PYO!?
モノローグとはいえ青臭いセリフを吐いてしまった事に自己嫌悪を覚えながら、ここはどこだろうか? と、辺りを見回す。
「というか、どうして俺は寝て――ぴょ!?」
ぐるん。俺は奇っ怪な声を漏らして、首を高速で逆方向に回した。窓が見える。四角に縁どられた画面の中に月が映っていた。
星々が燦然と煌めき夜空に大輪を咲かせて、まるで花畑のようだ。俺はその夜空を星畑と名付けることにする。
そんな俺の頭の中が花畑だという説もあるが、そうそうセツといえば、このカッコいい記号『§』はセツで変換が──。
「おはよう、明智くん」
もっと近くで星畑を見たいなぁー! うん。そうしよう。背後から声なんて聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
「急に起きあがって絶叫したから驚いたぞ」
ましてや『何処で』寝ていたかなんて、想像もしたくない。心を真っ白にして、景観を楽しむのだ。
「いや、驚かせてしまったのは私か。悪いとは思っているが、ショック療法になればという考えもあってだな」
俺はスムーズに二足歩行に移行して窓枠に寄り、透明なガラスに浮かぶ月を指でなぞった。
「無視をしないで欲しいのだが」
「こうすれば、俺たちも月に触ることができるんだけどな」
「身体が震えているな。寒いのか? どれ、私のコートを貸そう」
俺は無言で窓のロックを外して、窓枠に片足を掛けた。
逃走? のんのん、めんずのんのん。これは、近づけないと頭で解っていても、だからこそ足掻こうとする愚かな男の衝動さ。
「ま、待ってくれ。私が悪かった! もうしない!」
飛び出そうとした俺の肩に何かが触れる。あれ、この描写には何度か覚えがあるな。なんだっけ? うっ、頭が痛い。眩暈が、する!
「今日は早く帰って寝よ」
消滅まで時間は多く残されていないけど、ここで無理をして体調を思い切り崩したら本末転倒というものである。
そうと決まれば、迅速に──。
「やむを得ないか。脅しのような真似は好きではないが、私には君を全力で後ろから抱き留める用意がある。どうする?」
逃げたら捕まるだけ。それを俺たちは先の大消失で学んだ。
「申し訳ございませんでした、秋穂さん。冷静になるから少し離れて」
ここで無理をして逃げて気絶しては、それこそ本末転倒というものである。俺の要望に素直に従って、秋穂さんは一歩分の距離を開けてくれた。
「いい加減にしろ、祁答院!!」
俺の怒髪が天を衝くとはこのことだ。
「だから突然怒鳴らないでくれないか。驚くだろう。それに『秋穂さん』だろう?」
しかし、俺の怒りが沸騰中なのを意に介す様子もなく、平然と言い放つ秋穂さん(訂正)。まだ、解っていないみたいだな。所詮第二種人類は第二種人類か。
「いいか、秋穂さん。お前は今、俺に攻撃されても仕方がない状況にある」
「なん、だと」
信じられないものを見るような目を向けられる。俺のほうが信じられない。俺は目を逸らすことなく、それどころか強く睨んだ。
「一歩で詰められる間合いっていうのはそういう意味だと、先日教えた筈だろうが。対話による解決を図りたければ迅速に5メートルの距離を取れ。俺は、やると言ったらやる男だ」
「私が離れた瞬間に逃走する可能性が拭えないんだが」
「逃げるくらいだったら、最初から部室になんて来ないから」
「つい先ほど、逃げようとしていたが?」
そうでしたね。だったら改めよう。
「天地神妙に誓って……いや」
このご時世に神様は無いな、言い換える。
「魂に誓って、逃げない。というか、逃げるって、まるで俺がお前たち第二種人類を恐れているような口ぶりだな、おい。心外だ。俺が第二種人類に感じているのは、そう――」
「それは聞いた。解ったから、君を信じよう」
秋穂さんは渋々と言った様子で、俺から離れて行く。その間、ずっと俺の一挙一動を注意深く監視していた。
ビリーブないな、俺。部室の入り口の辺りまで歩いて、秋穂さんが振り返る。
「これでいいか?」
「宜しい。秋穂さんに幾つか聞きたいことがあるんだけど、その前に……」
携帯で時間を確認。外が真っ暗だから覚悟はしていたけど、八時を過ぎていた。杏樹の奴、大丈夫だろうか? 腹を空かせて泣いていないだろうか?
