毎日がスペシャル!

 

 友人二人の部屋に突撃して、連れ立って部室に向かう行きしなで。


「今日は部長の最後の日だよな」


 後頭部に両手を回して、トトが聞いてくる。


「さよならパーティーみたいなのを催さなくても良いのか?」


「しない。秋穂さんが口酸っぱくいつも通りで良いって言ってたから」


 それに、サプライズパーティーなんてのは事前に計画して行うものだ。今から準備するとなると、用意に掛ける時間だけ、秋穂さん本来のお願いを蔑ろにしてしまう。


「は? ミッツマンだったら、特別な『日常』だとか言って、お構いなしにやりそうなもんだと思ってたんだけど」


「そうなんだな。オレも幾つか貴重な物資を提供するつもりで持ってきてたのに、何だか拍子抜けなんだな」


 ふくちゃんが、自らの秘蔵の食糧を差し出す? 馬鹿な、そんなこと天地がひっくり返っても……いや、あったな。過去、しかも俺が施しを戴いて、おかげさまで命を繋いだ。


 でも、そうか。


「二人は最初からそのつもりだったのか」


「おー。飲み物くらいで大したもんは用意出来なかったけど、昨日の内にこっそり部室に持ち込んで置いたぜ」


 ふくちゃんは手に提げた大きめのビニール袋を揺らしてアピールする。


 しつこいようだけど、嗜好品の類はこの街では大変レアだ。争奪戦が起こる事もままあり、自警団が配給制度を提案する程度に需要がある。


 例え量が用意できなくても、気持ちは伝わるだろう。時間が掛からないなら、却下する理由もない、よな。


「二人は先に行っててくれるか?」


「ミッツはどうするつもりなんだな」


「駄菓子屋に寄って、隠しておいたあれこれを持ってくる」


 暇を持て余して嗜好品の収集に血道をあげていた時期もあって、俺はそこそこのオヤツを確保している。ジュースなんかも結構充実してた。


「どどんと全て持ってくるつもりだ。結構な量があるけど、まぁ一人でも台車を使えば大丈夫だろ。ん? 二人して顔を見合わせてどうしたんだ?」


「その必要は、ないんだな」


「いや、二人にだけそこら辺を負担させるなんて厚顔な真似はしたくないぞ」


 ふくちゃんが菩薩みたいな顔になっていた。何故か嫌な予感に襲われている俺の肩を、トトがポンっと気安く叩く。


「ふくちゃんの言う通りだぜ、ミッツマン」


 ちゃらけたサムズアップを俺に向けて、そいつはいい笑顔で言った。


「その仕事は俺達が全て片付けておいたぜ」


「おいまさか、部室にやったアレとか、ふくちゃんの持ってるソレは元々俺のだったのか!?」


「その推理は正しいぜ、明智くん」


 俺の苦労をさも自分の功績のように騙りやがって、感心した俺の心を返せ。


「あれ、でも、菓子類だけでも両手いっぱいじゃ収まらない程にあ……そういえば、一昨日も俺のコレクションっぽいものが出されてたよな」


「客人に何も出さない訳にはいかんだろうよ、明智くん」


 殴っていいか。いいよな。


「でもまだ残ってる筈だ。そんな袋一枚で底が見えるほど、俺の貯蔵は浅くない」


「美味しく食べさせて貰ったんだな」


「は?」


 耳を疑う。


「ここ数日、駄菓子屋に入り浸ってただろ? その時にな」


「隠しておいたんだけど?」


「見つけたんだけど?」


 拳が震える。朝の陰気を弾き飛ばす程の怒気が、俺の身体にたちまち力を漲らせていく。


「落ち着くんだな、ミッツ。美味しく食べられて、彼等も本望だったんだな」


「自分の都合をモノに押し付けるなっ」


 ふくちゃんの腹部に渾身の拳がめり込む。顔じゃないのは最後の慈悲のつもりだったのに、俺は常識はずれの弾力による反作用で数メートル弾き飛ばされて後頭部を打った。もうやだ。


 部室には既に秋穂さんが来ていた。いつもの席に座ったまま、いつものように迎え入れられる。


「おはよう。足音が不規則だと思ったら、全員一緒だったんだな。私だけが仲間はずれか。ふ」


「秋穂さんの登校が毎回早過ぎるんだよ」


 全員で仲良くおはようの挨拶を済ませて。


「今日も授業をサボるのか?」


「いや、今日は出席しようと思っている」


 連日に渡って自主休学をしていたのに、今更どんな風の吹き回しなのか。もしかしたら、それは秋穂さんなりに名残を惜しんでいるのだろうか?


「そうか。それじゃあ、放課後の予定は?」


「ここでラジオを聞きながら、君達と四方山話に興じられたら最高だな」


 そう言って、秋穂さんは俺たち一人一人の顔を見た。


「君達の予定を聞いても?」


 トトが身を乗り出して答える。


「俺達の放課後の予定は、ここで部長と楽しい時間を過ごす事っす!」


 秋穂さんはその勢いに気圧される様子もなく「そうか」と、淑やかに笑みを浮かべた。


 朝礼の時間が迫ると、学年の違う秋穂さんとは別行動になる。部室で解散して、廊下を男三人で歩く。


 秋穂さんの願いと俺の迷い。


 俺の懊悩は明日になっても続くけど、明日に秋穂さんが居ないなら今はどちらを優先すべきかは明白だった。


 すべき、じゃないか。したいんだ。ちゃんと、見送りたいんだ。


「決めた。今日は──」


 その場かぎりでしかないけど、迷いが晴れる。


「──特別な日常にしよう」


 二人は返事の代わりに俺の背中を叩いた。

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