20.共鳴〈4〉
翌日、夏休み最初の部活があった。
今日はバンドメンバーだけ。
音楽室の鍵を確認すると既に職員室からは持ち出されていた。
ドアを開くと、窓際でこちらを確認する鏡さんの姿があった。
グラウンドでは運動部が汗を流している。その活気に満ちた外を眺めていたらしい。鏡さんが一番乗りらしい。音楽室に二人だけ。
約束の時間にはまだ早いため、誰も来る気配がない。音楽室に二人だけ。正直、気まずい。
「おはよう。タケくん…って、一応、付き合ってるから、呼び捨てのほうがしっくりくるかな…」
「えっ、まぁ……」
「この間は本当にありがとう…私、一人じゃ何もできなかった…。タケが居てくれたおかげだよ」
「いや、素直に受け入れてくれたツカのおかげだよ。その後はどう?」
「ツカとの関係は何も変わってないよ。ピアノも頑張ってる。タケこそ、ツカとの関係は変わってない?」
「今まで通りだよ」
「そう…」
話題がなくなると二人とも黙り込んだ。世間話をする仲でも無い。間が持たず、僕はいったん音楽室を出た。
時間稼ぎのトイレから帰ってくるとハナと太郎が来ていた。
「太郎、ハナさん、おはようございます」
「おはよう」
「もう来てたんだね。ごめんね。待たせちゃって」とハナは謝る。
挨拶やら雑談を交わしていると、ふと太郎が呟く。
「さて、あとはツカか…。十分前には来いって、あれほど言ったのに」
時計を見ると、約束の時刻の五分前だった。
「いっつも、ギリギリなのよね……ライブの時だけは、必ず二十分前に来てるのに」
「ライブ以外に興味はないのか…ちょっと早いけど、もう始めよう」と太郎が始める。
「いいんですか?塚さん待たなくて」
「いいよ。僕が後から説明するから」
「今日は文化祭の出し物を決めて、時間が余ればローカルフェスに向けての練習だね」と太郎が流れを説明する。
軽音楽の出し物=ライブだと思い込んでいたが、数年前にトラブルがあったらしく、それ以来、隔年でライブが行われるようになっていた。
「今は部員も少ないし、音楽部という括りにされてからは個別に何かやるってことも無くなったから、自然と文化祭の出し物も変わっていったんだ」
「今はクラス単位の共奏コンクールが優先になったし、演劇部とダンス同好会にしかステージの出し物の許可を出してない」
共奏コンクールとは、いわゆる合唱コンクールのようなもの。
普通と異なる点を挙げると、3つ以上の楽器を必ず盛り込むことが条件になっていることと、課題曲が校歌だということ。校内にある楽器であれば何でも良く、歌詞さえ変えなければ、どんなアレンジでも構わない。
「ライブはとりあえず、置いといて…他の出し物で何がいいかな?」
「俺、ラーメン屋台がいい!」
ドアの方向から、元気な声が聞こえた。
「ツカ、遅い!」
「わりぃ…ちょっと、近所のおばさんに捕まってたんだって……」
「で、みんな、何かいい案はない?」
ツカの言葉など気にもせず、太郎は続ける。
「私、たい焼きとか、いいと思います……」
「私は、やっぱりたこ焼きじゃない?」
「タケは何かないかい?」
「うーん、お好み焼きとか……」
「俺、みそラーメン!」
「んー。でも、仕入れとか、調理が簡単なのはたい焼きよね?」とハナまで無視をする。
「って、無視すんなよ!」
「なら、もっとましな案を出して」
「一番、怖いのはダブりだろ?同じ品目で出店できないんだから、少しでも他がやらなさそうなものにしておいたほうがいいじゃね?」
「たまには、いいこと言うんだな」
太郎はからかうように言う。
「たまにはってなんだっ」
「はいはい。一番被らなさそうなのは、お好み焼きかしら?」とハナがまとめた。
「そうだね。よし!みんな、これでいい?」
「私は、いいですよ」
「俺も異論はない」
「みなさんがいいなら…」
「じゃあ、決定だね!」
全員一致で成り行きでお好み焼きの屋台に決まった。
「メニューが決まったことだし、イベント 調整をしようか?」
「よし!きた!夏休みのイベントに向けて盛り上がろうぜ!」とやる気満々で準備を始めるツカ。
その姿にハナと太郎はやれやれという風な反応をした。
もうイベントまでは間がないため、しっかりと音合わせをした。
「今日はここまで。それじゃ、各自解散」
ハナも鏡さんも午後から予定があるらしい。ツカと太郎は、夏休みの課題を片付けるという。
少しずつやろうと心がけていたものの、色々とあって手を着けられずにいる。バイトの合間にでもやろうと思いながら、喫茶店へ向かう。
いつもと変わらず、まぁまぁな客足の店内に入ると、静香さんと見知らぬ顔がカウンターで対応していた。
「いらっしゃい。丈人くん。今日もお願いね」
「はい。そちらの方は?」
尋ねると、すぐに自己紹介を始めた。
「初めまして、私は萩美郷と申します。あなたが丈人さんなのですね?」
もう一人のバイト仲間とは会えずにいたが、やっと顔を合わせることができた。穏やかそうな雰囲気で少し安心する。
「初めまして、世羅丈人です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」と深く一礼する。客になった気分だ。
すごく丁寧な口調で、しかもスローテンポ。動作自体はむしろテキパキとしており、いかにも仕事ができそうな感じで客をさばいていた。
「お待たせしました。何かお手伝いしましょうか?」
「いえ、今のところはありませんよ」
改めて店内を見渡すと沙織さんも居た。
接客に集中しているため、存在には気づいているが会話はできていない。カウンターに座る男性客と世間話をしている。
それから四十分ほど経って、やっと一段落した。
「そろそろ、昼食にしましょうか」
「そうですね。少しお腹が空いてきました」
「私も空きました~。あっ!そういえば丈人さん。挨拶がまだでしたね。こんにちは!」
「こんにちは。今日もよろしく沙織さん」
「沙織でいいですって~」
「さすがに異性に呼び捨ては抵抗があるのではありませんか?」
「正直な所、その通りです」
「そ、それはそうですよね…ごめんなさい。好きなように呼んでください…」
「そういえば、萩さんはどうお呼びすればいいですか?」
「私は、どちらでも。呼びやすい名で呼んでいただいていいですよ」
「では、萩さんと呼ばせてもらいますね」
「私は丈くんとお呼びしますね」
「いきなり距離が縮まりすぎな気がしますけど、それでいいです」
それから、三人で学校のことなど、色んな話をした。
「マスター、まだですか~」
「三人分作るのは重労働よ」
「でも、まかないパスタですよね?」
「何の変哲もないミートスパだけど、育ち盛りの君たちの分を作ろうとなると、普通の三人前じゃ足りないのよ~」
「私たち、そんなに大食いじゃありませんから!」と、沙織さんがツッコミを入れる。
「おまたせ~できたわよ」
美味しそうなパスタが出てきた。
さすが、喫茶店のマスターが作っただけあって、このまま客に出せるくらいのクオリティを感じた。
「やっぱり、おいしいですね~。ぜひ今度、レシピを教えてください」
「だめよ~これは企業秘密なんだから~」
「まかないに企業秘密も何もあるんですか?しかもさっき、何の変哲もないって言ってたじゃないですか」
「素材はごく普通よ。でも、隠し味が重要なの!これがないとこの味は出せないわ。お客さんに出すパスタにも入れているから教えられないわ」
「そうなんですか…じゃあ、これを店に出すとしたらいくらで売るんですか?」
「千二百円くらいで売るわ」
「隠し味、結構お高いんですね…」
沙織さんと静香さんの会話が続く。本当によく喋る。
「そうよ。そんな高級メニューが食べ放題なんだから、しっかり食べないと損よ」
「だから、そんなに食べないですって!」
沙織さんがまたツッコミを入れる。
「じゃあ、丈くんにお任せしましょうか?」
萩さんが話に加わる。
「そうですね。男の子なんですから、私たちに遠慮せずガツガツ食べてくださいね」
沙織さんが言う。
「いや、大食漢ではないので、二杯が限界かと……」と否定すると、静香さんが残念そうに言う。
「あら~そうだったの~?じゃあ、もうちょっと減らそうかしら。残ったら、我が家の晩ごはんになっちゃうし……」
