わしはとーさんちゅうもんや
まるきり自演なのが始末に負えないけど、友近を牢獄から出した事を公にするのは避けたい。が、諸事情により、俺は携帯電話による通話が不可能だ。
と言うことで、放送室を利用して(無断)友人一同を昇降口に呼び出す事にした。
「電気は通ってる、な」
設備が生きている事を確認し、電源を入れて、マイクの感度をMAXに引き上げる。
「しょく──」
きィィィーん! 突如として強烈な音波が俺の脳を揺さぶる。え? 攻撃? 今じゃないでしょ? 反射的に友近の様子を伺うと、友近も両手で耳を塞いでいた。これは、無差別攻撃──まさか。
「テロかッ!?」
叫ぶ。そしたらもう人間の耳では聞き取る事が出来ないガギギギィィィヌ!どんどん爆音がその密度を上げていき、悶える。内部から徐々に破壊されていく感覚があった。
打開策を求めて辺りを見回すと、友近が少しずつ此方に迫っている事に気づく。その目は何処か恨めしげだ。え? 来るの? 今攻撃する気か? 共倒れ希望なの?
と、不安が過った刹那、急加速した友近が乱暴にマイクの横の辺りに拳を破壊せんばかりの勢いで叩きつける。すると、あれほど五月蝿かった音が一息で止んだ。
どうやら設備の電源を落としたらしい。あぁね。なぁるほど。俺は事の真相に至った。
「謎は全て解けた。あれはハウリングだったんだな」
「音量を最大にすれば、そうなるに決まってるだろぉ!」
友近が何事か訴えているが、破壊音の所為で聴力が麻痺していて聞き取り難い。推測するに。
「オンリサイタルすれば、唸るに決まってるだろって? そんな、俺の美声が悪いみたいに言われたら照れるぞ」
「グローブ……また僕を狂乱者にさせたいのか」
ごめんなさい。そんな風に愛すべき他愛のない一幕を挟みながら、馴染みのある友人二人を名指しで呼び出した。友人らが訪れる前に友近は一度だけ。
「僕は、ここに居てもいいのかな。拒絶されたらって想像するだけで、今すぐにでも消えたくなるよ」
そんな胸中の不安を漏らしたけど、そんなものは杞憂だろう。杞憂だよな? そう思いたい。うん、大丈夫大丈夫もんじゅもんじゅ。
お忍びの身柄である為、昇降口の下駄箱の影に身を潜めて、主に階段の様子を窺いながら待っていると、トトが現れた。
「友近。トトが来たぞ」
「……説明、お願い」
友近はへたれているようだ。口で事情を説明するよりも、見てもらった方が早いよな。
「なっ」
トトから逃げるつもりなのか俺から離れようとする友近のワイシャツの襟を掴んで引っ張って、下駄箱の影からその身を押し出す。
トトの視覚が友近を認識し、次に俺を見て、再び友近に視線を戻した。一拍を置いて、現状を把握したトトが腹から絞り出したような声で呟く。
「こんの……っ」
静かな廊下だ。その言葉は、俺たちの耳にもしっかりと届いた。友近の身体が強張る。憤怒とも取れる声音だった。無理もない。
トトが三段飛ばしで階段を降りて、一直線に友近の元に駆け寄ってきたどうしよう、止めた方が良いのだろうか。
「かばちたれがぁ!!」
かばちたれ!? トトが発した未知の言語に度肝を抜かれて、庇いに入ろうとした俺の機先を制されてしまう。無防備な友近に、流星と化したトトが飛び込んだ。
「正気、取り戻せたんだな。良かった……本当に、良かったッ」
それは、重撃だった。鯖折りだった。攻撃だった。
「友達を牢獄に閉じ込めるなんて、トラウマ級のキツイ事やらせるなよ、バカ野郎」
体格で劣る友近はその衝撃に耐え切れず、よろめく。
「……ごめ、ん」
俺はその体を後ろから支えた。
「いや、俺こそ、ごめんな。唯でさえ追いつめられていたお前を、あんな場所に隔離して」
そうして二人は一度切れてしまった友情を結びなおすように、言葉を紡いでいく。
感受性が豊かなトトはその後も、男泣きをしながら、友近との再会を喜んだ。おかげで友近は多少、自分のペースを取り戻したらしく。
「男の涙とか、引くわー」
等と、目を赤くしながら毒舌を振るった。
「何事かと思ったら、そういう事だったんだなぁ」
やや遅れてふくちゃんも合流する。ひとしきり友人の回帰を喜び、一区切りがついた所で俺は口火を切る事にした。
「それじゃあ、これから遊ぶぞ」
友近の『望み』は日常に溶けて消える事だと聞いた。でも、本心はきっと別の場所に置き忘れている。現実逃避だと言われれば、それまでだ。
それまでだけど、それはどんな事にも言える事。消滅の前に何かを為す、なんて願望も結局、現実<ロスト>を受け入れたくないから、ソイツから逃げているだけだ。
本心になんて気付かない方が幸せかもしれない。残りの時間が少ない事は、たぶん誰よりも友近が自覚している。
だから、俺に求められているのが日常であるうちは、道化で構わないと思う。その瞬間が友近にとって、確かに幸福な時間であるのなら。
「遊ぶって、ミッツマン。つーか……」
「日常を演じる事は出来ないだろ。だから、遊ぼう。今日は特別な――日常だ。つまりイベントだ。名付けて、遠間友近サヨナラの会」
「おっ、おい、ミッツマン」
直球でデリケートな話を曝け出した俺に焦るトトだったけど、友近がそれを制する。
「良いんだよ、トト。周りくどい言葉に割く時間が勿体無いし、僕も変に気を使わないで欲しいんだ」
「そういうことだ、トト。良くぞ俺の心を代弁してくれた、友近。大儀であった」
「土岐光火サヨナラの会にならないように気をつけてね」
「ともちーともちー、その時は俺も協力するから声かけてくれよな」
唐突に物騒なんだが。二人が結託したら形勢が悪過ぎて勝負にならない。
「助けてふくちゃーん!」
「雨降って地固まる、なんだな。しばらくそれで遊んでると良いんだな」
助けを求めた相手はそう言いながら、満足そうにパンを頬張った。まだ残ってたのか。食い過ぎだ。
「でも、そうだな……そうする」
日常は決して無意味な時間では無いのだと、失いかけて改めて実感した。俺はまだまだ未熟だな、ほんと。
あと一月もない人生で何かを結実させるなら、まずはこの曖昧な死生観を確固たるものにしなければいけないと思う。
でも、まぁ、今は。
「忠告しておくが、俺の首はそう簡単には取れないぞ。今呂布とまで謳われた俺の手腕はお前らも良く知ってるだろ」
友人の終末に、ささやかな日常を捧げよう。
「だってさ? 僕達も舐められたものだね。本日の遊びは遠福鳥同盟VSグローブのタマトリ合戦で良い?」
「そのタマトリはもしかして、漢字で書くと『魂殺』だろうか」
「当たり前」
「悪いことは言わない。停戦しよう。現実で多勢に無勢はムリゲーって美輪さんも言ってた」
願わくば、最期に笑って別れられますよう。
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