杏樹が翻弄されるだけ
秋穂さんは顎に手を当てて、考える素振りをする。
「真実を包み隠さず、誠意を以って伝える。手分けして一人一人訪ねるくらいがちょうどいいだろうか」
いっそ清々しい程の真っ向勝負の提案に、杏樹だけじゃなくて俺も唖然とした。
「言わないように我慢したけれど、もう限界だわ。貴方、バカじゃないかしら。馬鹿正直に正しい行いをすれば、必ずしも報われるわけではないのよ?」
杏樹も清々しい奴だった。背中から黒いオーラを立ち上らせて、秋穂さんを睥睨するその眼差しには、呆れが色濃く映っている。
「ば、バカだと……」
その物言いに一度は怯んだ秋穂さんだったが、すぐに凛とした表情を取り戻して、杏樹の視線を受け止めた。
「正しいことをして報われない。その仕組みがそもそも可笑しいだろう? 明智くんが自警団にしてみせた事を、今度は全員ですればいいんだ」
「ミツヒデがしたこと?」
「頭を下げて頼み込んだ。自警団の面々はその誠意に応えた!」
確かに、あの時。自警団は主犯格の疑いのある俺の言葉を信じてくれた。
信じて裏切られれば命だけではなく、街ごと巻き添えになる可能性もあったのに。
信じなければ、事件が長引くだけで、命が脅かされる危険は低かったのに。
「なんて詭弁なのかしら。あんなの、街を守るって言う正義感に燃える自警団だから通じたようなものよ。他の大体の人間は、真っ先に保身を考えるわ。情に訴えかけたって少しも通用しないのよ」
杏樹の言う事は正しい。俺も、そう思うから。
「だからこそ、だ。通用するまでやり通す。自警団は応えることが出来たんだから、その資質は誰にでも備わっていると私は思うんだ。間違っているか?」
「可能性はゼロじゃないってだけね」
吐き捨てる杏樹だったが。
「ありがとう」
何故か秋穂さんはそこでお礼を言った。
「よし。杏樹くんがゼロじゃないと認めてくれた。ならば、それを引き出せるように努力しよう。明智くんを犠牲にするより、この街を衰退させてしまうより、そっちの方がよっぽど楽だからな」
遺物を守り、存続させる事しか能が無い俺達。
新しく何かを作り、繁栄させて行こうとする生者。
バカなのは多分、俺達だ。
「身内ですら容赦なく取り締まる。それはともすれば美点だろう? そこを上手くアピール出来れば、溜飲が下がると思うのだがどうだろうか」
混迷の時代では生きられなかったかも知れないけど、秋穂さんは決して劣ってなんかいない。
秋穂さんは……その名の通り、黄昏にこそ輝く稲穂のような人だった。そして、長い夜が明けていく。
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