開閉自在

 取材という目的から明らかに逸脱した談笑で時間を貪る。能天気で他愛ない話だらけだと言うのに、秋穂さんにとっては明後日が終われば消滅だと言うのに、全員が全員、馬鹿みたいに笑っていた。


 話の継ぎ目に視線を動かすと、窓の外が真っ暗になっていて、ふと時計を見る。道理で、外が暗いわけだ。


 俺と同じで韋駄天気取りの時計の針に気付いた秋穂さんがあっと声を上げた。


「もう、こんな時間か……楽しい時間は過ぎるのがあっという間だな」


 同意して、ふふふと微笑を零す雨音さん。トトがその横顔に釘付けになっていた。杏樹一筋だとか口にしててもこれだもんな。


 そう思い浮かべて、ここに不在のあいつの事が気がかりになってきた。濃厚な軽蔑を込めた視線でトトを一瞥してから、秋穂さんの方へ顔を向ける。


「秋穂さん達はまだ話しこんでいくつもりか?」


「そうだなぁ……雨音さんはこの後はどうするつもりなんだ? と言うよりも、結構な時間を付き合わせてしまったが、大丈夫なのだろうか」


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫! 元々適当な家屋を見つけて、そこで一晩を明かすつもりだったから」


 駄菓子屋の辺りをうろついていたのはそれでか? なんて勝手に関連付けている間に、トトが何を思ったのか妙な事を口走る。


「だったら九葉ちゃんさえ良ければ俺の部屋に泊まってかない?」


 いいわけあるか。トトの明らかに血走った瞳に気おされながらも、とりあえず笑っておけ技を繰り出す雨音さん。ドン引きされてるぞ。


 フォローを入れるべきかと悩んでいると、秋穂さんがうんと頷いた。


「都徒くんの提案には一理あるな」


「何を言っているんだ秋穂さん」


 流石に静観はしてられず、口を挟む。


「今のトトと雨音さんを二人きりにしたら色々と不味いぞ。お互いの精神衛生上、とても宜しくない」


「誤解を招く言い方だったな。雨音さん、今日は私の部屋に泊まっていかないか? 予備の布団ならあるし、食事も用意できる。不自由はさせないと思うぞ」


「あっ、そういう意味だったんだね」


 雨音さんは余裕がなかったのか、憚ることなくホッとしていた。トトはがっかりしている。救いようがない。


「お言葉に甘えていいかな」


「大歓迎だ」


 そういうことで、まだ部室に留まる方向で話がまとまる。


「俺は一度部屋に戻るよ。なるべく早く戻ってくるようにするけど、解散する場合は一報をくれると助かる」


 割と全力疾走で寮まで戻って一階の施設で食材を調達してから部屋に向かう。


「杏樹の部屋に明かりは点いてない、か」


 とりあえず自室に入り、必要なものだけを抽出したら戦利品を冷蔵庫にしまい込んだ。


 いつものように短時間で手軽な料理を作って机に並べる。出来栄えはまぁ及第点だろう。手が込んでるわけじゃない、可もなく不可もなくだ。


 異物混入防止の為、清潔な布で蓋をしたら外へ出て、隣の部屋の扉をノックする。


「杏樹、居るか?」


 しばらく待ってみるも、返事はない。ただ単純に寝てるだけかも知れないけど、昨日の感じからして俺を避けてる……というか、もっと適切な言葉で表現するなら拗ねてる。


「そっちがそのつもりなら、俺にも手があるからな」


 ポケットから取り出したるは鍵。俺の部屋のともう一つが一緒にぶら下がっていて、当然その一本は目の前の部屋の鍵だ。


 杏樹が俺の部屋の鍵を我が物顔で使用しているように、杏樹の世話を引き受けているという立場上、俺も合鍵の所持を許されている。


 解錠して扉を開け――手が入るよ、ぐらいの空間を開けた所で大きな抵抗が生まれた。


 閉める時はすんなり行くのに、決まった間隔まで開けるとそれ以上の隙間を許してくれなくなる機構が使われているらしい。


「俺の突入を見越してチェーンロックまでしたのかよ」


 徹底してる。ただ、これで杏樹が居留守を実行している事が判明した。だったら、他にやりようがあるというもの。扉の隙間に足を挟んで部屋の中に声が入りやすいようにする。


