11.始動〈4〉
いよいよライブ当日。
街の中心部、駅から3キロほど離れた市民公園に集合した。
毎年この時期に「サマーフェスタ」というイベントを開いている。メインは夜の盆踊りと花火大会。その一環として昼間にステージイベントが組まれている。
来場者は二日間で千人程度と規模は小さい。しかし、バンド初ステージには十分すぎる舞台だった。
会場の一番開けた場所に常設のステージがある。今日は照明や音響などの設備が置かれており、立派なステージと化している。
「緊張するなぁ…」
ツカの声が震える。
「ここで緊張してたら、この先どうするの!」と戸辺さんが鼓舞する。
そうしているうちに担当者がやってきて、詳しい説明を受けた。
十時から一回目、十四時から二回目のステージ。そのあと、十五時半からストリートライブをする。その間は基本的に自由だが、単独行動ができるのは昼食時だけ。それ以外は用意された控室で最終調整をする。
ステージは各回、二十分から二十五分。ストリートは三十分以内と決められている。打ち合わせでは二回目のステージとストリートで難しい楽曲を披露する予定だ。一回目のステージは代々歌い継がれているオリジナル曲を披露する。ちなみにその一曲以外はすべて有名バンドのカバーだ。
担当者に連れられて、控室となる場所へと向かった。着いたのはライブハウス。ステージの出演者は僕たちを合わせて三組。地元中学の吹奏楽部と地元出身のアーティストである海田エミさん。それぞれ別の部屋を用意されている。
楽器などはライブハウス側が準備をしてくれていた。さっそく一回目のリハーサルをした。
当然だが、音はぴったりでミスもない。
「これなら、大丈夫だな!」とツカは自信をのぞかせた。
「さっきの緊張はどこに行ったのかしらね」とハナも安どの表情だった。
「もうすぐ出番です!準備をして降りてきてください」とスタッフが呼びに来た。
最後に全員で円陣を組んだ。
ステージには多くの人が集まっていた。四、五十人くらいはいると思う。
司会が紹介し、拍手が送られる。
「ワン、ツー、スリー」とリズムを取って演奏が始まる。
一曲目は人気バンドのカバー曲。さわやかなボーカルが会場に響く。
会場が良い感じに乗ってきたところで、ロックな曲に入る。
バンドサウンドが会場に響き、通過していただけの人たちも立ち止まるようになる。
最初の二曲が終わって、学校やメンバーの紹介と曲紹介をした。
担当はツカ。練習の時から台本を棒読みする状態だったが、高校生バンドらしくていいだろうと改善されていない。
本番は緊張が加わり、ぎこちなさが増す。
三曲目はツカがどうしてもやりたいと言った曲だ。女性の曲のため、ボーカルはハナ。
ミス無く、ここまで順調にきている。
次は僕がボーカルを担当する曲。音楽部には縁の深いものなのだ。
僕らが名乗る『valuable time』という名が最初に使われたのは7年前。その時から、バンド名と共に引き継がれている曲がこれから演奏する「スタンディング・オーバー」。
顔も名前も知らない人たちが集まって、少しずつ時間を共有しながら形作っていく音。
大勢の人の前で歌うのは初めて。
無我夢中でミスしたのかどうかも分からないまま、ひたすら弾き続けた。
声が上ずることを恐れず、マイクにすべてをこめた。
~♪~
これから出会う音は
僕らが作り上げる奇跡
今、出会い、共に奏でる日々を
限られた機会を大切に
~♪~
素人でも歌いやすくなっているが、音程は少し外れているし、歌い慣れてない分、リズムも怪しい。
正直、人前で披露するには恥ずかしい出来だ。
それでも、観客から贈られる暖かな拍手に胸を撫で下ろす。
ピアノの時とはまた違う達成感があった。今まで感じたことのない感覚だった。
担当の曲が終わり、気持ちが切れそうだが、まだあと二曲もある。
五曲目、太郎がボーカルの曲はツカが代役で歌った。自分の担当もある中、隙間の時間を使って練習したそうだ。難なくこなす。
六曲目、ラストの曲は全員が代わる代わるボーカルを担当する。
「最後に全員で歌います!僕らの演奏を聴いていただき、ありがとうございました!」
ツカの掛け声とともに演奏が始まる。
メジャーなグループの曲で、幅広い年齢層に知られている。
原曲を知る観客は想い想いにリズムを取りながら聴いてくれる。
若い人だけではない。40代、50代らしき人も反応をしてくれる。その光景に達成感を感じた。
途中からは促したわけでもないのに手拍子をしてくれた。
