第3話 引っ越し
お屋形様たちが平成の時代に来て一週間が過ぎ、少しは生活に慣れてきたので今日は家探しをしているのだが、お屋形様たちはどの物件を見ても文句ばっかりで、ちっとも決まりゃしない。
「狭いのう…。」
「息が詰まりそうでございます。」
「もっと景色の良いところはないのか?」
イラっ、
ここは戦国時代じゃねぇーーー!
「煌びやかで優雅なお部屋はないの?」
「舞踏会はどこですればいいの?」
「私の着替え部屋と寝室、それにメイドの部屋も必要でしょ。それからお茶会の部屋やお庭もないと…。ベルサイユのような。」
イライラっ、
フランスじゃねぇぞーーー!
5人で舞踏会してどーーすんだよ!
「もう飽きちゃった。お買い物に行きましょうよ。」
「殿、私も休みとうございます。」
「うむ、昨日の抹茶らてえでも飲みに参ろう。」
イライライラっ、
お前らガキかぁーー。
いつまで人ん家に居候する気だよ?
お屋形様たちがベッド使ってるから、俺は狭い台所の床で寝てるんだぞ。
「文句ばかりつけないで、さっさと決めたらお茶でも買い物でも付き合ってあげます!何が何でも今日中に決めてもらいます!」
「なかなか良いと思う物件がないのじゃから、仕方なかろう。織田信長ともあろ者が質素な屋敷にはすめぬ。まりぃちゃんとて国王の正室とあらば要望もあろう。」
「今は平成でここは日本なんです!今の生活に馴染む努力して下さいっ‼︎」
「まあまあ新太そうイラつくなって。ちょっと休憩しよう。」
拓海になだめられカフェで休憩をとることにした。確かになかなか決まらなくて苛立っていたかもしれない。
自然だらけの場所で広い屋敷にずっと住んでいた三人には、この時代の家で満足なんて出来るはずないんだよな。
俺の部屋で窮屈な思いしてるのは俺だけじゃないのに…。
器が小さい…、俺。
「やっぱり新太の言うように早く家は決めた方がいいです。そこで僕の住んでるマンションに空きがあるようなので、問い合わせたら借りられるみたいなんです。広くはないですが、二部屋借りれば今よりはマシですよ。」
俺に比べて拓海のこの器の大きさは空よりも広い。
お
もうぅぅ俺を拓海の嫁にしてくれ!
love、loveだよ。拓海!
「儂は今のままでも良いのだが?」
「私も今の生活に慣れてきましゆえ、かまいませぬよ。」
「信長様、僕たちは貴方がたの家来ではありませんよ。もちろん尊敬していますし、三人がこの時代で生きて行けるようお手伝いします。でもここは平成の時代で戦国時代のように人の家を奪うことはしてはいけないんです。」
「拓海、何もそこまで…。」
「儂らは其方たちを家来などとは思うておらんぞ。」
「では、新太はどこで寝ているんです?あそこは新太の家なんですよ!」
「…⁈新太、すまぬことをした…。」
「ほんに、新太殿申し訳ありませぬ。シクシク…。」
「いえ、分かってくれればいいんです。お濃さん泣かないで。」
「引っ越せばもう自分の部屋で好きに出来るんですからね。それに暫くの辛抱ですよ。」
「暫くの辛抱って…?」
「信長様は城を建てたいのでしょう?建てましょう、城。」
「そうじゃ、城を築くのじゃ。そうすれば我等の望み通りじゃのう。」
「さようでございます。殿。」
3日後俺たちは拓海と同じマンションに引っ越した。
拓海の部屋は7階。俺とお屋形様たちの部屋は5階で隣同士だ。
家具が少ない俺には2DKは広すぎる。
拓海が見兼ねてソファを買ってくれたが、それでも一部屋は空っぽだ。ずっと一部屋で過ごしてきたから、ちょっと淋しい。
お屋形様とお濃さんの様子でも見に行くか!
