相性なんてものは幻想だと何度言えば解るんだ!
もう喋っちゃおうかなと逡巡していると、不意に雨音さんが人差し指を自分の口の辺りに向けて指して小首を傾げた。
これはもしかして、話してもいいか尋ねているのか? とりあえず頷いてみる。すると、雨音さんは固く閉ざしていた唇の封をほどいた。
「ぷはぁ……私が聞くのもなんだけど、今の何の時間だったの?」
「俺が聞きたいくらいだ。初対面の人間と無言で見つめ合う時間なんて、息苦しいなんてもんじゃない」
「ごめんね。私、男の子がちょっとだけ苦手で……緊張してたの」
苦笑しながらのそのカミングアウトは、俺に僅かながらの親近感を抱かせた。
会話のキャッチボールを放棄して、先程の重苦しい沈黙に戻るのも避けたかったから、言わなくても良いことを口にする。
「俺も実は異性に対して苦手意識がある」
本当は嫌悪感だけど、これから接待が必要になる相手に不用意な発言は自重しておく。
「そうなんだ。奇遇だね? だからかな? この距離感での会話に何も言わなかったのは」
「これでギリギリだな。あと一歩でも詰められてたら、それに文句を言ったと思う」
「ふふふ、私もこれが限界」
表向きは和気藹々として、混沌に秩序が戻ってきた。そろそろ話を進めてもいい頃合いか。
「それで、さっきは何を言おうとしてたんだ?」
「私もちょうど、そろそろその話に持っていこうと思ってたの。相性ぴったりだね?」
ヘドが出る。普段なら、そう一蹴する所だけど、その他愛ない冗談を受けて、柄にもなく悪くないと感じている俺。
「私が聞きたかったのは、君の名前なんだ。私は最初の方に名乗ったけど、君の方は聞いてなかったから」
「そう言えば、そうだったな」
名前、か。秋穂さんと初対面の時は混乱して偽名を口走ってしまったけど、本名を知られても悪用のしようがないし、ここは正直に名乗ろう。
その思考の隅の方で、秋穂さんにも俺の本名を告白しないとなと今更ながらに思った。
「土岐
「みつひ、くん……?」
不自然な間が開く。というか、いきなり名前で呼んでくるとは、雨音さんは本当に男が苦手なのだろうかと疑いたくなってくる。
「光に火曜日の火と書いてミツヒだけど、それがどうかしたか?」
「あ、ううん! 少し珍しい名前だと思って。ごめんね、気に触っちゃったかな」
「いや、別に謝ることじゃないだろ。その程度の事を一々気にしてたらハゲるぞ」
「ハゲません。とりあえず、これで私からの質問はおしまい。光火くんの方からも何かあるんだよね?」
何だかはぐらかされているような気もするけど、問い詰める程の話でもなさそうだ。ここは相手の意向に従う事にする。
「ああ。用事があるって言ってたけど、遠路遥々この東区画に何の用向きがあって来たのか聞いてもいいか?」
「えっと、光火くんがその話を聞いてどうするの?」
びんびんと警戒が伝わってくる。そりゃそうか。多少フィーリングが合っていたのだとしても、雨音さんと俺は初対面の異星人同士なんだから。
「一昨日のラジオの放送の後に『終活部』に取材依頼のメールを送ってただろ? それに関連してる用事なら、案内の役を俺に買わせて欲しいんだ」
「そうなんだけど、うぅん……? その話を知ってるって事は、もしかして光火くんは『終活部』に所属してるのかな?」
「次期部長らしい。差し支えなければ案内させて欲しいんだけど、どうす……る?」
そこまで言って、雨音さんに凝視されている事に気付いた。しまった、がっつき過ぎたか? いや、そもそも。
「悪い、男が苦手だったよな」
「あっ……違うの、ごめんなさい。こんなに動物に好かれてる光火くんが悪い人の筈がないよね」
悪い人だけど。って言いたい。けど、我慢する。そんな事を正直に告げたって誰も得をしないのだから。
「お願いしても、いいかな?」
「ああ。俺の存在を賭して、部室まで全力でエスコートしてみせよう」
「ふふふ、大袈裟だよ」
俺も大分第二種人類の扱いがこなれてきた――気がする。それとも、雨音さんが接しやすい人柄をしてるからだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます