第2話 ショッピング
「服を買いに行こう!」
とは言ったもののお屋形様達をこのまま外出させると、仮装行列になってしまう。とりあえず俺の服を着せようということになったのだが…。
「新太、儂は其方が着ていた、『じやあじ』とやらが着てみたい。」
「あれは家用なんで、これにして下さい。」
お屋形様にナイキのジャージと帽子を渡し、
お濃さんとマリーちゃんにはジーンズとTシャツと上に着るシャツを渡した。
「新太殿、私はまりいちゃんの着ているような服を…。」
「実は私も、私もオノーちゃんが着てる服が気になってたの!」
「私はその扇も可愛いくて羨ましゅう思うておりました!」
「うそぉオノーちゃんの扇の方が、煌びやかで品があって素敵なのに!」
なるほど、それで火花がとんでたのか?
女ってめんどくせー。
「二人とも残念だけど、この時代でその格好はお嫁さんしかしませんよ。」
「お嫁さん?って誰?」
「jeune mariée」
「と言うことは、私はもう殿と祝言を挙げておりますゆえ、着れぬのですね?」
お濃さんはシクシク泣き出した。
「オノーちゃん、大丈夫よ。誰になんと言われても自分の着たいものを着ればいいの。自由に生きるために、この時代に来たんだから!」
「マリーちゃん、それとこれとは話が違います!この時代にもルールはあるんですから、お濃さん早く着替えて!」
結局お濃さんは打掛を脱げばokという事にして、マリーちゃんには着替えて貰った。
昔の女って、めんどくせーーっ
やっと外に出たかと思えば、またしても質問攻め。まあ覚悟してたけど…。
「あれは何なのだ⁉︎馬よりも早いのではないか?」
「車ですよ。この時代では馬や籠の代わりに、人や荷物を乗せて運ぶんです。」
「この時代の女子は恥じらいをしらぬのですか?あの様に足を出して、はしたない!」
「まあ良いことではないか。ハッハハハハ」
「殿!!!」
「見て!すごく大きな鳥がとんでるーー!」
「あれは飛行機だよ。人や荷物を乗せてとんでるんだ。」
ひえぇぇぇぇーーーーーっ
お屋形様から貰った金貨は珍しいものらしく、希少価値がつきなんと一枚150万の値がつき、二枚買い取って貰って300万円を手に入れた俺たちは、初めてそんな大金を手にした事でテンションが上がっている。
お屋形様のスーツや普段着数着、お屋形の希望でジャージの上下(よほどジャージが気に入ったらしい)、靴や下着類。それでも一時間ほどで全て揃った。
マリーちゃんはやはりマリーちゃんでゴスロリの店をいち早く見つけ、お濃さんと二人して大はしゃぎだが、試着しては一々感想を求められる。
「いかがですか殿…?」
「さすがは我が妻お濃じゃ、西洋の服もよう似おうておる!」
「これはどうですか?殿。」
「うむ、良いのではないか。」
「じゃあこれは?」
「どれも良いではないか…ふぁぁぁ」
「あくび…。
「いっ、いやそんな事はないぞ!」
「いいえ、殿はいつもそうなのです!着物一枚見立てくれた事はございませぬ!」
ゴスロリの服屋に入ってかれこれ一時間は、こうしているので、お屋形様どころか俺もウンザリしていた。
「そんな事ありませんよ。良く似合ってますよ。でも男は思ってる事を言うのが、照れ臭いのです。それに好きな人にはトキメキたい面倒な生き物なんですよ。だから今から信長様と新太、僕と
「ときめき…。でございますか?」
「びっくりしたり、ドキドキしたりって事です。」
拓海は上手くお濃さんを説得して、俺とお屋形様を解放してくれた。
拓海は無駄に女好きじゃなかたったんだなぁ。
買い物から解放されお屋形様とモールの中をブラブラしていると、お屋形様がふと足をとめる。
「新太、先ほど拓海が言うておった『ときめき』とか言うのは男だけか?」
「う〜ん、女もそうだと思います。」
「頼みがあるのだが…。」
「なんですか?」
「これを買いたいのだが…。」
俺とお屋形様は買い物を済ませ、行くあてもないので近くのカフェに入り休憩することにした。
