第ニ章 マリーアントワネット

第1話 拓海の帰還



 ドサッ、ドサッ、キャッ


「うわっ‼︎」

「きゃあぁぁぁ、殿、新太殿!人が、人が落ちてまいりましたあぁぁ」

「拓海ではないか?」

「あっ拓海だ!お前普通に来いよ。何でスマホ使って来るんだよ!」


「Tout le monde Long Time No See」

「…?」

「あっ!悪い、フランス帰りなもんで、ついフランス語が…。皆さんお久しぶりです。」

「いや、昨日の夜別れたばっかしだけど…?」

「ああ、そうだったな。ハッハハハハ」

「笑ってごまかすなよ。ていうか、その人誰?」


 拓海と一緒に落ちてきた、ドレスを着て扇子を顔の前でパタパタさせている女性ひとを指差して聞いた。


「彼女はマリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュだよ。」

「はい?」

「まりいあん…?なんと長い名じゃのう。拓海が今日お茶を飲む約束をしておった女子おなごか?」

「いえ、違います。」

「儂は織田信長。これは妻のお濃。以後よろしく申し上げる。」

「お濃と申しまする。」(何とごちゃごちゃとした細工の扇子であろう…。頭に被っている物に付いているのは鳥の羽か?あのチリチリの髪の中に鳥でも飼っておるのか?でも…。)


 お濃さんは、帯に差していた扇子をサッと出し、顔の前に広げた。


「私のことはマリーちゃんでいいよ。よろしく。(この時代の男はカツラも白い粉もしないの?あんなにハゲているのに、その上なんて奇抜な髪型。しかし堂々としていて、寧ろその開き直りが潔く見える…。女の方は扇子を持つだけの嗜みはあるのね。それにしても…。)」


 マリーちゃんは手首をクネクネさせながら、さっきよりも扇子をパタパタとさせた。

 それを見たお濃さんも負けじと扇子をパタパタさせ、二人の間に火花が散る。

 なんか怖えぇぇぇっ


「て、ことはこの人はフランス国王ルイ16世の王妃マリーアントワネットだって言うのか?」

「おっ!新太のくせによく知ってたな。」

「新太のくせには余計だよ!母さんが宝塚のファンだから、子供ん時からベルばらとか読まされてたんだよ。そんなことどうでもいい!そんな人連れてきてどーすんだよ!」

「結婚する。」

「はぁ⁈お前アホか⁈何考えてんだ?そもそもお前は昨日ここから今日の昼前に、マリーちゃんとお茶してる時に戻ったはずだろ?」

「そのはずだったよ。新太、別れ際に何て言ったか覚えてるか?」


 たしか…。

『マリーアントワネットのマリーちゃんによろしくな』

 俺はサッと血の気が引くのを感じた。


「まさか…?」

「そのまさかだよ。」


 俺が何気なく言った言葉が、タイムスリップに影響し、拓海を17世紀のフランス王妃マリーアントワネットのお茶会へと行かせてしまったのか⁈


「すまない拓海。知らなかったとはいえ、とんでもない目に合わせて…。」


 俺って奴は…。

 俺は自分の馬鹿さに情けなくて、床に何度も頭を打ちつけた。


「いや、そんなに反省しなくても…。帰り方は分かってたから大丈夫だったし、結構楽しかったよ。それに運命の女とも出逢えたから気にすんなよ。」


 運命の女。そうだった。今は俺のせいで拓海が17世紀のフランスにタイムスリップしたことより、マリーアントワネットを連れて来たことの方が重大だった。


 1776年マリーアントワネットがベルサイユ宮殿の庭で、お茶会をしているところへ転がり落ちた拓海は、語学の勉強に来た留学生だと偽り、まんまとマリーアントワネットの友人としてベルサイユ宮殿に居候していたらしい。

 そしてマリーアントワネットと拓海は互いの国の言葉を教えあい、いつしか気持ちが通い合うようになったということだ。


「どのくらい居たんだ?」

「1年。」

「なんで直ぐに帰らないんだよ。自分が何したかわかってんのか?」

「滅多に来れる所じゃないから、ちょっと社会見学したかったんだよ。」

「お前は何にも分かってない!これを見ろ!」


 パソコンを開き、歴史に纏わるページを開いた。


「見ろ!歴史にはお屋形様もお濃さんもマリーアントワネットも、もう存在しないんだぞ!歴史を変えてしまったんだぞ!歴史に名を残すはずの人を消してしまったんだ!それにマリーアントワネットはルイ16世の妻なんだぞ。お前は不倫したあげく略奪したんだ。」