「いつまで拗ねてるつもりなんだよ。そんなに俺が他の第二種人類を家族って呼んだのが嫌だったのか?」


 後が怖いけど、放っておくともっとこじれてしまいそうだから、多少強引にでもココロのシャッターをこじ開けるとしよう。


「杏樹ちゃんは独占欲が強いな。そんなに可愛い事をする奴だったっけ、お前」


 見え透いた挑発を投げかけていると、部屋の奥の方から物音がした。


「いや、そういう奴だったな。俺が思い通りにならないと直ぐにいじけてたっけ」


「誰がいじけてるというのよ」


 釣れた。知ってたけど杏樹は煽り耐性が全くない。扉の隙間からお馴染みの仏頂面が覗いてきた。


「お前だよ」


「目が腐ってるのではないかしら? 私はただ一人になりたかっただけよ。最近は特に騒がしかったから、貴方と違って繊細な私にはそういう時間が必要なのよ」


「そーか。杏樹の分の食事も用意出来てるから、来いよ。どうせ昨日から何も食べてないんだろ」


「なにかしら、その子供の言い訳を聞き流すような対応は……一人で食べる夕飯が寂しくて私を呼んでいるなら、素直にそう言ってはどうかしら?」


 と、挑戦的な流し目を向けてくる杏樹さん。大人の俺が取るべき対応は一つだった。俺は真剣過ぎて神剣になっちゃうんじゃないかってぐらいの瞳で杏樹の双眸を真っ直ぐ見つめ、開口する。


「じゃあ、素直に言う。俺は、杏樹……お前と食卓を囲みたいんだ。だって俺達、家族だろ」


 杏樹は一瞬唸りはしたが、往生際が悪く余裕の表情を取り繕ってしまう。


「そう。ようやく素直になったわね。まぁ、素直になったからと言って、私がその要望を飲み込むとは限らないのだけれど。それに、家族であれば貴方には他にも居るでしょう?」


 疑い半分だったけど、本当にそれで拗ねてるのか。


「こんなことをしてる間に、どんどん料理が冷めていくぞ」


「あら、別に構わないわ。私は私で、適当に済ませることもできるのだし」


 と、己の優勢を嗅ぎとって喜色満面に杏樹が宣言した所で折よく、きゅーっと誰かさんのお腹の方の虫が鳴いた。


「でも、貴方がそこまで言うのなら仕方ないわね。今晩はご相伴に預かってあげましょう」


 言ってない。けど、せっかく開いた扉を閉めに掛かるほど馬鹿ではない俺は見ざる聞かざるになってあげた。


「なによ、その笑みは。屈辱だわ……」


 人間、背に腹は変えられない。杏樹と一緒に食卓を囲む。杏樹は用意していた三人前を俺の分ごと臓腑に送り込んだ。

 

 それですっかり元通り、とは行かないけど、餌付けできただけ良しとする。皿を洗っているとメールが届いた。


 タオルで手を拭いて内容を改める。差出人は秋穂さんだ。今日は解散する旨が記されていた。


 二次会は男子禁制の女子会だそうで、一応杏樹にもお誘いがあったけど、杏樹は一刀のもとに切り捨てて自分の部屋に帰っていった。


 一通りの家事を片付けたら、日課のメールを送って一段落付く。


「せっかくだし、また自分と向き合ってみるか……」


 この世界を生きてきた俺が心から求めているものは何か。


 生きていた、その証明を残したいと思ったのは確かだ。


 でも、もしかしたら、その願望は根本的に間違っているのかもな。


 死にたくないから生きてる。一度は否定したけど、俺の願望は所詮、その延長でしかないのだろうか。


 消滅<ロスト>による歴史の否定を言い訳にして、俺は自分の死から単純に逃げていたんだろうか。


 生まれたからには何をしてもいずれ死ぬ。結末は変わらない。綺麗な花を開かせても、枯れておしまい。死という結末だけは、絶対だ。


「俺の消滅まで、あと23日か」


 一週間。それは『もう』とするべきか『まだ』とするべきか悩ましい時間経過だ。


 俺の寿命は刹那ごとに消費されている。それを自覚すると、『もう』と思う。でもこの焦燥は、それだけが理由じゃない。


「秋穂さんの消滅まで、あと2日」


 なんとなく、秋穂さんの消滅までに何かしらの進展を見せたいと思った。

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