会場に居る人々が一つになったような雰囲気に乗せられてか、目立ったミスもなくやり遂げられた。
大歓声に包まれた。まさに総立ちだった。
「ありがとうございました!」と深い礼をした後も続いた。ステージから去った後、やっと鳴りやんだ。
「成功したな!」
「成功したわね!」
とツカとハナが興奮気味に言う。
「この調子でいこう!」とツカが士気を高めた。
楽屋に戻ってきて、練習を続けた。一通りリハーサルが終わり、ちょうどいい時間になったので昼食を別々に取った。
集合時間よりも早く戻ってきたため、もう一度リハーサルを行う。一回目には演奏しなかった難しい曲に挑むため、そこを重点的に調整した。
気付けば、呼び出しの時間になっている。すぐに担当の人が来た。
「みなさん、準備をお願いします」
「わかりました!よし、二回目行くぞ!」とツカが気合を入れた。
二回目のステージも朝と同じくらい集まっていた。
一回目と同じようにこなした。特に大きなミスや間違いもなく順調に進んだ。
いよいよ六曲目、今回のライブで一番難しい曲が巡ってくる。
海外のバンドのヒット曲。全編英語の歌詞をハナと戸辺さんが歌う。
大丈夫だと思い続けても、数パーセントの不安に押しつぶされそうだ。
でも、なぜか「演奏したくない」とは一切思わなかった。今は素直に音楽を楽しめている。何年ぶりだろうか。
父の他界で自分が変わり、周りの環境も変わり、音楽とも距離を置くようになってしまった。あの頃の記憶が「音楽」そのものを嫌にしてしまっていた。しかし、音楽部に入りバンド活動をして、今はステージに立っている。
達成感や高揚感など、感じたことのない感情が僕をそうさせているのかもしれない。
無事に六曲目が終わった。挨拶が終わりステージ袖へ帰ると、顧問の竹田先生に呼ばれた。真剣な表情だ。
「丈人くん!携帯見た?」
「いや、見てませんが」
そういえば、朝から確認するのを忘れている。会場入りして一度も確認していなかったことに気づいた。
「大変だ!妹さんが事故に遭ったって…」
頭が真っ白になった。これは夢なんじゃないかと思った。周りのメンバーも心配そうにする。
「…どこにいるんですか?」
頭が真っ白で何も考えられなかったが、自然と口から出た。
「タクシーを呼んであるから、すぐに向かって!」
演奏の余韻に浸るどころじゃなかった。用意されていたタクシーに乗り、すぐ母に電話をした。
「丈人?まだ会場にいる?」
「いや、先生がタクシー用意してくれたから、病院に向かってる」
「そう。お母さんね、もう少し掛かりそうだから、丈人がそばに居てやって」
「仕事?そんなの後でもいいでしょ!来てよ!」
「ごめんね…今すぐは無理なのよ…できるだけ、早く片付けるから。それじゃあ、よろしくね」
せわしなく電話は切れた。
ふと、記憶がよみがえった。
「お母ちゃん!はよぅ帰ってきて!お兄ちゃんが!お兄ちゃんが!」
記憶の一場面に焼き付いた麻衣の声。陰りゆく視界の向こう側で母に電話をしているが、そこで記憶は途切れる。
確か、父が他界して一週間が経ったある日、高熱で倒れた。学校から帰宅してすぐだった。
先に帰ってきていた舞衣が倒れた僕に気づき、母に電話を掛けた。しかし、その時も仕事を理由にすぐには帰って来てくれなかった。
結局、近所の知り合いを呼び、病院まで連れて行ってくれたのだ。
その夜、病院に駆け付けた母は、その知り合いの人に酷く叱られていたらしい。忙しい仕事であるから仕方ないと、今は割り切れる。だが、当時、舞衣は母にきつく当たっていた。
そんな思い出に浸っていると病院に着いた。
「料金はもらっていますから、お支払いは結構ですよ」
「ありがとうございました」
タクシーを降りて小走りで受付に向かった。ロビーは多くの人でごった返している。この街一番の総合病院だけあって利用者が多い。
マスクをした人や松葉杖で歩いている人、明らかに体調が悪そうな老人を横目に受付の人に病室を訊いた。
「世羅麻衣さんの病室はB棟二階の一〇〇号室です」
「ありがとうございます」
急いでB棟の階段を駆け上がった。階段を上って角を曲がり病室のプレートを見ていく。
三〇〇・・・二〇三・・・一〇一・・・あった。
しかし、そこは想像していた病室ではなかった。
息が止まりそうになりつつ、その部屋の前まで無心で歩いた。
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