強くて何がいけないの?サアヤちゃん可愛いんだから仕方ないじゃない。私たちは可愛いく産まれたってだけで、妬まれて意地悪されることもあるのよ。気が強くなきゃイジメにあうだけよ。ねぇ〜サアヤちゃん。私たちだって可愛いってだけで苦労してるのよねぇ〜。」

「うっ、うん…。」


 さっきまでの凍りついた空気は、マリーちゃんの女王様発言で更にカッチコッチに固まった。

 紗綾以外の全員が感じただろう。

 マリーちゃんは紗綾をホローしたんじゃなく、本心を言っただけ。そしてその優越感と勘違いこそが首飾り事件を引き起こしたのだ。

 誰か誰か早くなんか言ってくれぇーーー!


「こんばんはーー。」

「あっ、拓海だわ。」


 マリーちゃんは拓海を出迎えにパタパタと玄関に向かった。

 マリーちゃんが状況を話したらしく、拓海は挨拶なしで言ってのけた。


「おじさん、女の子にそんな事言っちゃダメですよー。気が強そうに見せて自分にだけ弱いところをみせてくれるってのがグッとくるんだからぁ。それよりお参りに行きましょうよ。もうすぐ除夜の鐘ですよ。」


 拓海の出現で和やかにはなった。

 だが前々から思ってはいたが…。

 拓海、おまえMだろ?


 全員で近くの寺に行き、除夜の鐘を突かせて貰った。

 マリーちゃんはデカい鐘をこんなに近くで見て突かせて貰えたは、初めての事だとはしゃいだ。

 お屋形様とお濃さんは懐かしむように月を見ていた。月に戦国の時代を重ねて見ているのだろうか?


 そんなこんなで一年の幕を降ろした。





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