第2話 両親の秘密


「おーい、拓海くん。」

「あっ、おじさん。ご無沙汰してます。」

「ああ、久しぶりだね。ちょうど良かったよ。母さんに無理やり呼び出されたんだが、道に迷ってたんだ。」

「すぐそこです。一緒に行きましょう。」


新太の親父さんまで呼び出したのか?大事になってるな…。

まさかとは思うがうちの親まで呼んでないだろうな。


「で、君たち何やらかしたの?母さんめちゃくちゃ怒ってたから厄介だぞ。」

「いやぁ僕も電話で呼ばれたんで、詳しく聞いてないんです。」


呼び出しの理由は分かっている。だが新太の母親がどうして織田信長たちのことを、覚えているのかは謎だ。

今は親父さんに余計なことを言うのは得策ではない。


「とにかくさぁ何でもいいから謝りたおせばなんとかなるから、ちゃちゃっと終わらせて遊びに行こうよ。拓海くんならいい店知ってるんでしょ?可愛いギャルがいっぱいいる店。」

「ハハハッ。1日に2回も叱られるなんて嫌ですよ。」

「確かに。あーーっもう、2時間近くかけて来たのになぁ」



もーーーうムリッ!

これじゃあ蛇の生殺しじゃねぇか⁉︎

お屋形様たちが帰った後、母さんはリビングで自分のスマホを難しい顔でイジってる。

俺は側でジッと息を殺していた。

いっそ罵ってくれ!

親父か拓海、どっちでもいいから早く来てくれよ。


ピンポーン


助かったぁぁぁ。親父かな拓海かな?


ドアを開けると、大変残念なことにお屋形様たちだった。


「どうしたんです?インターホンなんか鳴らして。」

「あっ、いや他人の家を訪ねる時は、常識であろう?」


そうですね。

いっつもその常識無視してるくせに…。


「親父と拓海ならまだですけど、何か用ですか?」

「母上にお茶を用意してきたのだ。ちと失礼するぞ。」


そう言うとお屋形様たちは、部屋の中に入って行った。

しかも三人とも何故がドヤ顔…。


「新太。」

「あっ、拓海、親父。」

「途中で拓海くんと会って、案内してもらったんだ。助かったよ。で、お前また何やらかしたんだ?母さん半端なく怒ってる感じだったけど?」

「中でゆっくり説明するよ。入って。」


親父はよく言えば温厚な人柄で俺はこの歳まで、マジに怒られた事はない。

だが母さんとは中学の時から付き合って47年にもなるのに、未だに母さんの空気を読めない人だ。母さんからすれば俺の兄貴的な扱いだったりする。だからイマイチ頼りには出来ない。

拓海に対しては他人だから怒り狂う事もないと思うが、逆に拓海からすれば俺の親には、いつもみたく生意気な口も叩けないだろう。

あゝ心臓がバクバクしてきた。


「心配するな。母さんは最後にはお前に甘いから逆らわずにひたすら謝れ。」

「父さん…。」

「馬鹿な子ほど可愛いってやつだ。はっはは」

「っ…(相変わらず説得力ねぇわ)」



リビングに入るとお屋形様たちがお茶の用意をしていた。

親父はお屋形様たちを訝しげに見ながら、母さんの隣に座わり俯いて腕を組んだ。


「新太のお父上様お母上様、殿自らお作りになった紅茶と菓子にございます。どうぞお召し上がり下さいませ。」


お濃さんはまるで高貴な人にでも献上する様に、紅茶とお菓子を父さんと母さんにすすめた。


「信長様が作られたんですか?」

「さようにござる。此方に参りましてからほんの手慰みで始めたのでござるが、なかなか評判が良いので是非お二人にも召し上がって貰おうと思いましてな。」

「母さん今なんて?信長様って…?」


親父はハッとして顔をあげ聞き返した。


「新太の父上殿、拙者は織田信長と申します。こちらは我が妻のお濃。で、こちらがまりぃあんとおうわねっと…」

「コホン。私はマリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュ。よろしくね。」

「おっ、おだ、おだ…。」


親父は口を魚みたくパクパクさせ、半端なく驚いた様子で、お屋形様の淹れた紅茶をすすって気持ちを落ち着かそうとした。

その様子からすると親父もこの三人を覚えているらしい。何故なんだ…?


「三人ともどこかで見た顔だと思ったんだ。どうしてここに?」


親父はどうにか冷静を取り戻したらしいが、三人を知っているふうな口ぶりが気になる。


「それは…。俺が…。」


俺はスマホを分解してタイムスリップした事から順を追って両親に話し、拓海が現れてからは拓海が話した。

その間親父はお屋形様が淹れた紅茶を何杯も飲み、お菓子を食べていた。

まるで焦りや不安を紛らわそうとしているみたいだ。

そしてお屋形様たちが、この時代に来た経緯を聞くなりガタンと立ち上がりワナワナと肩を震わせた。


「ぬぁんだとおぉぉ!お前たちなんて事してくれてんだぁぁぁ!新太は馬鹿だからわかるが、拓海くん君はうちの馬鹿な新太と違って頭がいいんだから、やっていい事と悪い事ぐらい判断できるだろ⁈それが率先して連れてくるなんてどういう了見だ!」


顔を真っ赤にして怒り狂う親父。こんな親父を見たのは初めてで言葉が出てこない。


「すみません。」


拓海は素直に謝った。だから俺も同じ様に謝った。


「謝ってすんだら、警察なんていらねぇ!刑務所に入る奴もいねぇんだよ!」


ひたすら謝ればなんとかなるって言ったくせに…。


「思慮を欠いた行動だったかもしれません。でも助けたかったんです。三人が歴史から消えただけで、それに大した影響も出てないみたいです。だから…。」

「馬鹿な事いうな!大した影響がないと言えるのは君が目を逸らしているからだろうが⁈」


親父は今にも拓海に掴みかからんばかりに怒鳴る。


「あなた落ち着いて。拓海くんは歴史がどう変化して、現在にどう影響してるか分かっているんでしょ。天下を取るべき人が一介の足軽や諸国大名の一人として終わり、本来より永く乱世が続き、そのせいで僧侶が力を増大させこの国は長きに渡り宗教戦争を繰り返した。それは今もなお影響を受けている。分かっているはずよ!」

「はい。」


拓海は得意の屁理屈を封印されてしまった。



ぐうぅぅすか、ぐうぅぅぅ、ぐうぅぅすか


えっ?


マジか?


親父なんで寝てんだよ!

さっきまでスゲー剣幕で怒鳴りちらしてたのに、いきなりなんなんだよ?


母さんはお屋形様の淹れた紅茶を一口飲むと、ガチャンと音を立ててカップを置いた。


「これお酒が入ってる!

やだもう、あなた、あなた起きて下さいよ。こんな大事な話の途中で困るわよ。」

「あわわわっ、どうした事じゃあ。おれんじりきゆうるぅを少々入れただけで、儂は毒など盛っておらぬぞ。信じてくだされ、母上殿。」

「殿は決して悪気などありませぬ。どうかお許し下さい。」

「信長さんの紅茶もお菓子も凄く美味しいから、新太のパパとママンにも食べてもらって私たちのことを気に入って貰おうって、私が信長さんに言ったの。ごめんなさい。ごめんなさい。」

