嶺上杏樹

 

 帰る場所は同じだったから、全員揃って帰寮してから別れた。


 自警団の二人組の方は夜間も交代で監視をするとかで、俺の部屋の付近で目を光らせているようだ。


「まぁ、実害らしい実害は無いから、良いけどな」


 部屋にまで上がりこまれてたら文句の一つは言ったけど。


 さて、時刻は八時を過ぎた辺り。すっかり遅くなってしまった。寮の一階で食糧を調達して部屋に戻ると、制服から私服に着替えた杏樹が食卓の椅子に腰を下ろして待っていた。


 身体だけを横にして脚を組み、机の上には雑誌なんかを広げている。


「それ、その短いスカートだと結構際どい姿勢だからな」


「あら? 興味あるの?」


 挑戦的な目つきで俺を見上げて、脚を組み替える仕草なんぞしてくる。こいつは一体、俺にどんな反応を求めているんだ。


「外では気をつけろって意味で言ったんだよ」


「心配してくれているの? 優しいわね、ミツヒデ」


「猫撫で声ヤメロ。鳥肌が立つから」


 俺に性別を意識させる言動をするなと。杏樹にまで恐怖――いや、嫌悪感を覚えるようになったら、日常生活すらままならなくなる。


 話を適当に切り上げて調理へ。めんどくさいなぁ、あれ。


 とんとんとん。ぐつぐつぐつ。ジュージュー。ぱんっ。ちんっ。よし、できた。


 30分の奮闘の末、完成した今晩のメニューを杏樹の待つ食卓に配膳する。


 湿気の被害が見受けられる雑誌を閉じた杏樹が食卓に並んだ料理を見て硬直した。


「聞きたいのだけれど」


「なんだ」


「これは、何かしら」


 杏樹が透明のスープに麺が浸かった料理を指さす。


「タンメンだ。エビとワンタンが入っててウマそうだろ」


 視線は隣、固めのお好み焼き生地に焦げ目を付けたような白い物体へ。


「ピンだ。中華餅とも言う。この部分は最後まで悩んだけど、大事な所だから採用した」


 最後は皿に盛った、甘めのふんわり生地にあんこを挟んだ有名な和菓子。


「どら焼きだ。デザートにぴったりだろ」


「今宵は、満漢全席と聞いたのだけれど」


「言ったな」


「じゃあ、これは何よ」


「満貫だ。これが土岐家の満漢全席だ!」


 居直って断言すると、杏樹のコメカミが震えだす。


「何処にそんな要素があると言うのかしら。タンメンとピンはまだしも中華だから、満漢全席の中に加えてもいいわ」


 いいのか。


「けれど、どら焼きは和菓子よ! デザートだとか言って添えて機嫌を取ろうとしたのでしょうけれど、横着が透けて見えるわ。断じて、看過することは出来ない挑発行為よ」


「いいえ。お言葉ですがお嬢様。コチラは先程から申し上げています通り、当家の満漢全席にございます」


「急に出てきたその態度もまた腹立たしさを煽るわね。尤もらしい申し開きでもあるのかしら?」


「タンメンとピンにどら焼きが一つ」


「だからどうしたと言うの?」


 お嬢様はまだ解らないご様子。それでは、もう少し解りやすく致しましょうか。


「タンメンをメンタン、どら焼きはドラにして、続けて言ってみてくれ」


「メンタンドラ」


「ピンが抜けてるぞ」


「メンタンピンドラ?」


 素直に復唱する杏樹さんに味を占める俺。


「そう。ドラは幾つだ」


「1」


「じゃあそれを尻尾に付けて、もう一度」


「メンタンピンドラ1」


「そう。それはつまり、なんだ?」


「意味が解らない言葉の羅列だけれど、嫌な予感だけはしっかりとするわ」


 諸手を上げてギブアップした杏樹に答えを教えてやる。


「メンタンピンドラ1。つまり、麻雀で言う満貫だ」


 ついでに裏話も一つ。


「当初は、ピンを入れる予定はなく、ワンタンメンドラ1で出すつもりだったけど、それじゃ満貫じゃ無いからな」


「そんな話、どうでも良いわよ。今後、私が貴方の盾に為ることはないと思いなさい」


 それは非常に困る。非常に困るので、説得を試みる。


「企画段階では、麺単品ドライ苺なんて案も有ったんだ。それと比べてみてくれ。これには、ワンタンとかエビとか入ってるぞっ!」


 もしその案が通っていた場合、全席が満貫であることがミソである以上、満貫全席を成立させる為に俺の夕食も麺単品になっていた所だ。


「麺を単品で出されてたら、血の雨が降っていたところよ。貴方の下らない言い訳を聞いていたら、麺が伸びてしまうわね……美味しかったら、今日の所は許してあげるわ」


「よし。おかわり自由だ。たんと食え」


 許してもらえました。



 ◇   ◇   ◇



 杏樹が帰宅して、俺はベッドに横になり、いつものようにメールを打つ。


 意味が無いと知りつつも、その習慣を捨てきれず。過去を捨てきれないまま、その偶然に縋り付く。


「”明智光秀”、か」


 呟いて、スマホのディスプレイを切る。


 謀反の人。三日天下の人。その程度の知識しか俺は持たないけど。その人物には俺が生きた以上の歴史があるのだろう。


「当たり前だけども」


 ともあれ、消滅予告が届いてから今日で5日。何をするにも暗中模索で一向に進展が見られないけど、確実に変化はしてる。


 杏樹の言っていた通り、後ろを向いたって歩けるし、上を見ながらでも歩ける。どんな状況でも歩けるなら、俺は前を向いて歩きたいと思う。


 部屋の明かりを消す。5日目終了。


 俺の消滅まで残り25日。


「秋穂さんの消滅まで、あと4日……」

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