お屋形様は俺の真似をしてアイスコーヒーを頼み、思いっきり吐いた。
「なんじゃこの黒い飲み物は⁈ぺっ、ぺっ、まだ口の中が苦くてたまらん!」
「あーーもう、だから止めたじゃないですか!」
仕方ないので抹茶オーレを注文しなおす。
これは気に入ったようだ。
「ところで新太は、拓海がまりいちゃんと戻って来た時に言うた言葉信じておるか?」
「俺が別れ際に言った言葉がタイムスリップに影響したって事ですか?」
「うむ、儂にはその『たいむすりつぷ』とやらはよう分からんが、拓海が言うた事は何やら違うのは分かる。」
あり得る…。確かに拓海なら帰り方が分かっているのだから、自分の意思で17世紀のフランスに行っても不思議じゃない。そう拓海はこんなチャンスを見逃す奴じゃない。
「新太は真っ直ぐな人間じゃ。だから素直に相手を受け入れたり、案じたりする。決して悪い事ではないが、それで自分が危うくなる事も覚悟せねばのう。其方ら二人に無理を言って連れて来て貰うた儂が言う事ではないがのう。ハッハハハハ」
「お屋形様…。俺はお屋形様もお濃さんも大好きなんです。だから、だから、助け…。」
「言うてはならぬ!新太。其方の気持ちは分かっておる。だが、もう済んだ事なのじゃ。そうであろう?」
「はい!はい、そうです。」
やはりお屋形様はあの時、俺と拓海の話を聞いていたんだ。
「1582年6月2日本能寺の変だよ。家来の明智光秀の謀反で自害するんだ。」
俺は何故かポロポロと涙が溢れた。
何故かは分からないが、これで良かったんだと自分に言い聞かせるみたいに、何度も何度も頷いた。
拓海たちと別行動になってから二時間半、やっと買い物が終わった知らせが入った。
カフェに現れた三人を見て、俺とお屋形様は思わず立ち上がった。両手いっぱいに買い物袋をもって現れた三人の表情は満足気に笑っていたが、欲しい物を手に入れたという満足感より、自分たちの変身振りに満足している。
マリーちゃんはやはりゴスロリファッションだったが、ゴテゴテした感じではなく清楚に白地にピンクの花柄のワンピースを着こなしていた。さすが元祖ゴスロリ。
お濃さんは泣くほどマリーちゃんの服に憧れていたのに、ベージュのガウチョパンツに白い抜襟のシャツで、すっかりおしゃれなお姉さんだ。うっかり惚れてしまいそうだぜ!
しかもメイクまでして貰っていて二人とも完璧に平成の
お屋形様はお濃さんの変身振りに瞳孔も口も開きっぱなしだ。きっと惚れ直したに違いない。
「殿、いかがでございますか?拓海殿が見立てて下されたのですが、似合っておりまするか?」
俺はお屋形様を突っつき、今があれを渡すタイミングだと伝えた。
「あっ、ああ。これを其方に…。」
「なんでございますか?」
「ぷれずえんとじゃ、開けてみるがよい。」
お濃さんはラッピングされた包みを丁寧に剥がし箱を開ける。中にはまた小箱が入っていて、取り出すとパカッと開いた。
「殿、これは‼︎私でございますね。なんと綺麗で可愛らしい。」
「気に入ったか?」
「はい!一生大切にいたします。」
その箱の中身はカフェに来る途中で見かけた宝石店の広告商品だった。
その宝石店に行き商品の値段を見た時、貧乏人の俺は躊躇した。
「とても可愛らしいデザインのペンダントでしょう。石も本物のダイヤとアメジストを使っています。因みにアメジストは真実の愛の象徴で紫の石には強い癒しの力があると言われています。
恋人へのプレゼントには最適ですね。」
店員のお姉さんはペンダントの魅力を語る。
そりゃあ最適でしょうよ。こんなちっこい物に258,000円なんて値段つけるぐらいなんだからさ。
「どうかのう新太。まりいちゃんの飾り物を見た時のお濃の目は輝いておった。あの様な目をしたお濃は初めてみた。今迄なんでも欲しがる女子ではなかったのに、よほど羨ましかったのであろうな…。なにも文句も言わず黙って此処まで儂について来てくれたお濃の気持ちに、少しでも報いてやりたいのじゃが…。」
