第4話 視線

「帰るぞ!早くいたせ!」


 お屋形様が突然立ち上がり、食べかけのケーキセットを名残惜しそうにする、お濃さんとマリーちゃんを急かせた。

 その理由は直ぐに察しがついた。


 俺とお屋形様がねっとりとした視線に気づいたのは、一週間ぐらい前、引っ越してきた日あたりからだ。

 どこから見られているのかわからないが、外に出ると視線を感じない時はない。

 そして今も不快としか言いようのない、ねっとりとした視線を感じているのだ。

 最初はお濃さんとマリーちゃんが見られているのだと思った。

 二人ともタイプは違うが、ドキっとするほど美人だ。


「私は平気よ。見られることには慣れてるもの。17世紀のフランスではベルサイユ宮殿でも、街中でも皆が私に注目して、憧れの眼差しを浴びせて来てたもの。ウフフフッ」


「もしや、刺客ではありませぬか?殿のお命を狙っておるのでは⁈」


 環境によって物事の捉え方が極端に違ってくるもんだ。


 ボンボン育ちの拓海もそう。


「ここは下町の方だから、新しい住人が気になってんじゃない?フランス美人のマリーちゃんや女優並のお濃さんが目を引くんだよ。」


 と笑いとばす呑気さが羨ましいやら苛だたしいやらだったりする。


 戦国時代ならば織田信長の命を狙っている者もいるだろうが、この平成に織田信長を狙う人物が何処にいるだろう?

 いまや織田信長は無名どころか戸籍さえもなく、平成に来て二週間と三日しか経っていないのに、誰かにつけ狙われるはずない。

 やはりお濃さんとマリーちゃんを狙うストーカー野郎か?


 カフェを出ても、ねっとりとした視線が感じとれた。


「三人は前を歩くがよい。お濃二人は其方に任せる。」

「いいえ、殿。たいした腕の持ち主とは感じられませぬ、殿のお手を煩わせずともよろしゅうございます。お濃にお任せ下さい。」

「何を言う、其方は女子おなごおとなしゅう控えておればよい。」

「殿お一人で成敗などずるうございますよ!」

「なっ、何を言うておるのじゃ。女子や弱気者よわきものを助けるのは信長の役目!」


 弱気者って、もしかして俺のこと?


「どっちでもいいから、早くいって!このマリーアントワネットを守りなさいよ!」


 はい、でました女王様発言!


「お濃は女子でも新太のように弱気者では、ございませぬ!」

「わかっておるが、ここは儂が…。」


 弱気者って、やっぱ俺のことかよ!

 なんか腹立つわーー!


 いつまでも譲らない二人に業を煮やしたのか、マリーちゃんが後ろに向かって走りだした。

 マリーちゃんは意外にもスプリンターだった。

 ねっとりとした視線の主の居場所がどうして分かったのか見当もつかないが、そいつの前に立ちはだかり、持っていた扇子でバシバシと叩きのめした。


 さすが女王様。こえぇぇーー。

 きっとムチなんか持たせたら、スッゲー達人技を繰り出しそう!


「この無礼者!我等を誰と心得る!私に憧れるのは仕方ないが、つけまわすのは失礼じゃ!」


 お〜〜いマリーちゃん。口調が織田信長になってんぞ!

 しかもまだマリーちゃんに憧れてるとは言ってねぇし!

 てか、ねっとり視線のストーカー野郎は、いきなり不意を突かれて扇子でバシバシ叩かれたもんだから、赤ん坊のように震えてまるまっている。


 バキッ!


「ああ、もう扇子が折れてしまったわ!お気に入りだったのにどうしてくれるのよ!」


 アンタが勝手にそんなもんで何度も叩くからだろーーが!


「もうよさぬかまりぃちゃん。怯えておるでわないか!」

「そうですよまりぃちゃん。弱気者を苛めるのは良くないですよ。」


 おいおいアンタら手に小刀持ってなに言ってんだよ!


「二人とも小刀しまって下さい!早く!」


「全く手応えのない輩じゃ!フン!」

「全くでございます!男のくせに面白味のない…。まりぃちゃんはいつもおいしいとこ持っていくし…。はぁーー。」


 ため息つきたいのは俺だ!

 この夫婦がいったい何を期待してたのか、考えるだけで怖いわ!


