セロムしてません


 ある場所に情報収集に出ている杏樹の報告を聞いて、俺達は次の手を打つことにした。


 秋穂さんとふくちゃん、それに拘束された脱走者を部屋に残して、単騎で寮の外に向かう。


 外に続く出入口が固く閉ざされたエントランスでは自警団の構成員一名が待機していて、同じように一階の各所には一定の距離を開けて警備が配置されている厳戒態勢だった。


 打ち合わせ通りに一階の角部屋から寮を脱出する。荷物さえなければ、事前情報なしでもそう難しくはない。


 寮の表側に回ると、エントランスから堂々と出てきた馴染みの男と遭遇した。


「土岐光火。こんな時に、何処に行くつもりだ?」


 自警団のあの男だ。小型のショルダーバッグを背負っていて、何かを内部に着込んでいるのか、制服の装いが若干着膨れしているように見える。


「巡回だよ、巡回。勝手にやるって言っただろ?」


「……チッ」


 舌打ちされた。毎度の事だけど、俺に対する態度が悪すぎる。


「それで、そういうお前も巡回か?」


「答える必要はない」


「俺は答えたのに、フェアじゃないんだけど。仮にも正義を謳う組織の一員がそれってどうなの?」


「チッ。つくづく気に障る男だ」


 お前の態度が軟化してれば、俺だってここまで偏屈な態度を取りませんでした。


「…………」


「…………」


 睨み合いの時間が続く。沈黙を破ったのは相手の方だった。


「お前の手駒が脱走者2名を捕らえたそうだな」


「手駒じゃなくて、友人な」


「どちらでもいい。脱走した狂乱者の数が5名に減少した事を受けて、寮の安全確保以外にも割ける人員が出来た」


「へぇ」


 実際は4名になってるんだけど、相槌を打っておく。


「よって、その余剰人員に精鋭を当てて敵方の潜伏先の捜査に回す事にした」


 各個撃破の危険と隣合わせだけど、単独なら相手から発見される可能性が減る。


 もし上手く行けば、この一連の騒動を沈着させる有効な方法になるとは思う。ただ、不安要素があるとすれば。


「精鋭って、お前の事か?」


「……ああ」


 初対面の時を思い出す。俺があの一触即発の場面で、この男に抱いた感想は――。


「別に、当て付けだとか、バカにしてるわけじゃないんだけどな、俺にはお前が精鋭だなんてとてもじゃないけど思えない」


 ――少なくとも戦闘面においては大した男ではない、というもの。


 立ち居振る舞いを見ても、この男には柔軟さが足りないような印象を受ける。


「元より、お前の意見など聞いていない」


 すげなく一蹴された。まぁ、あそこから会話を発展させていったら不快な内容になるのは想像に難くないだろうし、妥当な対応だな。


「そうか。それじゃ、俺はそろそろ行くよ。身内同士で睨み合ってても時間の無駄だし」


「お前と一緒くたに纏めるな。繰り返すようだが、お前への嫌疑はまだ晴れたワケではない」


「だからなんだって言うんだよ。俺の警備でも続けるのか? せっかく空いた手を使ってまで?」


 俺の言葉に、自警団の男は突然黙りこんで考える素振りを見せる。そして。


「……そうだな。そうしよう」


「は?」


 俺、呆然。


「暫し待っていろ。他の者に話を付けてくる」


「その前に説明を要求したいんだけども」


 その要求は受付すら通されずに虚空に飲み込まれて、消えた。


 自警団の男は俺を取り残して素早くエントランスへ行き、そこの者と二三言交わしてから、携帯端末で誰かと連絡を取る。


 そして、携帯端末を弄りながら戻ってきた。で。


「行くぞ」


 やにわに命令される俺。


「いや、だからな、説明してくれって。行くぞって何処に?」


「ちっ、要領の悪い男だな」


「そろそろ闇に乗じて背中からばっさり行かれても文句言えないからな、お前」


「俺の捜査に同道しろと言っているんだ。これには監視を兼ねている。拒否をするなら、重要参考人とみなしてお前の身柄を確保する」


 単独行動では無くなり発見されるリスクは増す。けれど、注視点が広がる分、上手くすれば危機回避能力は単独を凌ぐ。


 ただ、俺が本当に敵だったら、危険度は遥かに増す。自分で手を下すことも出来れば、誰かを呼ぶこと出来る。


 自分の提案に致命的な破綻が根付いていることに、この男は気付いているのだろうか?


 いや、先程の仲間とのやり取りで、この男が失踪した場合、俺の容疑が固まるように根回しでもしていたら話は別か。もしそうなら、俺を主犯と断定する為に身体を張っているとも取れる。


「一人が心細くて俺の力を借りたいなら素直にそう言えば良いのに」


「お前の力などアテにすると思うか? 迅速に行動するぞ。精々、足を引っ張る事だけは無いようにしろ」


「結構好き放題言うよな、お前……」


 自警団に追われる身になるのも吝かではない気持ちを鎮めながら、俺は男の後を追った。


 捜査に出るメンバーは精鋭だと言っていたけど、やっぱりこうして共に行動していると、男には粗が目立つ。比較対象がトトだからだろうか?


