第5話 作略
「拓海、拓海…。ああ、たいした事なくて良かった。」
「ここどこ?」
「病院だよ。お前一人で大丈夫だって言ったけど心配になって、後を追いかけたんだよ。
そしたら、アイツがスマホを入れた紙袋持って逃げるのが見えたんだ。追いかけようとしたら、お前が頭から血を流して倒れてて、血がいっぱい出てて意識もなくて、俺…。お前が生きててくれて良かった。」
「くっそ!あんのヤロー!っ…!」
拓海は悔しそうに拳を握ったが、傷口にひびいたようだ。
「拓海、無理しないで、ドクターが3日間はじっとしてなさいって言ってた。」
「念のため検査して異常がなければ3日で退院できるから、大人しくしててくれよ。」
「拓海をそのような目にあわせたのは、儂らを尾け回しておったあの者か?」
「ええ、背後から硬い石みたいな物で殴られたんです。」
「なんと卑怯な!やはりあの時始末しておくべきでしたね、殿。」
「うむ、見つけ出してこの儂が其方の仇を必ず打ってやる!」
でた、危ない発言。
どうやらこの夫婦は戦国時代の血が騒ぐらしく、マジでアイツを殺りかねない。
「お屋形様もお濃さんも落ち着いて下さい。ここは戦国時代じゃないんですから、物騒な事しないでくださいよ!」
「新太の言う通りですよ。そんな事したら信長様たちはここに居られなくなるんですからね。」
「平成の時代では、遣られたら泣き寝入りするしかないのですか?納得いきませぬ!」
「お濃の言う通りじゃ。」
「いいえ、打つ手はあります。だから僕が退院するまで大人しくしていて下さい。」
拓海に説得されお屋形様とお濃さんも、渋々納得した。
「新太、お前の部屋に盗聴器が仕掛けられた。たぶんアイツが座ってたソファ辺りだと思う。」
「これのことだろ?」
倒れた拓海の側に落ちていたトランシーバー型の受信機を拾っておいた。
「アイツ逃げるのに必死で、これを落としたのに気づかなかったんだ。」
「なんてことだ…。お屋形様、お濃さん。新太とマリーちゃんをくれぐれも宜しくお願いします。アイツはそれを取り返そうとするかもしれない。」
「案ずるな、儂とお濃が二人には指一本触れさせぬ。」
「はい。殿と私に任せて、拓海は養生するのですよ。」
チッ、俺としたことが、このスマホを奪って逃げるしか頭になくて、受信機を落としたことに気づかなかったなんて。
取りに戻ろうとしたが、あの糸里のクソガキが現れて受信機を奪われた。
人の物を持ち去るなんて今時の若い奴は、タチが悪いにも程がある!
糸里の住むマンション付近で様子を伺っているのだが、まだ戻る気配がない。
もっと知りたい情報があるんだ。
スマホを手に入れても、ちゃんとしたタイムスリップの仕方を知らなければ、使いこなすことが出来ない。
それから、あの時代劇がかった喋り方の男女。怪しすぎる。いったい何者だ?
あの減らず口の生意気な拓海というクソガキの容態も気になる。
あっ、奴らが帰ってきた!
拓海というクソガキがいない?まさか死んだりはしていないだろうな?
糸里だけなら話ができそうだと思ったが、あの三人が一緒だと俺の身が危ない。
俺たちは病院を出て、拓海に言われた通り受信機を貸金庫に預け、マリーちゃんはお濃さんの部屋へ、お屋形様は俺の部屋に泊まることになった。
(どうやら近くに潜んでおるようじゃの。感じるか?)
(ええ、俺たちの様子を伺ってますね。)
「困ったことになったのう?拓海がいなくなると心もとない。どうしたものか?」
「お屋形様、やめて下さい。拓海なら大丈夫。戻ってきますよ。」
「盗まれたスマホはどうなるのだ?下手に使わねば良いが…。」
「あれだけでは不完全ですからね。あの暗い画面を見ただけで、どこに行かされるかわからない。だけどアイツがどうなろうと知った事じゃありませんよ。いっそジュラ紀にでも行かされてティラノサウルスに喰われちまえばいいんだ!」
「そうじゃな、警察にも奴の事を話しておるから、これから先は犯罪者として追われる身。過去に戻ってやり直すしか手立てはないのう…。」
青木に聞こえるように、俺とお屋形様は一芝居打った。
二人とも演技力はゼロに等しく、完全に棒読みで笑いを堪えるのに苦労した。
だが、これであのスマホを使ってタイムスリップするのを躊躇ってくれればいいが…。
なんだとぉ!
