第2話 time slip in 終わりの国⁈


 いや〜な汗が体中の毛穴から湧き出る。

 盗み見でもする様に、チラリと右を見た。


 へっ?


 俺は直ぐに視線を戻した。今チラリと見えたのは何なんだ?見間違いか?怖いもの見たさとかってんじゃなく、もう一度確認しなくてはいけない。人間って信じられないものを見た時は、二度見するもんだろう?

 コマ送りでもするように、カクカクと首を回し、さっき見たものを確認した。


 殿様…?


 俺は直ぐに首を戻して、ブルブルっと振った。これは夢だ。まだ気絶していて夢を見ているに違いない。


「きっ、貴様なにものだぁ〜!」


 殿様が素っ頓狂な声で聞いてきた。

 その声にTVで見る様な威厳とか恐さは、感じられなかった。ちらっと見ただけだけど、腰抜かしてたしな…。ふっふふ、この勝負貰ったぜ殿さん。と訳の分からない笑みを浮かべてしまった。


 カチャッ!


 首筋にヒヤリと冷たさを感じて、横目で見ると長い刃物が、俺の首元に充てられているじゃあありませんか!

 これって刀?マジ物の刀ですか?銃刀法違反ってやつですか⁈

 さっき湧き出た汗が一瞬で凍ったように冷たい。


 ひっひえぇぇ⁉︎


「いっ、いき、いきなり何するんですか!あぶ、危ない、じゃないれすかあ!」


 ダメだ、うわずってカミカミだ…。

 しかもマジで腰ぬけたわ。


「貴様あー、お屋形様が何者かとお尋ねになっておるのに、笑うとは何事か!」


 ちっこいオッサンは顔を真っ赤にして、俺に刀を向けている。

 このちっこいオッサンは、さっきまで殿さんの直ぐ近くで、殿さんと一緒に腰ぬかしてたはず。その距離約8m、いつの間に俺の隣にきたんだ?ちっこいオッサン瞬発力はんぱねぇ…。


「よさぬか猿!さがれ」

「しかし、お屋形様?」

「さがれ!」

「はっ。」


 殿さんは親方様で、ちっこいオッサンは猿というのか。


「もう一度尋ねる。何者だ?」


 親方様は正気を取り戻したらしく、低い声で威厳たっぷりに聞いてきた。

 俺も正座に座り直してこたえた。


「糸里新太といいます。」

「頭を下げぬか!この無礼者が!」

「猿、もうよい。で何処から来た?」

「東京です。」

「とう、きょう?京から来たのか?」

「京から来たなどと下手な嘘を申すな!京にそのようななりをした者などおらぬわ!」


 猿のオッサンはいちいち俺に噛み付いてくる。流石の俺もイラっときた。

 なんか言ってやりたいが、また刀抜いて襲われでもしたらヤバい。あの刀よく切れそうだったもんな。まさに気狂いに刃物だぜ。


「猿、お前がいては話が進まん。退がれ。」

「何をおっしゃいますお屋形様。お屋形様とこのような怪しげな者だけにするわけには参りません。私猿めが命をかけて…。」

「退がれ!」


 親方様はぞっとするほど冷たい目をして命令し、猿のオッサンを追っ払った。

 猿のオッサンが名残り惜しそうに、すごすごと退出すると、親方様は俺にもっと近くに来るよう言った。

 さっきの冷たい目を思い出したら、親方様に近寄るなんて遠慮したい。

 赤ちゃんがハイハイするみたいに、少し親方様に近づいた。


「立て!」

「ハイ!」


 親方様の一声で、俺は軍人みたいにピシッと直立した。

 親方様は近づいて来て、マジマジと俺を観察し、高校の時から着ているジャージの生地を引っ張ったりしていたが、K・Y・K・H・Sと胸に刺繍された学校のイニシャルとファスナーに興味を惹かれたようだ。


「これは、西洋の物か?」


 親方様がジャージを摘んで聞いてきたので、俺はズボンの中を覗き白いピラピラした、品質表示のタグを見た。


「中国産ですが、買ったのは日本です。」


 親方様は何やら考え込むようにして、元の場所に戻り、質問攻めにしてきた。


「何故その様な形をしておる?」

「部屋着ですから…。」

「この国の産まれか?」

「はい。」

「髪はどうした?何故にまげを結うておらぬ?」

「長髪は職場で禁止されてますけど、このくらいの茶髪は大丈夫なんで…。」

「…???」


 親方様は俺の言葉が理解できない顔をしている。

 いったいいつ迄こんな茶番をしてるんだよ。

 やっぱ夢だよなあ?


「今宵はここに留まるがよい。」

「ありがとうございます。でも、明日も仕事なんで帰ります。」

「帰れると思うか?」


 親方様は静かに言ったが、その一言はズシンと胸に響いた。

 親方様や猿のオッサンに、殺されるんじゃないかとかって言うんじゃなく、さっきから何度も夢なんだと否定してきた想像だ。

 俺はまた嫌な汗が、ダラダラ流れるのを感じ、膝から崩れ畳に手をついた。


「お前は、いつの時代から来た…?」


 その問いかけに俺は思わず目を見開いた。親方様はその質問の意味が、本当にわかって言っているのか?

 俺が返事も出来ず固まっているのを見て、親方様は何かを恐れているような、それでいて興味深そうな、なんとも複雑な表情で尋ねる。


「こっ、こたえる前にひとつだけ聞いてもいいですか…?」

「うむ、何でも聞いてみるが良い。」

「いっ、今は…、いつの時代ですか?」

「今は弘治2年じゃ。儂は織田信長。」


 弘治…?ってなに?織田信長…?マジで言ってんの?歴史に詳しくないけど(授業ほとんど寝てたから)織田信長は知ってる。名前だけはね。スゲー有名な戦国武将じゃなかったのか…?もしかして同姓同名?

 ってか何でそんな人の前にいるんだよ。やっぱ夢だよ、夢。ありえないって!


「糸里新太、お前は遠い先の時代から来たのであろう…?いつの時代じゃ?」


 親方様は俺の側に来て、俺の肩にトンっと手を置いた。軽くのせられただけのその手は、鉛のように重かった…。


「明日また尋ねるとしよう。今日はもう休むがよい。」


 親方様は部屋に酒を用意してくれていたので、俺はその酒を一気に飲み干した。

 早く酔っ払って、今直面していることを忘れたい。早く眠って目が覚めたら、いつものように仕事に行くんだ。そう悪夢から目覚めて…。



「どうじゃ一晩寝て少しは落ちついたか?」

「…。」


 昨夜より最悪の気分だ。

 目が覚めても、悪夢は続いていたんだから。

 もう現実を受け止めるしかないのか?

 嫌だ!無理だ!まだ信じるもんか!


「新太、着いて参れ。」


 城の最上階まであがると、親方様は窓を開け景色を眺めた。


「そなたも見るがよい。」


 親方様に促され窓辺に立つ。

 眼下に広がる城下。見覚えのある物が何もない町。

 高いビル、電車や車、アスファルトの道、スーツやお洒落な服に身を包んだ人並み、何もなかった。

 その代わり山、田畑、砂利道に連なる木造の平屋、着物を着た人々、そしてその景色はどこまでも見渡せた。

 俺の体から力が抜けていく、精神は崩壊寸前だ。


「ここは尾張の国、清洲城じゃ。そなたが今おる場所じゃ。」


 親方様が今にも倒れそうな俺を、支えながら耳元で言った。

 終わりの国…。俺はここで終わるのか?


 ピロリン、ピロリン、ピロリン…。


 ジャージのポケットから、スマホの着信音が鳴り出す。

 親方様はパニックって俺を突き離し、柱の影に隠れた。

 俺も慌ててスマホを取り出し、応答マークをタップし、スマホを耳にあてた。


「もしもし糸里さん?」派遣会社の担当さんだ。

「はい。」

「今日はどうされたんですか?無断欠勤されると困るんですよ。」

「すみません。いろいろ取り込んでまして。」

「理由はさておき、工場はクビになりましたんで、今後こういう事があると、仕事紹介できませんので気をつけて下さい。」

「はい、すみません。連絡してくれてありがとうございます。本当にありがとう。」


 良かったあー。クビになったけど、タイムスリップしたんじゃなかったんだ。

 織田信長のいる時代に、スマホなんて使えるはずないもんな。なにが弘治2年だよ!今は平成29年だ。


「なっ、なんじゃそれは?!なぜ故そのような物を、耳にあてて喋っておる?」


 もう、親方様ったらしらばっくれちゃって、知ってるくせに。いつまでそんな小芝居してんだよ。


「スマホですよ、スマホ。知ってるでしょ?仕事先から電話がかかってきたんですよ。クビ切られちゃいました。ハハハッ」

「なんと!して誰が誰に斬られたのだ⁈」

「だか〜らあ、俺が仕事先からクビ切られたの」

「案ずるな新太の首はちゃんとついておるぞ。全く其方の言葉はようわからぬな。」

「違うでしょ。働いてた所を辞めさせられたって言ってるんです。」

「ならば最初からそう申せ。で、その『すまほ』とは何じゃ?妙な音がなっておったが、なに故その様な物に話しかけておった?」

「電話やパソコンの機能が付いてる物。つまり遠くの人と話したり文章を送ったり、ゲームや調べたい事を簡単に調べられるんですよ。」

「遠くにいる人間と話す…?文章を送る?その様な小さい物でか?それが誠なら誰かと話してみせよ。そうじゃ猿と話してみせよ。」

「電話番号を知ってる人しか出来ませんよ。じゃあ俺の友達に電話してあげます。」


 俺の友達の中で、一番頭が良い奴を選んだ。

 工藤拓海くどう たくみ。こいつなら歴史にも詳しいだろうから、親方様と話も弾むだろう。

 何度か呼び出し音が鳴った。


 ドサッ、ゴロゴロゴロ…。


 ひっひえぇぇ⁈

 あわわわっ⁈

 親方様と二人で腰を抜かした。


「人が、人が落ちてきたあぁ!」

「そっそなたも同じように落ちてきたのだぞ!新太、いったい何をしたのじゃ⁈」

「親方様の命令聞いて、電話しただけですよ!」


 落ちて来たのは工藤拓海だった。

 急いで駆け寄り拓海を抱き起こした。


「拓海、拓海しっかりしろ!大丈夫か⁉︎」


 頬っぺたを叩くと、拓海は薄っすらと目を開き、自分の力で体を起こした。


「いってぇ、何なんだよ急に…。…ここ、どこ?」

「終わりの国の清洲城だって。」

「ハァ⁈バカッ清洲城は愛知県なんだぞ。東京にいた俺がどうして愛知県にいるんだよ。」

「新太の言っていることは嘘ではない。」

「何この人?なんで殿様の格好してんの?」

「儂は尾張清洲城の城主、織田信長じゃ。そなたどの様にして、ここに来た?」

「新太、何言ってんのこの人?病気?」


 俺は親方様がしてくれたように、拓海を窓辺に連れて行き城下を見せた。

 拓海はただ茫然としていた。その気持ちが理解できるのは俺だけだろう。


「お前も受け入れろ」

「何を…?何をだよ⁉︎お前は俺が何してたかわかってんのか?ゼミで一番人気のマリーちゃんとお茶してたんだぞ!どうしてくれるんだよ!直ぐに戻せ!早く戻せ!」


 拓海は俺の肩を掴んで揺さぶる。

 俺だって戻りたいさ。でもどうしたら戻れるのかわからないんだ。

 だってお前が現れるまで、これが現実だなんて信じられなかったんだから。


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