いち早く帰って、夕食を作るべきか。話は明日にでも――そこまで、考えて、期限という単語が頭を過った。
せっかく、何かをしようと思い立ったのに、そんな悠長な日々を送っていたら、いつのまにか消滅の刻限を迎えてましたてへぺろ☆なんて結末になり兼ねない。
ダメだ。そうじゃない。自分を説得するのはやめたんだろう。決めたんだろう。
杏樹だって子供じゃない。それに、もう『混迷の時代』は終わっている。スマホを元の位置に戻した。
せめて連絡くらいやるべきなんだろうけど、杏樹なら理解してくれるよな。多分。
「秋穂さん。仮入部するとは言ったけど、俺はこの部活の事を名称以外知らないんだ」
「ああ、私も今日は君が来てくれたらその話をするつもりでいた」
第一印象から怜悧な印象はあった。この人に限って何も説明してくれないなんて事態は無いとは思ってたけど、安堵を覚える。
「まずは私の方から当部の活動について基本的な説明をしよう。質問はその後に、という形がベターだと思うのだが構わないだろうか?」
「え? 『達人は祖の跡取り。東部の方たちが下手だと思うのだが構わないだろうか』って俺に聞かれても……そんな、なんか流派の内部の愚痴を俺に聞かされても、全く付いていけないって言うか。とりあえず、思想は自由なんじゃないか?」
俺なりに考えて、そう告げると、秋穂さんは自らの眉間を摘んでため息を吐いた。俺の回答がお気に召さなかったようだ。
そして、何を思ったのか、突然息を大きく吸い込む。
「まずは! 私の方から説明するから! 疑問の解消はその後にしてくれるだろうか!」
心臓が止まるかと思った。ヤラレルッて思った。良かった、生きてる! 俺は生を強く実感した。
「秋穂さん、いきなり大きな声を上げないでくれ。危うく死人が出るところだったぞ」
「君は本当に難儀な男だな」
目を細めて、呆れたような声音で言ってくる秋穂さん。呆れたいのは此方の方だけど、俺は態度には表さなかった。
喧嘩が何故、同レベルの人間同士の間でしか起こらないのか、知っているだろうか? つまり、そういうことだ。
なにはともあれ、俺の大人の我慢のおかげで喧嘩には発展せずに済んだ。
「秋穂さん。お互いに時間を有効に使いたいだろうし、さくさくと話を進めてくれ」
秋穂さんはぴくぴくと眉を動かして、まだ不満げだ。
「……そうだな」
「『ソーダな』、だと。俺がパシリをしてくれば手を打ってやるって意味か?」
おのれ祁答院。俺が下手に出てれば図に乗りよる。
「違う! 同意しただけだ!」
発言の正否を尋ねただけなのに怒鳴られた。
「うわあああ、殺されるううう!」
後ろは……窓! やった! ここから逃げよう! とうっ!
「へぶ」
透明な障壁に鼻っ柱から激突して俺、堪らず弓なりにのけ反って転倒。
バカな。障壁を展開する能力なんて、俺の能力とは天と地の差があるぞ。
鼻と後頭部が競い合うように伝達してくる容赦のない激痛が俺を幾分か冷静にさせる。
よく見たら窓が締まっていただけだった。防弾ガラスかい。何との戦いを想定しとるんじゃい。
秋穂さんは、駆けつけようとしたけど止めたよ、みたいな体勢で此方を見守っている。攻撃の意志はないらしい。
「ああもう、七面倒な男だな君はっ。まったく話が進まないぞ!」
「ごめんなさいごめんなさい」
「そうだ。電話ならどうだろうか? 近づかず、尚且つ大音声を出す必要もない」
「第二種人類の胸くそ悪い声が耳元から聞こえるなんて、想像するだけでヘドが出るんですけど」
「考えないようにはしていたが、私はひょっとすると勧誘する相手を間違えたんじゃないだろうか」
「人に非を求める前に自省するべきだろ。心当たりはある筈だ。それとも、言わなきゃ解らないのか?」
「それは……そうだな、すまない」
ソーダじゃ済まさない、だと? 何なら済ませてくれるのだろう。許してくれるなら、俺、なんでも調達してくるよ?
「私から勧誘しておいて、君の在り方に文句を言うのは筋違いも良いところだったな」
「お、おう。素直に謝罪が出来るのは美点だな、秋穂さん。解ったなら反省してくれ、己が第二種人類に生まれたことを」
「ふふふ。君は結局それか」
秋穂さんがくすくすと微かに笑う。俺は非常に居た堪れない気持ちになり、空耳を自重しようと、そう思いました。
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