 戦闘は残念でも、索敵能力だとか情報収集能力とかで秀でてるのかとも思ったけど、そうでもなさそうだ。


 このレベルで精鋭なのか、あるいは実績があるのか。俺は何様なんだ。


 凡そ百メートル間隔で設置された街灯の明かりを頼りに、仄暗い路地を男二人で慎重に進む。


 会話はない。ハンドライトの類は点けない。そんな事をして、わざわざ自らの居場所を実質的に喧伝するのは論外。


 立ち並ぶ民家だった建物達。その一軒一軒を精査したりはせず、脱走者が潜む街を緊張感を維持し続け練り歩いていく。


「…………」


 前を歩く男の肩を掴む。建物と建物の間の隙間に、何かが潜んでいる気がした。蠢きと言うか、それは微かな違和。


 けれど、俺の経験が警鐘を強烈に打ち鳴らしている。動きを止めて、周囲を具に見回す。


 ――不味いな。


 先程まで誰も居なかった空間に人影を見つけてしまった。ゆっくりと此方に近づいてきている事から、相手はやる気だ。


 同行する男もその存在を視覚したようで、腰を低くして戦闘態勢に移る。その傍らで、横目で俺を睨み上げてきた。


「お前、敵と密通してるのではないだろうな」


 この期に及んでまだそんな妄言を吐くのか、こいつ。そろそろ言い返したい所だけど、あいにく問答をしてる暇はない。


「分が悪すぎる。逃げるぞ」


「相手は一人だろうが。ここでこいつを捕えれば、脱走者は残り4名になる!」


 でかい声で訴えてくる。声量を抑えような。後の祭りだけど。


「単独じゃ無いんだよ。向こうは恐らく総出だ」


 進行方向に違和感となった一名が。左方にもう一名。そして徐々に距離を詰めてきている一名と、気配を悟らせてくれないけど、この状況ならもう一名も何処かに隠れていると考えるべきだ。


 空白である右側に逃れるべきか? いや、ここは。


「安全地帯から離されればジリ貧になる。来た道を戻ろう」


 初手から獲物を捕りに掛かるのではなく、初手で優位を築き、次第に追い詰めていく。狩人の常套手段だ。


 俺が身を翻して駆け出すと、自警団の男も俺に続いた。此方の挙動を受けて、後方になった待ち伏せの者も姿を見せて、追いかけてくる。


 行く手を遮る者は一人。道幅は広く、両端に寄れば何方かが横を抜け事が出来そうだ。


 走力では此方が勝っている。牢獄での生活で身体が鈍っているのか、飢えで体力を失っているのかは定かではない。判断は一瞬だった。


「俺が囮になるから、お前は逆側から抜けろ」


 前を走る俺が、まず左端に寄る。


「く……っ」


 お前の指図なんて受けない、みたいな事を言われるかと思ったけど、男は素直に俺の言葉を飲み込んで後方に付いた。


 懸念があるとすれば、自警団の男がヤケを起こさないかどうか、だけど……この分ならその心配なさそうだ。


 対象までの距離が五メートルを切ろうかと言う時。



「釣れた」


 相対する敵が左側に移動したのを見て合図をすると、自警団の男が右側に寄る。


 あとは、俺は俺で正面の敵を立処に退けて、そのまま寮まで逃げ切れば『詰み』だ。そう思っていたのに。


 あろうことか、正面の敵は身体のバネを使って自警団の男の方に飛びかかった。


 二兎は追えない。ならば確実に一匹を捕るべきだ。この場合、俺だけを狙うのがセオリーだ。


 何故? 思索に及ぶ暇はなく、すんでの所で自警団の男に手が届いてしまう。


「ぐ。この……はな、せッ!」


 幸い、武器になるものは所持していなかったようで、その手は自警団の男が背負った荷物を掴んでいた。


 追跡してくる敵は直ぐそこまで迫っていて、これ以上の時間のロスは致命傷だ。


「これがそんなに欲しければくれてやるッ!」


 自警団の男は荷物の放棄を選択した。賢明な判断だろう。暗闇を全速力で走る。


敵は諦めたようで、追いかけてくることは無かった。待ち伏せの気配もない。安全圏である寮の付近まで逃げ延びた所で、尋ねる。


「あの荷物の中には何が入っていたんだ?」


「どうしてそんな事を気にする」


「貴重な武器や道具が入っていたのなら、注意が必要になるだろ」


「そういうことなら、心配ない。鞄の中身は懐中電灯やロープ等の小道具だけだ」


「なら、いい」


 寮の前で自警団の男と別れた。寮の入り口を照らす街灯から離れて、なんとはなしに空を仰いで、ぼーっとする。


 星が綺麗だった。だから、吐き捨てずにはいられない。


「下らない」

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