ちょうどミート

 警報が鳴ってから、ちょうど30分程度が経過した頃だろうか。俺はトトを連れて、学校に移動していた。


 しんと静まり返った敷地内を警戒しながら慎重に進む。月明かりだけで、先まで見通すことが困難な中で頼りになるのは聴覚だ。


 自警団の構成員がここを後にしたばかりだと言うのは『把握』しているから、もし誰かが居たとすればそれは十中八九敵だろう。


 道中は恙無く、目的の場所に到達した。


 誰か居る。ガサゴソと頻りに音が立っている。直前まで自警団が巡回していたのに、行動が早い。付近で様子を見ていたのか?


 数は、一人? いや、二人か。だったら、長考は無用だ。トトと目配せをして、まず俺だけが足音を殺して忍び寄り。


「ぅ――ぇ――」


 気配を悟らせない限界距離まで接近したら、一気に肉薄して首を締める。じたばたと藻掻かれれば、擦過音程度では収まらない。


「ん、どうし……た? お前ッ!?」


 異常を察知した一方の男が俺の陰を捉えた。不明瞭な視覚でも黒い物体が猛然と此方に突進してくるのが解る。


 その手からは棒状の何かが伸びていた。凶器だろう。そのエモノが横薙ぎに振るわれようかと言うタイミングで、エモノの到来を息を殺して待っていた獣が飛びかかった。


 虚を突かれた相手は背後からの重い一撃を受けて、致命的な隙を曝す。衝撃で手から離れた何かが、ザスッ! なんてオノマトペを発して床に突き刺さる。


「刃物だったのかよ……」


 こわっ。すかさずマウントを取ったトトが男の意識を刈り取るまで、そう時間は掛からなかった。


「これで後は5人か。大収穫すぎて、反って不安になるな」


 手近な所にあったビニールテープで脱走者と思しき二人の男を徹底的に縛り上げる。


 目的だけ果たしたら撤退するつもりだったから、想像していたよりも遥かに容易に想像以上の戦果を得られた。


「ミッツマン。そいつら、どうするんだ?」


「そうだな……」


 これからの事を思えば――してしまった方が楽なんだけど。


「約束しちゃったんだよな」


 相手に消滅が控えていなければ、迷わなかったんだけど。


「時間が勿体無い。とりあえず連れて行こう」


「りょーかい」


 油を撒いていたトトが赤いタンクを放り投げる。俺が二人の男を引き摺って外に出すと、その建物はまもなくオレンジ色の強烈な光を発し始めた。


 人が生きていく上で必ず必要になるもの。それは食糧だ。


 混迷の時代では、それを巡って命のやり取りにまで発展する――なんて事が日常茶飯時だった。


 ちょっと人里を離れれば、そこには勢力を拡大させた野山が広がっている。


 そこには食べられるものが沢山あるだろうし、狩ろうと思えば獣もいる。


 だが、この街にはセントラルで生産加工された、俺達の味覚に最適化された文化的な食べ物がある。購買には惣菜。寮の一階には惣菜以外にも材料まで揃えた施設。


 杏樹曰く。


『美味しい物が手の届く所にあるのに、我慢して不味い物を食べたいと思うかしら?』


 彼等は確実に一方にやってくると踏んだ。だから、俺達は片方を焼失させてしまう事にした。


「これで、自警団だけじゃなくて住民達にも大バッシングを受ける事が確定したな」


 既に遠く離れた澄色の光を眺めて、トトが笑う。俺はトボけた顔をして言ってやる。


「違うだろ。俺達は散歩をしていただけだ。そして、その散歩中に不審な二人組に襲われた。あの火事については何も知らない」


「うわ、汚ね」


「まぁ。別にバッシングを受けるくらいなら、良いんだけどな」


「なんで?」


「購買が燃えた事が問題になる程度で、一連の騒動に決着が付くなら、それが重畳だ」


「……そう、だなー」


 これで購買はしばらく利用不能だ。寮の警備を厳重にしていれば、少なくとも待つ事にも意味が出る。その警備は自警団が総出で行っているから、心配はない……よな?


「そうだ、トト。そろそろ杏樹にメールを入れてくれ」


「俺達は無傷って事と、二人捕まえた事を報告すればいいか?」


「それと、もう一つ」


 懸念材料がある。


「こいつらが徒党を組んでいる可能性が濃厚になってきた事も」


 捕縛する前、こいつらは大きなリュックに多くの食糧を詰め込もうとしていた。それは多分、そういう意味だ。

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