カチャッ
ドアを開けて目に入ったのは、インターホンのカメラにむかって満面の笑みで手を振るお濃さんだった。
「とのぉ〜〜〜見えまするかぁ?私手を振っておりまするぅ。」
「おお、お濃ではないか?よう見えておるぞ。まるで芸能人のようじゃぞ。なんぞ芸をしてみせい。」
「では、僭越ながら舞を…。」
お濃さんは腰に差していた扇をパッと開くと踊り始めた。
ブフッ。思わず吹いてしまった。
おちゃめ過ぎるーーー。
「あっ、新太。いつから見ておったのです。」
「お濃さん、なにやってるんですか⁈こんな所で踊っちゃダメですよ。部屋は片付いたんですか?」
「はい。殆ど業者の人がやってくれました。私たちもテレビに映ってみとうて…。新太も一緒にいかがです?」
お濃さんは少し照れた様に頬をピンクにして言った。
「おお、新太。早速訪ねて参ったのか。さあ入るがよい。」
「はい、お邪魔します。」
部屋はすっかり片付いていた。
お屋形様とお濃さんも身の回りの物は、殆どないのだから当たり前か。
「左が儂の部屋で、右がお濃の部屋じゃ。」
そう言ってお屋形様は左側の部屋のドアを開けて見せてくれた。
セミダブルのベッドがあり、向かい側に五段のチェスト。その上に刀が置かれていた。
「あれ、お濃さんのベッドは?一緒に寝ないんですか?」
「小さい方のべつどはお濃の部屋じゃ。あー、そのー、用向きのある時は、お濃が儂の部屋に参る。清洲でもそうしておった。」
「家庭内別居みたいですね。」
「かてないべつ…、なんじゃそれは?」
「夫婦が別々の部屋に寝て、まぁいいじゃないですか。それより拓海とマリーちゃんを誘って蕎麦食べに行きましょう。」
拓海とマリーちゃんを誘って蕎麦を食べにでかけた。
「どうして引っ越しの日に蕎麦を食べるの?」
「私も気になっておりました。何故蕎麦なのです?」
「それはですね。今から240年ほど前から始まった習慣で、『引っ越してきました。細く長くそばに居られる様によろしくお願いします。』という意味で隣近所の人に蕎麦を配ったんですよ。」
「へぇ〜〜そうなんだ。」
「なかなか良い習慣でございますねぇ。」
「ならば我等五人が一緒に蕎麦を食べるのは、本当に意味のあることじゃのう。」
蕎麦で小腹を満たし、拓海に近所を案内してもらった。
駅まで10分、駅周辺にはスーパーやコンビニ、飲食店もあり結構便利のいい場所だった。
この立地で家賃月8万8000円は安いかもしれない。拓海の実家は親父さんが医者だから、このぐらい余裕なんだろうけど、俺の実家はちっぽけな酒屋だし、俺が進学も就職もせず勝手に東京に出てしまったもんだから、仕送りなんてとてもじゃないが頼めない。
俺にとっては無駄に広い部屋に住めるようになったのは、お屋形様のおかげだ。
もう家賃や生活費の心配をすることはない。
だが向上心などないくせに〔こんなんでいいのか?俺。これじゃあ脛っかじりイヤ寄生虫じゃないのか?〕などと考えてしまう。
「俺さぁ派遣の仕事もどるわ。」
「それはダメだ。」
「えっ、なんで?」
「お前が仕事に行ったら、信長様たちの面倒は誰がみるんだよ?」
「この間俺たちは家来じゃないって言ってたじゃねぇか。」
「言ったよ。でもまだ誰か見守っる人間が必要だろ?引っ越したばっかだし。信長様たちが甘えられるの新太しかいないんだからさ。それにずっとってわけじゃないんだから、もう少し面倒みてやってよ。」
ったく、拓海の口の上手さにはかなわないな。
「だな…。わかったよ。」
「ありがとうな、マリーちゃんのこともヨロシクな。」
「断わる‼︎」
俺は子守りじゃねぇーーー!
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