「わかりました。これ買いましょう!お濃さんにプレゼントしましょう!」
「ぷれずえんと…?」
「プレゼント。贈り物ですよ。」
これを見た時のお屋形様の目も輝いていましたよ。いつもは俺様だけど結構愛妻家じゃねーか。
「なるほど、お濃さんですね。良かったですねお濃さん。」
「拓海、どうしてチョウチョがオノーちゃんなの?」
「お濃さんの名前は
「さすが拓海は物知りじゃ。帰蝶は美濃国を治める大名斎藤道三殿の娘なので、濃姫と呼ばれておるのだ。」
「オノーちゃんじゃなく、キチョーちゃんね。」
「まりいちゃんの呼びやすい方で構いませぬ。」
「お濃さんも僕たちに『殿』を付けなくていいですよ。お屋形様のように呼び捨てにして下さい。」
「はい。わかりました。」
「じゃあそろそろ行きましょうか?」
「まだ何か買うのか?」
「新太のスマホ買い替えないと、そんな危なっかしいもん持ってらんないだろ?こっちからしか連絡出来ないなんて不便じゃないか?お屋形様たちのスマホも買いましょう。便利ですよ。」
「なんと儂らもスマホが持てるのか!」
「平成の時代なんですから当然ですよ。」
そうだった。俺のスマホは掛かってきた電話を受け取るのはいいが、俺から電話を掛けると相手を呼び寄せてしまったり、うっかり真っ暗な画面を見るとまたタイムスリップしかねないという、危険なスマホだった。
こんな物騒極まりない物は早く手放さなくては…!
「では、新規のスマホが3台、機種変更が1台ですね。」
「はい、お願いします。」
お屋形様とお濃さんのスマホは俺と同じ機種で俺が契約し、マリーちゃんのスマホは拓海が契約した。
料金設定やなんかの面倒な手続きを済ませ、お屋形様たちのは新規なので直ぐに渡して貰えた。
「おい!新太の分は⁉︎」
「ああ、俺のはデータの引き継ぎして貰ってるから、少し時間かかるって。」
「バカヤローーーッ」
「へっ?」
「データーの引き継ぎなんかして、タイムマシン機能が引き継がれたらどーーすんだよ‼︎」
慌てて受け付けカウンターに行き叫んだ。
「俺のスマホ返して!」
「はい、どの担当者でしょうか?」
「やたら汗っかきの太った男の人…。確か青木さんって人。データーの引き継ぎ途中でもいいから返して下さい。」
「当店に青木という販売員はおりませんが、お調べしますので、少々お待ちください。」
やたら汗っかきの太った青木さんは、受け付けカウンターに居なかったので、他の販売員に頼んだが、とんでもない答えが帰ってきた。
「ねえ、あのお客様のスマホ誰が担当したか知らない?」
「さっきそこで誰かデーターの引き継ぎしてたろ?」
「トイレかな?」
「いや、誰も入ってないよ。」
「もう担当者はいいから、お客様にスマホお渡ししろ。」
カウンターの奥から聞こえる販売員たちの、ひそひそ声に俺の額から汗が吹き出る。
どうしよ、どうしよ、どうしよーーーぅ。
全く無関係な人を何処かに行かせてしまったかも。
「拓海、担当の人をタイムスリップさせたかもしれない。いなくなったみたいなんだ!」
「落ち着け。まだそうと決まったわけじゃないんだから…。」
「お待たせしました。こちらのスマホでお間違いないですか?」
「はっ、はい!そうです。これですっ!」
「お待たせして申し訳ありません。担当者が席を外しておりまして…。データーの引き継ぎは完了しているようですのでご確認下さい。」
「はい!わかりました。家でゆっくりやりますから!急ぐんで、ありがとう。」
販売員からスマホをひったくり、急いでその場を離れた。
やたら汗っかきの太った青木さん、もしもタイムスリップしてたらごめんなさい!
決して悪気はなかったんです。
どうかご無事でいい旅をして下さい。
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