第三章 タイムトラベラー
第1話 母上様
拓海と同じマンションに引っ越して半年がすぎた。
お濃さんとマリーちゃんはすっかり町に慣れ、駅前まで毎日二人で買い物に出かけて楽しんでいる。今ではいろんな店の人たちと仲良しになったらしく、
『ノンちゃんとマリーちゃん』愛称までついた。
ちなみにお屋形様は『ノンちゃんの旦那さん』である。
歴史から名前が消えて、この三人は本当に誰の記憶にも残っていないんだな…。
俺は一人虚しい気分になる。
お屋形様は朝と午後3時頃お気に入りの抹茶ラテを飲みに、駅前のカフェへ毎日通う以外パソコンにベッタリだ。
それから髪が生え揃ってきたので、スポーツ刈りにした。
なんだかんだで三人が、この時代に馴染んできてくれて、やっぱりこれで良かったんだと思いはじめていた。
ピーンポーン
誰か来た。セールスかな…。めんどくせーな。
お屋形様たちじゃないことは確かだ。
あの人たちは何度言い聞かせても、いきなり入ってくる。
こんなことなら合鍵をわたすんじゃなかった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン…
うっせぇなーー!そんなに急かすなよ。
拓海かな?
インターホンの画面を見る…。
げげえぇぇーーーーっ
おっ、おっ、おかあーーさま⁈
「どーーしたんだよ。いきなり来て。」
「息子の新居にいきなり来ちゃいけない?」
「べつにいいけど、留守だったらどーすんだよ?」
「その時は拓海くんとこに行くわよ。」
ダメ、ダメ、ダメだよぉぉ。それはダメでしょ!
「拓海んとこだって、いきなり行っちゃ迷惑だろ!」
「なによ、来て迷惑なの?」
「そんな事言ってないだろ。でっ、なんの用だよ?」
「用がなきゃ来ちゃいけない?」
「そう言う意味じゃないけど。やけに突っかかるな。」
「ちょっと遊びがてら新太の様子見に来たのよ。はい、お土産。」
うっ、重い。
「こんなに何持って来たんだよ。」
「相変わらず軟弱ねー。新太の好きな竹屋の水羊羹と今年漬けた梅干しと、あーーそうそう大根の葉と雑魚の佃煮。新太好きだから朝から作ってきたのよ。冷蔵庫に入れときなさい。それからっと…。」
母さんは持って来た土産袋の中を覗き込むようにして、ひとつひとつ取り出してみせた。
「送ってくれればいいのに。それか連絡してくれたら向かえに行ったのに。」
「こんなに沢山持ってくるつもりじゃなかったんだけどね…。あれもこれもって詰めてる間にこんなになっちゃったのよ。テヘペロ。」
おいおい、テヘペロっておばちゃんが言っても可愛くないんですけど。
「広いじゃない。ていうか一部屋は空っぽじゃないの。使わないならワンルームで良かったんじゃないの?」
「いろいろ事情があんだよ。」
「まあ、いいかっ。遊びに来た時泊まれる。」
「布団ないよ。」
「もう、布団ぐらい用意しときなさいよ‼︎‼︎」
「いきなり来といて、どの口が言ってんだよ。」
ガッチャッ
「シーンター。いるーーう?」
ドキッ!
「まりいちゃん、静かに入って驚かそうと言ったでわありませんか。」
ドキッ、ドキッ‼︎
「お濃、其方もさわがしいぞ。」
マッ、マズイ‼︎‼︎
この人達は、
なんで勝手に入って来るかなーーー?‼︎
「シンタ、みーーつけーーた!」
ふわっ
へっ⁈
誰かいきなりシャボン玉を頭から被せられた事ありますぅ⁇
大きな輪っかのついたスティックを掲げ、ドヤ顔のマリーちゃん。
パチンとシャボン玉が弾けた衝撃で、目にシャボン玉液が入った。
「いってぇーーっ。」
あんた人ん家に勝手に上がりこんで何やっちゃってくれてんだよ!
「こすっちゃダメよ。早く目洗いなさい!」
「うぉーっ、いててっ」
「シンタ、ごめんさい。ちょっと驚かそう思ったの。ごめんさい。」
「新太、大丈夫ですか?申し訳ありませぬ。お許し下さいまし。」
「まったく二人とも新太によーく詫びて、よーく反省いたせ!世が世なら打ち首ものじゃ!」
母さんに言われて直ぐに水で洗い流したので、痛みはおさまった。
「もう大事はありませぬか?もう金輪際いたずらは致しませぬ。お許し下さい。」
「ゴメンネ、シンタ。マリー反省してるよ。」
どーーせまたすぐに忘れて、悪戯するくせに。
何回同じ台詞聞いたことか…。
二人は100円ショップがお気に入りのようで、だいたいは髪飾りや小物だったりするのだが、面白そうな玩具をみかけると買ってきては、俺を驚かせに来る。
俺や拓海にとっては懐かしい玩具ばかりで珍しくはないのだが、三人にとってはそりゃあもう核兵器並のぶっとんだ代物なのだ。
一度なんか背後からBB弾で襲われた事もある。
「もういいですよ。大丈夫ですから…。」
「いつもすまぬのう。よーくいい聞かせておく。」
そう言ってお屋形様は二人をキッと睨みつけると、二人は珍しく震え上がった。
「新太、こちらの方たちはどなたなの?」
「ああ、えーっとお隣に住んでる織田さんと拓海の友人のマリーちゃん。うちの母です。」
「おおっ、これは失礼致した。其れ我し織田信長と申す。これは我が妻のお濃にござる。新太殿にはお世話になっております。」
「はっ?織田信長さん…?お濃さん…?」
「私はマリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュです。シンタのママンよろしくね。」
「マッ、マリーアントワネットぉぉ⁈」
(新太、この人たちふざけてるの?)
