第3話 一緒に帰ろう⁈


 拓海がなんとか落ち着いたところで、ここに至った経緯を話し合った。

 こんな事になったのは、俺のスマホが原因のようだ。

 拓海のスマホが城内は勿論、城下に出ても圏外だったにも関わらず、俺のスマホはアンテナもしっかり立っていたし、ネットにも繋がった。

 俺に連絡してきた方は大丈夫だが、俺が連絡した人間は、引き寄せられるのではないかと拓海は言う。


「ならば新太の『すまほ』が、出入口になっておるのではないか?」

「その可能性はありますね。けれど元の場所に戻れる確証はないし、もしかしたら一方通行かもしれない。」

「ところで二人は何年先からやってきたのだ?」

「だいたい460年ぐらい先ですね。」

「この国はどうなっておる?」

「平和ですね。貴方がその礎を築いたと言ってもいい。」

「儂を知っておるのか?」

「この国の者は皆知っています。貴方の事を歴史上の重要な人物として教えられる。460年先でも貴方を尊敬する者は多くいますよ。」

「儂はこれからどうすれば良い。教えてくれ。」

「ダメです。先の事など知っても面白くはない。織田信長と言う人は自分の思うよう生きればいいのです。」

「其方はケチじゃのう。じゃが気にいった。ここにいる間は、二人を儂の大切な客人として迎えよう。ゆるりと過ごされるがよい。」


 俺の読み通り拓海と親方様は、意気投合したようだ。

 昨夜泊まった部屋が、俺たちの仮住まいとなり、着物を用意してくれた。


「なあ、拓海。なんで親方様にこれから先の事教えなかったんだ?お前なら知ってるだろ?」

「馬鹿かお前は?先の事を知ってしまったら、回避しようとして歴史が変わってしまうだろうが!それに自分の家来の裏切りで自害するなんて聞きたくないだろ!」

「えっ⁈そうなの?」

「ったく…。1582年6月2日本能寺の変だよ。明智光秀の謀反で自害したとなってるけど、遺体が見つかってないから、本当のところは不明なんだけどな。」

「そうなんだ…。可哀想だな。でもさぁ、織田信長って戦国の武将だと思ってたんだけど、何作ってた人なの?」

「はあ?」

「だって家来が親方様って呼んでたぞ。」

「お前どれだけ馬鹿かだよ。家来がいうはお屋敷の主人のこと、大工とかのとちがうんだよ!馬鹿!」

「馬鹿、馬鹿言うな!俺は褒められて伸びるタイプなんだから!」

「自分で言うな馬鹿…むぐっむぐぐ」


 俺は拓海の口を塞いで、人差し指を口にあて黙るように合図した。

 そっと縁側に面した障子を開けて、外を伺ったが誰もいなかった。


「なんだよ?」

「誰かいたような気がしたんだけど…。」

「気のせいだろ。葉ずれの音じゃないか?ここは静か過ぎるんだよ。」


 確かにこの時代は、俺たちの時代と違って車や電化製品なんかの雑音がないぶん、どんなに小さな物音でもよく聞こえる。

 誰かがいたとしたら、足音を聞き逃すはずがない。


 夜になり親方様もといお屋形様は、俺たちの為に宴を開いてくれた。

 織田家の家臣数名も招かれ、その中にあの小煩い猿もいた。


「あっ、猿!」

「お主に猿と呼ばれる覚えはない!」

「すみません。。」

「きっさまぁ、儂をばかにしておるのか!」


 猿はキレやすいから気をつけろと、拓海に小声で忠告した。


「お前様、何を怒っているのです!お屋形様の前で失礼ですよ。」

「もしや貴方がたは木ノ下藤吉郎様と寧々様では?」

「如何にも、其方は此奴こやつの知り合いか?」

「工藤拓海と申します。新太とは腐れ縁の仲でして…。こいつの無知は私に免じてお許し下さい。」

「あいわかった。しかし妻の寧々の名まで知っておるとは…?」