不本意にも暴力をふるってまで手に入れたというのに、これだけじゃあ自由にタイムスリップ出来ないだと!
しかも警察に通報したのか?
これから先は犯罪者として逃げ隠れするなんて考えてなかった。
過去に戻ってやり直す?
どうやって?
チクショウ!すんなり渡してくれれば、こんな大事にならなかったんだ…。
しばらくは隠れて奴らを見張るしかないか。
そうだ、閃めいたぞ!
絶対にタイムスリップの仕方を聞き出してやる!
検査の結果、拓海は何の異常もなく軽い打撲と傷口を4針縫っただけですんだ。
「アイツから何か接触はなかったか?」
「気味が悪いぐらい何も言って来ないんだ。もうヤケになってタイムスリップしたのかも?」
「諦めたのではないか?」
「いやアイツは執念深い奴です。必ず接触してきます。どんな汚い手を使って来るかわからいから、みんな気をつけて下さい。」
「拓海、本当に済まない。俺があんなもん作っちまったせいで、助けてもらってばっかしなのに迷惑かけて、お前に怪我までさせて…。お前にもしものことがあったらって考えると怖くて…。俺…。」
「馬鹿だなぁ。俺を殴ったの新太じゃないだろ?それにもう俺たち五人は一連托生だよ。」
「たくみぃぃ…。」
「もう気にするなよ。」
「たくみぃぃ、いちれんたく…ってどうい意味?」
「はあぁぁ〜。そこかよ!」
「ともかく拓海が無事で何よりでした。今夜は拓海に精がつくよう焼肉にしようと言っているのですよ。他に食べたいものはありませぬか?」
「お濃さん。ありがとうございます。」
「それでは殿、買い物に参りましょうか?」
「うむ、参ろう。」
お屋形様とお濃さんは焼肉の材料を買いに出かけ、俺も一旦自分の部屋に戻った…。
ガチャッ
バタバタ…。
「新太、新太、居りまするか?」
「新太、儂とお濃で見事不届き者を捕らえたぞ!ワッハッハハ」
えっ⁈
不届き者って、もしかして青木のことか?
振り向くとお屋形様に羽交い締めにされた、青木がダラダラと汗と涙を流しながら捕らえられていた。
青木の体は縦にも横にも、お屋形様の倍はあるというのに完全に動きを封じられている。
さすが戦国武将だ。
「いやぁ、お見事!どこで捕まえたんです?」
「おおっ!よう聞いてくれた。まんしよんの入り口を出て直ぐに、
「はい、私を女子と甘くみて易々と罠にかかりました。たわけ者にございますね。それにしても手ごたえのない。人を襲うつもりなら、もう少し腕を磨いて来るものであろうに…。つまらぬでわないか。」
「その通りじゃあ!」
「まあまあ…。もう離してやってもいいんじゃないですか?拓海を呼びますね。」
ったく、なんて血の気の多い夫婦なんだよ。生け捕りにしたのはいいが、小刀は出してないだろいな?
青木の奴今にもチビリそうな顔してるじゃねぇか?
「青木を捕まえたって!」
拓海は連絡すると直ぐに、俺の部屋へやって来た。
拓海の背後からマリーちゃんは顔だけ出して、青木を確認すると目にもとまらぬ早さで、またしても青木を扇子でぶちのめした。
真横から華麗かつ俊敏なスイングで横面に…。
ビシャリッ‼︎ グハッ ドサッ
倒れた青木の頭に容赦なく扇子に使われた竹がしなるように打つ打つ打つ…。
ビシビシ、バシッ‼︎ グヘ ッ
青木の鼻血があたりに飛び散った。
もはやマリーちゃんの扇子は扇ぐ為の物でも、オシャレの一部でもない。
凶器だ。
「すっ、すみません…。こっ、殺さないで…くださいっ。」
「よくも私の大切な拓海に酷い事をしてくれたわね。もう絶対許さないんだから!ハアハア。」
うわぁぁぁっ、ここにも血の気の多い人がいたよ。
凶暴な女、マリーアントワネットを拓海と二人がかりで押しとどめた。
「まりぃちゃんの拓海を思う気持ちは、凄まじいですわね…。」
「まことに!肝の座った女子よ。儂らもまりぃちゃんを怒らせぬよう気をつけねば…。」
いやいや、二人も負けてませんから…。
「すみませんが、マリーちゃんをお二人の部屋に連れて行って貰えますか?一緒だと殺しかねない。話になりませんから…。」
「そうですわね。まりぃちゃん私の部屋に参りましょう。」
「でも…っ、」
「大丈夫ですよ。この者に正面から向かっていく根性などありませぬ。」
「その通りじゃ。まりぃちゃんの好きな紅茶でも飲みながら菓子でもつまむがよい。」
不安気なマリーちゃんをお屋形様とお濃さんが、なだめすかしてなんとか連れて行ってくれた。
「さて、こんな卑劣な事をしでかして、まさか手ぶらで来たとは言わないで下さいよ、青木さん。」
「はっはい。こっこれを…。」
青木はスマホを入れていた紙袋と封筒を差し出した。
拓海は表情ひとつ変えずに中身を確認する。
「新太のスマホで間違いないか?慎重に確かめろよ。」
俺はスマホの画面を掌で隠し確かめた。
スマホはケースに入れて使っていたので、目印になる様な傷などなかったが、新品のスマホと違い縁が少し汚れていたので、間違いないだろうと思った。
「うん、たぶんこれだと思う。」
「青木さん、あんた下手な小細工してないでしょうね?違う物なら今度こそタダじゃ済まない。わかってるでしょ?」
「まっ間違いなく糸里さんのスマホです。」
「で、これは?」
拓海は封筒の中から取り出した三枚の諭吉さんをヒラヒラさせた。
「それは、お詫びといいますか、治療費にと…。」
「はんっ?お詫び?治療費ですか?あんた今の状況わかってないね。あんたは傷害罪の犯人なんだよ。わかる?今すぐ警察呼んでもいいんだが、なんの謂れもないのに痛い目に遭わされたんだ。文句のひとつも言わないと気がすまないからね。それに心から謝罪されたら自首を勧めてやったが、あんたにそんな道理は通用しそうにないし、警察に連絡させて貰うよ。」
ひやゃゃゃ、拓海がマジで怒ったら、こんなに冷たい言い方になるんだ…。
「待って下さい!本当に申し訳ない事したと思ってるんです。だから酷い目に遭わされるのを覚悟で返しに来たんです。」
「なに寝ぼけた事言ってくれてんだ?酷い目に遭わされたのは、拓海だろうが⁉︎おまえ入院しなきゃいけないぐらい酷い目に遭わされたのか⁈死ぬんじゃないかってぐらい血流してんのかよ⁈あの三人呼び戻して本当の酷い目ってのを教えてやる!」
お屋形様たちを呼び戻そうと立ち上がりかけた俺の腕を掴んで拓海は引き止めた。
「落ち着け新太。あんたも言葉選べよ!他人を尾け回したあげく、暴力で他人の物を奪って謝罪もまともに出来ず、余計に怒りを買うとかあり得ないだろ。どういうつもり?」
「申し訳ありません!あの時は後先考えずに大変な事をしでかしてしまって、後悔してるんです。ただ元に戻りたかったんです。私の事を覚えくれている家族や友人がいる時に戻りたかった。でも貴方にはぐらかされてしまって…。どうしたらいいかわからなくて、あんな事を…。」
腹は立つけど、やっぱり青木も被害者なんだよな…。
俺があの時、機種変なんかしなければこんな事にならなかったんだ。
「拓海…?」
「わかりました。但し条件がある。元に戻ったら、一切俺たちにかかわらず、スマホにも手を出さないと約束できますか?」
「はい。もちろんです。」
「もしも約束を破ったら代償を払ってもらいます。いいですね?」
「はい。」
「このスマホの画面をみながら、あの時データーの引き継ぎしていた状況を思い浮かべて下さい。」
「それだけですか?」
「ええ。」
「あの、出直してもいいですか?直ぐに応じて下さると思わなかったので、ホテルに現金やら家の鍵やらを置いたままなんです。取りに戻ってもいいですか?」
「仕方ないですね。じゃあ明日の朝にしましょう。」
「ありがとうございます。」
青木はそそくさと帰っていき、それ以来パッタリと消息が途絶えた。
返してきたスマホが本当に俺の物か確かめるには、タイムスリップしてみるしかない。
だがタイムスリップを試すまでもないだろうと、拓海が言った。
何故なら拓海の頭の傷が癒えていないからだ。
どうしてタイムスリップに執着しているのか分からないが、俺たちの前に青木が姿を現わすことは二度とないだろう。
これから先の事は分からないが、お屋形様たちは過去に未練はないと言う。それならもう青木を探し出してスマホを取り返す必要はないのかもしれない。そう思った。
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