※この物語はフィクションです
万が一に備える必要は在るということで、自警団の人員を二名ほど寮に残す事にする。
それでも戦力は13名。数の上では3倍以上の有利がある。
人質の条件を生かしておいた方がお互いの為になると考え、その2人に秋穂さんと杏樹を預けておいた。
俺達に何か不測の事態が起こったとしても、悪いようにはならないだろう。あの男の論理だと、俺が主犯格なら二人も被害者になるからな。
居残り組には、例の男が立候補したが――。
「俺を敵視してるなら、間近でしっかり監視してた方が安心だろ?」
――俺が蹴ってやった。準備を5分にも満たない時間で済ませて出発する。この人数になると、流石に足音は殺せない。速度を重視して歩く。
そうだ。決戦の前に、確認しておきたい事があった。先導をふくちゃんに任せ、歩調を緩めて団長と呼ばれている男の横に並ぶ。
向かい側には月日さんが居たけど、ワンクッションがあるから100人居ても大丈夫だ。駄目だな。
「土岐か。どうした?」
二人で話をしていたようだが、俺の方を優先してくれた。
「脱走した狂乱者で危険な奴が居るなら、詳しく教えて欲しいんです」
多勢に無勢が通用しない場面があったり、滅茶苦茶な人間が少なからず存在する。例の男と2人で調査に出た時、俺に最後まで気配を悟らせなかった者が居た。
最初からあの場に居なかっただけかも知れないけど、楽観視は命取りになりかねない。先刻、ルネ美に出し抜かれそうになったばかりだ。
協力体制が完成している今なら、情報の共有を渋ることはないだろう。
「危険思想を抱いているという点では、全員が当て嵌まるが、特に厄介なのが一人いる」
「大上
月日さんの答えに団長が頷く。その人物が要注意なのは、自警団一同の共通見解らしい。説明を月日さんが引き継ぐ。
「彼女は存在を悟らせない能力が突出しています。常人であれば恐らく真後ろまで迫られていても気付けません」
ルネ美を想定してみる。希薄な気配だけが問題なら、そうだな。
「初撃を凌いで、後は数名で見失わないようにすれば大丈夫だよな」
「それだけじゃないんです。何と言いますか、彼女は……冗談だと思うかも知れませんが、相対する者の思考を読んでくるんです」
「エスパーか」
「エスパーです」
団長を挟んで向こう側から、月日さんが真剣な顔を覗かせてきた。本当に冗談じゃないらしい。
団長の表情を見ても、冗談めかしている様子も無く。思考を読んでくる……それは自警団の共通見解みたいだ。そうなると、まず気になるのは前例か。
「どうやって捕まえたんだ?」
「それが不可解で……彼女は彼――峯田くんに連れられて、自首してきたんです」
月日さんの視線の先には、俺を敵視して止まない男が居た。それが精鋭に選ばれた実績の一つだったのだろうか?
「説得したと言っていましたが、内容については詳しく語ってくれませんでした」
「なんにせよ、自首してきたのに逃げたって事は、もう同じ要領で説得するのは難しいだろうな」
それほど牢獄の居心地が悪かったのか、あるいは――何らかの手段で、こうなる未来を予期していたのか。
「思考を読む事について、具体的に解っていることは? 所要時間とか、範囲とか」
そこら辺が解れば、手の打ちようは幾らでもある。
「そう、ですね。時間はほぼノータイムです。大上さんに認識された瞬間に考えている事、それに紐付けされている記憶まで読まれているように思います」
対面したらアウトなのか。心理学、精神学に精通しているというワケでもなさそうだ。もし本当であれば、超能力と表現した方がしっくり来る。
「一度に読み取れる人数的な制約はあるのか?」
「ごめんなさい。解りません。当時の話になりますが、彼女一人に対して10名程で捕縛に挑み、数で押し切ろうとしました。ただ囲んで殺到するだけの作戦と呼べるようなものでは無いからこそ、通用すると思っていましたが……」
あの男が説得して自首をさせたって結末があるのだから、各自行き当たりばったりの波状攻撃は失敗しているのだろう。
「思考を読むまでの時間がほぼノータイムらしいからな。穴さえ潰せれば人海戦術は有効な手段だと思うんだけど」
事前の意思統一は読まれておしまいだ。思案に耽っていると、自警団の2人が俺を凝視している事に気付く。
「なに?」
「あの……私、結構、突拍子もない話をしているのに、疑問に思わないんですか?」
「いや、まぁ。何処のフィクションの話だよ、とは当然思ったりもしたけど。ここで嘘を吐いたって、誰も得しないだろ」
それに、何でもかんでも疑ってたら疲れるだけだからな。そういう相手は選んでるつもりだ。
豊かな想像力や危機感は身を守る鎧になるけど、残忍な刃となって自らを引き裂く事もある。
誰かを信じたいから疑う。傷つきたくないから疑う。信じられないから疑う。そうやって、身を滅ぼしてしまった人が沢山いる。
他人の胸中の真なる所は秘されているもの。見ても、聞いても、考えても、その深奥に至る事は不可能だと思う。
心を覗き見る。そんな能力があれば、俺達は疑わずに生きていけるのだろうか。健やかに、生きていられたのだろうか。
心の奥底に沈めたこの醜悪な感情を育てる事は、無かったのだろうか。
大上来常の対策を話し合ってから、先頭のふくちゃんに合流する。
「大分、方向転換してるみたいだけど、やっぱり相手も移動してるのか?」
「二度移動したみたいだな。でも、そろそろ衝突しても可笑しくないぐらいに近づいているんだな」
その旨を団長さんに報告してから、ふくちゃんにも今回の遭遇戦の概要を伝える。
作戦と言っても、内容はシンプルだ。大上来常を後回しにして、まずは数を減らす。大上が一人になったら、総出で取り掛かる。それだけ。自警団の方も既に認知が済んでいる頃だろう。
「思考を読むなんて、にわかには信じがたいんだな」
その点だけ、ふくちゃんは懐疑的だったが。
「仕掛けがあるにせよ、思考を読まれるかも知れないと心構えをしておけば、ある程度は覚悟出来る事もあるだろ」
そう説得したら、納得してくれた。ちょうどその時、ふくちゃんが手に持っている携帯端末が振動を発する。数度のタップ。そして。
「向こうが此方を捕捉して、足を早めたんだな。逃げに徹するみたいなんだな」
どうする? と、その顔が問いかけてきた。
「二手に別れて挟撃しよう」
状況開始だ。
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