「木ノ下様の事は、織田信長様の御家来の中でも忠義者と聞いております。その木ノ下様を支えておられるのが、寧々様と評判です。」

「おお、そうか!京でも儂の名が轟いておるか!さっささ飲まれよ。飲まれよ。」


 拓海はお屋形様だけじゃなく、猿のおっさんにまで気に入られたようだ。

 チェッなんか面白くない。最初に来たのは俺なのにと、くだらない嫉妬を覚えた。

 学校の授業の半分は社会に出て、何の役に立つんだと思ってた。

『知っていて無駄になる事なんか、ひとつもないんだよ。知識は荷物になんないんだから』って母さんがよく言ってたっけ。

 今その言葉の意味をひしひしと感じている。父さん母さんごめん。親不孝な息子でごめん。

 このままもう家族や友達に、二度と会えなくなるのかな…。去年の夏両親が結婚30年記念に、北海道へ旅行した時送られてきた写真を思い出し、スマホを取り出して見ようとした。


 えっ⁉︎

 ぅっわああああ〜!


 このグルグル回る貧血症状は、あの時と同じ。

 まさかまさかまさか、今度は何処に行っちゃうんだよ。

 拓海はどうなるんだよ。あいつのスマホは繋がらないのに。あんな所に置き去りなんて、どうすればいいんだ⁈


 ドサッ、ころころころ…。


「きゃあ新太!いつ来たのよ。来るなら連絡しなさい。びっくりするじゃないの!」

「新太、サプライズか?よく居場所がわかったな?」

「父さん?母さん?ここ何処?」

「何言ってるんだ?頭打ったのか?」

「北海道よ。結婚30年記念の旅行だって言ったでしょ。」

「あっそうか!そうだよね。父さん母さん親不孝ばっかでごめん。じゃあ俺急ぐから。」


 俺は急いで両親の前から走り去り、人気のない場所を探した。


「母さん、何をしてるんだ?」

「さっき撮った写真を、新太に送ってあげようと思って。なんだか今、新太がいたような気がしたのよ。」

「あっ俺もだよ。息子のスマホに親の写真が一枚ぐらいあってもいいよな。送ってやれ。」


 わかった…。なんとなくだけどわかったぞ。

 俺の考えが正しければ、清洲城に戻って拓海と一緒に、平成29年5月20日に戻れるはずだ。

 観光名所から離れた林に入り、通り抜けると何もない空き地に出ることが出来た。

 俺はスマホを取り出し、清洲城の宴会を思い出しながら、真っ暗な画面を見つめた。

 心の中で拓海、拓海と叫ぶ。


 バッサ、バサバサバッサ、ドッ


今回は木の上に落ちた。北海道ではアスファルトの上に落とされて、痛い思いをしたから、木の上で良かった。


「何奴⁉︎」

「曲者じゃあ!出合え、出合えー!」


 カッチャ、シャー、カッチャ、シャー


 座敷の彼方此方から刀を抜く物騒な音が響く。拓海はお屋形様の影に隠れて震えあがっていた。


「すいません。俺です。糸里新太です。」

「新太、庭先で何をしておるのじゃ?」

「ちょっと酔ってしまって、酔いを冷まそうと思いまして…。へっへへ」

「まったく驚かすでない。さっさと中に入るがよい。」

「はい。」

「新太、これは我が妻のお濃じゃ。」

「はじめまして、糸里新太です。」

「新太殿、殿よりお話を伺うております。さっささ召し上がられよ。」


 お濃さんが注いでくれた酒を一気に飲み干す。当然だけど日本酒しかないんだよなぁ…。ああ冷え冷えのビールが飲みてー。

 そんな事より拓海に、またタイムスリップした事を話さないと…。拓海は猿のおっさんに、随分と飲まされてるみたいで、下手なブレイクダンスを披露している。


「拓海は芸達者じゃのう。新太もあの様な芸ができるのか?」

「ええ、まぁ」

「新太殿の芸も見とうございます。」

「そうじゃ新太もやって見せい。」

「いや、今日は酒が回ってるんで…。」


 オエーッ、ゲロゲロ!


 ほら見ろ言わんこっちゃない。拓海は広間の真ん中で、盛大に吐いた。


「すみません。今夜はもうコイツを休ませます。汚してすみません!」


 ぐったりした拓海を抱え部屋に戻り、布団の上に寝かせた。

 拓海は大の字になり、天井を見て呟く様に言った。


「どうして戻ってきたんだ?」

「お前酔っぱらってたんじゃないのか?」

「こうでもしないと、あの場から離れられないだろ?」


 俺が又タイムスリップした事を話すと、

 拓海は勢いよく体を起こし、身を乗り出した。


「俺がもう一度ここに戻れたやり方で、きっと元の時代に戻れる。」

「お前って本当に馬鹿だな…。何で戻ってきたんだ?二人とも戻れるとは、限らないんだぞ。俺を見捨てる事だって出来たじゃないか…。」

「俺をそんな薄情な人間だと思ってたのかよ!俺は馬鹿だけど無責任なことするもんか!」


 拓海は俯いて泣き出した。

 きっと俺が突然消えて、取り残されたと思ったのだろう。

 450年も前の時代に一人ぼっちになる心細さは俺にしかわからないよな。


「拓海ごめん。こんな事に巻き込んで。でもお前が来て、俺スゲー心強かった。歴史なんて全然わかんないし、拓海は人付き合いも上手いし、ここに来たのが拓海で良かったよ。

 だから絶対に二人で帰ろう。失敗しても何度でも迎えに来る。一緒に俺たちの時代に帰るんだ。」


 拓海は何度も何度も手の甲で、涙を拭いながら頷いた。

 明日の朝お屋形様に、お世話になったお礼を言って帰ろうと拓海と話した。



「なんと、帰り方がわかったのか!」

「はい。二人一緒に行けるかわかりませんが、試してみます。」

「其方たちに頼みがある。儂とお濃も其方たちの時代に、連れて行ってはくれぬか。」


 お屋形様の突拍子もない頼みに、俺たちは驚いた。


「儂はのう、いつか其方たちのような人間が、現れるような予感がしておったのじゃ。

 儂は其方たちが聞いておるような、人物ではないのだ。戦さなどしたくもない。いつも命を脅かされて、家臣にすら裏切られるこの時代に、生きていとうないのじゃ。頼む儂とお濃も一緒に、平和な時代に連れて行ってくれ!」


 お屋形様は床に頭をつけ、俺たちに頼みこんできた。

 拓海から教えてもらった、お屋形様の行く末を思うと、俺はキッパリ断るなんてできなかった。だけど俺たちの時代に連れて行くのは、たぶんダメな事なんだ。


「それは無理です。貴方が僕たちと一緒に行くという意味がわかっているんですか?

 新太が昨夜いなくなった時、あの場にいた誰もが新太を覚えていなかった。信長様や木ノ下様ですら、ここに来たのは俺だけで、新太など知らないと言っていたんですよ。

 信長様やお濃様が居なくなれば、誰からの記憶が消えて、歴史が変わってしまうんですよ。ましてや貴方はこの国を戦のない国にする為、なくてはならない御方。多くの命が貴方にかかっている。もし貴方が居なくなれば、僕と新太も産まれて来ないかも知れないんです。どうかこの時代で人生を志しを全うして下さい。」


 そう言う事なんだ。確かにもしも俺たちが、ここから帰れずにいたら、平成の時代で結婚して、産まれるべくして産まれる子供はいなくなる。それどころか今現在の平成では、俺も拓海も存在しないんだ。


「簡単に承知して貰えると思うておらなんだ。」


 お屋形様は手元にあった、黒い木箱を引き寄せ開いて見せた。


 まっ、眩しい。


 中身には金ピカに光る金貨が、ぎっしりと入っていた。


「タダとは言わん。褒美じゃ。拓海、其方は頭が良い。女子おなごも好きじゃ。そういう人間は地位や名誉も金も好き。そうであろう?」


 拓海の決断は早かった。

 瞬間移動のごとくお屋形様にかけよると、しっかりと手を握り頷いた。


「一緒に行きましょう。僕たちの時代へ!正直に言うと、信長様と別れるのは辛かったのです。」


 おーい、拓海?さっきの感動的な熱弁はなんだったんだよぉぉぉ⁈


 そんな訳で、お屋形様とお濃さんも一緒に行くことになり、今夜皆が寝静まってから決行することになった。

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