思い遣り野球

 念には念を入れて裏口から駄菓子屋を出て、学校の真逆へ向けて足早に歩を進める。


 人の手から離れて久しい町並みは、鬩ぎ合うようにして雑草が生い茂り、一面が廃墟の様相を醸し出していた。一人なら寂寥感を覚えたかも知れない。


「友近。ふくちゃんの腹はどうだった?」


「暑苦しさから来る汗とヒヤヒヤの冷や汗で、溺れそうになったよ……」


 友近はげんなりしていた。やや遅れて最後尾を歩くふくちゃんに歩調を合わせる。


「で。あれは誰の発案だったんだ?」


「もちろん、トトなんだな」


 案の定だった。その本人はと言うと、檻から解き放たれた獣のように前方を気持ちよさそうに滅茶苦茶に走っている。


「三人寄らばなんとやらって格言があるのに、どうしてよりにもよってあんな子供すら騙せないような手にしたんだ」


「それは……」


 言いよどんで、ふくちゃんは一瞬だけ少し前の背中に視線をやる。


「秘密なんだな」


 友近が原因なのであろう事は解った。それで察しろって副音声も聞こえた。これ以上の追求は野暮だな。これからの話をしよう。


「ともちかー!」


「んー?」


 前を歩く友近が下がってくる。


「もう一度聞くけど、何かやりたいことはあるか?」


「特に無いかなぁ」


 現在、俺達はあてもなくさすらっている。自警団から逃れる為ってのも大きいけど、とにかく動いていた方が気が晴れるものだ。


「そうか。だったら俺に案がある。トトー! ちょっと、戻ってこーい」


「おーう!」


 一旦進行を止めて、トトを呼び寄せる。俺は駄菓子屋を後にする前から密かに思い浮かべていた希望を口にした。


「野球をしよう」


 トトが即決で「おう!」と肯定の意を示す。ふくちゃんは「あれならやってもいいんだな」と不承不承と参加を表明した。友近は口角をやや上げてほくそ笑み。


「チーム名は?」


 そう尋ねて来るので、俺は暫し考えてから答えた。


「煉獄の銀狼で」


 友近にはがっかりされた。なんでだ。懐かしい名前だろ、ぴったりだろ。


 道中で未だ使えそうな自転車を調達し、荒れた道路の上を漕ぎ続けること一時間半。俺達がそこに着く頃には、すっかり夜の帳が降りていた。


 嘗て眠りを知らないと言われていた町も、人が居なければグッスリなもので、ただただ静かで暗い深海のようだ。


 数センチ先も見えない闇の中、スマホの明かりと記憶を頼りに施設内部を彷徨いて、管理室にある主電源を入れた。


 数度の明滅のあと、辺りを照らす強い光に目が眩んだ。


「おー。まだ生きてたな、電源。しかも快調だぜ」


 用心の為に同行していたトトも一時間ぶりの明かりに目をすがませていた。


「電気の供給源は謎だけど、有事の際に備えて、とびきり優秀な構造になってるんだろうな」


 光があると、廊下にはこれまで見えなかったゴミが散乱している。数年前までは、何処かの集団がここを拠点に生活していたのだろう。


 それなりに広く、ここなら雨風は凌げるし、電気もある。まぁ、電気はそう気軽には使わなかったんだろうけど、この辺りで人の生活をする上では申し分ない環境だ。


 この施設のメイン区画に出る。そこは、だだっ広い空間だった。奥行きも、高さもある。フィールドを囲む壁の奥には、見下ろすように無数の観客席。


 ここは、野球をする為に建造された施設だった。多少、時の流れに風化していたとしても、それは変わらない。


「よし、それじゃあ軽く整備してから始めるか。約一年ぶりの思い遣り野球だ」


 大きなところは以前に済ませたままだったから、程なくして準備が終わる。


「プレイボール!」


 俺の掛け声で、俺達の考案した俺達の野球が始まった。


-*


 ゲームは三回の二章まで進み、奏者プレイヤーのふくちゃんが右バッターボックスで存在感を放っていた。


 指揮者コントローラーの友近は、ピッチャーマウンドの上でボールを何度も握りなおして調子を確かめている。


「ふくちゃんに僕の魔球、落ちるストレートが打てるかな?」


「打たせるのがコントローラーの仕事なんだな」


 友近の背後。二塁と三塁を結ぶ線の中心には調律者チューナーのトトが陣取って、その時を待っていた。


「多少の誤差なら俺がしっかり修正してやんよー!」


「頼もしいね。それじゃ、ふくちゃん……行くよ」


「いつでも来ると良いんだな」


 この章の行く末を見守る観客オーディンスの俺が構えたグローブに吸い込まれるように、白球が緩やかな孤を描きながら飛んで来る。


「ふぬっ」


 グローブに収まろうとしたボールは、ふくちゃんが振りぬいたバットによって弾き返されて三塁線に沿って転がっていく。中々早い。


「うぉぉぉぉぉぉおおお!」


 打球にトトが懸命に追い縋る。間に合わない――と、誰もが思った。だが、トトはその身を投げ打って捕球に成功する。


「よっしゃぁー! 捕ったぜー!」


 泥だらけになった服を気にも止めず、グローブに収まった白球を掲げるトト。


「どうだっ! これはTP《テクニカルポイント》だろ!?」


「そうだね」


「なんだな」


「トトは頭の中身は残念系だけど、身体能力だけは一級品だよな」


 満場一致で技術点が認められる。あれだけのプレイを魅せられてしまったら、文句のつけようがない。


「おい、頭の中身が残念ってなんだ。ミッツマンもこの章は加点なしだぜ」


「しまった。ここで思いやりポイントが取れなかったのは痛いな……」


 観客オーディエンスの役割を忘れてた。まぁ、いい。まだリカバリー可能な範疇だ。


「次章に移るぞ。この章での得点の変動は、友近が+1点で、トトが+2点な」


 三回の二章が終わり、トトと俺が7点でトップを並走している。その後ろを6点の友近と5点のふくちゃんが追う形だ。


 俺の次章のポジションは指揮者コントローラーだ。調律者チューナーと並んで技術点が取りやすいこのポジションで、きっちり二点を得て勝ち越すとしようか。

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