「大丈夫ですか?」


 哀れなねっとり視線のストーカー野郎を起こしてやると、哀れなねっとり視線のストーカー野郎はビクビクしながら顔をあげた。


「あっ!あんた携帯ショップの…。」

「なんじゃ、新太の知り合いか?」

「携帯ショップの確か青木さんでしたっけ?」

「そうです。覚えてくれてたんですね。」

「どーして俺たちをストーカーしてたんですか?」

「糸里さんに、そのー、お話が…。」

「あっああ…。すみません、気持ちは嬉しいけど、俺ストレートなんで…。仮に試しで付き合っても無理だと思うんですよね。ごめんなさい!」

「僕もストレートです。貴方がたどれだけ自意識過剰なんですか⁈」

「ぬぁんだとおぉぉ、ねっとり視線のストーカー野郎に自意識過剰呼ばわりされる覚えねぇぇわ‼︎」

「そうよ、そうよ。ジィシキ…なんとかの意味わからないけど、今私たちをバカにしたでしょ!」

「二人ともよさぬか。」


 お屋形様が折れた扇子を振り上げた、マリーちゃんの手を掴んで止めた。


「で、話しと言うのは…、申してみよ。」


「実は…。糸里さんのスマホの事で…。」

「俺の…、スマホ…?」


 ザワザワ…。

 ヒソヒソ…。

(何があったの?)

(さぁ最近の若い子は怖いわねぇ…。)


 通りすがりの人が数人遠目で俺たちを見てる。

 ヤバっ。なんか俺たち4人でオッサンを苛めてる図になってるんじゃね?

 警察に通報されでもしたら面倒なことになるぞ。


「何やってんだよ新太!」


 見物人の中から拓海が現れた。


「ストーカーは青木さんで、俺のスマホのことで話がしたいって」


 拓海にかい摘んで説明した。


「やだなぁ、早く声かけてくれればいいのに青木さん。家来ます?すぐそこなんですよぉ。」


 拓海は見物人に聞こえるように大きな声で言い、知り合いの振りをした。

 おかげで見物人たちは、なんだつまんねぇーって感じで散らばっていった。


 俺たちも家に帰って、青木さんの話しを聞くことにした。


「拓海、マリー凄く怖かったのよ。だけど三人とも全然役に立たないの。二人は喧嘩してるし、新太はビビってるし、だからマリーがね、えーーいってやっけたのよ。そしたら扇子が折れてぇ、新しいの買ってぇ」


 女王様。今度は武勇伝+悪口+おねだりっすか?


「じゃあ日曜日に買いに行こう。」

「わーい、やっぱり拓海が一番頼りになるぅ。」


 はいはい、そーでしょうよ。

 どーせ俺は弱気者で役立たずですよ!


 お屋形様夫婦とマリーちゃんは自宅に帰らせて、俺の家で拓海と青木さんの話しを聞くことにした。


「で、新太のスマホがどうしたんです?」

「実は、糸里さんのスマホのデーターを引き継ぎをしている時にですね、僕は腹が減っていて、仕事の帰りに赤玉食堂の大盛り天津飯のラーメンセットでも食べて帰ろうかぁ、なんて事考えてたんですよ。赤玉食堂ってのは家の近所の店なんですが、結構旨くて特に天津飯とラーメンがメッチャ旨いんです。」

「はあ…?」

「それで、そんな事考えてたら突然くるくる回り出して、気づいたら赤玉食堂にいて大盛り天津飯のラーメンセットが目の前にあったんです。」


 マッ、マジか⁈

 やっぱしあの時タイムスリップしてたのか⁈


「で、それがどうしたんです?新太のスマホに何か関係あるんですか?」

「時間もね糸里さんがいらした時は夕方だったのに、仕事終わりの20時になってたんです。とりあえずお腹すいてたんで、大盛り天津飯のラーメンセットを食べてから、よーく考えてみたんです。」


 タイムスリップしたのに、大盛り天津飯のラーメンセット食ったのかよ。

 のん気な奴だな。


「何かおかしいなぁって。でもその時はよくわからないまま、次の日職場に行くと上司も同僚たちも僕を知らないって言うんです。イジメかと思って帰ったんですが、その後友人や親兄弟まで誰一人僕を覚えていなかった。なのに、あなた方二人と赤玉食堂の人だけが僕を覚えてて…。そんなの変じゃないですか?」