母さんが小声で聞いてきた。
(いや、マジだけど…?)
(織田信長…。お濃…。マリーアントワネット…。同性同名…。まさかね…。ブツブツ…。)
「マリーさんはフランスの方ね。織田さんは東京出身ですの?」
「儂は尾張の清洲じょ…。」
「あーーーっと、」
「何よ新太、急に大声で?びっくりするじゃない!」
「あっ、いやまだちょっと目が痛い気がしたんだけど大丈夫。織田さんは愛知県から来たんだよ。ねっ、織田さん!」
「さよう、さよう。愛知県じゃ。」
「ああ、それで時代劇みたいな話し方なのね?」
「さよう、さよう。」
「帰蝶さんも愛知県出身ですの?」
「いや、帰蝶は美濃の…。」
「うぉーっ、やっぱいてーー。」
「大丈夫でございまするか?」
「はいはい、大丈夫ですよ。帰蝶さんは岐阜県でしたよねっ!岐阜県から愛知県の織田さんに嫁いだんですよねっ!帰蝶さ…。」
しまった!はめられた!
お屋形様は母さんにお濃さんのことを、『帰蝶』と本名では紹介していない。
じゃあなんで母さんはお濃さんの本名が帰蝶だと知ってるんだ?
俺たち五人しか覚えていないはずなのに…。
一同沈黙
ゴクリ。唾を飲んだ音がやたら大きく響く。
母さんの視線が痛い。顔があげられない。
「織田さんは木ノ下さんをご存知かしら?木ノ下藤吉郎さん。」
「なんと!お母上は猿をご存知か?」
「ええ、のちに豊臣秀吉と名を改め大出世なさいますからね。」
「ほぉう、あの猿めがでごるか?」
「そうそう、マリーさんはフランスではなくオーストリアの御生れでしょ?」
「なぜそれを…。」
一同しーーんとなる。
「まだ続ける?」
「もう、やめてくれ母さん!」
「この人たちは本物の織田信長様と帰蝶様とマリーアントワネット王妃なのね!」
「どうして、どうして母さんは知ってるんだよ!三人がこの時代に来たことで歴史から消えて、誰の記憶にも残っていないはずなのに!なんで母さんの記憶には残ってるんだよ?」
俺は何だかわからない恐怖や不安からパニックになり、母さんに成り行きを問い詰められる前に、母さんを責め立てた。
よし、先手必勝!
「さっさと
母さんがマジ切れした時に出るひく〜い声。
ヤバイ、これはマジでヤバイ。
母さんがマジ切れした時に、勝てる相手などいない。
それをお屋形様たちも察した様だ。
「母上殿、どうか新太を責めんで頂きたい。儂が儂とお濃をこの時代に連れて来て欲しいと無理を言うたのじゃ。
新太は困っておったのに、拓海の弱みに付け込んで無理矢理着いてきたのじゃ。」
「ほんに、新太には迷惑ばかりかけて世話になっておるのです。母上殿、どうか新太を怒らないでくださいまし。」
お屋形様とお濃さんは母さんに頭を下げてくれた。
「お屋形様もお濃さんも頭をあげて下さい。元はと言えば俺が悪いんですから!」
「拓海くん…?拓海くんもかかわってるの?」
「拓海が助けてくれたの。私はギロチンの刑で殺されてしまうから…。だから拓海も新太も悪くないの。怒らないで新太のママン。」
「母さんも正しい歴史を覚えているならわかるだろう?俺たちこの人たちを見捨てられなかったんだよ。」
母さんがお屋形様たちの行く末を覚えているなら、きっと分かってくれるはずだ。
歴史をほんの少し変えてしまったけれど、俺と拓海は人助けをしたんだと…。
「あんた何言ってんのよ?てか、何やらかしてくれてんの!誰に断って歴史変えてんのよ!拓海くんを呼びなさい!」
母さんに言われて拓海に連絡を入れた。
流石の拓海も母さんがお屋形様たちの事を覚えていると聞いて狼狽た。
母さんは俺が拓海に連絡している間に、父さんに連絡したようで、怒り心頭の口調で話していた。
「とにかく直ぐに来て。配達?そんなのいつだって出来るでしょ!こうなったのはアナタのせいよ!アナタのDNAのせいですからね!」
ごめんよ父さん。
息子の不始末を父さんのDNAのせいにされて、父さんもきっと怒ってるんだろうな。
「拓海は外せない講義があるけど、夕方までには急いで戻るって。」
「父さんもこちらに来るわ。拓海くんと同じぐらいには着くでしょ。」
「親子水入らずの話しもおありでしょう。儂らはこれで失礼を…。」
「マッ、マリーも、その…お茶の時間だから…。」
おい、俺を見捨てるつもりかよ!
「ご自宅から一歩も出ないでくださいね!拓海くんと夫が来ましたら、お呼びしますから、お願いしますね!」
母さんはひく〜いトーンでそう告げると、冷ややかな視線をお屋形様たちに向けた。
「はっははぁぁー、肝に銘じましてございます。」
その冷ややかさは、織田信長すらもビビらせたのだった。
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