そんな会話が続いた賑やかな食事が終わり、営業を再開した。
右往左往する日々が続いていたが、バイトにも慣れて、ようやく穏やかな日常が戻ってきた気がした。
‐――――――――
「私、やっぱり音高を諦めようと思います…」
一時退院した私は家に彼女を呼んでいた。
自分の思いを告げると、彼女は目を見開いて驚いた。
しかし、すぐに冷静になり「なぜ?」とシンプルに尋ねてくる。
私はありのままを伝えた。
なるべく早く正直に伝えておこうと思った。
だけど、絶対に兄に言わないでと付け加えた。
兄には色々と迷惑を掛けてきた。私のせいで苦労を掛けた部分もある。だから、ちゃんと考えがまとまってから伝えるつもりなのだ。
すべての件において、自分に非はない。彼は迷惑なんて思っていないはずだと、彼女に言われた。
「これは、私が言うべきことですから…時が来たら伝えます」
最後にそれだけ伝えた。
しかし、言い訳をしたに過ぎず、正直伝える勇気はまだない。
――――――
夏休みのイベントのひとつ。ローカルフェスの当日がやってきた。
「夏休み一発目!頑張るぞ!」
「おーっ」
舞台袖で円陣を組む。正式なメンバーでステージに上がるのは、これが初めて。
参加を打診されたこのフェスは、地元のアマチュアバンドなどがライブハウスに集まって演奏するというイベント。
室内での演奏であり、観客も少ない。しかし、観客との距離がすごく近い。
盛り上がりにしても、音の広がりにしても全然違う。
ホールには縁があったが、ライブハウスの舞台に上がることはもちろん、来る用事すらなかった。
狭いこともあって、距離感がとても近い。目と耳で演奏の楽しさを噛みしめた。
今日のライブは、ほとんどが初ライブで歌った曲目。
難なく自分の担当する曲を歌い上げてゆく。今は楽しくてしかたない。
歌詞を間違えることも、音程がズレることも怖くない。自分の奏でる音をメンバーの音に合わせることだけ考えて演奏する。
最後の曲を演奏し終えた。あっという間という言葉が当てはまるほど、短く感じた。
「ありがとうございました~」
全員で観客に向けて挨拶をしてステージを降りる。
客席から声援や拍手が送られる。これはどんな楽器で舞台に上がっても経験すること。何度経験しても良いものだなと思った。
「おつかれー!」
舞台袖では他の出演者が出迎えてくれる。ハイタッチをしながら控え室へと戻る。
ピアノの演奏会とは何もかも違う。当たり前だが、実際に体験するとその違いに驚かされる。
「最高だったよ!お疲れ様!来年もまた声をかけるからよろしく!」
主催者兼責任者の男性にそう言われてツカが背筋を伸ばす。
「ありがとうございます!ぜひ、お願いします!」
「ふぅ…これで来年もできるかな…」とその人は安堵の表情だ。
「大変なんですね」
「うん。自分たちが企画して会場をセッティングして、出演者も自分からアポを取らなきゃいけないからね」
「なぜそこまでして、イベントを開きたいんですか?」とハナが尋ねる。
「こうやってイベントを開くことで、地域が盛り上がればって思ってね。とはいえ、きっかけは地元に一つはこういう場所が欲しいと思って個人的に始めただけなんだけど、引くに引けなくなってね」
「そうなんですか。あっ、すみません。引き留めてしまって…」
「気にしないで。それでは、みなさんお疲れ様でした。この後もライブを楽しんでいってくださいね!」
「はい!」
全員で最後までライブを楽しんだ。アマチュアバンドしか居ないのだが、参考になることはたくさんあった。
イベントが終わった後のライブハウスで打ち上げが行われた。と言っても、飲食禁止のため、主催者兼責任者の彼が挨拶をして、ちょっとした反省会と交流会が開かれた。
みんなで行動して、演奏を見たというバンドに意見を聞いてゆく。僕らも感想を伝える。
ピアノをやっていた頃は出演者同士で感想を言い合うことなど無かった。だから、すごく新鮮な光景だった。
一時間ほどで終了し、僕らは別れる。
特に疲れるほどの事をしたわけではないのだが、帰宅するなりベッドにダイブした。
どれくらい経ったのだろう。
おにいちゃん!
