肉ィング

 

 秋穂さんにはトトとふくちゃんを呼び出すように頼んで、俺は再び月日さんと向かい合う形になった。


「話は聞いてたよな?」


「あ、はい……皆さんの協力は心強く思います。ですが、本当に良いのでしょうか?」


 秋穂さんの場合と異なり断らないのは、事態が最悪の方向に近づいているからか、それとも俺への謎の信頼からなのか。


 此方を伺ってくる月日さんの揺れる瞳は、俺を推し量っているようにも見えるし、慮っているようにも見える。


「秋穂さんが言ってただろ。日和見をしてられる状況じゃないって。良いも悪いない。必要だから、そうするだけだ」


 本心を言うのは憚られて、そんな言い訳を並べると、月日さんは唇を真一文字に引き結び。


「全て、自警団の油断が招いた結果です! ごめんなさい……」


 突然、腰を深く曲げる。謝られてしまった。なにこれ、良心の呵責が尋常じゃない。狼狽えて二の句を継げない俺。そこに。


「顔を上げろ、月日。そもそもの話、土岐光火への嫌疑は、まだ晴れたワケじゃないんだ」


 連絡を終えたらしい自警団の男が乱入してくる。


「この期に及んで、あんたはまだそんな事を言ってるの?」


 月日さんの鋭い眼差しが男を射抜く。素が出てるのは、取り繕う余裕もないからか? だとしたら、やはり月日さんは善人だと俺は思う。


 俺は、俺を睨んでくる両の瞳を受け止めて、げんなりしながら月日さんに続く。


「今度はアリバイが『あるだけ』になるのか?」


「そうだ」


「ちょっと、ホントいい加減にしなさいよっ」


 呆れ返る俺の代わりに、月日さんが噛み付く。


「月日は少し黙っていろ。ハッキリ言って、お前は一昨日から可笑しい。私情を挟んでいるようにしか思えない」


「はぁ!? あたしがいつ私情を挟んだって言うの? それを言うならあんただって、やたらと土岐くんに突っかかってるわ。あんたの遣り方は、まるで土岐くんが犯人だと断定した上で決定的な証拠を探ってるみたいじゃない」


「…………」


 月日さんからすれば、それは何気なく漏れた一言なんだろう。でも、それなら、男の過剰なまでの疑心も得心が行く。


「一連の騒動が土岐光火の主導で行われているものだと仮定した場合、内部に引き入れる事がどれだけリスクを高めるか考えてみろ」


「その執念は何? あんたが土岐くんへの監視続行を進言しなければ、見回りだったり牢獄の警戒にもっと人手を割けた。そうすれば、そもそもこんな事態にはならなかったかも知れないのよ?」


 「情報が漏れれば裏を掻かれ放題になる。そうなれば、自警団は壊滅だ。自警団を侮るな、月日。抜かりなく立ち回れば俺達だけで十分だ」


 協力を要請するべきか否か、ではなくて、俺の存在が平行線を作り出してるよな、これ。だったら、まあ。


「そいつの言い分は最もだ。だけど、野放しに出来る問題でもないから、俺達は俺達で勝手に動かさせて貰うことにする」


「土岐くん……」


 これが一番平和的な解決法だよな。連携が取れないのは痛手だけど、内輪で揉めて自滅を招くよりはマシ。ひらひらと軽薄に手を振って背中を向ける。


「あ、そうだ。月日さん」


「はい?」


「庇ってくれて、ありがとう」


 簡潔に告げて、颯爽とその場を後にした。エントランスで秋穂さん達と合流後、ついでに杏樹も回収してから俺の部屋に移動する。作戦会議の為だ。


 警報は既に鳴り止み、打って変わっての沈黙が嵐の前の静けさに感じられた。


 まず始めに、現状を何も知らないであろう杏樹への説明も兼ねて、状況を整理する。


「牢獄から合計7名の狂乱者が脱走したそうだ。これは、自警団の人間から聞いた話だから確定した情報だと思ってくれていい」


 めいめいに陣取る連中を見回しながら報告する。杏樹からの反応はない。俺のベッドの上に座り、船を漕いでいた。


 そのまま寝転げない辺りには努力を感じるので、優しく揺り起こして、もう一度同じ内容を話してから。


「このまま放っておいたら、最悪の場合、俺達は自警団の連中と共倒れする事になる。だから、手助けをしたいと考えているんだけど……」


 杏樹の意見も欲しい。杏樹は眠そうに瞼を擦りながらも、思案顔を浮かべる。


「他の情報はないのかしら。自警団がどれだけの被害を被ったのか。脱走した者達に協調している素振りはあったのか。さしあたり、その二点は欲しい所だけれど」


「ないな」


「即答なのね。一つ確認しても良いかしら?」


「手早く済ませてくれ」


「まさか、自警団と連携が取れないなんて事はないわよね?」


「そのまさかだ。どうやら、俺はまだ主犯格の疑いがあるらしくてさ……敵を内部に引き入れるかも知れないリスクを冒したく無いんだと。自分達だけで十分だとも言ってたな」


 改めて考えれば考える程、正気の沙汰とは思えない。


「十分? 出方の解らない敵に対して、倍あるかないかの戦力で、よくも、そんな過剰な自信を抱けるものね」


「死人が出ても可笑しくない局面だからこそ慎重になってるって見方も出来るんだな。まぁ、だとしてもいけ好かない奴なんだな」


「ミッツマンが疑わしいって点は判らんでもないけど、行き過ぎれば味方すらも信じられなくなるよなぁ」


 杏樹に釣られて、友人二人からも不満が出てきた。


「ごめんなさい。文句を垂れていても仕方ないわね」


 杏樹が咳払いをして、場の雰囲気を切り替える。


「まず、此方の出方をハッキリさせましょう。目的を何処に置きましょうか?」


 等と自然に尋ねてくる杏樹に、この件は協力してくれるんだなーと場違いな安堵を覚えながら、答える。


「平穏を取り戻す」


 俺の宣言に、トトが「らしくなってきたじゃん」とシニカルに笑った。

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