「いや、儂も同じように考えたのじゃ。少しばかり褒められて調子にのっておった。すまぬこの通りじゃぁぁぁ」


お屋形様たちはパニックった。

せっかく生え揃った毛が抜けるんじゃないかと心配になるぐらいに、額を床に擦り付け母さんに許しを乞う。

そりゃあ、お屋形様たちの時代なら打ち首になるんだから仕方ないわな。

ああ〜あっ、三人の取り乱しように母さんもポカンとなっちゃったよ。


ぷっ、笑っちゃいけないと思うと余計笑いそうになる。


「三人とも落ち着いて。うちの父さん酒屋のくせに酒がからっきしなんですよ。はっはは。飲むと寝ちゃうんです。気にしないで。」


俺は笑いをこらえ、ゆるんだ口でお屋形様をなだめた。


「ったく!新太、父さんを寝かせてあげて。」


拓海と二人で親父を俺のベットに運んだ。

親父に役立たずのレッテルが一枚増えた。この人いったい何しに来たんだよ。


「どうして新太の両親は信長様たちのこと覚えてるんだ?」

「それが全くわからないんだよ。親父がこんなに怒るのなんて初めてだし…、寝てくれて助かったよ。」

「なんで俺が来る前に聞き出さないんだよ!」

「んなこと言ったて、母さん怒るとめっちゃ怖いんだ。ずっと口きかねぇし…。」


「寝かせたら、サッサと戻りなさい!」


小声で話していると、母さんにリビングに呼び戻された。


「どうしてお二人は信長様たちのことを覚えているんですか?」


拓海から話を切り出した。


「それは…。」


母さんはチラリと親父の寝ている部屋の方を見て、意を決したように言い放った。


「それは…、私たちもタイムトラベラーだったからよ。」


ええぇぇぇーーー⁈


「マジ?」


「父さんってね、子供の頃から何でも分解するのが好きで、ラジオやら時計やら、ああTVも壊してたわね。とにかく何故動くんだろう?中はどうなってるんだろう?って思うと分解せずにいられなかったの。まあ大概は壊してしまってお爺ちゃんに叱られてたけどね。

あれは高2の夏休みだったわ。父さんが私の家に来たの。汗をぐっしょりかいて息を切らしてね。裏山に行こうって誘われて着いて行ったわ。よく二人で裏山でデートしてたから、その日もデートの誘いなんだと思った。

まぁ、ある意味デートだったかも知れない。

裏山に二人だけの秘密の場所があって、そこに着くと父さんがいきなり言ったの。

『凄い物が出来たんだ。俺やっぱり天才だった!』

何を作ったのか聞き返すと、父さんはズボンのポケットからウォークマンを取り出して見せた。ウォークマンっていうのはね…。」

「ウォークマンの説明はいいよ。知ってるから」

「あら、そうなの?

『ウォークマン?』って私が聞くと、

『違うよ。ウォークマンじゃないタイムマシンだよ。』

って目をキラキラさせながら真顔で言うもんだから、大笑いしたんだけど、父さんったら『キヨちゃんの行きたいとこ何処でも連れて行ってやるよ。』ってすっごく嬉しそうに言うの。

『じゃあイタリアに行きたい。ローマの休日のオードリーヘップバーンが見たい。』

『OK。じゃあ手繋いで。行くよ。』

その途端ウォータースライダーを真っ逆さまに落ちてくみたいになって、バシャーンと水の中に落とされたの。

『おいおい、君たち困るよ。撮影中だって見ればわかるだろ!』

いきなり水の中に落とされて、知らないおじさんに叱られたもんだから泣きそうになった。

『ウィリアム、そんなに叱らないであげて。ほら泣きそうになってる。大丈夫?さあ、これを使って。』

そう言って綺麗な白いハンカチを差し出してくれたのは、オードリーヘップバーンだった。

辺りを見回すとそこはトレビの泉で、私たちは泉の中にタイムスリップして落ちたみたい。

監督のウィリアム・ワイラーは最初怒っていたけど、周りの人達は若い観光客がふざけていて泉に落ちたと勘違いして笑ってたし、オードリーもとりなしてくれたから許して貰えたの。

私たちは恥ずかしくて、その場から逃げ出したんだけど、父さんったら『なっ!嘘じゃなかっただろ?』て大威張り。だから余計に頭にきたけど、やっぱりオードリーに直に会えて、オードリーの貸してくれたハンカチはとってもいい匂いがして嬉しかったの。」


母さんは思い出の中に浸り、目をうっとりさせていた。

そりゃあ憧れのスターに会えたんだ嬉しいよな。

このまま怒りを忘れて味方になってくれれば、親父の怒りも押さえてくれるかも。


「それからは二人で、いろんな所に時間旅行したわ。怖い目にもあったけど、楽しかった。」

「今はもうしてないんですか?時間旅行…。」

「ええ。」

「どうして今迄教えてくれなかったんだよ。俺本当はスゲー怖くて不安だったのに…。」

「こんな事話ても信じられないでしょ?今だから素直に聞けるんじゃない?」

「そりゃあそうだけど、でも父さんと母さんも俺たちと同じだったんだね。ちょっと安心した。」


タイムスリップなんて映画や小説の中の作り話だと思っていたから、実際にこんなことになっているのは自分と拓海だけなんだと思っていた。

それが自分たちの他にもいて、それが自分の親だったなんて考えもしなかった。

母さんが言ってたように、親父のDNAが受け継がれていたんだよ。


「あんた!一緒にするんじゃないわよ!私たちはどの時代に行っても草一本だって持ち帰ってないわよ!オードリーには親切にして貰ったけど、あれは初めてで着地点をコントロール出来なかったせい。その後は行った先で誰にも話しかけたりもしなかった。それをあんた達は‼︎」


余計な一言で母さんの怒りをかってしまい、拓海に睨まれた。


「つまりお二人は時間旅行を経験した人だから、正しい歴史を覚えているってことですか?」

「そうだと思うわ。時々歴史に小さな変化があると、ああ誰か時間旅行した人がいるんだって分かるから。今回も信長様たちが歴史から消えたのは直ぐにわかったわ。とんでもない事をした人がいるって父さんと話してた。それがまさか自分の息子と拓海くんだったなんて。」

「じゃあ歴史は何度も変わっているんですか?」

「ええ、その度修正はされるから時間旅行を経験していない人には気づかれていないだけよ。」

「修正って?」

「例えばヒットラーの残虐な行為を止めようとして、時間旅行者が向かったとしても、ヒットラーを止める事は出来ない。それは変えられない様に何かしらの力が働くから、歴史は変えられない。

けれどあなた達のように信長様たちを連れて来てしまったら、歴史に大きな歪みが起きてしまうのよ。

特に信長様やマリーアントワネット様のような重要人物に代われる人はいない。

本当は私たちがタイムトラベラーだった事も話してはいけなかったのよ。だけど話さないと、あなた達を説得できないでしょ。

このままでは大変な事になってしまうの。

気の毒だとは思うけど、直ぐに元の時代に戻さなくては…。」


「いやゃゃゃーーーっ‼︎」


今迄おとなしく話を聞いていたマリーちゃんが悲鳴をあげた。


「私も、私も嫌でございます。殿と、殿とまりぃちゃんとここで平和に暮らしとうございます。」

「二人とも落ち着くのじゃ。取り乱してはならぬ!」

「なれど殿。私はもう殿を戦場に送り出すのは嫌でございます。殿は本当は戦嫌いじゃありませぬか。

あの時代にいた頃は仕方ない事だと諦めていたつもりでございました。

なれど殿と共にこの時代に来て、平和な暮らしというものを初めて知りました。

世の中が平和であれば、心まで平和になるのだと、こんな私でも殿の側にいて良いのだと思えました。

もう怯えながら生きていたくなどありませぬ。」

「私はギロチンの刑になるのよ!そんなの分かっていて戻れるわけない!嫌よ、絶対に戻らない!」

「二人とも落ち着けと申したであろう。過ちを犯したのは我らなのだ。」


お濃さんとマリーちゃんは泣き崩れ、お屋形様ですら声を震わせた。


「二人が使っていたウォークマンはあるんですか?」

「処分してしまったわ。歴史に影響を与えなくても、時空を超えることはいけない事だと分かったから。」

「じゃあ三人を戻すことは出来ません。新太のスマホもありませんから。」

「そうよ。あのスマホはないから戻れないわ。ノンちゃん私たちここにいられるわ。」

「まりぃちゃん。殿。」

「スマホがないって、何故なの?」


スマホを盗られた経緯を説明すると、俺は母さんにまたこっ酷く叱られた。


遅くなってしまったし、父さんは朝まで起きそうにないので、母さんも俺の部屋に泊まり翌日二人は帰っていった。


「何としても青木を探し出しスマホを取り返す事。それからお屋形様たちは絶対に素性を知られないようにすること。」を約束させられた。


父さんと母さんがタイムトラベラーだと今迄知らなかった様に、どこにタイムトラベラーがいるかわからない。

もしもお屋形様たちが、ここにいるとバレたら騒動どころでは済まないと脅された。


自分たちの過去の地位や名誉を捨て、戸籍さえもなく今また名前すら隠していかなくてはならない。

三人をこの世から消し去ってしまったも同然に思える。

けれど三人はこの時代にいられるのなら、名前を捨てることなど、鼻をかんだティッシュを捨てるくらい簡単だと笑っていた。






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