13.傷〈2〉
落ち着くことなく週明けを迎えた。
ライブが中途半端になってしまったことに申し訳なく思った。
「あの…ライブを途中で抜けて、すみませんでした。せっかくのライブがちゃんとできなくて、本当にごめん」
理由はどうであれ、途中からメンバーが一人減り、その後の演奏は大変だっただろう。これくらいは言いたかった。
「何言ってんだよ。俺らのことは気にしないでいいぞ。ライブなんて、またやればいいんだよ。それに謝るのはこっちだ。タケ抜きでやっちゃってごめんな」
申し訳なさそうにツカが言う。
「そんな…謝らないでください!僕に急用ができたのが、そもそもの原因なんですから」
「誰のせいでもないわよ。謝るのはもうやめて」
ハナが謝罪する二人をなだめた。
「そうですよ。皆さんとやったステージは最高でした。いい思い出になります!」と戸辺さんもフォローする。
「それより、大丈夫なの?……妹さんは…」
戸辺さんが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です。ちょっと回復に時間がかかるかもしれないですけど…」
「大きな怪我だったのか…それは大変だったな。でも、命に関わることじゃなくてよかったな…」
ツカが珍しく真面目なことを言う。
「はい。本当に…」
ちょっと間ができたと同時に、音楽室のドアが開いた。
「もう、揃ってたんだね。ごめん、遅れて」
音楽室に入ってきたのは太郎だった。
「お、きたきた。タケにはまだ話してなかったよな。太郎が限定的ではあるけど、復帰することになった」
「そうなんですか!じゃあ、みんなでバンドができるんですね!」
元々のメンバーでやれる。それはみんなの望むこと。演奏にも熱が入る。
ピンチヒッターの戸辺さんはそのまま残ることになった。
「私のことは気にしないで。元のメンバーで心置きなくやってもらって構わないからね」と気遣いを見せた。
ひとつイベントを終えたが、ゆっくりする暇もなく次は夏休み中のイベントに向けての準備が始まった。
帰宅し、家事を済ませながら、バイトをどうするかで悩んでいた。彼女があの状態では資金集めの意味がない。
そんな時、マスターから電話がかかってきた。
「丈人くん、妹さんの件大変だね…」
僕の身を案じる言葉が第一声だった。
「はい…。でも、とりあえず命があるだけマシです……」
「何よりも命が大事だからね」
「あの、バイトの件なんですけど……」
すぐに本題を切り出した。
「どうしたんだい?」
「どうすれば良いのか分からなくて…本来の目的があやふやになっちゃいましたし…」
本音を伝える。
「動機なんてどうでもいいさ。何より、君の利益になると思うんだけどな」と、マスターは諭す。
「利益ですか…」
正直、乗る気ではなかった。あんなことがあった後というのもある。
働くことで、これまで迷惑をかけた舞衣や母への恩返しになるのだと割り切っていたのもあるが、今は舞衣に変なプレッシャーを与えるのではないかと思った。
沈黙を破り、マスターが僕に言葉を掛ける。
「もし、予定通りに話が進めば、妹さんのためになる」
そして、言いにくそうに続けた。
「もし、そうはならなくても…きっと君のためになるはずだと思うよ」
自分でもそれはわかっていた。それを分かった上で断りたい一心だった。
「まだ、妹さんがどういう道を行くのか、決まったわけじゃないだろう?」
沈黙を続ける僕に問いかける。
「はい……」
マスターは話題を切り替えた。
「……ひとつ提案があるんだけど。聞かないかい?」
「提案って何ですか?」
「友達のバリスタさんが君のことを気に入ってね。ぜひ面倒を見させてくれないかって話になったんだ。人手が足りてないようだし、同世代の仲間がいるらしいんだ。ここでやるより楽しいだろうし、そこでなら、目的とか関係なくやれるんじゃないかなって思ったんだが…」
「いいんですか?マスターのお店は」
「元々は君のお母さんからお願いされたことだからね。人手が足りてないわけじゃないし、どんなに働いてもらってもお金はそんなに弾めないんだ。だから、君にとってプラスになる場所は無いかと探していたんだよ」
「……ちょっと…考えさせて…ください」
「考えて、答えは出るかい?」
ただの逃げであることを見透かされているように問いかけられる。
「それは……」
「君がバイトを続けようと、辞めようと、彼女が自分を責めないと言い切れるかい?」
「いえ……」
「妹さんにどうしてほしいんだ?」
「本当にやりたいことをしてほしい…です」
「妹さんにとってのそれは何だい?」
「音高受験…なのかなって…」
「何にせよ、今君が妹さんにできることはなんだい?」
「…」
「妹さんの代わりにバイトを始めたんだろう?それを突然やめてしまったら、彼女はどう思うだろう?」
「…」
「本人にしか知り得ないことだから、これと断言はできない。それでも、私は続けたほうがいいんじゃないかなと思うけど」
「やるのは君だから、自由にすればいいよ。でも、決断を先延ばしにしちゃだめだと思うだ」
説得するような言葉に負けて、新天地でのバイトを受け入れた。
「…あの…その人にお願いしてもらってもいいでしょうか?」
「よし!分かった。話をつけておくよ。詳しい場所と日時は追って連絡するからね」
「はい。色々とご迷惑をおかけしてすみません」
「いや、いいんだ……。最初からそちらを紹介していれば、良かったんだが…」
「でも、ありがとうございます」
「それじゃあ、また」
「はい」と返事をしたら、電話が切れた。
数日後、封書が届いた。喫茶メロディの店名入りの封筒だったので、すぐわかった。
【このたび、下記の店舗への配属が決まりましたのでご連絡いたします。】という書面だった。
どうやら、隣町の駅前にあるカフェらしい。店の名前は「そよ風CAFE」で、店長の名前は滝宮夏織さんというらしい。女性ということを知り、少し気が楽になった。
勤務は来週末からだった。
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