「いやいや、17世紀にマリーちゃんは存在しないということは、全ての人に忘れられてるんだから不倫とか略奪なんかじゃないよ。大袈裟なんだよ新太は。ハッハハハハ」


 出たよ、拓海は子供の時から、都合の悪い事があると軽く受け流して笑って誤魔化すんだ。


「口を挟んで済まぬが、新太。儂もお濃も歴史に名を残したいなどとは思うておらぬ。自分があの時代でどれだけの事が、成し遂げられたかはわからぬが、忘れられてしまうことも全て承知で着いて来たのだ。我らは戦さのない場所で安穏と暮らしていきたいのじゃ。新太には心配をかけて、済まぬことをした。この通りじゃ。」

「お屋形様、やめて下さい。俺に頭なんか下げないで下さい。俺だってお屋形様とお濃さんには平和な暮らしをさせてあげたい。俺は馬鹿で歴史の事は良く分からないけど、だけどお屋形様たちがいなくなった事で、間違いが起きてる気がするんです。」

「だけど私はギロチンの刑なんて、されたくない!考えただけで怖い。絶対戻らない。後世に名前なんて残らなくていい!」


 そうだった。マリーアントワネットはフランス革命で、ギロチンの刑で殺されるんだった。


「こんなに可愛いひとが、罪もないのに殺されるんだぞ。見過ごせるか!」

「罪なく殺される運命だったのか、なんと哀れな。儂ら三人は時を超えてきた仲間。仲良くこの平成の時代で生きていこう。」

「さようでございます。助けおうていきましょう。」

「ありがとう。」


 三人は手を取り合って、この時代で生きていく決意を固め友情が生まれたようだ。

 こうなってしまったら俺が何と言おうが説得力はないだろう。


「これからどうするつもりだ?拓海はまだ大学生だろ。就職したとしても相手はマリーアントワネットだぞ。満足のいく暮らしをさせてあげれるのか?」

「その話をする為に来たんだよ。信長様ここに来る時に約束した事を覚えてますか?」

「これであろう?」


 お屋形様は頷き、黒い木箱を俺と拓海の前に置いた。

 拓海は木箱を開け中身を確認する。あの時と同じように金貨がギッシリと詰まっていた。


「其方ら二人で分けるがよい。」

「ありがとうございます。新太これで五人一緒に住める家を探そう。」

「拓海…?」

「新太一人で信長様とお濃さんの面倒を見るのは大変だろ?それにこんな狭い部屋で、いつまでも三人で暮らすのは無理だよ。マリーちゃんも信長様やお濃さんといる方が心細くないだろう。」

「先の事もちゃんと考えてくれてたんだな。俺一人じゃ不安だったんだ。」

「其方たちはそこまで我らの事を思うてくれていたのか?かたじけない。」

「ほんに有難いことです。」


 お屋形様たちが、この時代で生きていけるようになるまでは、見守ってあげたい。俺一人じゃ心許ないけど、拓海が一緒なら大丈夫な気がした。


「ならばその金は、其方たちの好きにすれば良い。築城の資金は儂がだそう。」


 お屋形様とお濃さんは袂から、沢山の金を出して見せた。


「じゃあ私のも使って。」


 そう言うとマリーちゃんは、まるで手品のように、髪や首、手足から沢山の貴金属を外した。


「役に立つだろうと思って、ありったけのものを身に付けて来たの。」

「なんと見事な細工の品。この様な物は見た事がありませぬ。(髪の毛の中に鳥を飼ってたわけじゃなかったんだ…。見かけより頭が良いのだな。)」


 すっ凄い⁉︎

 あっとゆう間に金銀宝石の山が出来た。こんなの見るのは初めてで、俺と拓海は圧倒された。


「儂はあの様な城が所望なんじゃが…。」


 お屋形様は窓の外を指差した。その先にあったのはスカイツリーだった。


「お屋形様、あれは電波塔と言う建物で、人の住む建物ではありませんし、あんな高さの物は無理です。」

「でんぱとう?」

「あの塔で電波を送受信してTVやラジオの放送や無線通信ができるんですよ。」

「拓海が何を言うておるのか、さっぱりわからん!でんぱとはなんじゃ?」

「話が進まないんで、その説明はまた今度にしましょう。とりあえず金貨を何枚か平成の通貨に代えて、今からこちらでの生活に必要な物を買いにいきましょう。」

「必要な物?」

「三人にとって一番必要な物。それは服、着る物です!」


 確かにそうだ。お屋形様はともかくお濃さんの打掛とマリーちゃんのドレスの嵩張りようは半端ない。ただでさえ狭い俺の部屋は、この二人のせいで足の踏み場さえない有様だ。

 それにずっと部屋に閉じ込めても置けないんだから、服は必要だ。


「よし、平成の服を買いに行こう!」

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