そんな声で起こされた。目を開けると舞衣がいた。
「あれ?帰ってたのか?」
「
呆れたように言う。
「すまん…待っててくれたのか?」
「待つわけないじゃん」
当たり前のように言う。
「だよな…」
「今日部活だったって聞いたけぇ、起こしちゃいけんと思って取ってあるんよ」
「そうだったのか。ありがとな」
「晩ご飯、抜きにするわけないじゃろ」
「まぁな」
「それじゃ、早よ降りてきぃな」
「わかったよ」
彼女は部屋を後にした。それを追いかけるようにしてリビングに向かう。
食事の支度をして、舞衣と向かい合うように座る。彼女はペンで字を書く練習をしている。文字を書くことはできても、綺麗にはまだ書けない。
毎日練習することが大事だと医者から言われているらしい。
「最近、お兄ちゃん楽しそうじゃね」
リハビリを一旦やめて話しかけてくる。
「そ、そうか?」
「うん。部活やりだしてから変わったんじゃないかな?」
「まぁ、確かに今すごく楽しい。だいぶ慣れてきたし」
「そうなんじゃ。よかったな~」とリハビリを再開する。
少し沈黙した後、話を切り出した。
「あの、さ……ピアノは…やらんのん?」
「い、いきなりなんだよ…」
「ちょっと気になっただけ…どうなんかな…って…」
「今はギターに集中したいかな」
「ふーん」
それ以上、話を膨らませようとはしなかった。
作業に没頭していて、片手間で会話をしている。
「まだ、思うようにはいかないか?」
「そりゃそうよ。まだ退院して間もないんじゃけぇ」
「でも、少しくらい病院でリハビリしたんだろ?」
「最初は持つのも大変だったんじゃけぇ。進歩した方よ」
「そっか」
他愛ない話をしながら、二人の時間を過ごす。母は風呂に入ったり洗濯をしている。
それから食事を終えて、後片付けをする。
舞衣が風呂に入るように勧めるので、自室から必要なものを取りに行って風呂に直行する。
眠気に襲われ始めたため、早めに風呂から上がる。着替えとともに歯も磨いて寝支度をしておく。
自室に向かうと、ベッドにダイブする。寝返りを打ち仰向けになって、じっと天井を見つめる。
昼間の光景を思い出しながら、反省点を自分なりにまとめてみた。今度のイベントは気を付けながらやろうと思った。
ふと目に入る予定表。何か忘れているような気がして、ひとしきり考えた。
そして、思い出した。
「あっ…」
ベッドから起き上がり、机に向かう。
カバンからプリントやら問題集やらを出して並べてみる。
想像以上に多く、後回しにすると厄介。
「やるか…」
眠気と戦いながら、気の進まない宿題に取りかかるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます