びびび、びびび

 

 秋穂さんが優等生宜しく授業に出たおかげで、時間が出来たのは幸いだった。俺達不良の三人は授業をぶっちぎって各自の役割に沿って奔走する。


「神出鬼没な奴だから、難しいとは思ってたけど……本当に何処に居るんだよ、あいつ」


 俺の成果は芳しくない。進退窮まる状況だった。


 駄目元で授業中の一年教室に突撃を仕掛けたりもしたけど、案の定って感じで目的の人物の姿は見当たらず、恥をかいただけに終わる。


 もうそろそろ午前中最後の授業が終わる。それまでに何とか決着を付けたいところだ。


「こうなったら、放送室を使って呼び出しをしてみるか」


 放送設備を使って呼び出したりしたら自警団に怒られるとか、秋穂さんに悟られる可能性もあるけど、手段を選んで目的を遂げられなくなるなんて本末転倒だ。


「よし、待ってろルネ美。必ず見つけ出してやる」


 無人の廊下に俺の決定が反響する。そう、そこは無人だった。少なくとも、正面に人は居なかったし、俺以外の足音も聞こえなかったから、今の今までは確実に無人だったと断言できる。


 でも、ね。聞こえちゃったんですよ。


「やめて、ほしい」


 背後からね、つめたーく、透き通った声がね、俺に掛けられたんです。おかしいですよね、誰も居ない筈なのに声がするなんて。


 おかしいんです。しかも高音。これってあれですよね、俺が人類だと認めているものじゃないですよね。虫が這いずりまわったみたいにね、背筋がぞぞぞーってしました。


 空の調べ的な風の悪戯かなー? って、期待したんです。でも、ね? 言うじゃないですか。偶然に必然性を見出すことは愚かなことだが、必然に偶然性をこじつけるのはもっと愚かな事だって。え? 言わない?


「あんまり派手な事に、わたしを巻き込まないで」


 そうこうしてる内に、声は背後の、それも近くから聞こえて来ました。現状から目を背けている場合ではありません。立ち向かうとは行かなくても、せめて敵の正体を知らなければ、ここで散る事になる。


 そんな確信を抱いた俺は、こわいなぁこわいなぁと思いながら後ろを向いたんです。そしたらね、居たんですよ。


「聞いてる、の?」


「聞いてる。今は必死で自分の心を誤魔化してるから、少し時間をくれ……それとなるべく静かに速やかに離れてくれ」


 気を失わなかったのは奇跡か、成長か。仕切りなおして、時間が取れるかを聞くとルネ美は快く了承してくれた。


「快くない。半ば、脅されたような、もの……」


「それとなく心を読むな」


「口に出してた、だけ。わたしにそんな機能は、ない」


 落ち着いて話せる場所に移動する。校舎裏辺りが妥当だろう。到着するや、適正な距離を置いて、本題を切り出す。


「今日は秋穂さんにとって最後の日である事は知ってるか?」


「知ってる。毎日メールを送ってくる、から」


 俺の入部を聞いて不法侵入したって件があるから、連絡を取り合ってるとは思ってたけど毎日か。


「頻繁にメールのやり取りをしてるくらいなのに、ルネ美はどうして部室に顔を出さないんだ? 忙しいのか?」


「すごく、忙しい」


 両拳を胸の前で握って、ムンっと鼻息荒く断言する。悪いけど、忙殺されてる人間には見えない。


「だったら、そもそもどうして終活部に入ったんだよ」


「それを説明すると、長い話になる」


 話したそうにしている印象を受けるし、いいぞと言っておく。あんまり時間を食うようなら中断させるつもりだ。


「二ヶ月くらい、まえ? わたしが廊下を歩いていると、掲示板に張り紙を貼っているあっきーの姿を見つけた」


「『私達は消える為に生まれたのではない筈だ』ってのか」


「当時は『余生を遊び倒そうbyあそ部』だった」


 突き抜けて酷いセンスだった。そのままだったら俺は秋穂さんと出会わなかったな、間違いない。


「わたしはお構いなしに素通りしようとした。忍びもびっくりなくらい気配を絶っていたつもり、だったのに、あっきーはわたしを見て片手を伸ばしてきた」


 俺でも背後に近づかれても全く察知できなかったルネ美を秋穂さんが見つけただなんて、そんなバカな。


「そして、こう言ってきた。『暇なら私と一緒に遊ばないか』って」


 ナンパだった。時代錯誤も甚だしい。


「わたしは反射的に、忙しいって、返事した。そしたら、あっきーは悲鳴をあげて、飛び退った。気づかれてなかった、みたい?」


「じゃあ、誰に話しかけてたんだ」


「予行練習? してたんだって。エア、ヒューマン?」


 誘う相手を間違えている。涙を誘ってどうするんだ。


「そこからは、必死。縋り付かれて、勧誘された」


 エア人間との会話を目撃されて、もはや秋穂さんに外聞を気にする余地は無かったらしい。


「それで、メールアドレス、の交換と、名前を貸す条件を、飲まされた」


 それで幽霊部員の完成か。幽霊部員とは言え、初めての仲間で嬉しかったんだろうな。


「それから毎日メールのやり取りか……大変だな」


 秋穂さんの事だ、送ってくるメールは毎回長ったらしい文章に決まってる。


「そうでも、ない。わたしは、滅多に返事を、しない」


「胸を張ってるけど、誇ることじゃないからな。長文を尽く無視するなんて、血も涙もないからな」


「返事なんて、したら、際限なく返ってくる。読むのも、面倒くさいん、だよ? わたしは、多忙だから」


「物言いが辛辣だから、もうちょっとオブラートに包んでやってくれ」


 まぁでも、あーだこーだ言いながら新入部員への挨拶を怠らない点を見ると、ルネ美はルネ美なりに最低限の活動はしているつもりなんだろう。


「自分のクラスではどうしてるんだろうな、あの人」


 パーソナルスペースなにそれどんな宇宙? みたいな人だから、友好を築いていそうなものだけど。


「クラスでは、大体1人でお勉強、だって」


「あの行動力があって、なぜぼっちなんだ」


「東校に学籍を置いている三年生は消失の影響もあって、あっきーを合わせて5人だけ。うち1人が自警団の団長をしていて、授業がある時間は詰め所に待機してる。そして更に1人が団員で、補佐の為に一緒に詰めてる。他2名はボイコット」


「やにわに饒舌だな! おかげで、分かり易い説明だった筈なのにあんまり頭に入ってこなかったぞ」


「長い台詞に、一々句読点、入れたり、ひらがなを使ってたら、あっという間に文字数制限に、掛かるから。気を、使った」


「何の話をしてるんだ……」


 断片的に耳に残った情報を整理して、なんとか咀嚼する。要はちゃんと登校する三年生が秋穂さんしか居ないって事か。


 人数が少ないなら、他学年と統合とかすればいいのに。体制を変える仕組みがない? ややこしい話になりそうだ。


「わたし、もう行っていい?」


 感情の伺えない無表情を貼り付けて、小首を傾げるルネ美さん。それは困る。


「いや、一番大切な話が終わってない」


「てみじかに」


 用件を話すと、最初は「てんてこ舞い」「きりきり舞い」「はなさき○いが黙ってない」等と渋るルネ美だったが、なんとなく六文字の言葉を声に出さずに口だけ動かすと、不承不承と言った様子で承諾してくれた。

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