「すみませんが、青木さんの話しが全く読めないんですけど、何が言いたいんですか?」

「ですから、糸里さんのスマホに原因があるんじゃないかと…。」

「原因って?」

「だから、職場から赤玉食堂にワープと言うか、タイムスリップっていうか…ですね。」

「プッ、プハ、ハッハハハハ。あなた何バカなこと言ってるんですか?ワープとかタイムスリップって!そんな小説や映画じゃあるまいし。アッハハハハァーー。」

「ハッ、ハハ、ハハハァ」


 拓海の真似をして俺も笑ってみた。


「しばらく観察させて頂きました。他の三人の方は、この時代の人でじゃないんじゃないですか?話し方や態度が妙に変です。」

「いつから観察してたんです?」

「ちょうどこちらに引っ越しをしている時からです。」


 やっぱりそうか。


「あなたのした事は犯罪ですよ。ストーカーです。」

「別に危害は与えてませんし、与えるつもりもありません。ただ観察しただけです。」

「それを世間ではストーカーって言うです!それに一人は外国人女性。二人は田舎から出て来たばかりなんですから、話し方や態度が少しくらい変わっていても仕方ないでしょう?あなたのストーカー行為のせいで、二人の女性がどれほど怯えていたと思ってるんですか⁈」


 いや、あの女性二人はまーったく怯えてませんが…。


「今後ストーカー行為はご遠慮下さい。次は警察に連絡しますよ。わかったら、おひきとり願えますか?」

「警察に連絡してあの人たちのことを聞かれたら、困るのはそちらじゃないんですか?」

「青木さんいったい何が言いたいんです?」

「糸里さんのスマホを譲って頂きたい。タダとは言いません。譲って頂ければあの三人のことは黙っています。世間に公表しません。」


 なんてこと言い出すんだ。あの物騒なスマホが欲しいなんて、しかも脅迫してくるとかマジあり得ん!


「馬鹿馬鹿しい。あなたちょっと疲れてるんじゃないですか?あの三人がこの時代の人じゃないなんて誰が信じるんです。証明できるんですか?

 ましてやスマホ如きでワープとかタイムスリップって…。そんなこと公表したら青木さん頭がイカれてる人扱いされちゃいますよ。

 もう有らぬ疑いかけるのやめて下さいね。ハッハハハハ」


 拓海すげーー。俺動揺しまくりなのに、この冷静沈着な態度。

 やっぱり拓海が一番頼りになるぅ(ハート)


 拓海に笑い飛ばされて、青木さんはすごすごと帰って行った。


「新太、例のスマホどうした?」

「ちゃんとしまってるよ。うっかり画面見たりしたらヤバいもん。」

「出せ。それも宝石類と一緒に貸金庫に預けよう。」


 金貨はほとんど換金したのだが、金の塊やマリーちゃんの宝石は貸金庫に保管している。


「はいよ。でもさ、いっそアイツにやった方が良くないか?危ないから簡単に捨てられないし、壊そうにも壊れない、焼いてもダメ、分解もできない上にバッテリーも減らないから、処分に困ってたんだし…。それにアイツ周りの人たちから忘れられてるんだったら、元に戻してやらないと。」

「ダメだよ。アイツがそのスマホを使って何をする気かわからないけど、元に戻りたいなら脅迫なんてしないで初めから戻して欲しいって言うさ。悪用されるのは困るだろ?ああいうタイプは何しでかすかわかったもんじゃない!これは安全な場所に保管しておく。」

「そうだな。うん、貸金庫に預けておこう。」


 拓海は二台のスマホを紙袋に入れ、今直ぐ預けてくるといい家を出た。



「先ほどは失礼しました。」


 拓海が振り返ると汗を拭きながら青木が立っていた。


「まだいたんですか?これ以上つきまとう様なら、警察に連絡すると言いましたよね?」


 青木はニタッと笑うと、トランシーバー型の受信機のスイッチを入れた。


(新太、例のスマホどうした?)

(ちゃんとしまってるよ。うっかり画面見たりしたらヤバいもん…。)


「どうぞ警察に連絡して下さい。」

「アンタ頭がおかしいんじゃないのか?いや、本物のバカだな。そんな音声ぐらい無理矢理言わされたとか演技だとでも何とでも言えんだよ!そんな話し誰が信じるもんか!」

「そうですよね。じゃあ失礼します。」


 青木はヘラヘラと笑いながら立ち去った。


 くっそ気味の悪い奴。

 早いとこ預けてしまおう。

 青木が角を曲がったのを見届けて、拓海は青木と反対方向へと歩き出した。


 ガッツン


(頭を殴られると、本当にそんな音がするんだ…。たぶん石のような物で殴られたんだ。くっそおぉぉ頭いってえぇ。)


「録音だけじゃあ信じて貰えなくても、これがあれば信じられるよね?クスッ。」


 ガサッと音を立てスマホの入った紙袋を拾うと、青木は彼なりの全速力で走り去った。




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